【自己分析チェック付】コーチングのプロに聞く。リモートワークで悩むマネジメント層に必要なこと

株式会社エヌグランディール

代表取締役・TCS認定シニアコーチ 安保奈緒美(あんぼ・なおみ)

プロフィール

リモートワークに代表されるデジタル変革や、多様性のある雇用、社会的規範や企業倫理の順守などを目指して、組織変革に取り組む企業が増えています。部下の行動が直接見えない中でのコミュニケーションや、これまで体験したことのない社会状況での不安解消など、チームをまとめるリーダーにはどのような行動が求められているのでしょうか。

経営者やマネジメント層向けのコーチングを数多く経験している安保奈緒美氏に、コロナ禍の続く現代の組織課題や、それらを克服するチームづくりのためのヒントをお聞きしました。

コミュニケーションコストが上がるーーリモートワーク下の悩み

──経営者やマネジメント層を対象としたコーチングを始められた理由について、お教えください。

安保氏:意図があって経営者やマネジメント層を対象にしたわけではなく、もともとコーチングを受けにいらっしゃる方々には、経営層やマネジメント層が多かったことが理由としてありますマネジメント層の方々には、組織に変化を起こしていくことが求められています。しかし、その準備ができていない人が、一定数いることが背景にあると思います。

 

たとえば、いきなり「1on1ミーティングを通して部下のモチベーションを上げなさい」と言われた場合、自分自身が上司と1on1をやってきた経験がなく、部下からサーベイなどを通して評価される立場になったこともない方は、どうしたらいいのかわかりません。このような状況の打開策としてコーチングが有効であると考え、ご相談をいただくのだと思います。

――具体的な必要性を感じて、経営者やマネジメント層の方々がコーチングを受けに来るのですね。

安保氏:そうですね。これまでの経験が通用しない、正解のない時代に危機感を抱いており、また一方で自らの成長によって部下の成長に貢献したいと考えていらっしゃる方々が多いです。

特に経営のトップ層は、事業を創造して推進していく行動力がありますが、それを幹部や社員にも求めてしまう傾向があり、そのギャップに悩みを抱えていますね。そういった方には、「なぜできないのか」という他人を責める思考から、コーチングによって、個人のタイプに応じて育成していくことに意識を向けていただく必要があると感じています。また常にプレッシャーを抱える立場柄、孤独を感じることも多いため、心理的安全性のある空間で心を整え、目標を見定める環境としてコーチングを活用していただいています。

──リモートワークの常態化や緊急事態宣言によって、公私の境がなくなる、コミュニケーションが行き届かない、メンタルに不安を覚えるなど、組織に対する懸念の声も上がっています。コロナ禍以降、マネジメント層が抱えている新たな課題をお聞かせください。

安保氏:部下の行動が直接見えないため、進捗管理の難易度が上がる、メールやチャットのやりとりが増える、ビデオ通話アプリなどのツールの利用方法や新しい社内制度の周知などもあって、作業量が増加しているといった声はお聞きします。

――特に安保さんが懸念しているポイントはありますか?

安保氏:文字だけのコミュニケーションは、ミスが起こりやすいということです。言葉の定義は、人によって多少の相違があります。ですから、相手の思考パターンによっては、こちらの意図とは違う意味で受け取られてしまいかねません。たとえば、普段効率を重視するタイプの方はコミュニケーションを簡素化しがちで、「冷たい」「怒っている」と誤解される恐れがあります。

また、メンタルが不調気味のメンバーを、リモートでどうフォローしたらいいのかと悩む方もいらっしゃいます。最近はメンバーのプライベートにどこまで踏み込んでいいか、判断が難しい時代です。言葉の解釈によってはセクハラと受け取られたり、18時以降や土日のメールがパワハラにあたったりする可能性もあり、コミュニケーションの取り方に悩みを持たれている印象があります。

