経営理念「Smile & Sexy」の追求。物語コーポレーションは、外国籍・LGBT人財など広く受け入れ多様性ある組織に

株式会社物語コーポレーション

代表取締役社長 加藤央之

プロフィール
株式会社物語コーポレーション

上級執行役員 新田崇博

プロフィール

かつて飲食店をはじめとした日本の外食産業といえば、その市場規模は約25兆円。とてつもない一大業界であった。ところが2020年、世界的な新型コロナウイルス感染拡大に伴う情勢混乱の影響を受け、日本政府の営業自粛要請などによりその収益は各社激減。業界全体のフードビジネスクライシスが目前に迫りつつある。

しかしながら、そもそも外食産業には、中食市場の競合や少子高齢化、労働力不足などの課題が根強く残っており、市場そのものは近年停滞気味であった。ところが停滞市場ではあったものの同業界の中で着々と力を蓄え成長を続けていた企業があった。それが外食チェーンの株式会社物語コーポレーション(愛知県豊橋市/代表取締役社長:加藤央之)である。

その成長性はコロナ禍においても止まらない。そのポイントはどこにあるのか。ヒントは「人財力」「開発力」にあるという。今回は特別に、同社の代表取締役社長である加藤央之氏(以下、加藤氏)および上級執行役員の新田崇博氏(新田氏)に、その強さの秘訣を d’s journal に語っていただいた。組織デザイン術とプロフェッショナル論も必見である。

コロナ禍でも成長を維持し続けた要因

まずは物語コーポレーションの概要と2020年の歩みについて見ていこう。1949年、同社はおでん屋「酒房源氏」として創業、その産声を上げる。その後1997年6月に業態開発型企業として「物語コーポレーション」に社名を変更。2008年3月にはジャスダック証券取引所(現 東京証券取引所JASDAQ市場)に株式を上場した。そして2011年6月に東京証券取引所一部に銘柄指定。現在では「焼肉きんぐ」「丸源ラーメン」「お好み焼本舗」「寿司・しゃぶしゃぶ ゆず庵」「しゃぶとかに 源氏総本店」など、計5業種、国内外に15ブランドを多角事業化している。

同社は、競争力のある「焼肉きんぐ」「丸源ラーメン」を中心に、店舗ごとの収益性を重視した出店を積極的に推し進め、郊外ロードサイドを中心に展開してきた。さらに店舗業務や本社業務のスマート化など、業務効率化につながる投資も力を入れる。サプライチェーンの最適化やスケールメリットを活かした調達コストの競争力も強化しているのだ。同社の展開する飲食店ブランドの躍進と店舗オペレーションは、たびたびメディアで取り上げられているため、店舗の概要を見聞きしたり、実際に店を訪れた読者も少なくないだろう。

さて、そんな同社のコロナ禍(2020年)での動向はどうだったのだろうか。まずは同社代表取締役の加藤氏に振り返っていただいた。

「2020年の4月から5月下旬までの緊急事態宣言が発令されていた期間は、直営の全302店舗を休業していました。4月の既存店の売上高は72.1%減、5月は42.8%減までに落ち込みました。しかし6月には徐々に盛り返していき、3.7%減にまで回復し、続く7月は3.4%増へと転じました。11月には11.4%増とコロナ前の水準にまで回復しました」(インタビュー:12月末時点)

2020年12月や2021年1月は、新型コロナウイルスの感染第3波の影響で外食各社が打撃を受け、現在、既存店売上高は主要13社すべてが前年同月を下回った模様だ(d’s journal調べ)。しかしながら、回復傾向にあった同社の要因は、需要の落ち込みが激しい繁華街や俗にいうエキチカなどではなく、いまだ高いニーズを保つ郊外のロードサイドにファミリー向けとして積極出店していたことが、堅調運営を続けてこられた点にある。また、例えば限られた外食の機会、予算を個人あるいはファミリーユーザーが検討するとき、「焼肉」は最も支持されやすい。その中でも良質な外食体験を味わえる店舗の第一想起として、物語コーポレーションの各ブランド店(この場合は「焼肉きんぐ」)が挙がりやすいのは想像に難くない。

