脱「おしゃれ採用動画」。採用のミスマッチを防ぐ動画メディアの活用法

株式会社moovy

代表取締役社長 三嶋弘哉(みしま・ひろや)

プロフィール

私たちが新しく仕事を探すときに、知りたい情報とは何でしょうか?まず頭に思い浮かべるのは「年収」でしょう。続いて「残業時間」や「福利厚生」、「勤務場所」も気になるところです。ある調査によると、転職希望者はこれらの定量的な情報を十分に知ることができている、という結果が出ています。一方、転職希望者が知ることができなかった情報のトップ3は、「配属される部署の風土や慣行」「配属される部署の職場長・メンバーの特徴」「将来のキャリアパス」と定性的な面が並んでいます。

2020年4月、コロナ禍の真っただ中に、株式会社moovyを創業した三嶋弘哉氏は、転職希望者が「知ることができなかった情報」が多い状況に「採用のミスマッチと機会損失」が生まれてしまうと警鐘を鳴らします。そして、コロナ禍の影響による昨今のオンライン採用がそれに拍車を掛けると予想しています。

三嶋氏は、動画の活用がこれからの採用におけるデファクトスタンダード(※)になると確信して、採用動画メディア「moovy」β版を7月にリリース。採用動画メディアに対する想いと、人事・採用担当者が知っておくべき動画制作のいろは、現状の手応えを伺います。

(※)機関等に定められた基準ではない、事実上のスタンダード

※記事中の動画は、moovy社提供

採用動画メディアが必要な理由

 

――新卒から12年間キャリアデザインセンター(CDC)で、転職支援のプロフェッショナルとして勤務。三嶋さんは、中途採用市場にはどのような問題があると実感されていましたか?

三嶋氏:「人材採用におけるミスマッチと機会損失」です。具体的には二つあります。一つは、入社後に「あれ、なんか思っていた印象と違う…もっとマッチする相手がいたのでは?」と企業側と入社者がネガティブに感じることです。これは両者間の情報交換が不十分なときに過度な期待が生じてしまいます。

もう一つは、入社者が「この会社にはこんなに良いところがあったんだ」とポジティブに感じることです。これも会社の魅力を十分に発信できていなかったという意味では、機会損失と言えますね。

求人広告は、定型フォーマットに従ってテキストで書かれています。年収や時間、場所などの定量的な情報を伝えるのにはそれでいいんです。逆に、会社の風土や一緒に働く仲間などの抽象的な情報を伝えるには向いていません。結果的に、採用候補者が知りたいことを知ることができないまま、入社してしまう事態を招きます。

さらに、コロナ禍の影響でオンライン採用が一般化したことで、ますます入社への動機付けや、採用候補者の見極めが難しくなっています。これに歯止めをかけるには、企業がオリジナルの情報発信を、積極的に仕掛けていく必要があるでしょう。

――ポジティブなギャップも機会損失になる、確かにそうですよね。コロナ禍での起業に踏み切ったのは、採用動画が「採用のミスマッチと機会損失」を解決すると、強く確信していたからですか?

三嶋氏:そうですね。moovyの創業背景は、前職であるCDCの「いい仕事、いい人生」というコーポレートコピーに強い思い入れがあったんです。

「仕事は人生の充実とすごく密接な関係にある」と思いませんか?人生の充実は、新しい仲間との出会い、成長機会、自己実現、価値実感など、いろいろありますよね。オンライン採用が進むこの時代に、人生において重要な「仕事選び」をよりカジュアルで、よりリアルなものにできないかと考えたためです。

採用のミスマッチと機会損失は「動画」で解決できる

moovyで採用動画に舵を切ったのは、企業側も採用候補者もありのままの姿をさらけ出すことが大事だと思ったからです。今、企業の動画撮影をさせていただくときに、言い間違いや、かんでしまったシーンをあえて残すこともあります。採用候補者が知りたい定性的な情報である、「会社の風土や慣行」を伝えたいからです。それってすごく人間味がありますよね。「採用のミスマッチと機会損失」を解決するのは、「会社の風土や慣行」を伝えられる採用動画しかないと信じています。

――改めてお聞きしますが、どうして動画というコンテンツは、そのような人間味やユーモア、企業の雰囲気を伝えるのに適しているんでしょうか?