コミュニケーション量を可視化し、頻度を上げてみる

──これらの課題に対して、マネジメント層はどう対処すべきなのでしょうか?安保さんのコーチングでどのように導いているかをお教えください。

安保氏:コーチングは、目標がある方に対して機能しやすいです。目標がご本人の不安の解消であれば、今一番不安に思っていることと、それがどうなったら望ましいかという未来をお聞きします。そして対話の中で、目標に近づけていくために、どうしたらいいかを一緒に探していく…という流れです。

組織づくりに応用するなら、まずはご自身のコミュニケーションスタイルと、伝えたい相手のコミュニケーションスタイルを知ることです。組織はマネジメント層だけで構成されるものではありません。そのため、マネジメント層だけの働きによって組織の問題を解決することは不可能です。

しかしながら、メンバーに影響を与える立場にあるマネジメント層が、相手との信頼関係を構築するためのコミュニケーションとは何かを意識すれば、それがチーム全体に伝わり、一定の成果は出てくるでしょう。それ以上の成果を求めるのであれば、企業のカルチャーとして浸透するよう仕組みづくりが必要になります。

 

──コミュニケーションスタイルを知るために、具体的にどのような方法が挙げられますでしょうか?

安保氏:コミュニケーションが取りづらいと悩んでいる方は、まず現在、相手とどのくらいの頻度で対話しているかを計測してみましょう。すると、「意外と少ない」と感じる方が多いんです。そしてこれまで1週間に1度だった対話を、週に2回に増やすなど、頻度を上げると改善されたケースがあります。回数を増やす分、1回30分だったのを15分に減らしてもいいと思います。

また、感情の介在にも自覚的にならなければなりません。なんとなく、自分と価値観が似た人を高く評価して、違うタイプの人には低い評価を付けたくなってしまいがちですが、フラットに判断する必要があります。「コミュニケーションが難しい」と言いながら、ある人には頻繁に連絡をして、別の人にはあまり連絡をしていないという実態もあるのでないでしょうか。コミュニケーション量を可視化して、こういった偏りをなくすことを目指してほしいです。

――他者を分析するだけでなく、まずは自分のコミュニケーションの癖や傾向を、客観的につかんでいくんですね。

安保氏:はい。難しいと思われるかもしれませんが、「〇〇さんと信頼関係を築くために、今日できることは何だろう?」とシンプルに自分に問い掛けてみることもその一歩です。

□ 現在、部下とはどのくらいの頻度で対話していますか?
□ 自分と価値観が違う部下とも、フラットに接することができていますか?
□ 部下と信頼関係を築くために、今日できることは何だと思いますか?

──経営者の方々についてはいかがでしょうか?

安保氏:経営者の中には、自分の考えをうまく社員の皆さんに伝えることが苦手な方もいます。一匹狼のように、事業に邁進するタイプですね。コーチングでは、対話を通じて否定をせずに承認・傾聴しますので、自分の話を聞いてくれる人がいるんだ」という経験をしていただくことで、それを社に持ち帰り、社員に対して同じように接することができるようになります。

その後、部下の方や社員の皆さんから「社長が明るくなった」「気軽に話し掛けてくれるようなった」「社員に興味を持ってくれるようになった」といった声をお聞きすることもよくあります。

□ 部下との対話で否定をせず、承認・傾聴できていますか?

部下を成長させるだけでなく、自分も成長させてもらうつもりで

──それでは、組織改革の第一歩についてアドバイスをいただきたいと思います。経営者やマネジメント層の方々が、リモートワークの中でもすぐに実践できることはありますか?

