深刻な国内のIT人材不足から、注目が集まる海外人材の採用とは。IT人材を多数輩出するインドの転職市場を語る
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国内の人材獲得が厳しい現状において、海外のITエンジニアの採用市場はこれから活性化していく
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インドのITエンジニアが転職先に求めることは、給与条件に加えて、身に付くスキルや役職をいかに上げていくかを重視する
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海外人材の採用は、二国間人材紹介サービスのような人材マッチングサービスを活用するのが一般的
2030年には国内の労働力人口が、労働力需要に対し644万人不足すると予測される中、テクノロジーの進化や企業のDX推進に伴い、特にITエンジニア人材が不足しています。一方、海外に目を向けると、世界最多の人口に達したインドではITエンジニアとして働く人材が急増しており、同国のITエンジニアに対する注目が集まっています。
インド政府による人材育成プログラム「Skill India」をはじめ、さまざまな分野での職業訓練や雇用促進施策が後押しとなり、インドはITエンジニアが多く輩出される基盤づくりが進んでいます。IT人材の採用に苦戦する日本国内の大手企業は海外人材の採用も視野に入れ始め、近年そのニーズが高まりつつあります。
今回はパーソルキャリアでクロスボーダー領域のキャリア支援に従事している都築氏と、PERSOLKELLY India Japan Desk立ち上げに伴い現地赴任中の荒井氏に、エンジニア人口が増加するインドのIT転職市場の現状を伺いながら、海外人材を採用するための手法や注意ポイント、採用後に長く活躍してもらうための受け入れに対し日本企業が求められる点について解説してもらいました。
海外人材の獲得を検討している企業は1割程度。これから活性化していく市場
――日本国内のIT エンジニア採用の現状についてお聞かせください。
都築氏:人材獲得の競争は激しく、人材不足が続いています。dodaが提供している2023年11月の転職求人倍率レポートによると、市場全体の職種別求人倍率が2.76なのに対し、エンジニア(IT・通信)では11.51と約4倍近い数字を示しています。一人のエンジニア採用候補者を、多数の企業が求める時代になっています。
※出典:転職求人倍率レポート(2023年11月)より
※doda転職求人倍率の定義:「doda転職求人倍率」は、dodaの会員登録者(転職希望者)1人に対して、中途採用の求人が何件あるかを算出した数値です。
――なぜ、それほどITエンジニアが求められているのですか。
都築氏:各企業がeコマースやAIなどをはじめとしたDX化を推進するに当たり、社内テクノロジーを整備する必要に迫られていることが挙げられます。最近では、IT 企業にプロダクト開発を外注するより、経験のあるエンジニアを責任者に据え、プロジェクトを推進していきたいと考えている企業が増えているのがトレンドと言えるでしょう。
荒井氏:生産性を上げていくために、経験値の高いエンジニアを採用したいというニーズは非常に高まっていますね。IT企業にとどまらず、製造・金融・建築不動産・医療・流通小売・人材サービスなど、あらゆる業界がエンジニアを求めている時代です。ITエンジニアの採用が難しくなっている潮流を受け、パーソルキャリアは2020年に「HiPro Tech」を立ち上げました。複業やフリーランスのIT 人材と企業を結ぶ架け橋として、少しでもエンジニア不足をサポートできればと考えているところです。
――国内の人材獲得が厳しい現状において、海外からIT人材を採用しようという企業はどれくらい出てきているのでしょうか。
都築氏:「なんとかして国内で採用したい」ともがいている企業が大半です。そのうち海外からの採用を検討している企業は、1割程度にとどまっている印象です。その理由は、純粋に「日本人同士、日本語でやりとりしている中で、異なる環境でキャリアを積んできた海外の人材を活かし切る自信がない」といった点があると思います。
――海外人材の採用に積極的な姿勢を示している日本企業は、まだ少ないのですね。
都築氏:海外人材を十分に活かすためには、人事・現場・経営の3者が協力して受け入れ環境を整えることが必要です。とは言え、一夕一朝でできることでもありません。今は企業が、海外人材を受け入れるための課題を解きほぐし、覚悟を固めるための準備期間と言ってもいいかもしれません。
ただ一方で、それまで外注してきたITプロダクト開発を自社で行うことでより効率的に生産性を向上したい、さらにはグローバルでの競争力を高めていきたいといった理由で、インドをはじめとしたアジア諸国に乗り込んで、積極的に採用を始めている企業も見られるようになりました。そうした状況を見ていると、海外のITエンジニアの採用市場は、まさにこれから活性化していくと言えるでしょう。
インドの転職・採用事情の今
――エンジニアの育成が活発なインドの採用事情についてお聞きします。最初に、インド国内の転職市場のトレンドについて教えてください。
荒井氏:インドの転職市場は非常に活発です。20代で3~4社経験しているのは当たり前で、多くのエンジニアが3年おきくらいに転職を繰り返しています。転職を繰り返すことで、20~30パーセントは給料が上がっていくので、インド人にとって転職は日常茶飯事なのでしょうね。
都築氏:我々が日本へ転職を考える求職者のサポートをする際には、日本は歴史的に新卒採用、終身雇用の文化があるため、1社に勤めながらキャリアアップが可能ということ伝えています。海外・インドでは1社でキャリアアップの機会は多くなく、転職を通じてキャリアを上げていく=キャリアを形成するためには転職、という考え方があるというのは大きな違いだと感じています。
――転職先企業にどんなことを求めるのでしょうか?
