組織開発のプロが語る。組織と人材を強化する「学びサイクル」のつくり方

株式会社ラーニングバリュー

代表取締役社長 安田 仁秀(やすだ ひとひで)

プロフィール

少子化が叫ばれて久しいとは言え、教育産業は2015年以降、2.5兆円を上回りながら安定して推移しており、2019年度は約2兆7,000億円の市場規模を誇ります。「保育」「学校」「大学」などに組織開発を提供する株式会社ラーニングバリューに企業からの問い合わせが増えています。働き方や採用をはじめ、個人と組織のパフォーマンスを最大化するにはどのような取り組みが必要なのでしょうか。教育の世界だけではなく、組織運営にも一石を投じるラーニングバリューの創業者である安田仁秀氏(以下、安田氏)に、研修プログラムの導入企業が増えている理由について伺いました。

安田仁秀

企業の研修ニーズは、人間関係の「質」に焦点を当てるものに移り始めている

昨今では文部科学省も主体的・対話的で深い学びの視点を重視するようになりましたが、御社はそれに先駆けてその視点を織り込んだ教育サービスを提供されています。きっかけはどのようなものでしたか。

安田氏:私がリクルートに在籍していたときに、リクルートの組織開発をアドバイスしてくださっていたのが順天堂大学名誉教授の北森義明先生でした。その北森先生が開発したキャリア教育プログラム「自己の探求」に感銘を受けたことがきっかけでした。この研修は自分の持ち味を理解して自らに対する自信を深めるだけでなく、他者を理解すること、自分の所属する学校や企業といった組織に対する理解を深めることで、自分の持ち味を発揮することを目的としています。当初は専門学校や大学などの教職員研修として採用されるケースが多かったのですが、個人の能力開発だけでなく、チーム力、組織力の開発にも有効であることから、現在は組織開発の支援ツールという機能面も重視され、企業研修としてのニーズが増えています。

企業研修としてのニーズが増えているとのことですが、企業の姿勢に変化を感じることはありますか。

安田氏:バブル崩壊からリーマンショックまでは、欧米型の成果主義が導入されるなど、個人の力を高めることが重視されていたように思います。従って人材開発が重視され、個人のスキルを高める研修がほとんどでした。しかしリーマンショック後は、個々の力の単純な足し算、つまり1+1が2となる組織ではなく、3、4倍のパフォーマンスを発揮する組織になることを求める傾向が年々強まってきています。1+1が3にも4にもなる組織に変容していくためには、もちろん従来の人材開発も欠かせません。それと平行した組織開発、つまり組織に所属する人たちの人間関係の質に焦点を当てる研修が必要になります。企業が「自己の探求」を研修として導入するようになってきたのは、人間関係の質に影響を与え、その先に組織力をアップしたいというニーズがあるからではないでしょうか。

人間関係の質に影響を与えるとは、具体的にどのようなことをするのか教えていただいてもよろしいですか。

安田氏:たとえば弊社の場合、現在は30名ほどの社員がいますが、外圧的な動機を与えてもパフォーマンスは長続きしません。パフォーマンスが最大化し、かつ継続するためには社員が主体的に働くことが欠かせません。社員が自ら「組織を良くしたい」「組織を変えていきたい」と考え、実行に移し、さまざまな働きかけを継続していくことです。そのためには自分のできること、得意なことを知り、それと同じくらいほかの社員のことも知る。いわゆる「相互理解」が必須となります。

相互理解のために行っていることの一つが「レビュー会議」です。社員一人一人がどのような思いで仕事をしているのか、仕事の目的や、今やりたいことなどの「思い」を全員で共有する場です。レビュー会議は3カ月に一度、社員全員が参加して3カ月分をしっかり振り返り(レビュー)ますが、企画会議でも業務報告会でもありません。レビュー会議によって、お互いの仕事の目的や思いを理解する「スタンス」、つまり人・組織・仕事などに向かい合う姿勢が育まれていきます。このスタンスが育まれることによって、個々の目的がチームの目的、組織の目標として統合されていきます。自分の思いと異なる仕事をさせられることもなくなるので、社員は高いモチベーションを保ちながら働けるようにもなります。

