極めて優秀な人材が、企業文化に共感し活躍する雇用形態「多様性正社員」とは

株式会社プリンシプル

代表取締役社長 楠山健一郎(くすやま・けんいちろう)

プロフィール

2011年に設立された株式会社プリンシプルは、デジタルマーケティングのコンサルティングを中心とした事業を展開。優れた人材を数多く擁し、Google マーケティングプラッフォームパートナーにも認定されています。

同社は2020年7月末に業界最大規模のウェビナー(webセミナー)を成功させ、コロナ禍でも着実に業績を拡大。また、人間としての原則(プリンシプル)を重視し、Great Place To Work ®が実施する「働きがいのある企業」ランキングにも選出されています。社員数は約100名(アルバイト、インターン含む。2020年9月現在)。現在シリコンバレー在住の楠山社長に、オンライン会議システムを通じて、今注目される雇用や働き方について伺いました。

リモートワーク成功の秘訣

楠山社長が起業された動機を教えてください。

楠山氏:一言で言えば「アメリカに行きたかった」というのが動機です(笑)。父が石油メジャーの支社長を務め、世界でビジネスをしている姿に憧れて、自分も海外で働きたいと思うようになりました。最初は留学や、企業に入って海外駐在員になるといった方法にトライしたものの上手くいかず、それでもどうしても諦められなくて。カリフォルニアの日系スーパーのレジ打ちの求人情報をみながらなんとかアメリカで働きたい、と思いましたがビザがないと働けない。最後の選択肢として起業という道を選び、ようやく夢がかないましたが、ずいぶん回り道をしましたね。

2016年にご家族とともにシリコンバレーに拠点を移し、リモート経営をスタートされましたが、その当初、会社の業績が悪化したと伺っています。

楠山氏:Googleのお膝元であるシリコンバレーで同社との関係性を深めつつ、現地の米国企業から受注したいと考えました。日本の会社の運営は信頼できる人間に託したのですが、権限移譲の仕方に問題がありました。

リモートワーク成功の秘訣

それまでは私自身が社員との直接対話の中で会社の理念をしっかり伝え、また採用面接の際も理念を共有できる人かどうかを自分の目で確かめていました。しかし、そういう非言語情報も含めたコミュニケーションが減ったことで、意識のズレが生じるようになり、会社のパフォーマンスが下がる結果になったのです。もちろんその他には属人的なままの会社状態、つまり仕組み化されていない状態で社長が外に出たというのもあります。

ちょっとした対話の場を数多くつくり、人と人とのつながりを維持することが重要
コロナ禍で多くの企業がリモートワークを採用しています。これを成功させるにはどんな工夫が必要でしょう。

楠山氏:人と人のつながりをどうやって維持するかに尽きると思います。例えばプログラムを入力するといったタスクについては、在宅で作業する方が集中できるかもしれません。しかし、新しいアイデアを出すとか、チームで知恵を絞ってお客さまの課題を解決するといった場合、ちょっとした雑談や即席ミーティングができる環境が必要になってきます。

決まった時間に決められた人が集まる会議も良いのですが、出席者のスケジュール調整などの手間がかかり、状況の変化に対して迅速な対応ができません。会議より、ちょっとしたコミュケーションの場を数多くつくる方が特にスタートアップの環境では有効なんです。

私は会社にオフィスは必要だと思っていますが、これまでのように何のためにオフィスがあるのか、あいまいなままにするのではなく、意図的にコミュニケーションをつくり出す場としてオフィスを機能させることが重要ですね。例えば当社ではランチ会を開いて、デリバリーで頼んだ料理を食べながら社員が自由に話し合える機会をつくっています。

日本のオフィスには、楠山社長がシリコンバレーから遠隔操作出るロボットを導入されているそうですが。

楠山氏:ええ、このロボットにはカメラとタブレットが装着され、私の顔が表示されます。ロボットを移動させてミーティングの輪にも自由に入っていけるので、生身でオフィスにいる感覚にかなり近いですね。また、PCのマイクをオンにしている複数の人と話ができるボイスチャット「Discord(ディスコード)」も使い勝手がいいので活用しています。