三嶋氏:「メラビアンの法則」というものがあります。これはある環境下において、言語情報(Verbal)は7%、聴覚情報(Vocal)は38%、視覚情報(Visual)は55%、記憶に残るとする説です。つまり、これら三つのVを全て含む動画は、圧倒的に記憶に残りやすいと考えられます。

また、動画1分あたりに占める情報量はWebページ3600枚分だとする説もあります。確かに、動画に出てくるさまざまな情報を一つひとつテキストにしていくと、そのくらいになる可能性はありますよね。

さらに動画だと、表情の変化や声のトーン、しぐさなど微妙なニュアンスから性格を判断できるケースが多いです。このような動画の性質を活かして、海外ではミスマッチを防ぐために、動画のマッチングアプリも出てくるほどです。これは、採用でも同じ効果が期待できると思います。

採用動画の制作は、スマホだけでOK

 

――企業が採用動画に取り組む場合、人事・採用担当者はどのような姿勢や考え方を持つべきでしょうか?

三嶋氏:オシャレでかっこいい動画ではなく、カジュアルな動画を制作することをおすすめしています。確かに、CMのような雰囲気を重視した動画は無難です。しかし、リアルを求める採用候補者には刺さりませんね。何となくかっこいい、良い会社を打ち出すよりも、一人ひとりの社員にフォーカスしてリアルを追求する方が重要です。

採用広報としての動画の尺は、30秒が限界。個人にフォーカスして「リアル」を追求

さらに、動画の長さも大切です。moovyでは、ユーザーインタビューの結果を踏まえて、1本30秒以内という短尺にしました。採用候補者の温度感が高まって初めて、5分の動画を見てもらえるのであって、まだ興味を抱いていない採用の入り口の段階では、30秒の視聴が限界なんです。

同時に、短尺の動画にそれぞれテーマと合致するタグをつけて、検索性を高めています。「知りたい情報がどこにあるかわからない」という、動画ならではのデメリットを解消する狙いもあります。

――動画制作をするときには、相応の機材を用意する必要がありますか?

三嶋氏:要らないです。

――じゃあ、スマホで?

三嶋氏:要らないです。

――えっ…スマホも?

 

三嶋氏:あ、スマホは要ります(笑)。動画制作はスマホだけでOKです。近頃スマホの動画編集アプリのクオリティはかなりすごいんです。使い慣れるには少し時間がかかりますが、動画制作を補完する機能が豊富にあります。moovyでは、動画制作を請け負っているので、休日はソファーに座ってずっとスマホで動画編集してますね。

撮影時に気を付けるべきことは、雑音(ノイズ)と明るさ、アングルの調整ですね。PCだと、ノイズキャンセリング機能を持つ編集ソフトがあるんですが、スマホアプリでも近い将来可能になると思っています。明るさは、人物の印象が随分変わるので、工夫が必要です。アングルに関しては、やはり真っ正面で撮影するとやや圧迫感があるので、少し斜めから撮るなど、試行錯誤しています。

――動画制作は、自社で制作すべきですか?それとも、外注で制作すべきですか?

三嶋氏:moovyでは、始めのうちは弊社が動画の制作を請け負って、少しずつ各企業に動画制作のノウハウをお伝えしていき、将来的に内製化していただく方針にしています。現時点では、東京23区内のテック系スタートアップを対象に、サービスを展開しています(一部例外あり)。

将来的に、動画制作は外注から内製へと変遷していくでしょう。Wantedlyが出てきたとき、求人向けの文章を書くことができる人材を抱える企業は少なかったので、ライティングを外注することもありました。しかし今は、リクルーターが気軽に活用するツールとして定着していますよね。きっと、採用動画でも同じような展開になると思います。

テキスト中心の求人広告の市場は、求人サイトや雑誌、フリーペーパーを含めると約1兆円の規模になります。そこから少しずつ採用動画の市場に広がってくるはずです。5Gや8Kといった技術の進歩もトレンドを後押しするでしょう。各企業は動画に対するノウハウやリテラシーを蓄積して、コンテンツを置いておくと良いと思います。

採用動画メディアローンチ後の手応えと今後

 

――moovyのβ版を7月にリリースして、手応えはどうですか?

三嶋氏:バッチリです!と言いたいですが、まだまだこれからですね。ただ、各企業の動画制作に携わる中で、思わぬ反響があり、それに関しては確かな手応えを感じています。

――確かな手応え、それはどのようなものですか?

