地方から最先端の仕事を。組織成長のカギは優秀な人材とのアライアンス強化

株式会社IDENTITY

代表取締役 碇 和生(いかり かずお)

青山学院大学経営学部在学中から、渋谷でビニール傘を無料で貸し出すサービス「シブカサ」の共同ファウンダー・理事として活動。2008年に卒業後、株式会社サイバードに入社して企画・営業を担当。2011年に独立し、フリマアプリ・中古買い取りアプリなどを開発するスタートアップ・株式会社Whyteboardを設立。その後、フリーランスの立場で複数のスタートアップにかかわり、2016年、編集者・ライターのモリジュンヤ氏と共同で株式会社IDENTITYを設立し代表取締役に就任。「あらゆる領域にデジタルシフトを」をミッションに掲げ、スタートアップや大手企業を対象としたデジタル領域での事業開発支援を行う。また、投資や人材育成を通じて名古屋の起業家エコシステムを形成するためのスタートアップコミュニティ「Midland Incubators」の広報戦略パートナーも務める。

自らの経営資産を生かし名古屋でWebメディアを開設
業務オンライン化のコツは、複数のツールを用途に応じて使い分ける
優秀な人々と「アライアンス」を組み地方活性化を進める

新型コロナウイルスの感染拡大により、地方の観光・宿泊・飲食業などは大きな打撃を受けました。一方、思いがけずリモートワークが普及してきたことで、地方に住みながら都心の企業で働ける環境が整いつつあります。「出社しない働き方」が広がるなか、ビジネスパーソンの仕事の進め方はどう変わっていくのでしょうか。また、コロナ禍に揺れる地方を再び活性化させるビジネスとは何でしょうか。東京から名古屋に拠点を移して起業し、名古屋に密着したWebメディアや、岐阜県美濃加茂市のまちづくり事業を手がけて注目を集めている株式会社IDENTITY代表取締役の碇和生氏(以下、碇氏)にお話を伺いました。

自らの経営資産を生かし名古屋でWebメディアを開設

まずは、IDENTITYが手掛けている事業について教えてください。

碇氏:大きく分けて2つあります。1つ目はコンサルティング事業です。これは、3領域に分かれます。まず、スタートアップや企業の新規事業立ち上げを支援する「ビジネスデザイン」、つぎに、ビジネスプロセスの改善など業務最適化を目指す「プロセスデザイン」、そして、デジタル時代のブランドコミュニケーションを設計する「コミュニケーションデザイン」という構成です。戦略ファームは市場分析や戦略立案などが中心で、SIerや制作会社はWebサイト・アプリ・コンテンツの実装、広告会社はマーケティング戦略の立案や各種メディアの設計・運用だけにとどまることが多いのですが、当社の場合は、アイデア創出・事業企画から制作、マーケティングまでの幅広い領域をカバーできるのが強みです。

2つ目はメディア運営を中心とした自社事業です。収益の柱となっているのは、「名古屋から車で1時間」をコンセプトに東海エリアの飲食店やイベント、観光情報などを毎日発信するWebメディアの『IDENTITY名古屋』。ほかにも、日々の暮らしを彩るインスタマガジン『cocorone』、そして岐阜県・美濃加茂市のまちづくりプロジェクト「MINGLE」などを手がけています。

株式会社IDENTITYが提供するサービス※株式会社IDENTITY 提供

創業からわずか4年なのに、実に幅広い事業を手掛けているのですね。

碇氏:企業には2種類あると思っています。1つは、実現したい社会や事業のイメージがあり、それを行うために人が集まるというアプローチ。多くの企業はこのカテゴリーに入るのではないでしょうか。もう1つは、すでに集まっている人々がやりたいことや課題感、スキル、人脈などを持ち寄り、「私たちにはこういう事業ができるのでは」「それなら、こういうやり方で進めてみよう」とメンバー同士で議論しながら事業を生み出すアプローチ。僕らはまさに後者のタイプです。

