モノづくり企業が取り組む「真のオープン化」は、採用戦略の視野を広げる

武州工業株式会社

代表取締役社長 林 英徳(はやし ひでのり)

プロフィール

自動車用の金属パイプや医療機器用の精密パイプの製造、消毒液の噴射に使用されるペダル式ボトルスタンドの開発などに取り組むモノづくり企業・武州工業。ここには、多彩な製品だけではなく、人が働く現場にも異彩を放つものが存在しています。一人の技術者が材料選定、加工、納期管理まで一貫して行い、高品質で効率的な生産を実現する「一個流し生産」、常に更新される生産状況をデータとして収集しながらタブレット端末で社員が確認できる独自の生産管理システム「BIMMS」など。そんな武州工業の代表取締役・林英徳氏(以下、林氏)に、これからのモノづくり企業が追い求める姿や必要な人材について伺ってみました。

林英徳

「まずやってみる」文化が、誰かの役に立つモノを生み出していく

まず、モノづくりをする企業として意識していることから教えてください。

林氏:武州工業がモノづくりをする上で、常に意識しているのは“誰かの役に立つ”ことです。それを意識して仕事をしていくと、自分が開発したモノで誰かが喜んでいると実感でき、人としての感度が高くなると思います。現場で働く社員は技術者であると同時に、新たなモノを開発するアイデアマンでもあるので、感度の高さはとても大切です。

たとえば、新型コロナウイルスが蔓延する中で自社開発したペダル式ボトルスタンドは、まさに誰かの役に立つモノづくりでした。手を使わずにペダルを踏んで消毒液を噴射するDIYのボトルスタンドを見て、武州工業の技術が活かせると開発を始めたのが5月の連休明け。36のプロトタイプを試作して、想像以上の仕上がりになったことから5月末には販売を考えて動き出しました。最初は近隣の経営者仲間にSNSで声を掛けるところから始めましたが、新聞記事になったことで全国的に認知され、現在は月産1,000台が可能な体制を整えています。

ペダル式ボトルスタンド(スタンダード)BS-1
※写真は「ペダル式ボトルスタンド(スタンダード)BS-1」になります。詳細はこちら

時代に対応する柔軟な思考とフットワークの軽さは、創業時からの特徴ですか。

林氏:この強みは、現・会長である林英夫が社長時代に積み重ねたものです。「一個流し生産」、「BIMMS」の導入、地球と共生するSDGsの取り組みなど、全て会長の一言でスタートしました。当初は唐突感があり驚きましたが、気づけば武州工業の色として定着しています。同時に、社員に根づいていったのが「まずやってみる」。その結果を検証しながら次に何をすべきかを考えて、動き出す。それを繰り返すことで、さらにいいモノをつくり出せます

「まずやってみる」実例を挙げていただけますか。

林氏:1990年代に導入した自社開発の生産管理システム「BIMMS」です。生産活動のデータをWeb上で収集していけば、日々決算できると考えたのがきっかけでした。ただ、当初からPCよりも携帯できるデバイスで使うことを考えていたので、実際に現場での使用が多くなったのはタブレットPCが普及したころです。つまり、それまでは便利だとわかっていても使い勝手の悪い存在でした。そうなった理由は、現場で使うものなのに現場の声が入っていなかったからです。

そういう時に必要なのが、社内の上下を意識しない意見交換です。「BIMMS」の場合もどこが使いにくいのか、どこに良さがあるのかを開発者である会長に社員が直接話す場を設けました。そこで社員が出した意見が現場で有効だと思う部分だけをカスタマイズできるアプリに「BIMMS」を進化させました。そんな現場で使えるものをさらに使いやすくする作業は、今も続いています。私たちは常に最適なものを使うべきだと考えているからです。

「まずやってみる」文化が、誰かの役に立つモノを生み出していく

社外にも社内にもオープンな状態こそが、真のオープン化である

社員が「BIMMS」を本格的に使うようになって、社内にはどのような変化が起きましたか。

林氏:社員は、それぞれの立ち位置がより正確にわかったようです。月に一度、「BIMMS」で収集したデータを、社員8名ほどの班を束ねるリーダークラスの社員と確認するミーティングがあります。当初は製造部、総務部、技術部といった部署ごとの数字を見ていましたが、「自分の班のイン(売上)とアウト(経費)だけを見たい」という意見が出ました。それ以来、グループ単位でも数字を確認できるようになりましたが、自分たちの数字が明確になると課題や現状も見えやすくなるようです。

