メンバーの弱みや本音と向き合うオンボーディング。異質性のあるチームは強い

株式会社コーチェット

代表取締役社長 櫻本 真理(さくらもと まり)

プロフィール

“「人を生かし、育てる人」を育てます”――。

2020年1月に誕生した株式会社コーチェット(CoachEd)が掲げるミッションです。同社は設立と同時に、マネジメントを担う人が「チームを育てる力」を学べるマンツーマンプログラムを開始しました。

コロナ禍の行く先が見通しきれない現状で、企業では新しく入社したメンバーの定着と育成を図るオンボーディング施策の重要性がますます高まっています。「人を生かし、育てる人」になるために、マネージャーやリーダーはどんなことに取り組むべきなのでしょうか。代表取締役の櫻本真理氏に伺いました。

前編:マネジメント層にはコーチングが必要。「人を生かし、育てる人」を育てる

リーダーとメンバーの相互理解を深めることが重要

 

――昨今、「オンボーディング」が注目されていますが、メンバーの強みを引き出すために頭を悩ませているマネージャー・リーダー層も多いのではないでしょうか?

櫻本氏:コロナ禍以降は、「直接顔を合わせたことがないメンバーをマネジメントしなければならない」といったケースも出てきました。オンボーディングの重要性はますます高まっていますよね。

同じオフィスで働いているときなら、「(マネージャーやリーダーの)背中を見ていてくれればいい」というやり方でも何とか成り立っていました。しかし物理的な距離があるとそうはいきません。

コロナ禍とは関係のない部分でも、オンボーディングは難しくなってきていると思います。人材が多様化していく限り、それは避けられないことなのかもしれません。思考回路や能力が似ている人同士の、同質性の高いチームでは「背中を見ろ」で進められるかもしれませんが、異質性が高くなればなるほど、メンバーに勝手に学んでもらうのは難しくなります。

――マネージャー・リーダー層は何をすべきなのでしょうか。

櫻本氏:まずは上司とメンバーの間での相互理解を深めるべきだと思います。

互いにどんな人間でどんな価値観を持っているのか、どんな強みがあるのか、互いを生かし合うにはどうするべきか。これを対話していくしかありません。その上でチームの現状を見つめれば、理想的な状態との差分を埋めるために、上司とメンバーそれぞれで努力すべきことが見えてくるはずです。

関係性を築き、違和感を覚えたときにはすぐに話し合える。そんなチームは強いです。逆に、上司とメンバーが互いに「わからないことだらけ」の関係性は、無駄が多いんですよね。「この人にこれを言ったら怒られるかも」など、邪推ばかりが増えてコミュニケーションを阻害してしまうので。

「本音を見せてくれない上司」には、メンバーも本音を出せない

――メンバーの本音をうまく引き出すためのコツはありますか?

櫻本氏:いきなり「本音で話して」と言われて自分をさらけ出せる人はほとんどいません。まずは事実ベースで、これまでにうれしいと感じたこと、悲しいと思ったことなどのエピソードを聞いていくといいと思います。そのときの行動と感情の動きをひも付けて理解すれば、メンバーがどんなことにモチベートされる人なのかがわかるようになっていくはずです。

一方では上司側も本音で話し、弱みについてもさらけ出していくべきだと思います。「この人は本音を見せてくれない」と感じる上司に対しては、メンバーも本音を出せないものです。また、弱みを隠すことは、弱みにまつわるさまざまな課題を隠すことにもつながります。

誰しも弱みがあるのは当たり前のこと。その認識の上で、弱みや課題を共有できる関係性であることが大切です。上司とメンバーが「今はこんな状況になっていて、背景にはこんな課題があって…」と話し合えるチームは、やはり強いです。

コミュニケーションの優先順位を高くする

 

――櫻本さんは、cotreeやコーチェットでのオンボーディングにおいて、どのようなことを大切にされていますか?

櫻本氏:まずは、互いにどんな価値観を持ち、どんな強みや弱みがあるのか、役割に照らした際に何が成長課題なのか、といったことを明確にして、互いに共有しながらすり合わせる時間を取っています。これは、私というよりも育成担当役員がとても丁寧にやってくれています。

私自身のアクションとしては、チームの目指す方向性について、しつこいくらいに何度も発信していますね。社内コミュニケーションでも「クライアント志向になれているだろうか」「神は細部に宿るよね」。そうした会話を繰り返しています。

たとえばミスが発生したときには、「私たちの価値観に照らすと、どのように考えれば次はうまくいくと思う?」と問いかけます。人は否定されると防衛的になるので、間違っているとか、ダメだと伝えるだけではなく、承認を与えながら、どうすればうまくいくのかを考えるということですね。日常のSlackでのやり取りでも、気付いたことがあれば、問いかけを増やしながらかかわり方を工夫しています。