IDENTITY名古屋』も、そうした流れから生まれました。僕は2015年、名古屋に引っ越したのですが、この地域の情報がインターネットでなかなか見つからないことに不満を感じていました。当時、愛知県周辺に詳しい友人は、岐阜県出身で編集者・ライターをしているモリジュンヤくらい。それで彼に名古屋の情報をいろいろ聞いているうちに、2人で協力すれば名古屋でローカルメディアをつくれるのではという話が持ち上がったのです。モリは昔からさまざまなメディアで活躍していた編集者・ライター。SNSで呼びかければ、名古屋周辺のライターさんがたくさん協力してくれそうでした。また、僕はデザインとコーディングが多少はできます。2人が持っているスキルや協力をお願いできる仲間、そして当時抱えていた課題感が、ローカルのWebメディアというアイデアを生みました

ほかのサービスも、僕やモリ、当社のメンバーから自然に生まれました。それで、短期間でいろいろな事業を手掛けるようになったんです。

当時の名古屋に、『IDENTITY名古屋』と競合するサービスはなかったのですか。

碇氏:名古屋にもほかの都市と同様に、地元に根ざした雑誌やフリーペーパーがあります。ただ、それらは紙媒体で、スマートフォンで情報を集める若い世代にはなかなか読まれていませんでした。もし、スマホを使ったシティガイドがあれば、情報感度が高い若い世代を取り込める。そしていずれは、そのメディアをプラットフォームにして人とのつながりを広げたり、新しいビジネスを展開したりすることもできるだろう。そう考え、『IDENTITY名古屋』を立ち上げました。

最初は苦労しましたが、2017年ころからページビューが急増しました。現在は、名古屋都市圏の約8人に1人が見るシティガイドに成長しています。

自らの経営資産を生かし名古屋でWebメディアを開設

碇さんは神奈川県出身で、長く東京で仕事をされてきました。拠点を名古屋に移すことに不安はありましたか。

碇氏:いいえ、ありませんでした。Webメディア運営という仕事をしていれば、名古屋周辺の企業や人とは自然につながりができるだろうと楽観視していました。また、僕は昔からtwitterなどでかかわる人が多くて、名古屋に移ってもSNSを通じて昔からの友人や取引先とこれまで通りの関係を保てると思ったんです。

それに、名古屋と東京は新幹線でたったの1時間半。名古屋に移る前は神奈川県の藤沢から東京まで通勤していたので、当時の通勤時間と大きくは変わりません。心理的にも物理的にも、東京から離れるという実感はまったくありませんでした。

業務オンライン化のコツは、複数のツールを用途に応じて使い分ける

碇さんとモリさんは、同じオフィスで仕事をしているのですか。

碇氏:モリは東京で仕事をしているので、同じオフィスで顔を合わせることはほとんどありません。打ち合わせはオンラインで済ませてしまいますね。それは、ライターさんや、学生インターン、中心的に事業にコミットしてくれているメンバーとの間でも同様です。ただし昔から、みんなが集まるための場所は用意しています。現在借りているのは、名古屋市中村区のインキュベーション施設 「Midland Incubators House」の一角。もっとも、メンバーが顔を出す機会は週1回程度で、あとは親しいスタートアップの人たちが僕らの個室も自由に使っています(笑)。

オンラインでほとんどの用件が済んでしまうのに、オフィスを維持している理由の1つは、公的書類を受け取るポストが必要だということ。そしてもう1つは、「たまには顔を合わせて話をしたいね」というときのため、場所を確保しておきたいからです。

オンラインで連絡を取り合う際に、どんなツールを使っていますか。

碇氏:メインで使っているのは、チームコミュニケーションツールの「Slack」です。また、Web会議ツールの「Zoom」と、ボイスチャットツールの「Discord」も併用しています。

各ツールの役割はどうなっていますか。

碇氏:Slackは、たとえるなら「オフィス」のようなものです。一般的な打ち合わせや連絡は、これで文字を使ってやり取りをします。Zoomは「社外の方を呼ぶ会議室」。しっかり打ち合わせしたい時や、互いの顔を見ながら話をしたいときに利用しています。そしてDiscordは「共有ラウンジ」でしょうか。雑談をしたいときや、5分間だけ集まって軽く打ち合わせをしたいときなどに使います。

