組織心理学の父、エドガー・シャインに学ぶ、変化に対応できる組織づくり【セミナーレポート】
株式会社パーソル総合研究所 執行役員
パーソルラーニング株式会社 執行役員
髙橋豊(たかはし ゆたか)
新型コロナウイルス感染症による外部環境の変化は、企業にも変化を促しています。しかし、環境に合わせた変化が大事だとわかっていても、組織はすぐには変われません。掛け声をかけても、なかなか一歩が踏み出せず、社員への不満が募るばかりです。なぜなのでしょうか。
組織開発コンサルタントして20年のキャリアを持つ株式会社パーソル総合研究所 執行役員・髙橋豊氏(以下、髙橋氏)は、「会社で誰もが共感し、行動の原理としている組織文化に、実は変化を阻害する要因が含まれている」と指摘します。「エドガー・シャインに学ぶ組織開発とリーダーシップ育成とは」と題して行われたオンラインセミナーの様子をお届けします。
※文末に当日の動画や資料へのリンクがあります。
組織変革は、社員の心理的安全性を確保することから始まる
新型コロナウイルスによって、私たちは「VUCAの時代」に突入しています。この時代を生き抜くためには、柔軟に対応できる組織になることが求められるでしょう。しかし、日本の組織は、集団の同調圧力によって、新しいことにチャレンジしにくい環境を知らず知らずのうちにつくってしまっています。
※当日の資料より抜粋
企業は社会の変化に基づいて、絶えずイノベーションを求められていますが、破壊的イノベーション論で有名なクレイトン・クリステンセン氏は、「持続的技術による進歩と、ローエンド(低性能・低価格)市場で求められる性能を追求していかなければならない」と提唱しています。現在、市場のローエンドでは、新型コロナによる新しい多様な価値基準が出ている状況です。私たちは今までとは異なる製品の性能尺度を持って、新市場型の破壊的イノベーションを起こしていかなければなりません。
たとえば近年、自動車は内燃機関から電動機へ変化し、製品の利用形態も所有から共有する時代に移り変わろうとしています。イノベーションを起こしていくには、製品の尺度やサービスの尺度を変えないといけない。しかし、昨今、あまり実現できていないのが現状です。
※当日の資料より抜粋
私はこれまで組織開発コンサルタントとして、20年近く新商品の開発に携わってきましたが、現場においてメンバーから新しいアイデアを提案しても、リーダーによって突き返される、もしくはリーダーが承諾しても、今度は管理職に突き返され、最終的に経営者から「ダメだ」と言われ棄却される場面をよく目にしてきました。しかし、時にメンバーから直接、経営者にプレゼンを行うと、意外にもアイデアを聞き入れてもらえることもありました。
斬新なアイデアを発想したメンバーが、直接、意思決定権を持つ人にプレゼンをすると、それは実に素晴らしいことだとスムーズに理解してもらえた、つまり人を介すれば介するほど、情報が魅力的でなくなってしまったのです。
組織開発において、組織の能力を最大限に活かすためには、現場の情報はなかなか経営者まで届かず、常に情報は減衰の危機にひんしていることに気づくことが重要です。
では、なぜ情報は減衰するのでしょう。人は自分の経験と思考の範囲からはみ出るものを、無意識に削除してしまう、あるいはそもそも認識できない可能性が高いのです。その他の理由として、提案する人が変なアイデアを上司に話して、怒られたくないという自己防衛本能が働くことや、目の前の業務に忙しく、考えるための時間が割けないなどの理由があると思います。
※当日の資料より抜粋
つまり組織では失敗が怖くて、そう簡単には自分や組織の成功体験以外のことはできないという側面があるのではないでしょうか。背景として、集団の同調圧力による簡単に新しいことはできないような環境をつくってしまっていることが考えられます。これが、日本型組織の集団主義による弊害なのです。
※当日の資料より抜粋
※当日の資料より抜粋
しかし、昨今は集団主義から個人主義の文化となり、個人の価値観を大切にする傾向があります。ですが、個人の価値観を最優先化したことで組織がバラバラになることや新しい意見が出ても結局は具体化しないといったことが危惧される状況です。
これを受けて、価値観の多様化を推奨することに注目が集まっています。今後、日本の組織は、役割分担と相互扶助で新しい意見を取り入れ、みんなで具体化する「チームワーク」をつくっていくべきでしょう。
※当日の資料より抜粋
世界にモデルケースがあるので紹介します。生産性の高いチームを持つ、Googleの取り組みを見てみましょう。『世界最高のチーム グーグル流「最少の人数」で「最大の成果」を生み出す方法』を参考に、特徴をまとめてみました。
① チームの『心理的安全性(Psychological Safety)』が高いこと
② チームに対する『信頼性(Dependability)』が高いこと
③ チームの『構造(Structure)』が『明瞭(Clarity)』であること