荒井氏:インド人のITエンジニアは、サラリー(給与)はもちろん「身に付くスキルや役職をいかに上げていくか」を重視する傾向にあります。インド人のITエンジニアにとって、履歴書や職務経歴書に書けるような経験は非常に価値が高く、そのために海外での職務経験や海外研修を求める人材も少なくありません。ですから転職先に求めることは、「そこで自身が、何を成し遂げられるか、どんな役割やスキル・肩書を獲得できるか」だと思います。
インド人のITエンジニアが日本企業へ抱く印象と、日本の魅力とは
――インド人エンジニアが日本企業に抱いている印象は、どのようなものなのでしょうか。
荒井氏:真面目でよく働く、時間を守り丁寧に仕事を進めると感じているようです。日系の製造業が徹底している5S、「整理・整頓・清掃・清潔・躾(しつけ)」というのが、まさにインド人エンジニアの抱く日本企業の印象ですね。基本的にリスペクトはあると思います。ただ、“IT先進国”というよりは、製造業の国としての印象が強いですね。
――インド人にとってIT先進国とは、欧米諸国ということになるのでしょうか?
荒井氏:はい。英語を当たり前に使えるといった環境もそうですし、GAFAM(※)の経営層の多くにインド人が着任していることを鑑みても、欧米でのキャリアに関心を持っているのが現状です。給与面で見ても、日本では高給が期待できない、食文化の面でもベジタリアン向けの料理店が探しにくいなど、壁を感じることも少なくないようです。
(※)ガーファム。Google、Apple、Meta(メタ、旧Facebook)などの巨大IT企業群の頭文字を取った略語
――インド人を受け入れたい日本企業としては、少々苦戦することもありそうです。
都築氏:もちろん日本企業が改善すべき点はありますが、インド人の中には、アニメや漫画など、日本のカルチャーに興味を持っている人材も少なくありません。好きなカルチャーを知りたいという一心で、日本語を積極的に学んでいるケースもいくつか知っています。
また衣食住全般を見ても、日本は安全面や衛生面のリスクは低いです。日本の魅力をベースにしつつ、企業・求人内容の魅力を丁寧に打ち出し、スキルに見合った給与を提示すことで、採用されたインド人のITエンジニアが「この場所でキャリアを積んでいこう」と思えるような好循環が生まれるのではないでしょうか。
海外人材を採用する際に注意すべきポイントは「オンライン完結」
——インド人をはじめ、海外から転職希望者を採用する際、どういった手法が有効なのでしょうか。
都築氏:当社が運営する二国間人材紹介サービスのような、人材マッチングサービスを活用するのが一般的でしょう。こうしたサービスは、日系企業の抱える課題から課題解決できる人材の要件定義を行い、各地域の拠点において専門知見のあるアドバイザーが最適な転職希望者を紹介するといった採用手法です。
初めて海外人材を採用したい企業にとっては特にハードルが低く採用活動を進められます。あるいは、現地の人材サービスを活用して求人を出すこともできますし、採用担当者がLinkedInなどのSNSサービスを利用することもできます。
採用活動を行う際に注意すべき点1次面接から最終面接まで、一貫してオンラインで完結させることです。初期費用をかけて海外の人材が日本に採用面接に来るかというと、現実的に難しいと思います。また、選考スピードにも意識を向けるべきです。というのも、日本企業は海外企業と比較して選考スピードが遅いんです。このことで最適な人材を逃してしまう懸念があります。
――給与や福利厚生はどうでしょうか。
都築氏:給与の提示方法ですが、日本企業で一般的な「年収○円」という表記は、海外人材にとっては、不透明でわかりにくさを感じさせています。残業代や賞与を合算したうえで、「具体的に月収がいくら手に入るのか」をわかりやすく可視化する必要があるでしょう。福利厚生については、国ごとの大型ホリデーや慶弔事などの風習を理解し、特別休暇制度を設けたり、帰国費用を負担したりするなど、ケアが必要になってくると思います。