同社はこれまで「最初のお肉を1枚だけスタッフがしゃぶしゃぶしてくれる(ゆず庵)」「美味しいお肉の焼き方をスタッフがお客様にご案内する(焼肉きんぐ)」など”おせっかい”をキーワードに、各ブランドで接客力を磨き上げ、ファミリー層を中心にその支持を得てきた。また今年2月からは、全国の既存店に配膳ロボット約440台を導入を開始するなど、「顧客体験の創造」のためのテーブルサービスに注力してきた。

「当社のお客様は各ブランド(店舗)に何を求めているのかというと、『元気』と『笑顔』のあるサービスなんですよ。元気すぎるのも困りものですが…。とはいえ接点が大事です。例えばコンビニエンスストアであれば、カウンター越しの業務以外に接点がない。ところがテーブルサービスというものは、注文や配膳に始まり会計もある。そもそも多い接点ありきでお客様も認識されている。当然と言えば当然ですが、その接点、いわゆるコミュニケーションに当社は多大な力を入れているのです」(加藤氏)。

その重点戦略が奏功したため、たとえコロナ禍であっても客数や売上を大きく落とすことなくその歩みを続けてこられたのである。
 


 

経営理念「Smile & Sexy」に基づいた組織遂行力と採用力

同社を特徴足らしめているのが、その社風だ。「個」の尊厳を「組織」の尊厳より上位に置く企業として、従業員一人一人がモチベーション高く成長し続けられるよう、働き方改革と多様性を受け入れ、尊重し、さまざまな意見やアイデアを取り入れることで組織の組織力を高めるダイバーシティ&インクルージョンを成長の源泉としている。それが同社の経営理念としてある「Smile & Sexy」の標ぼうだ。同社では「Smile!」で自分を磨くこと、「Be Sexy」で自分を表現することとし、「Smile & Sexy」で自己実現することを表している。

「当社はすべてこの『Smile & Sexy』を基点として、会社も従業員も動きます。要は自分らしく生きることは幸せであり、そういう生き方をしている人は美しいという概念です。日本では『自分らしく』を自己中心的な自分と捉えがちな風土が根強いですが、誰よりもマナーがある、気遣いができる、挨拶がしっかりできる――。そんな振る舞いのできる人は我儘ではなくて魅力的に映るはずです。つまり『Smile & Sexy』を追求することでより自分らしく、より良い人生が送れるという考え方です」(加藤氏)。

同社はこの理念に基づいて採用も行う。しかも条件型のみではなく、理念型の人を採用するという徹底した態勢を敷いている。採用したい人物像は、自分を変えてみたい、何か人生に指標も持って生きてみたいといった考えを持つタイプなのだという。それも面接では必ず集団面接ではなく、「個対個」に拘る。なるべく良いところを引き出したい、周りを気にせず自己開示して欲しい、理念を持った人と働きたい、そんな想いもあり採用活動にも余念がない。

しかしながら、それでは同社の求める人財の幅は限られてくるのではないだろうか。実際、これまでは同社会長(現 取締役特別顧問)である小林佳雄氏が、経営理念に基づいたセミナーを就職希望者向けに開催し講演を行っていたという。その内容がいわゆる採用のフィルタリングになっていたのだ。その時点で社風に合わない人は選考のステージに残らないという。

当社のセミナーは、2時間半みっちりと『Smile & Sexy』のことだけを伝えています。会社概要や売上、福利厚生の話は一切出てきません。ただひたすら理念の話をしています。ですからここだったら自分らしく働けそう、と当社に共感してくれた人たちだけがやはり選考へと進んでいますね」。そう伝えるのは上級執行役員の新田氏である。同社の社風に合う人財は、理念に同調する人だけでいい、実に合理的な採用手法だ。それが新卒はもちろん中途社員もコンスタントに採用ができている要因だと教えてくれた。
 


 