また、弊社が相互理解の延長線上に置いている大事なこととして、ラーニングバリューがどんな会社かを、いつも問い続けるということがあります。他社から問われたときに、「ラーニングバリューは〇〇の会社です」と、〇〇の言葉が各自異なったとしても、思いは一致していることが重要なことだと考えています。

レビュー会議も、他社から見れば社員教育や研修に見えそうです。

安田氏:弊社は、自ら考え、自ら学ぶことを大事にしています。「主体的」「主体性」というものを大事にしていますので、一方的に教えるような社員教育や研修などは行っていません。弊社の社員教育をひと言で言えば、「教えない教育」です。短期的に見れば教えた方が楽かもしれません。しかし長期的には、社員が自ら考え、自ら判断して仕事に取り組めるようになったほうが本人のためになりますし、そのような社員が多くなれば会社という組織も強くなると考えています。また、プロジェクトを回していくためには、チームごとに現場レベルで仕事のやり方を見直し、改善していく方が効果的です。会社はあくまでも仕事の方向性を示し、個人と組織のパフォーマンスを最大化することに注力した方が、やはり組織は強くなると考えています。

Googleも「プロジェクト・アリストテレス」で、生産性の高いチームは、他者への心遣いや同情、配慮や共感といったメンタル的な要素が高いという結果が出たそうです。御社の取り組みも、まさにチーム内の共感性を高めるということに重点が置かれています。

安田氏:プロスポーツでは当たり前のように重視していることですが、まさに会社の軸は「人」と社員同士の関係性の質の変容が重要だと考えます。それは決して仲良しになることではありません。弊社は教育というカテゴリーの実践版として認可保育園も運営していますが、保育士の定着率が高いと自負しています。これは最初に園長や主任などのマネジメントメンバーが、徹底的にコミュニケーションをとって、お互いを理解し合うプロセスを大事にしているからです。

弊社が重視していることは、目標共有ではなく目標統合のレベルです。そのために深いレベルの相互理解がベースになると考えています。相互理解が目に見えない思いや気持ちのレベルまで深まると、目標共有ではなく、目標統合のレベルまで進むのではないでしょうか。誰でも仕事に対する思いはあるはずです。ただし、思いは他人の目には見えません。見えるのは行動です。行動に違和感があると批判し合い関係性が悪化し、やりがいや居場所を失ってしまうのではないでしょうか。しかし、行動には必ず思いがあるはずなので、思いや動機を互いに深く理解し合うことで、思いの自己認知と他者認知が進みます。その結果、自信ややりがいが生まれ、職場とのつながりが強化されると考えています。

企業の研修ニーズは、人間関係の「質」に焦点を当てるものに移り始めている

体験型の採用活動で働くことへの思いと人柄を重視する理由

チームの価値観の共有を大切にするためには、採用活動に工夫が必要になると思います。どのような人材を求めているのですか。

安田氏:難しいのは、まず私たちの事業が何なのかを理解してもらうこと。「教育」や「研修」の分野でサービスを提供していますが、私たちはその枠組だけのサービスを提供しているのではなく、ある意味学校への教育的なコンサルを提供しています。そのため、職種としてどれに当たるのかを示すのがとても難しい。また業界もどこに属するのかわかりづらく、どんな仕事をするのかイメージしづらいため、求人媒体への表現はいつも苦労します。一方で、会社の一員となってもらうには、事業コンセプトに共感してもらい、チームづくりの上でも、ほかの社員たちとチームとして働く意識があることが必要です。そこで最も魅力的な採用方法は、一緒に仕事を体験してもらうこと。少なくとも見学に来てもらい、弊社に入って仕事がしたいと思ってもらうことです。

