串カツ田中、離職率大幅改善。社員エンゲージメント向上に秘訣あり
大阪名物伝統の味「串カツ」で全国に店舗展開する外食サービス最大手、串カツ田中。勢いの源泉は人材だ。新入社員は(※)小伝馬町研修センター店にて研修を受け、その後、同社運営店である「串カツ田中」で活躍する。この研修が同社の社員エンゲージメントを高め、離職率の改善につながり、ひいては企業成長の一翼を担っているというのだ。人材教育課 課長 石川一希氏に同社の取り組みについて伺った。(※新卒はルーキー店舗に配属)
来店して楽しい、飲食して楽しい"串カツ店"
株式会社串カツ田中ホールディングス(東京都品川区、代表取締役社長/貫啓二)<以下、串カツ田中>は、全国に、直営とフランチャイズで外食サービス・店舗運営を展開する企業である。2002年の創業を機に、大阪伝統の味である串カツをメインに押し出した店舗展開で急速に市場を拡大し、グループ全体で売上高100億1,000万円(2019年11月現在)、店舗数275店(2020年10月15日現在)と、わずか18年で大きな成長を遂げている。
また実際の店舗である「串カツ田中」も広くユーザーに愛されており、1店舗につき社員は2~5名、アルバイトの人数は15~25名程度でオペレーションを実施。客単価は約2,400円、滞在時間は約2時間ほど。ユーザーは主にファミリー層が中心で、常連が多いことも特徴だ。「全店禁煙(一部分煙)」「お子さまに優しいメニュー展開」「無料でハイボールが飲めるゲームができる」など、ファミレスと居酒屋のいいとこ取りをついた施策を展開。いまキテる居酒屋として、来店動機も他店差別化も十分に備えた有名店となり連日店舗は賑わいを見せている。(※)
そんな串カツ田中だが、外食産業全体が抱える、人手不足を背景とした人件費の上昇、消費増税によるコスト増、そして離職率の高さなどの課題をさまざまな対策と工夫で乗り超えてきた。特に離職率の改善は同社にとっても大きな課題となっていたため、早急かつ抜本的な施策が必要とされていたのだ。そこで着目されたのが研修制度の見直しと構築、それに伴う社員のエンゲージメントの向上である。
(※)新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、外出自粛要請や営業時間短縮などにより経営環境はその限りではありません
●小伝馬町研修センターの立ち上げと研修制度の整備
さて、店舗「串カツ田中」を訪れたことはあるだろうか。笑顔の爽やかな店員がつくる活気溢れる雰囲気、子ども連れでも安心して過ごせる店内と導線設計、時折ハイボールがお得に飲めるゲームが行われるなどサービスが満載。そして何よりもリーズナブルな価格で提供される串カツを楽しめる――。実はこれらのサービスを切り盛りして店舗運営を行える社員は皆、小伝馬町に立地する「小伝馬町研修センター店」にて1カ月の研修を経て配属された卒業生なのである。卒業生のパフォーマンスは高く、各店へ配属された後も店長や本社社員として活躍しているほか、なにより2019年の1年間の離職率が13%と低い。これは外食産業内での離職率平均が30%前後と言われる数値と比較しても顕著である。実は研修センターが立ち上った当時2018年の離職率が22%であったことを考えると、その改善率と同社の推進力にも驚かされる。
ここで、この研修センターが同社にとってどのような役割と効果をもたらしてきたのか。営業本部 営業サポート部 人材教育課 課長の石川一希氏(以下、石川氏)にその詳細を聞いてみよう。
現場オペレーションのバラつきに課題。均質な人材教育で離職率を改善/石川氏(1)
――研修センターが立ち上がった背景を教えてください
石川氏:もともと当社には入社後研修の制度自体が存在していませんでした。本社での研修は1~2日程度、採用された新入社員は近場の店舗に配属され、当該店舗の店長の下に就いてOJTでの調理の仕方や店舗運営のスキルを勉強していくといった流れです。しかしこれでは配属先の店舗の状況や教える人のスキル、経験値によって、社員の力量と質にバラつきが出てしまうといった問題が出てしまっていました。特に入社後すぐに各店舗へ配属されてしまうので、同期という存在がおらず、ちょっとした悩みなども共有する相手がいなかったのです。