三嶋氏:社外に向けて作ったはずの採用動画に、社員同士で盛り上がっている、という企業からの声です。例えば、「あの人にこんな一面があったなんて」「うちにこんな人がいたんだ」というように、社内のイントラで動画が話題になることもあるようです。

ある企業からは、全社員の動画を撮りたいというご要望もいただいています。意外な反響だったんですが、もし社員の皆さんが「うちの会社の動画ができました!」というように、moovyの動画をSNSで共有してくれるとうれしいですね。

さらに先日、API機能を実装したので、企業のサイトにmoovyの採用動画を埋め込むことが簡単にできます。ユーザーが、わざわざmoovyに来なくても、動画が一人歩きして広まってくれることで、企業の採用にとってプラスの影響があります。同時に、moovyに対する認知度向上や他の動画への導線になることを期待しています。

採用動画の活用は黎明期。「主人公は、社員一人ひとり」と伝え続けたい

――企業が採用動画を始めるにあたり、注意すべき点は何でしょうか?

三嶋氏:「社員一人ひとりが採用動画の主役」だということを忘れないようにしましょう。すでに申し上げたように、オシャレなだけのCMライクな動画は、転職希望者への訴求力がありません。

例えばこちらの動画は、一般的には会社のきれいなところしか見せないことが多い中で、言い間違えたところをあえて切り取らないことで、人間味を出しています。

※下記の画像をクリックすると実際の動画がご覧いただけます

 

また、こちらの動画は、過去に行った新規事業の勝率をリアルに語る貴重な動画です。熾烈なベンチャー競争で失敗する事業も多い中、事業責任者の笑い飛ばす力強さや、寛容さが印象的です。

※下記の画像をクリックすると実際の動画がご覧いただけます

 

このように、社員の個性を資産だと考えて、ありのままの姿を伝えることが何より大切だと考えています。ただ実際のところ、企業にこのような提案をすると、リスクを恐れて、「きれいでかっこいい動画を撮りたい」という声をいただくことがあります。規模の大きい企業ほど、その傾向は顕著です。

これは採用動画の活用がまだまだ黎明期なため、仕方がないことでもあります。SNSがようやく広がり始めているという段階なので、現時点では、スタートアップを中心に、ベストプラクティスを模索している段階です。

――最後に、採用動画市場の今後の展望をお聞かせください。

三嶋氏:実は、moovyを創業した時に、ちょうど子どもが生まれたんです。コロナ禍の真っただ中だったこともあり、正直不安な気持ちもありました。でも、世の中が大変な時期に創業したスタートアップが、成功するケースは世界的に見ても多くあるんです。だから逆に、チャンスだなと。

採用動画の市場は、これから競合サービスが参入してくるでしょう。冒頭で触れた「採用のミスマッチと機会損失」という課題を解決するには、採用動画という手段が最適だからです。我々も素人からスタートしているので、生き残るのは大変だと思いますが、業界の発展に貢献していきたいと考えています。

動画制作は採用だけではなく、さまざまな場面で活用できます。例えば、社長による今期ビジョンの発表を内外に向けて行っても面白いですし、クライアントが営業担当を動画で選ぶ、ということもあるかもしれません。また、AI(人工知能)を活用して、UX(ユーザー体験)を向上させることもできます。このような可能性を踏まえ、市場としてユニークな伸び方をしていくのではないかと、期待に胸を膨らませていますね。

 

取材後記

企業ができるだけ「自分たちをよく見せたい」と思うことは自然なこと。しかし「ありのままの姿」をさらけ出すことで、採用をもっとよくすることができると知りました。

採用動画は、CMのようにオシャレである必要はなく、大切なことは、「人間らしさ」を伝えることでしたね。それにはスマホ1台あれば十分。社員一人ひとりにフォーカスして、撮影はカジュアルに。言い間違いもご愛嬌です。

「日本中の一人ひとりが目の前の仕事に楽しみや意義を見出せる社会を創り出す」というmoovy社のビジョン。そんな社会を実現し、日曜夜の憂鬱がこの世から消え去ってほしい。ふと、そんなことを思いました。

取材・文/師田賢人、撮影/安井信介、編集/野村英之(プレスラボ)・d’s JOURNAL編集部