『二月の勝者―絶対合格の教室―』から学ぶ、人が伸びる組織のつくり方

マンガを介したコミュニケーションが生まれる状況をつくることを目的に活動しているユニット。小さな複合書店『マンガナイトBOOKS』の展開に加え、レビューや論評などの執筆活動、ワークショップの開催を行っている。本連載は「『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方」(集英社)を共著した、代表の山内康裕(監修)と、いわもとたかこ=bookish(執筆)が担当する。

トップクラスを目指せばいいの?その人に合う「成長できる場所」を選ぶ
挑戦を「自分ごと」にしてモチベーションを維持する 
「学び」は辛いことか、楽しんでいいのか

組織やチームが大きくなる上で一度は悩む「人材育成」。組織が継続して成長し続けるためには、優秀な人材を採用するだけではなく、既にいるメンバーを育成して、成長の底上げを図る必要があります。

今回参考に取り上げるのは、学習塾を舞台に中学受験に挑む子どもと、彼らを取り巻く大人を描いた、高瀬志帆先生の『二月の勝者 ―絶対合格の教室―』(小学館)。子どもを受験に向かわせる取り組みからは、成長を促すために必要な組織のつくり方が学べるでしょう。

【作品紹介】

舞台は東京都内にある進学塾。著名進学塾から、生徒を第一志望校に合格させるという講師・黒木蔵人が校長として赴任し、さまざまな背景を持つ生徒たちの受験を後押ししていく。魅力的なキャラクターの成長、そして徹底したリサーチと監修を基に、中学受験の仕組みと戦略も描く。

トップクラスを目指せばいいの?その人に合う「成長できる場所」を選ぶ

物語の中心となる桜花ゼミナールは、中堅校から難関校まで幅広いレベルを目指す小学生が通う進学塾として描かれます。集団指導の塾でありながら、できる限り個人に合わせた指導を通じて、生徒に合った学校に行かせることを目標としています。

実績を伸ばしたい進学塾としては、難関校を目指すように促したいところですが、桜花ゼミナールでは子ども自身が、6年間通う中で満足できる進学先を選べるように後押しします。

作中では桜花ゼミナールとは対照的な進学塾としてPHOENIX(フェニックス)小学部が登場します。この進学塾では塾内の徹底した競争を通じて、よりレベルの高い学校を目指すことを推奨しています。難関校を目指す子の多くはフェニックス小学部を選ぶため、難関校を突破できる可能性を持った子どものほとんどはフェニックスに通うことになります。そうした事情も、桜花ゼミナールの方針に影響がありそうです。

これはビジネスにおける組織でも同様です。どんなに優れた組織やチームでも、スタープレイヤーばかり集まっているわけではありません。さまざまな可能性を持ったメンバーをどう育成していくかを考えることが、最終的に組織全体を強くすることにつながります。

新たに採用した人材を組織内で強くするには、人事の採用権を持つ者がそのメンバーを、自ら成長を続けようと思える場所に配置することから始まります。

『二月の勝者』で描かれる中学受験では、子どもの進学先を選択する際、親の立場から考える「ベストな学校」と、塾が「実績にしたい学校」、そして子どもが「行きたい学校」が合致しません。こうした中で、『二月の勝者』では「最終的に6年間通うのは子どもである」という考えを基に、さまざまな関心と可能性を持つ生徒らに、その子に適した中学校を勧める様子が描かれています。

例えば、勉強に興味は持てないが鉄道に興味を示す子には、桜花ゼミナール校長の黒木が鉄道研究会のある中学を提案します。「何に興味があるのか」「どうなりたいのか」「学校に何を求めているのか」など面談を繰り返すことで、子どもが勉強を続けるモチベーションを維持できる志望校を、すり合わせていくのです。ただ「偏差値が高いから」という理由だけではなく、将来どうなりたいのかによって目標となる道のりが多様化する今、必ずしも世間一般の志望校ランキングと個人が優先したいことは一致しなくなりつつあります。桜花ゼミナールが偏差値に基づいた難関校の突破ではなく、自分の希望する第一志望校の突破を目指すように指導する理由もここにあります。

トップクラスを目指せばいいの?その人に合う「成長できる場所」を選ぶ

(1巻p.180)

もちろんビジネスにおける組織では、必ずしも採用した全員が希望通りの配属になるとは限りません。組織側が強化したい分野や、必要とする部署に人を配置しなければならないこともあります。中学受験の合格者のように、メンバーが望むところに行けるわけではないのです。しかし一方で、組織の都合を優先にしてメンバーに我慢だけを強制すれば、最終的に組織への忠誠心を摩耗させてしまいます。『二月の勝者』の面談のように話し合いを大切にし、個人の価値観や希望することと、会社にとっての利益をすり合わせ続けることを忘れずにいたいものです。

挑戦を「自分ごと」にしてモチベーションを維持する 

メンバーの成長を促す場所を用意しただけでは、その成長は長続きしません。それぞれが問題にぶつかり、それを乗り越えるには、取り組むべき課題を「自分ごと」にする必要があります。

