コロナ禍でも社員が倍に!採用・エンゲージメントに効く「ベイジの日報」とは【連載 第1回 隣の気になる人事さん】
企業や組織は違っても、人事にまつわる課題には共通項が多いもの。「あの人事や経営者はどんな取り組みをしているんだろう」と気になることもありますよね。
そこでd’s JOURNALでは新企画「隣の気になる人事さん」を立ち上げました。先進的な取り組みを進める経営者や人事がバトンをつなぎ、「隣の人事さん」へ質問をぶつけていきます。
第1回に質問を寄せるのは、昨年d’s JOURNALで次世代マネジメント術を語っていただいた米村歩さん(株式会社アクシア 代表取締役)。注目している企業の取り組みとして、ウェブ制作会社・ベイジの「日報」を挙げてくれました。
この日報では、よくある業務の進捗報告に終始するのではなく、社員それぞれがその日に感じたことを自由に書きつづっているといいます。さらに、現在ではその一部を同社のサイトで公開しています。本来は社内向けであるはずの日報を社外にも公開している意図とは?
「行動指針を意識するため」に日報を書く
——まずは枌谷さんが考える「情報発信」についてお聞かせください。貴社のオウンドメディアの記事を拝見して、自社への問い合わせ数や商談数、成約数など、通常なら企業が公開しないと思われるデータも共有されていることに驚きました。なぜここまで自社の情報をオープンにしているのでしょうか。
枌谷氏:明確な意図があるわけではなく、インターネットは情報発信するためのもの、私の中ではそれが普通だと思っているんですよね。その前提で、自社のことをいろいろと発信するのは当たり前だと考えています。
マーケティング的な計算は特にしていません。経験則として「自分から発信すれば何かしらいいことがある」とは感じていますが、別に戦略的に取り組んでいるわけでもない。私たちにとって情報発信は、マインドやカルチャーの一部なのだと思います。
——「日報」を外部へ公開しているのも同様ですか?
枌谷氏:そうですね。私自身のSNSやブログ以外にもベイジから発信する手段があればいいなと考えていて、社員が書いている日報を出せばいいと思いつきました。それなら大きな手間がかかることはないし、失うものもありません。実際に5日ほどで簡単なサイトを作り、社外へ公開できる日報を選んで掲載しました。
ただ、日報を外部へ発信しているのはあくまでも「ついで」なんです。
そもそも日報の取り組みを始めたのは、社員のみんなに行動指針を意識してもらうためでした。ベイジは行動指針として8つの「プロフェッショナルの条件」を掲げていて、それぞれにはさらに8つずつの具体例を示しています。
一般的に行動指針って、「作ったものの誰も意識せずに神棚に飾っているだけ」になりがちではありませんか?そうならないための方法をいろいろと試行錯誤した結果、社員全員に毎日、その日の出来事を行動指針にひも付けて振り返ってもらい、文章にして日報にまとめてもらうことになりました。
——公開されている日報は、内容も文章量もかなり充実しています。これを毎日書くとなるとハードですね。
枌谷氏:文章を書くのが苦手な人は、最初は苦労しているかもしれません。ただ、言語化力を鍛えることはウェブ制作の業務に大いに役立ちますし、日々書き続けることで内省の習慣も生まれるので、意義のある取り組みだと思っています。
それにこの日報は、メンバー間のコミュニケーションを活性化することにもつながっているんですよ。メンバー同士では「あの人はこんなふうに考えているんだ」とわかりますし、マネジメント層としてはメンバーのメンタル状況にいち早く気付くこともできますから。
コロナ禍に社員数倍増でも、エンゲージメントは最高評価
——日報を公開したことで、採用活動にプラスに作用している面はありますか?