会議は忖度なし。それが成長の要因

これまで成長を続けてきた要因は、当たり前だがサービスの陳腐化を最大限回避してきたこと。これに尽きるだろう。つまりお客様に飽きられない店づくりの実践だ。味やメニュー、店舗内外装などを見直し、有望なサービスや業態があれば積極的に推し進めてきたのだ。これは“多様性を受容するから多様性を表現しよう”という文化(Smile & Sexy)に起因するという。この社風は、普段の会議などでも色濃く反映されている。

当社は議論文化を根付かせています。議論文化の良い点は、会社を正しい方向にもっていくことができるということです。開発しかり経営しかりです。もう1点はみんなで議論することで、一人では考えつかないイノベーションが生まれるという点です。世間一般的な会議では、テーブルを囲み、威圧感を振りまく人、ただ同調する人、意見を求められないように気配を消す人、そしてポジションの高い人に対して意見の忖度をする…そんな議論が多いかと思います。

社内には『明言のすすめ』が掲示されていて、会議前に参加者全員で唱和するようにしています。役員も上役も若手も一切関係なく、遠慮や気まずさを捨てて、自分の意見をはっきり言う文化を醸成しています。たとえ賛成意見でも反対意見でも、その理由が言えなければならない。

例えば、商品内容を見直すには、誰かが『●●店の味が最近落ちている』『ちょっとトッピングが物足りないんじゃないか』という指摘をしなければなりません。そこは人間関係がギクシャクしてしまうんじゃないかと恐れるのではなく、役員や上司にも積極的に意見していこうということです。実際この手法で、『熟成醤油 きゃべとん』のチャーシューのサイズに疑問を持ったことから、最終的にサイズアップした事例も多数あります(笑)」(加藤氏)。

自分を表現することに拘る物語コーポレーションの風土。先述の「Smile & Sexy」に基づいた文化だ。自己表現ができて、自己開示の回数が増えていくごとにアウトプットする能力は磨かれ、それに同調する人、協力する人なども増えていく。その成長が自分のため、果ては会社の成長にもつながっていくと説明する。同社の経営理念追求は徹底している。
 


 

多様性あるフードビジネスのプロフェッショナルを目指せ

経営理念「Smile & Sexy」は、何も社員を厳しく統制しようというものではない。そこには先述した通り、同社の源泉にもなっているダイバーシティ&インクルージョンがその下地にある。そのため同社では、外国籍人財やLGBTを積極的に採用している。またレインボー休暇制度、同性パートナーが社内で法律婚と同じ待遇を受けることができる「ライフパートナーシップ制度」や、女性がライフステージに関わらず安心して活躍できる体制、そして従業員向けの安心相談室の設置など、ダイバーシティに関わる制度と環境整備をこれまでに数多く整えてきた。さまざまな価値観を認め、多様性を享受するからこそ、埋もれてしまいがちなマイノリティにもスポットを当て、それがシナジーとして会社の存在感を高めている。

ところが近年、従業員の中には、人生と仕事を分けて考える人が出てきたという。それでは自分の成長につながらないというのが加藤氏の意見だ。そこで直近では、理念の追求だけでなく、プロフェッショナルを育てるためのアクションを全社挙げて実践しているというのだ。

「経営理念『Smile & Sexy』は生き方の理念なので、仕事と結び付けられていない人が多い。また、私たちもプロフェッショナル性を磨くことを求めてこなかった。例えば『明言のすすめ』を敷いている当社ですが、従業員全員に浸透しているわけではない。人生の中において仕事は1日のうち6割から8割を占めている大事な要素です。これは仕方がない。ですから自分の仕事の中で、言いたいこと言えないのは、人生でも言えていないと同義です。私はなぜ言いたいことが言えないのかを考えたところ、プロフェッショナルと結びついていないから、という結論に至りました。

個人がプロフェッショナルを追求していれば当然、マーケティングからはじまり、物件調査、立地、店舗の外装・内装、デザイン、メニュー、商品開発、店舗運営などで自分の意見や改善したいことが出てくるはずです。つまり自分の意見が言えないのではなくて、経験と知識がないから意見が無かった、ということなのです。

