求人応募数が40倍に増加。中小企業の雇用難はジム設立で解消する

株式会社スエヒロ工業

代表取締役社長 櫻井 弘紀(さくらい ひろき)

プロフィール

ビル・マンションから戸建て住宅まで、幅広い建物の防水・塗装工事など大規模修繕工事を手掛ける株式会社スエヒロ工業(静岡県沼津市)。もともとは先代が創業したいわゆる職人集団であったが、次第に営業・施工会社としての存在感を発揮。代表取締役を櫻井弘紀氏へ代替わりしてからは、特に企業組織としての成長を意識。福利厚生の整備・体系化に力を入れるなどして、業績は右肩上がりでアップ。2019年には、東京・南青山、北海道・札幌にも事業所を開所。今期の売上は10億円を突破する見込みです。そんな同社、2019年にはジムの運営にも着手。櫻井社長に、採用で成長していく経営論を伺いました。

ジムをきっかけに“働く環境”を押し出す、採用マーケティング実践

なぜ建築会社がジムを運営しようと思われたのか、まずはお聞かせいただけますか。

櫻井氏:もともとは私の運動不足がきっかけです。倉庫代わりに使っていた部屋を改装し、ランニングマシンやダンベルなどひと通りの機材を取り揃え、言ってみればパーソナルジムのような施設というか空間をつくったんです。ただ、できあがってみると、一人だけで使うのはもったいないな、と。そこで会社の福利厚生として社員に開放しようと考えました。

以前から福利厚生には力を入れていたのですか。

櫻井氏:私は2代目、創業者は父親になるのですが、先代のころから、「社員は家族」といった会社でしたから、福利厚生には力を入れていました。

幼いころは事務所と自宅がつながっていたため、夕方になり仕事が終わった職人さんが私の家族も含め、自宅でワイワイと楽しそうに団らんしている。そんな風景が、当たり前の環境で育ちましたからね。建築業界に憧れを抱くようになったのも、まさにこのような原体験に起因しています。

ですから社長となった今でも、社員によく言っていることがあります。「会社は社長のものではなく、みんなのものだよ」、と。特に中小企業だと「会社=社長」と捉えられがちですし、社員の多くもそう思ってしまう傾向にありますが、私はそうではないと伝え、引き続き彼らの声を反映した福利厚生制度に注力しています。

ジム設立が求人にも良い影響を与えたとか。

櫻井氏:それまでは求人広告を出しても、1~2カ月で応募が一人来るかどうか…。これが建築業界の現実です。当社も業界の例に漏れず、応募者と会社の相性などをしっかりと確認しないで、とりあえず入社させてしまう状態でした。その結果、入社後のギャップやミスマッチなどが生じてしまい、結果として離職率が高まるという悪循環に陥っていました

私は以前から、このような採用活動に疑問を持っていました。中小企業がこのまま同じやり方を続けていても、会社、求職者どちらも不幸になると考えたからです。そのため、仕事内容や給与をアピールするのをやめました。それに代わり、どういった考えのトップが経営している会社なのか。どんな属性の社員が働いているのか。福利厚生など、働く環境はどうなのか。仕事以外の部分、プライベートの余暇も含めた「働く環境」を全面に押し出した採用活動、いわゆる採用マーケティングに方向転換したのです

ジムをきっかけに「働く環境」を押し出す、採用マーケティング実践01

ジムのおかげで求人の応募数が40倍になったそうですね。

櫻井氏:ええ、ジムをフックに。先ほど紹介した福利厚生を採用情報欄に記載すると、求人の応募が2カ月で40人になったのです。それも、これまで建築業界に興味のなかった属性の人たちが、当社の働き方に興味を持ち、応募していることが見えてきました。当然ですが、志望理由も「会社の雰囲気がよさそうだから」といった内容に変化していきました。

その結果、贅沢な言い方をすると、当社から人材をじっくり選ぶことができるようになりました。当然、入社後ギャップやミスマッチは減りますから、離職率の低下にもつながっていると、手応えを感じています。

その後は社内の福利厚生だけでなく、ジムを一般にも開放しました。それは、なぜでしょう。

櫻井氏:私たちと同じように、社員の働く環境の改善を考えている中小企業に利用してもらいたい。その結果、多くの中小企業で採用のミスマッチが減ってほしい。このような考えからです。2019年の8月に一般開放し、現在25の法人と契約。一般の方にも開放していて、こちらは現在150名ほどの会員がいます。