これらのツールには、それぞれ特徴があります。Slackはトピックごとに「チャンネル」をつくれるので、プロジェクト単位で仕事をする当社に向いています。一方、DiscordはUI(ユーザーインターフェース)が使いやすく、すぐに会話をスタートしたいときにピッタリです。1つに絞らず、用途に応じてツールを使いわけています

オンラインツールでつながって働くスタイルには、どんな利点がありますか。

碇氏:まずは、目の前の仕事に集中できる点です。リアルなオフィスで働いていると、集中したいタイミングなのに上司や同僚から声をかけられたり電話がかかってきたりして、仕事がしばしば中断されます。でも、「オンラインツール+自宅ワーク」というスタイルなら、周囲に邪魔されず仕事に打ち込むことができます。

発言の量・コミュニケーションの量が増えるのも利点ですね。テキストチャットに慣れると、実際に話すより多くのやり取りができます。僕も、1時間で数十のチャンネルに参加して議論をしたりしています。ただし、これは人によりますね。SNSを使い慣れていない人は、テキストでの議論にも慣れていないので、どうしてもコミュニケーションの効率が落ちてしまいます。

出社の必要がない点も強調しておきたいです。メンバーには、育児などで退職・休職した人もたくさんいます。優秀なのにさまざまな事情で仕事ができない人にも、オンラインツールを使えば実力を存分に発揮してもらえます

逆に、オンラインコミュニケーションの弱点とは何でしょうか。

碇氏:新しい人を迎えるときに、やや難しさを感じることですね。ある程度信頼関係ができあがった仲間同士なら、オンラインでやり取りしても問題はありません。しかし新しく参加する人の場合は、各種ツールの使い方も知らないですし、どういうふうにコミュニケーションをはかればいいのかもわかりません。そこで、最初は少人数でのコミュニケーションを多めにし、職場の人間関係や仕事のやり方に慣れてもらうようにしています。具体的には、いきなり大人数の会議などに入れず、まずはある程度コミュニケーション機会が多い少人数のメンバーとやり取りしてもらっています。

「雑談」が減るのも弱点かもしれません雑談が減ると社内の風通しが悪くなったり、メンバー同士のプライベートな一面を知ったりする機会がなくなります。そこで僕たちは、オンラインミーティングの冒頭に「チェックイン」、いわゆるアイスブレークを行っています。やり方はいろいろありますが、当社では最近あったよかったこと、新しい発見などを互いに報告していますね。また、Slack用のオリジナルスタンプをたくさんつくったり、Slack上では過度な敬語を禁止したりして、カジュアルなコミュニケーションが成り立つようにしています。こうした工夫をこらすことで、雑談がしやすい雰囲気づくりを目指しています。

業務オンライン化のコツは、複数のツールを用途に応じて使い分ける

優秀な人々と「アライアンス」を組み地方活性化を進める

碇さんは、東京から名古屋に拠点を移されました。今後、「東京から地方へ」という流れは加速すると思いますか。

碇氏:う~ん、難しい問題ですね。リモートワークが広がったことで、たとえば渋谷に住んでいた人が鎌倉に移るような「都心から郊外へ」という流れは進むでしょう。ただ、「東京から地方へ」という動きが進むかといわれると、正直、疑問を感じます

ただ、長期的には「東京から地方へ」という流れを加速しなければならないとも思います。これまで地方は、観光業に投資することで経済活性化を目指してきました。しかしコロナ禍を経験した今、地方には観光業以外の柱が求められています。このとき、場所にとらわれず事業を展開できるようになった企業に対し、拠点を郊外や地方に移しやすい取り組みを行えば、結果として地方への移住者が増え経済が活性化するかもしれません。つまり、「東京から地方へという流れが加速するかどうかはわからないが、地方は生き残りを図るため、その流れを加速しなければならないだろう」というのが、僕の考えです。

IDENTITYが手掛けている岐阜県・美濃加茂市のプロジェクト「MINGLE」も、地方から情報を発信していますね。

碇氏:はい。美濃加茂市はモリの出身地なのですが、目立った観光資源がある街ではありません。モリから地元の人たちを紹介してもらうなかで、この地域が抱えている課題を知りました。それらを解決するため僕らにできることは何かと考えたのが、プロジェクトの原点です。

