同じ舞台で障害者が活躍する意味。メルカリがこだわる「企業と社員」の関係性

株式会社メルカリ

Annotationチーム 海野優子(うみの・ゆうこ)

プロフィール

2021年3月1日より民間企業は2.3%へ――法定雇用率の引き上げに伴い、障害者雇用の在り方が再び問われています。しかし数字の達成はあくまでも手段。本来の目的である「障害者が真に活躍できる職場をつくる」ために、企業はどのような取り組みを進めるべきなのでしょうか。

そのヒントを得るため、株式会社メルカリの海野優子氏にお話を聞きました。海野氏は34歳で原発不明がんと診断され、闘病と育児を経て「メルカリ初の車椅子社員」として職場復帰を果たし、当事者の視点から障害者の働き方について積極的に発信しています。「以前よりも真剣に自分のキャリアと向き合っている」と話す海野氏に、多様性を受け入れる組織づくりの秘訣を伺いました。

【当事者の気づき1】障害者が効率的に働くのは難しい

――海野さんは、ご自身のnote「ウートピ」の連載で「闘病と育児からの復帰後には想像を絶する大変さがあった」とつづられています。がんであることがわかるまでの経緯について、改めて教えてください。

海野氏:現在は病気の影響で左足が動かず、車椅子で生活しながら働いていますが、私はもともと健常者でバリバリ働くのが大好きな人間でした。

 

前職ではニュースサイト「ウートピ」のメディアプロデューサーとして、女性向けのコンテンツやアプリを作っていました。ウートピというサービスが世の中にあるべきだと思い、広告掲載などの営業活動も一生懸命やっていたんです。その経験から「自分が良いと思ったものを広める活動がしたい」と考え、メルカリに転職。研究開発組織のPRを担当していました。

しかし転職後すぐに妊娠し、子どもが生まれたときに「原発不明の硬膜外悪性腫瘍」と診断されました。ステージ4の末期がんで、一時は生きる希望をほとんど失いかけていたのですが、夫に献身的に支えられながら治療を続けて職場復帰することができました。

――2019年9月に復帰した際には、以前と同じ部署に戻られているのですね。

海野氏:仕事が好きだし、やりたいことをやるためにメルカリに転職していたので、元の部署に戻ることしか考えていなかったんです。ただ、予想していた以上に大変でした。

自分が関わるプロジェクトの大切な打ち合わせやイベントには、可能な限り参加したいと思っていました。しかし車椅子では思うように動けません。「訪問先までの道のりはバリアフリー環境なのか」「訪問先にバリアフリートイレがあるか」などを事前に調べる必要があり、そういった情報を収集するために同僚にも協力してもらわなきゃいけなかったり、と……。もともとは足で稼ぐ営業畑出身ということもあり、この状況には本当にストレスを感じていました。

かつ、2歳の娘の育児のため時短勤務中で、さらに3週間に1回は治療のために丸1日かけて通院する必要があります。無限に仕事ができるわけではなく、どうにかして効率を上げていかなければいけません。

だけど、障害者が働く上で効率を求めるのはとても難しいことなんですよね。私自身が障害者となって、それを痛感しました

同じスキルを持つ健常者と障害者がいるとして、仕事を進める上での工数はどうしても障害者の方が多くなってしまう。プロジェクトオーナーの立場からすると、きれいごと抜きで冷静に考えれば、「健常者に任せた方がいいよね…」と思ってしまうのも無理はありません。だから、多くの企業で障害のある人たちを受け入れるのが難しい現状なのも、よくわかるんです。

【当事者の気づき2】 見えない壁をつくっていた

――海野さんがAnnotationチームに異動した経緯を教えてください。

海野氏:職場復帰したものの、思うように働けない。そんなモヤモヤを抱えていたときに、人事部門の望月達矢に、Annotationチームの話を聞きました。恥ずかしながらそれまでの私は、同じ会社のメンバーでありながらAnnotationチームのことをほとんど知りませんでした。

メルカリは立ち上げ当初から、障害の有無や国籍などの違いにかかわらず、誰もが使えるサービスをつくることを目指して成長してきた会社です。望月はその考え方の下、職場からも健常者と障害者の垣根をなくそうと努力していました。私はその想いに深く共感したんです。