ジムを開放したことは、新たな成果がありました。ひとつは、会社の認知度アップです。本業の建築業はBtoBがメインですが、ジムはBtoCですからね。これまでスエヒロ工業のことを知らなかった一般の方々にも名前が知られるようになり、採用マーケティングによるさらなる効果を産んでいます。

またジムを通じて、新たなお取引先を新規で開拓することができたことも大きい。今後は本業の発注にもつながるだろうと期待しています。

ジムをきっかけに「働く環境」を押し出す、採用マーケティング実践02

何となく行っていた施策を具体的かつ体系化することで会社が成長

ジム設立以外にもどのような施策や経営を行っていったのですか。特に人事面での施策があればお聞きしたいです。

櫻井氏:先ほど話したとおり、創業以来、社員のことを考えてきた会社でしたから、福利厚生も含めた人事労務について、それなりに充実していました。そしてそのような施策に対し、社員もそれなりに満足していたと思います。ただ、先代が何となく感覚で行っているのが本当の実態でしたから、当然人事担当者なども明確に任命されておらず、事務業務を行っている社員が総務と兼務しているような状況でした。

そこで父親が、まさに”感覚のみ”で行っていた人事施策を、現在の一般的な企業の労務環境と照らし合わせながらルールや基準をつくり体系化。さらに進化・発展させていったという経緯です。

具体的にどのような福利厚生を整備したのか、聞かせてもらえますか。

櫻井氏:以下のような福利厚生制度を整備・明確化しました。

【明確化した福利厚生などの人事施策】
・全社員完全週休二日制
・建設業に関する資格取得費用を、会社が全額負担
・妊娠・出産・子育てサポート
・社員旅行など、各種イベントの実施
・社内報発行(2カ月に一度)
・協力会社のリクルートサポート

完全週休二日制に関しては、昨今のように働き方改革が叫ばれるようになる5年ほど前から行っています。きっかけは社員の声でした。土曜日に出社していた社員が「出社しても何もやることがない日がある」と。

「建築業界は土日も働くのが当たり前」とのイメージがありますが、オフィスワークに関しては、繁忙期を除けばこのような状況が実情です。そこで最初は完全ではなく試験的でしたが、土曜日を休日にしました。そこから様子をみながら調整していき、今では完全週休二日制となりました。

何となくの改革は、人事に限りませんでした。予算や原価管理といった他の領域に関しても、これも時代ならではと言えますが、以前はいわゆるどんぶり勘定でした。そのためお金の計算をしないで、とりあえず工事を行うことも当たり前。ここも人事と同じくスキーム化。経営をしっかりと数字で見える化し、生産性ならびに効率アップを目指しました

従業員の方は社長の改革に、スムーズに応じてくれたのですか。

櫻井氏:いや、最初はスムーズではなかったですね。前と同じことをやっている方が、社員は楽ですから。当然、抵抗はありました。ただそこは根気よく、「給与も含めた社員の環境が劇的に改善することができる」ということを丁寧に伝え、納得してもらうよう努めました。これは協力会社の人に対しても同様で、特に説明したのがお金の管理です。内部留保をしっかりするべきだと伝えました。

そうして社長の計画通り、確実に業績はアップしていった。ただ、自分の施策に自信が持てない経営者や人事担当者も多いと思います。

櫻井氏:私が社長に就任した当初の売上は4億7000万円。協力会社は約30社でしたが、現在の売上は約倍の10億円ほどに。協力会社も50社以上に、従業員数は24名に増えました

もちろんすべ全てが計画通りにいくわけではありません。「何が正しいとか正しくないとかは、誰にもわからない。自分が正しいと思うことを信じればいい」。これは知人の経営者からいただいた言葉です。つまり施策は内容ではなく、誰のアイデアで誰が実行するのかが重要であると。ですから私が何か施策を行うときは、今でも必ず前述の言葉を思い出し、自信を持って物事の計画の可否や実践の有無を決めています。

何となく行っていた施策を具体的かつ体系化することで会社が成長

仲間と一緒に体制を整備・構築しながら成長していくのが経営

櫻井社長が代替わりしたのは23歳のとき、お父様がお亡くなりになったのがきっかけだと聞いています。失礼ですが経験がほとんどない状況での経営者としてのスタート、苦労されたのではありませんか。