『二月の勝者』で描かれる中学受験も同様です。1~2月に受験本番を迎える中学受験で、学力を総合的に伸ばせる最後のチャンスは小学6年生の夏休み。中学受験は多くの場合、親に促されて始めることがほとんどです。塾講師の黒木蔵人は、夏休みに受験を「自分ごと」にさせる重要性を訴えます。作中では偏差値の高い学校を目指さずゆったりと勉強していた生徒が、新たな目標を設定し、受験を自分ごとにしたことで大きく成績を伸ばすエピソードが描かれます。

挑戦を「自分ごと」にしてモチベーションを維持する

(5巻p.113)

これはビジネスを手掛ける組織やチームでも同様です。取り組む本人が、仕事を自分ごとにできなければ、どんなに周りが挑戦や適切な課題を設定しても、その努力は本人をすり抜けて蓄積されず、成長を実感できません。挑戦に取り組む本人が成長を実感できなければ、どんなに周りが後押ししても、徐々にモチベーションは低下していきます。課題や取り組んでいることを「自分ごと」化できれば、この悪循環を断ち切れます。

では、仕事を自分ごとにしてもらうにはどうすればいいのでしょうか。モチベーションが低下しているメンバーがいるときに求められるのは、本人とその周りのメンバーの観察です。モチベーションが低下している人が、どんなタイプなのかを知るためです。周りと競うことでやる気が生まれるのか、1人でコツコツとやることが好きなのか、周りと協力することを好むのか……その人や周りの人との関係性を観察し、モチベーションを上げるスイッチがどこにあるのかを探ることが、マネージャーや組織には求められます

「学び」は辛いことか、楽しんでいいのか

『二月の勝者』で、生徒らはひたすら国語や社会、算数や理科といった受験で課される教科に取り組みます。変化が激しい社会でも、常に新しい知識や考え方を習得することが求められ、社会人になってからも学び続けなければなりません。では、その学びは辛いものでなければいけないのでしょうか。

『二月の勝者』でも、苦しんで学ぶことと、楽しみながら学ぶことが対照的に描かれます。1人は塾でトップクラスの成績の男子生徒。父親は息子が難関校に入ることを求めるあまり、家での勉強スケジュールを決め、男子生徒をコントロールしようとします。その手法は父親自身が苦しんだ大学受験での成功体験を小学生の子どもに押し付けるものでした。子どもの失敗や間違いを厳しく叱責し、ひたすら圧迫的な態度で追い詰めていきます。男子生徒が問題を解けないときに、なぜ解けないのかを考えるのではなく、自分の苛立ちを見せるのが象徴的です。

「学び」は辛いことか、楽しんでいいのか

(8巻p.159)

一方で、同じくトップクラスの成績である女子生徒2人は、苦手分野を教え合いながら、受験勉強の中でも実力を認め合い、塾の外でも「楽しかった」と言いながら勉強を続けています。

まだ作中で彼らの受験結果は出ていないため、追い詰める圧迫型勉強と仲間と楽しみながら続ける勉強のどちらが成果を生むかはわかりません。しかし今のところ、作中に登場するカリスマ塾講師が支持するのは後者です。

ビジネスにおける組織では常に成果が求められます。そのような場面で、男子生徒の父親のように発破を掛けることは時として必要かもしれません。それで奮起する人も確実にいます。しかし、父親の圧迫的な態度が、最終的に男子生徒の両親の離婚につながったように、人を追い詰めるような姿勢は所属する組織そのものの雰囲気を悪くし、かえって課題や問題を相談しにくい雰囲気をつくることもあり得ます。前述のモチベーションの低下にもつながり、最終的には組織からメンバーが離れる原因にもなり得ます。

最近は、ビジネス組織でもメンバーが楽しく働くことを主眼に置いて、組織や職場環境をつくる機運が高まっています。米Google社で人材開発を担当していたピョートル・フェリクス・グジバチ氏は『PLAY WORK(プレイ・ワーク)』(PHP研究所)で、遊ぶように働くことを提唱します。嫌だと思いながら与えられた仕事をするのではなく、自分が興味を持ち楽しめる分野を見定めた上で、「楽しい仕事」を増やしていく必要があるとのこと。楽しく働いているメンバーが増えれば増えるほど、それぞれが仕事に没頭し、結果として大きな成果を生み出すことになります。こうしたチームを体現している組織として、日本企業では面白法人カヤックの事例が有名です。

そして、この「楽しむ」はチームのメンバー全員が体現する必要があります。「経験を積んで仕事内容を理解すれば」、「仕事ができるようになれば」楽しくなるのではありません。新しく組織のメンバーになった人や勉強中の人も含め、メンバー全員が楽しみながら仕事に没頭している環境を、組織としてはつくり上げることが求められます。

【まとめ】

12歳が挑む中学受験を、勉強方法から学校選択の戦術、親を含めた周りの人間関係まで、リアルさを追求して描かれた『二月の勝者』。子どもを対象としている分、目標を巧みに設定し、モチベーションをいかに維持するかが描かれています。ビジネス組織におけるメンバーを子どもと同等に見ることはできませんが、その指導方法は大人が属する組織やチームに当てはめることができるでしょう。

文/bookish、企画・監修/山内康裕