枌谷氏:応募者との面接では、日報の話題が出た時点でベイジに強く興味を持ってくれているのだとわかります。日報は社員が自分自身の仕事と行動指針を結び付けて書いており、特定の業務を深く考察する内容もあります。そのため「誰の、どんな日報に興味を惹かれたのか」を聞かせてもらうことで、応募者をより深く理解することにつながっていますね。
ちなみに、公開している「ベイジの日報」のトラフィックは月1万PV前後で推移しています。言ってしまえば大した数字ではありませんが、たくさんの人に届かなくても、興味を持ってくれる誰か1人に届けばいいと思っています。仮に1年で1人にしか読んでもらえなくても、その1人が当社にとって最高な人材かもしれない。その人が日報を通じてベイジで働くことに興味を持ってくれるなら、記事の価値はとても高いですよね。
日報を公開することには、通常のオウンドメディア運営ほどの大きなリソースも割いていないので、PVが少ないからといって公開をやめるものでもないです。情報発信のスタンスとして続けています。
——マス・マーケティング的な発想で書いていない日報だからこその価値ですね。オンボーディングにおける影響はいかがでしょうか。
枌谷氏:新メンバーには、入社初日から日報を書いてもらいます。そのため、新メンバーは最初から行動指針を意識することになるんです。理念浸透や行動指針理解のために何か特別な研修を行っているわけではないのですが、日報に取り組んでいるおかげで、行動指針に基づいたマネジメントができていると感じます。
ベイジの社員数は、今年の4月で34人になる予定です。コロナ禍前は17人だったので、この2年で倍になりました。この規模の会社で社員数が倍増するとなると、良くも悪くも組織に与える影響は大きいはずですよね。でもベイジでは不思議なくらい、組織上の波乱がないんですよ。2022年1月にモチベーションクラウドを導入してエンゲージメントを測定した際には、最高クラスの評価となりました。
コロナ禍でリモートワークが中心だった2年間、しかも社員数が増え続けていく中でもこれだけ安定しているのは、行動指針を理解したメンバーが、行動指針に基づいて採用やオンボーディングを進めてくれたからこそだと思います。その土台づくりに日報は間違いなく役立っているので、やってきてよかったと感じていますね。
メディアやエージェントに一切頼らず年間14人を採用
——オウンドメディアの記事では、外部メディアやエージェントに一切頼らず採用活動を進めているとも書かれていました。
枌谷氏:はい。2021年は年間に136人の応募があり、そこから内定も含めて14人の入社が決まりました。全てベイジが自社で発信する情報を見て、自社の採用サイトから応募してくれた人たちです。これは外部メディアやエージェントには一切頼っていない上での結果です。
もともと、社員が数人しかいないころはお金がなくて、外部メディアやエージェントなどには頼りたくても頼れなかったんです。ずっと手弁当で採用活動を行い、それが今も続いています。
とはいえ、採用のために何か特別なことをしているわけではないんですよ。もちろんリアルイベントやオンラインの会社説明会などの施策は個別に行っていますが、ものすごい工夫や秘訣が隠されているわけでもありません。基本的には冒頭でお話ししたように、自分たちなりに素直に情報発信していくしかないと思っています。
これは業界や業種によって異なると思いますが…ベイジの場合は、マーケティング上の問い合わせが増えれば採用の問い合わせも増えるという相関性があるんです。だから私の中では見込み顧客と応募者の間に差はありません。
ベイジという会社に興味を持ち、好感を持ってくれる人が増えれば、その人たちが取引先になってくれたりパートナーになってくれたり社員になってくれたりする。根っこにあるのは「会社を知ってもらうこと」なので、私たちはこれからも着飾ることなく素直に情報発信を続けていくつもりです。
今後は、局面に応じて外部メディアやエージェントのお世話になることがあるかもしれません。そんなときにも、自分たちなりの情報伝達経路を持ち、メディアやエージェントを通じて募集していることをちゃんと伝えられれば、大企業にも負けないような母集団形成ができるのではないかと思っています。
取材後記
人事施策は基本的に投資対効果を勘案して進めるべきだと思う。でも2割ぐらいは、「どんな結果になるかわからないけど面白そうだからやる」があってもいいのでは——。取材の中で枌谷さんはそう話していました。ベイジの日報はまさにそんな取り組みだったのかもしれません。日報を書くためのトレーニングを行うことはなく、社員それぞれ、思い思いに書いてもらうだけ。内容のクオリティは問わず、日報が人事評価につながることもない。そうして生まれた「素直な情報発信」が、結果的に採用活動やオンボーディングを後押ししていました。
企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/中澤真央