櫻井氏:おっしゃるとおり、あらゆる経験がない状況下での社長就任でした。そんな自分に、何ができるのかと。思い浮かんだのは、自分の想いを従業員や協力会社の人たちに伝えることでした。そこで社員・協力会社全メンバーとの面談を実施しました。

面談では具体的にどのようなことを話されたのですか。

櫻井氏:私が建築業界に興味を持ったのは、職人さんに魅力を感じたこともありますが、その職人さんを束ねている父親への憧れが一番の理由でした。当時を思い起こせば、父親という親分がトップにどんと構えている。その親分を軸に、職人さんがまるで家族のような関係性でつながっている。まさにアットホームを地で行っている集団でした。

そんな家族の長が、亡くなってしまった。いわば、父親が亡くなったようなものです。残された子どもたち、つまり従業員はどうすればよいのか。私は正直、先代みたいな父親の存在にはなれなかった。でも兄弟の長である長男にならなれる。だからこれからは兄弟みんなで協力しながら会社を継続していきたい。協力してくれないか。そう、伝えました。

言い方を変えれば、いわゆる指示待ちの人と仕事をするのは難しいと。残念なことに1割ほどのメンバーが去りましたが、残った9割の社員の間では、反って絆や結束が強くなるという嬉しい結果となりました。

今後について、まずはジム事業から聞かせていただけますか。

櫻井氏:もともとは福利厚生でスタートしましたが、今ではひとつの事業という感覚でいます。というのも、実際にジムを運営してみると、健康やストレス発散といった、人生が豊かになるような魅力ある事業だと知りました。そして先述したとおり、多くの人とつながりが持てるビジネスでもある。今後は店舗展開を進め、いずれは会社としても独立するつもりです。

いち事業として捉えていますから、他のジムとの差別化も意識しています。我々が狙っているのは、パーソナルジムとコンビニ型ジムの中間。言うなれば「パーコンジム」です。

パーコンジムとはどういったものなのでしょう。

櫻井氏:ジム業界のトレンドは2極化しています。トレーナー不在で24時間体制の比較的料金が安いジム。もうひとつはトレーナーが付きっきりで指導してくれる、高額なパーソナルジムです。エイトジムはこの中間、両者の良いとこ取りをしています。

具体的には24時間営業の中、朝10時から夜23時までの間はトレーナーが常駐。その間は、追加料金なしでアドバイスが受けられます。それでいて、月額料金は1万円以内。トレーナーは美ボディ全国大会で2位を獲得したことあるなど、トップクラスの人材を揃えています

本業の建設業についてはいかがでしょう。

櫻井氏:いま現在行っている施策は、今後会社の規模が拡大するにつれ、適宜、変化していく必要があると考えています。たとえば現在、私が人事施策を考えたり、実践することも行っておりますが、100名規模になったら難しいと思います。ですからその際には、私に代わる人事の専門家やさらなる体系の整備などが必要になるでしょう。

経営者の中には、自分の想いやアイデアを突飛に進めるタイプもいます。しかし私は、体制が整っていない状態で施策を実施するべきではない、と考えています。社員全員がいきいきと働ける体制や環境を一緒になって考えて、そして整え、実践すべきだと考えているからです。社員と共に事業を進められることが経営の魅力であり、経営そのものではないかとも。今後も家族のような社員(仲間)と協力しながら、社会から必要とされる事業やサービスを提供し続けていきたいと思っています。

仲間と一緒に体制を整備・構築しながら成長していのが経営

取材後記

建設業界といえば、人出不足や働き方改革推進が叫ばれて久しい業界のひとつですが、そもそも長時間労働や休みがなかなか取れない、働くうえでのサポート体制が会社規模により整っていないなどといった問題を抱えています。スエヒロ工業の取り組みは採用マーケティングに力を入れることにより、ジム設立などによって改めて自社の魅力とは何かを深掘りしていったことに他なりません。建設とジム。まったく接点のない両者に思えますが、若き社長のアイデアをスタートとして採用マーケティングの実践で組織成長の一助とすることができる――。そんなサクセスストーリーを見ることができました。

取材・文/杉山忠義、撮影/佐藤浩昭、編集/d’s JOURNAL編集部