社内のオープン化といえる情報開示は、以前から考えていたことですか。

林氏:武州工業は以前からオープン化と言ってきました。しかし、それは社外に対するものです。それだけではセミオープンだと私は思っていました。社員がほしい情報にいつでも、どこでもアクセスできる社内のオープン化を実現してこそ、本当の意味でオープン化された企業です。そうすることで武州工業の全体像を社員全員が把握でき、仕事にも新しい流れが生まれます。

たとえば、それまでお客さまからのオーダーは、営業部から蛇口をひねるように流れてきて、そのまま何も疑問を抱くことなく納品されていました。しかし、納品量が急激に上がる時期が見えているなら、事前に必要なものをオーダーしてくださいと営業部に意見を出せます。「一個流し生産」を始めて、社員一人一人は自立心を持って動く意識が根づいていきましたが、オープン化をすることでチームレベルでも動き出せる自律自走の企業になってきたと思います。その動きを加速させるために決裁権の細分化も始めています。

この流れに乗って、製造部のグループが新たな仕事を探し始めたら、もっと面白くなるはずです。つまり、社員全員が製造だけではなく、営業も手がけることになる「一個流し生産」の進化形として武州工業に定着する新たな色になるかもしれないと期待しています。

現在、モノづくりの環境に変化はありますか。

林氏:以前は、お客さまの指示であればそのまま受け入れるのが中小企業のスタンダードでした。そう言ってもいいほど、上下の構図ができ上がっていたからです。しかし、最近のお客さまと私たちの間には横のつながりが生まれて、ディスカッションできる関係になりつつあります

ただ、ディスカッションができるようになると、交渉決裂の可能性もあります。その場合は予定していた仕事がなくなるので、工場内に空きスペースが生まれます。そこで何ができるかを考えて実行に移せるのは、お客さまありきの仕事だけではなく、自社製品もつくってきた武州工業の強みです。つい最近もそういう状況になりました。そして、開発に入ったのがペダル式ボトルスタンドです。

お客さまとの関係性が変化したことで見えてきたものはありますか。

林氏:これからの武州工業にはコミュニケーション能力が必要だと実感しています。社外的にも社内的にも、全員で磨いていきたい能力です。そのために人事評価制度でも、コミュニケーション能力を高める指標や課題を細かく表現するようにしています

たとえば、発言に関して「思ったことはあるが、言わなかった」「何も思わなかった」「伝え方が失敗して怒られた」「最初は失敗したが、もう一度考えて伝えた」など。そうやって細かく表現していくことで、社員が自分の課題として受け止めやすくなります。その課題を話題にすれば、上長と社員の会話は建設的な話し合いになるはずです。

社外にも社内にもオープンな状態こそが、真のオープン化である

モノづくりのこれからを見つめた先にあったのが、地球と共生するSDGs

5年前からSDGsに取り組んでいますが、何がきっかけだったのでしょうか。

林氏:「これが世の中のスタンダードになる。次の時代をつくる」と判断したからです。SDGsはゴールだけがあり、プロセスは取り組む側に任されています。その目標に辿り着けるなら、どういう道を切り開いてもいい。それは「まずやってみる」武州工業にとって取り組みやすいものでした

それまでは、モノづくりをする上で守るべきことが記された国際規格ISOを更新していました。しかし、20年がたった今、当たり前のように月の品質問題はほぼ0件です。それは紛れもなくISOのおかげですが、止まらずに先を見るのが武州工業です。そこに人間が地球で生活するために必要なSDGsがありました。

御社としてはどのような取り組みをしていますか。

林氏:SDGsには17のゴールがありますが、私たちに合う10のゴールを選んでいます。その一つがCO2の削減。しかし、製造業にとって生産性の向上とCO2削減は相反します。どうしたら生産性を上げながらCO2を削減できるかを考えた結果、まず電気の使用量をCO2に換算して、現場に貼り出すことで見える化を推進しました。