今後、当たり前となるであろう海外人材採用に向けて
――海外人材を採用することになった際、さまざまな手続きが発生すると思います。企業としてはどのようなサポートが必要でしょうか。
都築氏:真っ先に必要なのが、日本に居住するための在留資格を取得してもらうことです。こちらは日本企業が在留資格取得に向け、採用決定者と共に進める必要があります。在留資格の交付までに長いと3カ月~4カ月かかってしまうケースもあるため、注意が必要です。
――安心して就業してもらうためには、衣食住に関しても、ある程度企業のサポートが求められますよね。
都築氏:本来であれば、寮や社宅などを準備できればベストです。それが難しい場合は、家探しをサポートすることが必要になってきます。家具や家電などの準備も含め、採用決定者が快適に生活するための準備を整えることがまずは重要です。もし採用決定者の家族が同行して来日するケースがあれば、家族が安心して過ごせるよう目を配ることも求められるでしょう。お子さんがいれば、入学手続きのサポートもしたいですね。
――外国人採用をすでに成功させている日本企業で何か特徴はありますか。
都築氏:外国人の採用が成功している企業で共通しているのは、英語環境を整えている点です。仮に日本人従業員が英語を使えないとしても、それを補うためのサポート体制が整っていると感じますね。
英語を話せる日本人が架け橋として機能することもそうですし、平易な日本語(ひらがなやローマ字など)を積極的に用いることも、海外人材を受け入れる中で重要なことになっていると感じます。また社内に祈祷室を設けたり、ハラル(イスラム教徒向けの料理)対応を行ったりして、外国人従業員の困り事を解決する体制を整えている企業もありますね。
荒井氏:言語や宗教、文化を理解しようとする姿勢はもちろんのこと、経営の意思として「グローバルカンパニーとして成長する」という方向性が伝わることも重要です。
「いかに費用を抑えて外国人を採用しようか」と考えていると、採用に成功することは難しいかもしれません。海外人材をどう活かし、どんな人生を歩んでもらいたいかを考えることができなければ、仮に採用できたとしても、日本が嫌いになって退職されてしまう可能性も少なくありません。
都築氏:荒井さんの言う通り、海外人材が活躍している企業は、多様性やイノベーションを見据えた経営の意思決定が強固であり、海外の人材を輝かせるための社内合意もしっかり取れています。人事の中に、海外からの採用を専門とする部署がある企業も少しずつ増えてきています。海外人材の採用は決して楽なものではありませんが、今後国内での採用が限界を迎える未来が見えている以上、経営・人事・現場が一体となり、海外人材と共生していくための環境を整備していくことが求められていくのではないでしょうか。
取材後記
ITエンジニアの人材不足が続いている中、日本企業は海外人材を採用する準備が十分に整っていません。都築氏と荒井氏に海外人材の活用における理想的な未来図を聞いた際、国をまたいだ形でのリモートワークと現地法人を設立し、そこで人材活用を行っていくことが今後カギになっていくという回答がありました。日本企業が海外の転職市場で競争力を高めていくためには、国内採用のみにこだわらず、あらゆる採用手法を駆使していく必要があるのだと感じました。その上で日本らしさを忘れずに海外人材と接することもまた、併せて重要なことなのかもしれません。
企画・編集/森田大樹(d’s JOURNAL編集部)、南野義哉(プレスラボ)、取材・文/波多野友子
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