遠隔操作出るロボット

定期的に15分程度の1on1ミーティングを実施して、社員の皆さんと対話されているそうですね。

楠山氏:1対1だと他の人に気兼ねせずに本音で話し合えますからね。これまで私は3カ月に1回のサイクルで全社員と、マネジャーは月1で自分の部下と1on1ミーティングを行っていましたが、最近は意識的にコミュニケーションの量を増やすべく、隔週や週1のペースに切り替えました。

このところ経営会議をしてもどこかちぐはぐで、プロジェクトの進捗も遅いと感じていたのですが、それはコミュニケーション不足のせいではないかと思い当たりました。以前は雑談や即席ミーティングができていましたが、コロナ禍で仕事がリモートになったためにコミュニケーションがすごく減って、次々に出てくるさまざまな経営課題に対応できなくなってしまっていた。そこで意識的にコミュニケーション量を増やそうと、週1のミーティングに変えたんです。

労働生産性を高めるには

日本の労働生産性の低さがたびたび指摘されていますが、アメリカ人の働き方を間近でご覧になって日本との違いをどのようにお感じですか?

楠山氏:アメリカでは「ジョブ・ディスクリプション(職務定義)」によって、社員それぞれの職務内容や目標、責任が定められているほか、必要とされる知識や技術も明文化されています。そのため、それぞれ専門分野の技能を磨き、課せられた目標をクリアするために懸命に努力します。そして、さらに自分の価値を高めるためにキャリアアップを図って転職していく。

一方、日本では、例えばスーパーのレジで行列ができていたら、仕入れ係もレジ応援に行きますよね。その助け合いの精神は長所である反面、各人の本来の職務である専門性が十分に発揮できなくなります。つまり全員、その会社に最適化されたゼネラリストになってしまい、他社では適応できないため、人材の流動性も悪くなるわけです。

広い目で見ると、各会社に最適化された人材より、どの会社でも専門性を発揮し、パフォーマンスを挙げられる体制のほうが評価軸も明確で、その結果として生産性は上がると思います。

御社では、個人が会社のためだけに働くのではなく、会社が個人の夢をかなえるための場を提供するということを重視されています。

楠山氏:ええ、当社はアメリカ型だと思います。私自身が自分の夢を実現させるためにつくった会社ですからね。でも、私がまさにそうだったように、与えられた目標のためではなく、自分の夢をかなえるためなら、ほとばしるような情熱をもって仕事に打ち込むことができる。その夢と会社が目指す方向性が一致すれば、大変な推進力になるはずです。ですから当社は理念として、会社と個人のWin‐Winの関係を重視しているんです。

ビジネスモデルより何より、「同じ理念を持った人たちとずっと働きたい」という気持ちが大切
Win‐Winを実現するために、どのような取り組みをされていらっしゃいますか?

楠山氏:まず採用時に応募者の夢や目標を聞き、当社の理念や方向性を示してすり合わせを行い、互いに共感できる人を採ることにしています。特にこの業界は変化が激しく、状況に合わせてビジネスモデルもどんどん変えていかなければならない。当初のビジネスモデルに共感して当社に入社したのだとしたら、それが変更になった途端に離職することにもなりかねません。

労働生産性を高めるには

ビジネスモデルより何より、「同じ理念を持った人たちとずっと働きたい」という気持ちが大切です。ですから素晴らしい大学を出ていようと、大企業にいようが、優れたスキルを持っていようと、理念に共感できない人は採りません。ところが最初に渡米する際に、そこのところを徹底、仕組み化しておかなかったために、スキルや学歴優先の採用などブレが生じ、結果的に会社のパフォーマンスが落ちてしまった。その反省に基づいて理念を明文化し、採用のルール・手順もきちんと定めて人事担当者と共有しています。

ずば抜けて優秀な人が採用できる雇用形態

御社では「週3回勤務、副業OK」など非常にユニークな雇用制度をつくられていますが、その狙いを聞かせてください。

楠山氏:突出したタレントを採りたいという想いが出発点です。飛び抜けて優秀な人は、自分がすごい力を持っていることをわかっているし、その力を週5日間、1社のためだけに使うのはつまらないとも思っているはずです。いろいろな会社で働きたいし、副業もしたいし、場合によっては起業もしたい。でもいきなり起業するのは怖いという気持ちもある。

そこで週3、4日は当社で働いてもらい、残りの時間は自分のために使っていいという形にしました。週3、4日働く形態は、一般的には契約社員という位置づけになりますが、当社では正社員として扱うので雇用の期限がなく、生活が保証されます。私はこの形態を「多様性正社員」と呼んでいます。

そういう人たちがやがて起業して、会社を離れていくという心配はありませんか?