そのため離職率も22%(2018年)という数値。これでは店舗に関わらず高いレベルでサービスを提供し、お客様に等しく喜んでいただくという私たちの理念にはほど遠い企業となってしまいます。そこで均質なオペレーション、均質のスキルとサービス提供力、そして各人がそれぞれ等しく店舗運営力を兼ね備えた社員を教育しようと、入り口を統一する動きが生まれました。それが経営層直下のもとで展開される研修プロジェクト発足につながりました。
――どのような研修プログラムが備わったプロジェクトなのですか
石川氏:まず当社の理念である「全従業員の物心両面の幸福を追求」に加え、「教え育てる教育よりも、ともに育つ“共育”を」という方針による人材育成のフォーマットを確立し取り組みました。次に、その受け皿が必要だろうということで「小伝馬町研修センター店」をオープン。新人は皆この実店舗兼研修センターに所属し、約1カ月間、実際の店舗運営に関わりながら理念やスキルを学ぶといった具合です。
研修センターでの1カ月間は、主に4つの領域(持ち場)に関して学んでもらいます。具体的には「ホール」「ドリンク」「キッチン」、そして当社のメインかつ最重要業務となる「揚げ場」です。これを1カ月のローテーションの中で完璧にマスターできるよう身に着けていくのです。座学は開店前に行われ、実地訓練はお店が開いてからとなります。同時に、社内講師による「串カツ田中アカデミー」で、50以上の講座を開き新人のさらなるスキルアップ向上にもつなげています。新人研修の目的は、店舗での営業を純真に楽しんでもらいたいことです。やっぱり自分が心から楽しいと思って仕事をしなければ、お客様に楽しんでもらえるような接客はできませんからね。
当然ですが、中には飲食のアルバイト経験や料理をしたことのない新人もいます。だから毎日が新店舗オープン状態(笑)。いつもどこかで皿が割れ、手順でつまづき、調理に失敗し、オーダーミスなども起こします。ですが研修センター店で新米店員が研修を兼ねて働いていることはお客様には周知の事実。そのためドリンクは通常店より割引のある価格で提供し、お店を楽しんでいただけています。お客様も優しい方ばかりですので、そんな彼らの失敗や成長ぶりも大らかな心で楽しんでくださっているのかもしれません。
また現在の研修センター店では、新人だけでなく既存社員の再研修の場としても活用しています。最終的には全社員が等しく同社の店舗オペレーションを実践できるレベルまで引き上げるのがこの研修センター店とプロジェクトの役割だと思っています。2018年8月に立ちあがった同プロジェクトは2年目に突入しました。コロナ禍での混乱もあったため正確な数値はお答えしにくいのですが、研修センター店の卒業生全体でみると約5%しか退職していません。成果は確実に上がっていると言えるでしょう。
まずは自分が楽しむこと――。その姿を後進に見せる/石川氏(2)
――研修センター店ではどんな魔法がかけられているのでしょうか
石川氏:まず既存店と研修センター店で決定的な違いがあります。それは”活気”です。研修センター店にはインストラクターが常駐して新人にさまざまな事を教えているのですが、彼らには特に活気を引き出してほしいと伝えています。例えば、お客様がお店に来店した際の店員の「いらっしゃいませ」の掛け声。この雰囲気を感じてお客様は「ああ活気があるお店だな」とか「このお店は元気がないな」など判断します。串カツ田中の躍進はこの活気にあると思います。ですから入口で出せるだけの活気を出すトレーニングを重視しているわけです。
また活気というのは、左記にも述べましたが自分が楽しんでいなければ出るものではありません。ですから教育するインストラクター自体が楽しむことを心がけています。現場でその背中を見せることで新人の彼らにも刺激となり、活気の盛り上がりが売り上げにもつながっていくことを肌で感じてもらうのが狙いです。
また人間関係の構築やコミュニケーション能力の教育も忘れてはならない要素のひとつです。現場のメインは接客業ですから、好き嫌いで仕事をしてはいけない。たとえ性格的に苦手なタイプの方に対しても高いレベルでサービスを提供してもらわなければならないので、積極的に交流をとること、あるいは交流をとれる方法をアドバイスしていますね。