かつては健常者だった私が、障害者の気持ちもわかるようになった。苦労もいっぱいした。だからこそ、障害を抱える人もメルカリでハッピーに仕事ができるように、貢献できることがあるのではないかと考えました。それらを一つ一つ実現し、世の中に発信していけば、障害者の働き方を変えられるかもしれないと。そこで異動希望を出し、2020年9月にAnnotationチームに配属されました。

 

――海野さんの「やりたいこと」がアップデートされたわけですね。Annotationチームとは、どのような役割を担っている部署なのでしょうか。

海野氏:メルカリのプロダクトに関連して、お客さまへのサジェスト機能を向上させるためのAIデータ作成などを担当しています。メンバーはデータの精度にこだわり、常にお客さま目線で「こんなふうにデータを組むと、より出品しやすいのではないか」といった意見を交わしながら仕事を進めています。全社横断的に他部署と関わる機会も多いですね。

働き方の面では、あくまでも自分の体調を優先できる部署であり、その範囲内で新しい目標にチャレンジしています。メンバーそれぞれが障害のある当事者ということもあり、自分とは違う障害のある人に対して、とても寛大に接しています。

ただ私自身、当初は「障害を単なる個性として捉えるのは、難しいのでは」と思っていたんです。

――詳しくお聞かせいただけますか。

海野氏:Annotationチームで実際に働くまでは、「障害のある方々とちゃんとコミュニケーションが取れるだろうか」「私の発言で誰かを傷つけてしまわないだろうか」とビクビクしていました。こうした障害者に対する「知らないから怖い」という気持ちは、健常者なら誰もが持ち合わせていて不思議ではないと思います。その誤解が、健常者と障害者との間に存在する見えない壁をつくってしまう理由の1つなのではないかと考えています。

でも、Annotationチームのみんなと最初に話した瞬間に「怖い」という感覚は一切なくなり、私が勝手に誤解していただけだったのだと気づきました。

たとえば、精神に障害があって「どうしても朝早くに起きられない」という人がいます。あるいは「同時にいろいろなことを言われるとマルチに処理できない」という特性の人もいます。そうした話を聞いていると、「私も同じかもしれないな」と思うんですよ。私だって朝起きられないことはあるし、周りからいろいろ言われると処理し切れないこともある。「人間なら当たり前だよな」と感じる部分もあって、相手の個性の一つとして許せてしまえば、何ということもないんですよね

もちろん障害には程度の違いがあり、人によって状況はさまざまですが、少なくとも企業に就職している時点で、わかり合える範囲内の違いであると感じています。

【メルカリの取り組み1】物理的な課題を環境整備でサポート

――海野さんは「メルカリ初の車椅子社員」とのことですが、海野さんが働く上で、企業としてはどのような課題があったのでしょうか。

海野氏:メルカリには、障害者が働く環境がすでにあったものの、車椅子で働くのは私が初めてのケースでした。それまでは「災害時に車椅子の人がどう避難するべきか」といったオペレーションもなかったと聞いています。また、実際に車椅子社員として働いてみないとわからない課題もありました。

たとえば、オフィスには一般的に「セキュリティ機能のあるドア」がありますよね。カードキーをタッチして入室するドアです。私は車椅子なので、タッチしてからドアを開けるまでに時間がかかってしまい、再びロックがかかってしまうことがたびたびありました。こうした物理的な課題は、健常者にはなかなか気づけないものです。私が働いてみてわかった点については、オフィスビル側のご協力もあって環境を整えていただきました。

――制度面で、特に役立っていると感じるものはありますか?