④ チームの仕事に『意味(Meaning)』を見いだしていること
⑤ チームの仕事が社会に対して『影響(Impact)』をもたらすと考えていること
中でも日本組織の現場では、自分がリスクをとることに不安を覚える人が多いので、①の心理的安全性を確保していくことが大切ではないかと、私は考えます。
※当日の資料より抜粋
心理的安全性とは、メンバー一人一人が安心して自分らしさを発揮しながらチームに参画できるという実感を得ることです。心理的に安全な環境とは、何らかのミスをしても、他の人から罰せられたり、評価を下げられたりすることはないと思えること。また、手助けや情報を求めても不快に思われたり、恥をかかされたりすることはないと思えることです。そしてメンバーがお互いに信頼し、尊敬し合っていること。これらの環境が整っていることです。
※当日の資料より抜粋
では、心理的安全性は、どのようにつくり出せばいいのでしょうか。
まずは、安全・安心に話し合うことのできる「ダイアローグの”場”」をつくることが必要です。その中で「新しいリーダーシップの開発」が行われ、「企業文化の革新」へと導かれていくこと。そして、今までの成功体験を崩し、新しいことに挑戦しても認められること、このような企業文化が必要ではないでしょうか。
日本の組織では、心理的安全性を確保することによってイノベーションが実現していくと考えています。
※当日の資料より抜粋
ハンブル・リーダーシップで新たなリレーションシップを構築する
私は、エドガー・シャイン氏(以下、シャイン氏)と心理的安全性を確保するリーダーシップとはどのようなものか、また組織をどのように変えていくかについて、この半年ほど検討を重ねてきました。そこで、新しいリーダーシップを開発していく上で、チームの関係の質を追求するリーダー像が求められるのではないか、つまり、シャイン氏の提唱する「ハンブル・リーダーシップ」の考えにたどりつきました。順を追って説明しましょう。
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授は、関係の質を高める成功循環モデルとして、次のように示しています。
① お互いに尊重し、一緒に考える(関係の質)
② 気づき合いがある、おもしろい(思考の質)
③ 自分で考え、自発的に行動する(行動の質)
④ 成果が得られる(結果の質)
⑤ 信頼関係が高まる(関係の質)
特に大切なのは③です。自分で考えて、自発的に行動した結果は、自分にフィードバックされ、自分事として受け止められます。結果がどうであれ、自分で考えて行動することで、プロジェクトを冷静に見られるからです。たとえ自分一人でうまくいかなくても他の人と共有できれば、信頼関係も高まるといわれています。
また、この成功循環を築くためには、①のお互いに尊重し、一緒に考えられる関係の質を求めていくことが大切だとシャイン氏は話しています。チームの信頼関係が大切なのですが、そのためにリーダーは何をすればいいのでしょうか。
※当日の資料より抜粋
リーダーシップについて、シャイン氏は、下記のように説明しています。
「何かを新しく始める、あるいはよりよくするために何かを行うことがリーダーシップであり、またそのために、自分とともにそれを目指す他の人々に影響を与えることだ」
言い換えると、よりよい形を実現できる新しいアイデアを持っている人と、それに追随してメンバー(支持者)となる人たちとの「リレーションシップ(関係)」を改善することです。
※当日の資料より抜粋
リレーションシップが高まっている状態とは、メンバーが自分をオープンにして、他人を信頼できている状態です。信頼関係が高まっている状態は一方的な押しつけではなく、相手の言いなりでもない関係。対話を通じてお互いの情報を共有し、学習し、自ら考えることができる環境を生み出す基盤です。
※当日の資料より抜粋
これまでは、リーダーだけがリーダーシップを発揮し、メンバーはそれを信頼するしかありませんでしたが、ハンブル・リーダーシップでは、リーダーシップを発揮するのはリーダーだけではありません。リーダーとメンバーは信頼関係で結ばれ、協働して互いにリーダーシップを発揮します。ですから、お互いを理解し、信頼し、オープンな双方向コミュニケーションが実現することを重視します。信頼に裏打ちされたリレーションシップをつくることが、ハンブル・リーダーシップの第一歩と言っていいでしょう。
※当日の資料より抜粋
変わることができない要因は、企業文化に潜む基本想定
私は組織開発コンサルタントとして、いろいろな企業を見てきた結果、文化風土の違いに気づくことができました。たとえば企業によって、同じ名前の書類でも書き方や意味が異なります。ある企業では「事業課題」を示せと言われると、将来の目標と現状のギャップのことを指しますが、ある会社では「今のレベルと標準のレベルの問題も、将来の目標なども全部含む」のです。これは各企業文化に根ざした違いです。