安保氏:まず雑談ですね。特にコロナ禍では、採用後に一度も会ったことがないメンバーのマネジメントを任される場面も多く、「相談しやすいカルチャー」の必要性が高まっています。積極的にメンバーに歩み寄って、指示や命令だけでなく、時には自分の弱みをさらけ出して、信頼関係を構築していくことが重要です。

合わせて、マスト(must)ではなく、ウォント(want)をベースにした対話を意識してみてください。ゴールを共有した上で「なぜそれをやるのか」を丁寧に伝え、対話を通じてメンバーの不安に向き合っていきましょう。

具体的な事例で言えば、サンクスカードなど、メンバーに感謝の気持ちを伝える制度を実施されている企業もありますね。コロナ禍でみんな疲れている状況で、承認する・される余裕がなくなっています。承認されないと人は孤独を感じ、モチベーション低下につながりますので、それを解消するためにも、褒めたり感謝の意を表したりして承認していくことが大切です。

□ 今日、部下と雑談をしましたか?
□ 「ゴールを共有」した上で「なぜそれをやるのか」を伝えることができましたか?
□ 今日、部下のことを「承認」しましたか?

──承認は重要ですね。ではアフターコロナを見据え、人材や働き方の多様化がより一層進んでいく中で、経営層やマネジメント層に求められることをお教えください。

安保氏:今皆さんに求められていることは次の4つです。

・変化に対応する力があること
・自ら主体的に変化をつくり出すこと
・周りを巻き込み、育成すること
・目標を達成し、新たな価値を創造し続けること

企業が存続していく上で、外部の変化に対応しつつ、自らも変化をつくり出していくことは不可欠です。まずは、組織で求められるマネジメント層としてのあり方とは何か、メンバーの能力を活かすために今自分に必要な思考・行動は何かと、自分自身に問いを立てる習慣を持つことから始めましょう。

また、人材や働き方の多様化が進むにつれて、より柔軟性や視点の数の多さが求められてくるかと思います。ここで求められるのは、自分の中の常識や正解を他人に押し付けないこと、人は自分とは違う存在であり、大切にしたい価値観はそれぞれだということを忘れないことでしょうか。だからこそ、常に自分と向き合い続け、人との対話の中で自分を知ることが大切なのです。

たとえば、部下との1on1を通して、部下だけでなく自分自身も成長させてもらっているという意識があるマネージャーのいる組織は、成長のスピードが違います

──コーチングは、従業員サーベイの数値向上など、定量的な改善も見込めるとイメージしていました。でもそれだけではなく、人間的な基準と言いますか、定性的な質の変化を重視していることがわかりました。

安保氏:そうですね。私が所属しているコーチングスクールでは、人間関係の質が離職率の低下や生産性を高めることにつながると考え、周りの人たちを大事にできているかという関係性にフォーカスした対話を重視しています。事実、コーチングによって自身が何度も話を聞いてもらって心が整っていくことを経験することで、組織における人間関係の大切さを実感し、自分から部下に話し掛けるようになったという方も多いんです。

 

もちろん、マネジメントの上位層は数字を求められますので、サーベイの数値改善を目的にいらっしゃる方もいます。ただその場合も、自分の中の変化を自覚し、チームづくりに応用した結果、数値の改善や業績がついてくるという順番であることが多い。自分自身でも活用してみて、あらためてコーチングはすごいものだなと感じています。

 

取材後記

「コーチ」とは、人を目的地に連れて行く手段である大型馬車の産地「コチ」(Kocs)に由来するとされています。これが転じて、スポーツの指導者など、目標に導く手法として使われるようになったと言われています。

対話によってなりたい姿を明確にしていくコーチング。決して否定や指示などはせずに、傾聴・肯定・承認・提案していくことで、目標へと導くアプローチです。多様性を認めることや、正解のない時代に生じる不安の受け皿になるのではないでしょうか。

経営者やマネジメント層にはさまざまなプレッシャーがあります。しかし、心を整え、メンバーにフラットに接していくことが、組織という馬車を速く目的地に到達させることにつながるでしょう。

画像提供:株式会社エヌグランディール
取材・文/森 英信(アンジー)編集/檜垣 優香(プレスラボ)・d’s JOURNAL 編集部