私は本能的にフードビジネスが好きです。普段からたくさんのお店に食べ歩いています。インプットの量も半端ではないですから、気づくことも沢山ある。意識的に行動習慣にしないとプロフェッショナルにはなれないのです。ですから現在は、プロフェッショナルをキーワードにした人事ポリシーと人事評価制度に落とし込んでいます」(加藤氏)。
 


 
その人事ポリシーとはこうだ。人事評価に関しては、21年1月から目標設定とフィードバックの仕方を変更したという。会社のビジョンを達成するために「人財力」「開発力」を前面に出してきた同社。その両者を兼ね揃えている人財が「Smile & Sexy」と「プロフェッショナル」を体現している人、つまり物語コーポレーションの求める人物像だ。これを人事ポリシーとした。

そして従業員には、日々の目標設定として「Smile & Sexyな人になるためには何をしますか」、「プロフェッショナルな自分として数値結果を残すために何をしますか」を仕組み化した。そして全従業員1,200人に対してそれぞれのフィードバックを実践するのだ。例としてはこのような感じだ。「普段から自信が無くて自分の意見が言えない。だから週一回ストアコンパリゾンを実践、レポート作成をして提出。フィードバックをもらって業態改善提案を2つ出す」といった具合である。ポイントは具体的な行動になっているかどうか。

毎日の目標設定とフィードバックを実践していれば必然的に人事ポリシー通りの人に近づき、結果会社の掲げるビジョンに到達する、そんなスキームに変更したのだ。制度として一本串を通した状態であろう。

イメージとしてはプロフェッショナルという円があり、部分部分で出来ることを増やして埋めていくといった具合だ。埋まっていけば自信もつく、モチベーションも維持できるという考え方である。日々プロフェッショナルに近づく感覚が実感できれば、おのずと定着率向上にもつながっていくと同社は考える。ちなみに異動に関してもミッションを与えた状態で辞令を出す。しっかり成長のイメージを抱ける人事異動を実践することで、本人の成長とキャリア構築のサポートもしっかり行える仕組みなのである。

今後の展望について

最後にこのコロナ禍で、外食産業の一員として、物語コーポレーションとしての展望を伺い、本稿を締めよう。

外国籍人財やLGBTを多く受け入れてきた当社は本当に多様性にあふれた風土で、日々さまざまな意見が飛び交って会社が成長しています。外食の経験がない従業員も当然数多くいます。『自分は何がしたいのか』『なんのために働くのか』そういうことを考えられる人に多く集まっていただきたいし、そのような会社を引き続き目指しています。今までの信念は必ず活きる会社であることは間違いないので、他社がやっていないこと、人財にももっと投資をしていく。そんな構えでおります」(新田氏)。

「都市型で利益率の高い居酒屋業態とは違い、実は焼肉などの食肉を扱う業態で、かつ郊外型店舗は、堅実経営でなくてはお客様には支持されません。堅い商売をしてきたというのが私の実感です。ですから今後もきっちりと開発をして、一つ一つの業態を丁寧に運用していくのは変わりません。現在は焼肉が好調ですが、何が落ち込むかわかりませんのでマルチブランド戦略での展開も続投です。一方で衛生面にも注力しています。今期から衛生部門専任の顧問を登用して、上流から下流まで一気通貫した管理体制を作り、衛生面の強化に取り組んでまいります。要は未来が好調になる投資に力を入れていくということですね」(加藤氏)。
 


 

【取材後記】

経営理念「Smile & Sexy」と「プロフェッショナル」を体現した人財が多く集う組織、それが物語コーポレーションであり、同社の成長の源泉であった。役員も上役も若手も一切関係なく、自分の意見をはっきり発言する、あるいは発言できる文化を醸成している組織は決して多くはない。ここにプロフェッショナルに拘る同社の姿勢、そしてその姿勢が世の中のユーザーに広く支持されている所以だろう。もしお近くに系列店があればぜひ足を運び、そのサービス展開と充実を確認してほしい。

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取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