海野氏:ありがたいのは「フルフレックス」ですね。体調や子育て、家庭環境など、自分にしかわからない状況や都合があるじゃないですか。フルフレックスは1日の時間の使い方を自分自身でコントロールできるので、思いきり活用させてもらっています。

【メルカリの取り組み2】目標設定やグレードは健常者と共通

――働く当事者の方々はもちろん、マネジメント側の働き掛けも重要ではないかと思います。マネジメント面での工夫はいかがでしょうか。

海野氏:業務を遂行するにあたり自身の心と身体の健康を第一に考えることと、目標設定やグレード(職級)の定義など、基本すべて健常者と同じです。障害への配慮は最大限してもらえますが、障害者だからといって下駄を履かせて昇級の判断基準を甘くしてもらえることはありません。

そうした意味で、この先は居心地が良いだけではなく、一人一人がバリューの体現を通じて成果を出していくことが求められるのだと思います。自分は何ができるか、どこまでやれるか。キャリア形成を考えるときにどう支援していくかが、マネジメントの課題であり、工夫のしどころになっていくのではないでしょうか。

私自身、子育てもあり、「限られた時間の中で自分の強みを発揮していくには?」ということを日々考えていますね。自分のキャリアには、以前よりも真剣に向き合うようになったかもしれません。

【メルカリの取り組み3】本体の事業部で障害者を雇用

――大企業では、特例子会社をつくって障害者雇用を拡大しているケースも多いです。一方でメルカリは、本体の中で障害者チームが活躍することにこだわっているように感じます。

海野氏:他社の話をたくさん聞き、勉強させていただく中で、特例子会社をつくることのメリットも多いと感じています。法的な要件を満たして特例子会社をつくるからこそ、障害者に合った職場環境や対策を実現できるという面もある。ただ、メルカリが目指すダイバーシティ&インクルージョンは少し違うように思います。

メルカリが目指しているのは、自然とさまざまな人たちが集まり、「結果的に事業部内では多様な人材が活躍しているね」という状態なんです。その状態があるからこそ、誰もが使えるサービスを実現できるのだと思います。特例子会社をつくると、それこそ「障害者を特別に切り出す」というメッセージになってしまうかもしれません。

障害者であれ健常者であれ、会社に頼り切りでは生き残っていけない時代です。一人一人の成長にフォーカスしていくという意味でも、障害者が事業部内で活躍できることは重要だと思います。

――海野さんのこれまでの経験を踏まえて、企業は障害者とどのように向き合っていくべきだと思いますか?海野さんが今後取り組みたいと考えていることもぜひ教えてください。

海野氏:LGBTQ+やグローバル人材についてはよく話題に上りますが、障害者雇用については、まだまだ消極的な企業も多いのではないでしょうか。しかし、多様性がますます重視されるこれからの時代に、障害という個性を受け入れられない企業がうまくいくとは思えません。

私自身は、障害を難しい個性だとは思わなくなりました。一緒に働く人の理解さえあれば、大した問題ではないと。多様性を受け入れるという意味では変わらないはずなので、企業は難しく考え過ぎないでほしいですね。

障害者雇用にまつわる課題は、まだまだたくさんあります。障害のある人からは「他の社員からいじめを受けたことがある」とか、「障害者手帳を取得する前は自分の特性をうまく伝えられず、いつも上司から怒鳴られていた」といった話をよく聞きます。つらい思いをしてきた人がたくさんいるんです。昇級や昇格についても、障害者というだけで最初から諦めている人もいます。

障害者も、仕事でできることを増やしながら成長していくことはできるし、その機会はたくさんあるはず。メルカリという会社を通じて障害者が仕事を楽しめる環境をつくり、私自身も、成長している姿を体現していきたいと考えています。

編集後記

健常者だった独身時代には「社畜プロデューサー」を自称し、仕事に全精力を傾けていたという海野氏。取材の終わりには「もっともっと市場価値の高い人材にならなければ」という率直な思いも聞かせていただきました。その向上心に大いに刺激を受けつつ、グローバル市場で多様な組織づくりを進めるメルカリにとって、海野氏の存在は欠かせないものなのではないかと感じました。

同時にわかったのは、メルカリも試行錯誤を続けながら、障害者が活躍できる環境を日々アップデートさせているということです。「障害は難しい個性ではない」「難しく考え過ぎないでほしい」という海野氏の言葉にある通り、障害者雇用に抱いている先入観や常識を見直してみるべきなのかもしれません。

【関連コンテンツ】
▶ 【社労士監修】法定雇用率とは障害者の雇用率。計算式や罰則、企業の対応は?
▶ お役立ち資料 実雇用率計算フォーマット(Excel版)
▶ 属人化解消・権限移譲のチャンス。メルカリは男女育休で個人と会社の成長につなげる

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、編集/野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介