なるほど、体験型の採用活動ですね。大手企業にはそうした採用手順もあり得そうですが、御社ではうまくいっていますか。

安田氏:ラーニングバリューの教育や研修などの事業は、なかなか見学してもらうことができないのですが、保育園の現場は見学が可能なので、認可保育園の事業では体験型の採用が可能です。保育園に見学に来てもらえれば、子どもたちにかかわる弊園の保育士の雰囲気を感じ取ってもらえます。そして本当に気に入ってもらえたら応募をしてもらう。面接ではディスカッションを重視して、スキルよりも人柄を重視します。弊園の目指す保育に共感するかどうかが重要なのです。

教育や研修などの事業でも、「自己の探求」の授業を提供している場を見に来てもらいたいのですが、今の面接重視の採用方式では応募者からは敬遠されてしまいがちです。一度でも現場を見に来てもらえれば、仕事の魅力や面白さを理解することができ、多くの人が応募してくれます。面接では、チームの中で共感を大事にして仕事をしてもらえるかをじっくりと見るわけですから、「働くことへの思い」を重視して話を聞くことにしています。採用はまさに組織力を高める最初の段階ですから、じっくりと時間をかけたい。これをどう実現していくのかが、目下の課題と言えるでしょう。

体験型の採用活動で働くことへの思いと人柄を重視する理由

リアルとオンラインで異なる「つながり」が人間関係の質を高める

新型コロナウイルスで働き方も変わりそうです。テレワークが浸透する中で、組織力やチームワークの在り方は、どう変わると思いますか。

安田氏:テレワークで生産性が上がるという議論が出る一方で、人間関係をどうするのかという課題も突きつけられていると思います。ただし、私はテレワークをやってみて、オンラインでもチームづくりは可能だと感じています。緊急事態宣言下で出社していた社員は1人か2人。それでも仕事に何の支障もないことがわかりました。おそらくオフィスの在り方も変わるでしょう。

コロナ以前、M&Aを行った3社のオフィスを統合するためのテナントを探していましたが、緊急事態宣言下の対応経験から、探すのをやめました。このままリモートワークを継続し、フリースペースをオフィスに用意すれば、十分に成り立ちそうです。さらに、リモートワーク化の流れは、採用活動にも大きく寄与してくれるのではないかと考えています。オンライン研修やオンラインプログラムが広がれば、公募の際に仕事の体験もしやすくなり、私たちの事業やコンセプトをより理解してもらえるようになるでしょう。オンライン面接は当たり前になるでしょうから、面接の際にディスカッション時間を十分に取ることが可能になると期待しています。もちろん経済状況は心配ですが、社員にとって魅力的な会社をつくる上でも差別化できるチャンスであり、採用においても光明が差しているのではないでしょうか

弊社はリアルとオンラインをうまく活用し「つながるプロセス」を大事にしたいと考えています。オフィスワークにはオフィスワークのメリット、テレワークにはテレワークのメリットがあるということ。両方を比較してどちらかを選択するのではなく、いい点を併存させることが大事だと思っています。そのヒントとなるのが「つながり」ではないでしょうか。オンラインは距離という壁を超えてすぐに「つながり」をつくれる。一方、リアルは深く、濃い「つながり」をつくることが可能ではないでしょうか。また、弊社はシステムやコンテンツの優先順位は高くありません。システムもコンテンツも道具だからです。大事なのは「つながるプロセス」であって、これがチームをつくると信じています。

リアルとオンラインで異なる「つながり」が人間関係の質を高める

取材後記

ラーニングバリューは、相互理解から人間関係の質を高める組織開発を提供しています。社員と会社の「思い」を共有するさまざまな施策が、個人と組織のパフォーマンス向上へとつながっていました。今回の新型コロナウイルスに関係なく、大事なのは「個々のスタンスの自己理解と他者理解」「チームビルディングを進めるプロセス」と語る安田氏。コロナによって変化するのはシステムやコンテンツといった「道具」、つまり物理的な物(オフィスやオンライン化)です。ラーニングバリューの取り組みは組織開発に根差した、人間関係の良質さによる組織の高い生産性にあります。企業を取り巻く環境が変わりゆく今、「つながり」によって組織力を最大化する人材開発は、参考になるのではないでしょうか。

取材・文/藤岡 雅 EJS、編集/d’s JOURNAL編集部