ここで活気や人間関係の構築など、定量面では測りにくいことをどう可視化していくのかという疑問を持たれるかと思います。確かに測りにくい要素ではあるのですが、当社では卒業生と2カ月に一回面談をして、目標に向かうアクションをどうしているのか決めさせ、それをどう実現できているかなどを目線合わせしています。繁忙期などにもよりますが、現状では2週間に一度のペース(1カ月で8名程度)で新人が入ってくるため、インストラクターの教育技能も自然と成長しています。より目標に向かわせる指導とアウトプットが彼らとの面談などでできているかと思います。
――人材育成のポイントなどを教えてもらえますか
石川氏:その後に活躍できる人材というのは研修時点で学ぶ姿勢が違うのではっきりと分かります。成長する人はどんどん質問するのです。自分から積極的に吸収する姿勢があるので、そういう人はわずか入社1年で店長に昇格する場合もありますね。つまり研修が終わるのを待っている人と、研修で成長しようとしている人は成長のスピードが全然違うわけですね。また接客そのものを楽しめている人も、やはり活躍できる傾向が高いと思われます。
それらを踏まえて申しますと、毎日8時間以上働く上で、その仕事をどう楽しめるか、どういったところに自分の成長を主体的に感じられるかが大事ですので、その辺りをうまく教えてリードしてあげられるかがポイントでしょうか。またインストラクターとのつながりも大変重要です。新人は新人ならでは悩みがありますが、入社後、本配属後などフェーズによって同じ人でも悩みや課題は違ってきます。そんな各要所で必要になるのが、昔の恩師的な存在である研修時代のインストラクターです。卒業したからといってそこで関係性が途切れるのではなく、いつの時代やポジションでも卒業生の良き相談相手になって彼らを受け止めている。そんな関係性やエンゲージメントが力のある社員の輩出につながったり、離職率を抑えるポイントになるのではないでしょうか。
――今後の展望や解決したい課題はありますか
石川氏:研修センターでは働くことへの楽しさを教えていましたが、本配属となる店舗でのギャップが生じてしまうこと、そのギャップをいかに埋めていくかが課題ですね。研修センターで徹底していた業務が、配属店舗では実は優先順位が違っていたりする。実際に接客を経験されたことがある方なら想像がつくかと思いますが、お店が繁忙期に入るとどうしても学んだこととは違う業務を行ったり、効率性や生産性などが重視されることもある。そういった現実の店舗オペレーションに対してうまくコミットできるよう卒業生に対してフォローしていかなければならないと思っています。
一方、政府の新型コロナウイルス感染症拡大防止策として外出自粛などの要請により、来店数の減少、サプライチェーンの混乱や店舗営業時間短縮といった、外食産業全体の問題も当社は例に漏れず大きく影響を受けております。これまでほとんどの研修が集合研修だったため、串カツ田中アカデミーで学べるサービススキル、ホスピタリティ、数字管理などの座学研修は、リモートでできるよう環境を整えてきました。さらに実店舗でのオペレーションでも、接客などは今までの距離感では実践できなくなってしまったため、そこもよりベストな方法を模索中です。
悲観ばかりしても仕方ありませんが、現場から生まれたノウハウとして、マスク越しで伝わる笑顔の仕方やくぐもった声ではなく、ワントーン高く発声してお客様に元気を伝えるなど、活気は消えてはおりませんし明るいニュースもあります。お客様あっての業態ですから、こんな時代だからこそお客様への感謝と恩返しを忘れず、共に繁栄できたらと考えています。それを新人だけでなく全社員が実践できる。そんな母艦に研修センター店がなってくれたらと願っています。
まとめ
串カツ田中の人材育成術はいかがだったろうか。離職率や働きがいと関係の強いといわれるエンゲージメントを高めることが外食産業で急成長を遂げた同社の強さの秘訣かもしれない。「まずは自分が楽しむこと。それを後進に見せること」――。すべての人材教育の場で必要とされる要素ではないだろうか。まずは身近な後輩や部下といった関係性を一度見直してみることで、ニューノーマル時代でも生き抜く企業・組織文化の醸成のヒントが得られるかもしれない。
文、取材/鈴政 武尊、編集/鈴政 武尊