まずはクラウドファンディングで資金を集め、美濃太田駅前の空きビルを借りてリノベーションして日本茶スタンド「美濃加茂茶舗」をオープン。1階はカフェ、2階は宿泊可能なゲストスペース、3階はビジネスパーソン向けのオフィススペースとして提供しています。目指したのは、地域外の人々ではなく地元のみなさんに集まってもらい、商店街に賑わいをもたらすこと。そして、新事業がゼロから立ち上がる過程を実際に見ていただくことで、起業へのアクションが起こりやすい空気をつくることでした。ここで街を盛り上げるためのノウハウがたまったら、ほかの地域でも応用したいですね。

IDENTITYの本社所在地も、このビルになっているのですね。

碇氏:そうです。このビルは、メンバーが集まり仕事をするための場所ではありません。僕らの「ブランドアイデンティティ」、つまり僕らが目指すべき地点が可視化された場所だと考えています。アパレル業のフラッグシップ店(旗艦店)と役割は近いですね。

名刺を渡すとき、本社が美濃加茂市にあると知って驚く方がたくさんいます。東京の大企業とも取引があり、手掛けている事業も一見イマっぽいものが多いです。「それなのに、美濃加茂市なんですか?」と、皆さん驚かれます(笑)。ただ、僕らにとっては「地方でも最先端の仕事ができる」ということは重要なアイデンティティなんです

なるほど。こうした事業を進めるには、優秀な人材が数多く必要ですね。新メンバーの採用に際して気をつけていることはありますか。

碇氏:僕らは基本的に「社員ゼロの企業」で、プロジェクトの内容に応じて必要な人材とその都度契約を交わし、仕事をしていただくやり方です。そこで、新たに加わったメンバーがスムーズに仕事を始められるよう、普段から準備をしています。たとえば、仕事のやり方はもちろん、社内文化を理解できるようなマニュアル類を徹底的に整備するのはその1つです。「Slackではラフにコミュニケーションとろうね」とか、コミュニケーションのはかり方までも文書化しています。

優秀な人と働く機会を増やすことも大切です。こうすることで、「この人と働きたい」と応募する人が増えて採用コストが減ったり、優秀なメンバーと契約しやすくなったりするからです。

インターンなどの若手と会うとき、どんな点を注意して見ますか。

碇氏:僕が大事にしているのは、「普通その選択肢選ぶ?」と言いたくなるような、変わっている人かどうかという視点です。たとえば以前、海外留学経験者が応募してきたことがありました。留学経験そのものは珍しくありませんが、留学先がスロバキアだったんですよね。気になって「なんでスロバキアにしたの?」と、話が弾みました。さらに応募理由を聞いてみると、「彼氏が愛知に引っ越して静岡からついてきたら、こちらの求人を見つけた」という返事。スロバキアは関係ないし、応募動機も不純だったのですが(笑)、正直で面白い子だなと思いました。

大事なのは、人生の岐路で何を感じ、どう考えて実際にどう行動したか。そして、自分なりのロジックをもって考え抜くだけの「地頭」があるかどうか。そこがしっかりしている人は、言われなくても自律的に行動できる人が多いので面白いと思います。たとえスキルが足りなくても、骨格となる考え方とセンス、やる気さえあれば十分にカバーできますから。今後も優秀なメンバーとアライアンスを組み、地方を活性化させる取り組みを進めていきたいですね。

優秀な人々と「アライアンス」を組み地方活性化を進める

取材後記

碇氏はインタビューのなかで、「今後は『土地の価値』が変わる」と話していました。リモートワークの普及で、通勤に便利だが地価が高い都心に住む必要がなくなる。それにより、暮らしやすい地方・郊外が脚光を浴びるというのです。碇氏の予測が実現し、都市から地方への大規模なシフトが起きる可能性は十分にあるでしょう。そのとき、企業やNPO、地方自治体はどう行動すべきか。そして、ビジネスパーソンは働き方や生き方をどう変えるべきなのか。碇氏らが進めている取り組みは、大きなヒントを与えてくれると感じました。

取材・文/白谷輝英、編集/d’s JOURNAL編集部