次に、油圧で動く設備をサーボモーターの設備にできるだけ変えました。油圧の設備は、一度電源を入れると電気を使い続けます。一方、サーボモーターが電気を使うのは設備を動かしている時だけです。CO2に換算すると、確実にサーボモーターの設備を使ったほうがいい。ただ、サーボモーターではパワーが足りない場合もあるので、その時だけは油圧を使っています。

その上で、主要機械の油圧とサーボモーターの比率、使用機械の1日のCO2排出量を電気使用量からライブで表示するシステムの構築や使用している機械が1日稼働するとどれだけのCO2が排出するのかを可視化するなど、社員全員がもっとSDGsに興味を持つ工夫をしています

モノづくりのこれからを見つめた先にあったのが、地球と共生するSDGs

現場で働く先輩社員を採用の最前線に登場させることで、必要な人材を見極める

採用については、どのような考え方で取り組んでいますか。

林氏:7年前から新卒採用を始めました。それまでは2年に一度の高卒採用のみでしたが、高校生とは違う多彩な視点で課題解決の道を切り開く人材を求めたのが、新卒採用を始めた理由です。ただ、採用は毎年トレンドが変わります。そこで学生の企業に対する視点を見極めながら半日だけのインターンシップを始めてみたり、2カ月に一度のペースで計5回開催する『武州塾』への参加を呼びかけたりしながら、学生と武州工業の距離感を縮めようとしています

武州塾はどのような内容ですか。

林氏:1回目は武州工業に興味を持ってもらうために、歴史、成り立ち、製品、考え方などを私が話しています。2回目は若手、中堅、ベテランなど先輩社員との座談会です。3、4回目は実際にモノづくりを体験してもらいます。そして、最後に武州工業の「一個流し生産」をゲーム形式で体感できます。目指すのは、私たちをまったく知らなかった人が、続けて参加することで武州工業を好きになることです。

そんな『武州塾』の途中から採用の面談が始まります。この面談は、座談会に参加する先輩社員も担当しています。面談する学生が『武州塾』の参加者であれば、よりその人のことを引き出す機会になり、学生にさらに魅力を伝える場にもなります

先輩社員が面談を担当するメリットは、他にもありますか。

林氏:最近は、入社してからも自分でしっかりと考えて、先輩社員とやり取りができるかどうかを重視しています。現場で働く社員にも採用の最前線を任せているのは、そこを見極めるためです。同時に、自分たちで選んだ人であれば、入社後の面倒をしっかりと見てくれるだろうという期待もあります。また、現場の社員を採用に巻き込むことで、これからの武州工業に必要な色を持つ人が選ばれる傾向があります。最近は、しっかりしていて頼れる人が多いようです。ただ、その中には武州工業にはなかった色を持っていて一緒に働いたら面白い発想をしそうな人も含まれています。そういうワクワク感も大切にしながら、人材採用に取り組んでいます。

そうした人材を採用していった先にあるのは、どのような武州工業の姿ですか。

林氏:世の中にある課題にチャレンジし続けるモノづくり企業です。ただ、私たちはモノづくりの天才ではないので、考えて、試して、周囲の反応に少しだけ満足して、また次の進化を考えるしかない。それを繰り返していけば、世の中の課題をよりいいモノで解決して、誰かの役に立つ仕事をずっと続けていけるはずです。

現場で働く先輩社員を採用の最前線に登場させることで、必要な人材を見極める

取材後記

インタビュー後、林氏に案内された武州工業の工場内には、一つとして同じものがない自作設備に囲まれた製造スペースが所狭しと構築されていました。動き続ける機械、データを収集し続けるBIMMS搭載のデバイス、その真ん中でモノづくりに没頭する技術者たち、そして工場全体を見渡す林氏の姿に次はどんなモノを開発するのか、新たな人材はこの場所で何を生み出すのか、期待は膨らむばかりでした。

取材・文/洗川広二、編集/d’s JOURNAL編集部