楠山氏:それはそれで、その人のWinがかなったわけだから喜ばしいことですし、当社との関係性が切れないなら問題ないと思っています。関係性が維持できていれば、その人が独立することで当社の業務に穴が開いてしまうといった場合でも、外注という形でその人の会社にそれまでやってもらっていた業務を依頼できます。当社を顧客にできるというのは、独立したばかりの人にとってはリスクヘッジになるわけですからまさにWin‐Winですよね。

御社は、働きがいのある企業ランキングに選出されていますが、社員のモチベーションを高めるためにどんな取り組みをされていますか?

楠山氏:やはり会社と個人のWin‐Winの関係を実現するための環境を整えているということが、一番大きいのではないかと思います。例えば当社には業界でも有名なアナリストの木田(和廣氏 取締役副社長)がいて、彼のようになりたいと入社してくる人がいます。

そういう人には木田と同行しながら技術を学んでもらっています。また、私のように海外で働きたいという人であれば、アメリカの拠点で働く機会を設けるなど、個人のキャリアアップや夢の実現に向かえるように配慮しています。

個人の目標と会社の目標をすり合わせる上では、どんな工夫をされていますか?

楠山氏:例えば、当社では会社、そして部門ごとの「ROCKS(四半期の最優先行動目標)」を社員で話し合って決めてもらっています。また、社の理念やクレドなどを見直す際には、私が決めるのではなく、検討チームのメンバーたちが意見を出し合って決めています。少し時間はかかりますが、そのプロセスを踏むことで社員が当事者意識を持ち、経営者の視点でものを考えるきっかけになると思っています。

働く人の要望に応え、採用競争力を高めることが、日本企業の競争力強化につながる
御社は数々の先進的な取り組みをされていますが、日本の企業はどのような変革を目指すべきなのか、経営や雇用に関するお考えを聞かせてください。

楠山氏:コロナ禍によって在宅勤務になり、副業を始める人が増えていますが、今後もその流れは止められないでしょう。現在は生涯1社で勤めあげて会社に尽くすより、自分や家族が幸せになるために自分のスタイルで働きたい、転職や起業もしたいと考える人がたくさん現れています。

日本企業にもっと本腰を入れて海外に出てもらいたいです

その要望に応えられる企業でないと、優秀な人材はだんだん採れなくなっていくでしょう。今後、企業に問われるのは「採用競争力」です。大企業の看板があれば人が集まるという時代ではなくなりつつあります。個人の夢を支援できるような柔軟な働き方を許容する人事制度などを整備すれば、小さな会社でも優秀な人材が採れる可能性が出てくる。採用競争力を高めることが、ひいては日本企業の競争力強化と発展につながるのではないかと思います

 

あとは日本企業にもっと本腰を入れて海外に出てもらいたいですね。かつては日本企業が経営戦略の一環として海外展開に力を入れていましたが、今では展示会にブースを出して様子見をするだけというパターンが増えてきました。やはり、世界に遅れをとらないためにも、企業も個人も積極的に海外に出て自ら変革していくべきではないかと思います。

取材後記

シリコンバレーに居を構えて、リモートで経営を行う楠山社長。その経営思想は、初めに会社ありきではなく、初めに個人の夢ありきの組織づくりです。そして、個人と会社がWin‐Winの関係になるために、学歴やスキルに頼らない独自の採用基準や、副業OK、起業も許容するなど、斬新な制度を次々に導入。

それによって優秀なタレントが集い、独立した後も彼らとつながり続けることで人脈が広がり、新たなビジネスチャンスが生まれる――転職・副業が増加し人材の流動性が高まっていく時代に、会社に縛りつけるのではなく、個人の好みのスタイルで働いてもらう雇用の形が、やがてスタンダードになるのかもしれません。

取材・文/佐藤直樹、編集/森 英信(アンジー)・d’s JOURNAL 編集部