シャイン氏はこの企業の文化を、社員の行動の背後に潜む「基本想定」と定義しています。
企業文化には、過去の成功体験が蓄積されています。成功体験とは、外部環境に適応したり、内部部署を調整したりといった問題を解決する際に、組織が学習した方法です。この成功体験から育まれた企業文化は、新卒で入社したころから徹底的に刷り込まれ、会社内でさらに共有され、暗黙の想定パターン、つまりは「基本想定」となっていきます。
※当日の資料より抜粋
ここに会社を変えられない要因があります。日本企業の多くが、成功体験に裏打ちされた企業文化を入社時から伝授していくので、組織の中には同じ価値観の人しかいなくなります。私たちは知らないうちに企業文化である「基本想定」が常識となり支配され、イノベーションのきっかけに気づけない、もしくはアイデアの提案ができない場が形成されてしまうのです。
※当日の資料より抜粋
企業文化(基本的想定)の起源としては、外部的な起源と内部的な起源の2つがあり、どちらも成功してきた実績に基づくものなので、決して悪いことではありません。たとえば外部的な起源は、取り巻く経済環境の中で生き残っていくための活動の結果です。内部的な起源は、社内の組織をつくっていくための活動の結果です。しかし、外部環境が変わったときに、この基本想定は障壁となってしまいます。
※当日の資料より抜粋
たとえば「イノベーションを起こすために頑張ろう」とか「デジタルトランスフォーメーションのために取り組もうよ」と掛け声をかけても、これまでの基本想定と違うのでなかなか社員は動かないといったケースが挙げられます。新しいことをやろうとするとき、社員たちに刷り込まれている基本想定も一緒に変えていく必要があるでしょう。ですが、これは非常に難しいです。これまで培った成功体験を捨てるに等しく、それだけで不快感、不安感に満たされてしまうからです。
※当日の資料より抜粋
この問題を解決し、新しい文化をつくるための変容モデルを、簡単に紹介しましょう。
まず第1段階として、「変化の動機づけ」を行います。つまり頭の中で固まっている従来の文化を解凍します。そして第2段階として、新しい概念や意味を学習する。これを学んだら文化を再凍結するために、第3段階として新しい概念や意味、基準を内面化します。この3段階を繰り返すことで、基本想定は変わっていきます。
※当日の資料より抜粋
まずは、会社にある基本想定を具体的に発見することから始まりますが、それが見つかれば、新しい文化を刷り込む作業を行います。どんな行動をすべきなのか、新しい行動規範を明確にし、リーダーが率先して行動する。同時に、新しい行動規範に沿った奨励制度の仕組みづくりも必要です。
※当日の資料より抜粋
新しい取り組みを進めると、社内に不平・不満の声がたまっていき、抵抗に遭うことも多いでしょう。しかし、多くの場合はリレーションシップを改善させることで解消することが可能です。
一般的に組織は「不平不満を言うな」と叱責(しっせき)するのですが、大事なのは、不平不満を吐き出してもらうこと。不満を聞いてあげることで、気持ちが落ち着き、今度は示された目的について考えるようになります。するとその人は自責の念を持って、新しいことに取り組みやすくなります。
※当日の資料より抜粋
次に、基本想定を変える必要があると社員を納得させるには、「教育による介入」こそが、唯一の方法です。
具体的には、まず「否定的確認」を行います。このままの状況では今後、経済的・技術的に、あるいは法的に問題はないかと、現状を否定的に捉えて問題を一緒に考える。また、生き残りへの不安やこれまでの自分たちに対する罪悪感を持ってもらい、不安を増幅することで基本想定の解凍が進んでいきます。とは言え、不安を増幅しすぎないようにするため、ここで心理的安全性の確保が重要になります。そのためには、会社はどのような行動によって、どんな姿を描こうとしているのか、説得力のある積極的ビジョンを示すことが有効です。
※当日の資料より抜粋
社員の不平不満の声を消化しながら、このままだとどうなるのかを考えてもらう。そのために、どう行動を変えるのかを示す。こうすることで、基本想定と一緒に、社員の行動を変えることができるのです。
※当日の資料より抜粋
取材後記
この時代を生き抜くために、柔軟に対応できる組織になることが求められている一方で、強い同調圧力によって、新しいチャレンジがしにくい日本の組織。これでは組織は変わりませんし、不透明な時代の変化に対応できる組織にはなれません。これからの日本企業には、役割分担と相互扶助によって新しい意見をたくさん取り入れ、全員で具現化していく「チームワーク」が必要です。社員の心理的安全性を確保と、リレーションシップの改善。そして会社の基本想定ごと変えてしまうことなど、エドガー・シャイン氏が提唱する「ハンブル・リーダーシップ」の考えには、組織を変革するための重要なヒントがたくさんありました。
取材・文/藤岡雅 EJS、編集/d’s JOURNAL編集部