――具体的にはどんな工夫をするのでしょうか。

櫻本氏:問題が起こった時には個人を責めたくなることもあるのですが、そもそも個人の課題は、個人の課題でないケースが多いと思っています。周囲との関係によって生じた課題や、チーム全体で生み出された課題の場合が多いです。チームの文化によって生じるので、「一人の課題はみんなの課題である」という共通認識を大切にし、お互いに支え合う意識をつくっています。

「20分を捻出できないリーダーはいないはず」メンバーとのかかわりに必要な“問いかけ”と“向き合う時間”

つい先日、cotreeの社内である課題について議論したときのことです。

普通ならマネジメント層だけで意思決定するような内容の課題でしたが、私たちはメンバーを交えて車座になり、「この課題についてどう思う?」と議論しました。「この課題はみんなにとってどんな意味があるのか」と投げかけた上で、「私はこう思っている」と伝えたわけです。

このようなコミュニケーションが大切なことだと思っています。。上から下へ、トップダウンで決定事項を下ろすのではなく、課題について全員で考え、納得感を得た上で次のステップへ進んでいきます。その分だけ時間はかかり、意見をまとめるのが大変ではありますが、こうして問いかけることでメンバー全員が当事者になれるんです。

マネージャー層は忙しく、1on1を後回しにするなどコミュニケーションの優先度を下げてしまう方が多いです。ですが、時間がなくても「20分を捻出できないリーダーはいない」はずだと思います。優先順位の問題ですよね。

マネジメント層こそ自己理解が必要

 

――新型コロナウイルスの影響で、コミュニケーションの在り方を見直す企業が増えています。今後の人間関係づくりにおいて、櫻本さんは何が重要だと考えていますか?

櫻本氏:コロナ禍以前から、個人の価値観や働き方は多様性を増しつつありました。性別や国籍、能力、そして価値観や働き方。違いを大切にして、いろいろな人を巻き込める「異質性のあるチーム」が強いというのは、グローバル企業の多くが証明していることだと思います。

そうしたチームを作るためには、意識して互いの状況に想像力を働かせ、互いに配慮し、共通の目的に向かって適した行動を取れるようにしなければいけません。その上でメンバーとのかかわり方や制度設計を考えていくことが求められるのではないでしょうか。

「人は育てられる」と思えば、どんな人でも採用できる

――cotreeやコーチェットでも「異質性のあるチームづくり」を目指して動いているのでしょうか。

櫻本氏:たとえば「男性が多いから女性を増やそう」といった、異質性を意識して採用活動を行っているわけではないんです。今後の事業や組織にどんな役割が必要なのかを考え、適した人材を採用していくうちに、自然と異質性のあるチームになってきました。

その意味では、異質な人を育成する自信を持つことも大切だと思います。自信がないと、採用活動で異質な人をブロックしてしまうかもしれません。逆に、異質な人の育成が得意であれば採用の可能性は広がります。どんな人でも育てられると思えば、どんな人でも採用できるんです。

採用と育成はトレードオフの関係にあります。採用のハードルを上げれば育成は簡単になりますが、採用のハードルを下げれば育成は難しくなります。今後、労働人口が減少していく中では、企業が前者の方法を選択し続けることは難しいでしょう。異質な人の育成から逃げることはできないし、育成を強化しなければ組織が成り立たなくなるかもしれません。

――こうした状況の中で、改めてマネージャー・リーダー層に求められる姿勢とは?

櫻本氏:マネージャー・リーダーとして機能するために、どんなマインドセットが必要なのか。それを自身で問いかけ続けることが大切だと思います。今は理想のマネージャー・リーダー像を一つに絞りきれる時代ではなく、答えがないことが前提です。だからこそ難しくもあり、やりがいもあるのがマネージャー・リーダーだと思うのです。もちろん経営者も。

そうした自身への問いかけを続けるために必要なのは人間理解です。自分がどんな人間なのかは、他者との比較でしかわかりません。相対的に自分を理解していく力がますます重要になっていくと思います。だからこそ私たちは、マネージャー・リーダー層が自分を理解し、メンバーを理解して行動できるように、最大限の支援をしていきたいと思っています。

 

取材後記

「人の悩みや苦しみと向き合う」ことは、一見すると事業や組織の成長には直接つながらない役割であるように感じられるかもしれません。しかし取材時の櫻本さんは一貫して、一人一人のメンバーと向き合うことが強いチーム作りには欠かせないのだと語ってくれました。マイナスをゼロにするだけではなく、ゼロから1へ、10へ、100へと高めていくためにも、メンバーの弱みや本音を受け止めて人を大切にするマネージャー・リーダーが求められるのではないか。そんなことを考えさせられた取材でした。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、編集/野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/安井信介