イヌ・ネコノミクス隆盛…でも、人材不足・採用難にあえぐペット業界。「寝ながら獣医師」が体現したはたらき方と障がい者雇用の在り方

2022.03.24
株式会社TYL

獣医師 近藤菜津紀(こんどう・なつき)

1986年茨城県土浦市生まれ。中学生のころに発症した慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)を抱えながら、酪農学園大学獣医学部へ進学。獣医師免許を取得後、動物病院に勤務するがほどなくして退職。その後公務員などを経て株式会社TYLへ入社。日本で唯一の「寝ながら獣医師」として多方面で活躍中。現在、子育て中の1児の母。

著書:「病気と闘わない! 仕事、結婚、子育て 完治しない病気だから気付けた本当の幸せの見つけ方」(ジーオーティー、2020/4/17)

「寝ながら獣医師」が体現する働き方
オンライン相談サービスから得られた障がい者雇用の新たな可能性
障がい者雇用の推進や人材活用は難しい施策ではない。その視点の持ち方とは

2021年6月施行の改正動物愛護法や、コロナ禍での巣ごもり需要の影響で、いま日本では空前のペットブームが起こっている。コロナ禍における新しい生活様式でペットとその関連用品を中心に需要が喚起。特に“イヌノミクス” “ネコノミクス”と呼ばれる犬・猫の飼育ニーズが史上稀にみるほど高まった。YouTubeやSNSでの投稿など関連市場も後押しして、その経済効果の影響は計り知れない。今、ペット業界はさまざまな面で注目されているのだ。

しかし一方で、ペット関連支出増の原因トップに「病気やケガの診療費」が入るなど、ペット業界では動物医療に関する需要も比例するように高まっており、動物医療従事者の人材不足や採用難という課題にも直面している。

そんな中、オンライン相談サービスをメインとして、ある難病を抱えながらも日々動物医療に従事する獣医師と、その働き方をサポートする企業にスポットを当ててみよう。

「寝ながら獣医師」が体現する働き方

獣医師、近藤菜津紀。

1986年、茨城県土浦市生まれ。中学生の頃に患った慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)により、満足に働けない日々を過ごしていたが、株式会社TYL(本社:東京都港区、代表取締役:金児将平)と運命的な出会いを果たしたことにより、同社のヘルスケア事業部で獣医師オンライン相談サービス(※1)を担っている。

普段の外出は車椅子。家ではほぼ寝たきりだが、獣医師としての活動に制限はない。人は同氏のことを、日本で唯一の「寝ながら獣医師」と呼んでいる。

「以前の私は、自分の抱える病気のためにさまざまな職業を経験してきましたが長続きしたことはありませんでした。その過程で就労に対しての意欲も湧かないような状況でしたが、TYLと今の仕事に出会ってからは毎日が充実しています。ここが私の天職だと思っています」

このようにコメントする近藤氏。まずはその軌跡を追ってみよう。

(※1)株式会社TYLが展開する「アニホック往診専門動物病院」「ペットオンラインコンシェルジュ」のサービス利用者(患者)が、 LINE や電話を使って無料で獣医師にオンライン相談できるサービス。相談件数はサービスローンチから約3カ月で1600件を超えている

● 働けないけれど、働きたいーー。ジレンマを乗り越えて

近藤氏は、中学生のころ、インフルエンザにかかったのがきっかけで慢性疲労症候群(筋痛性脳脊髄炎)を発症した。当時は原因不明とされ、現在の診断名が付くまでおよそ20年以上かかったという難病である。

慢性疲労症候群は「疲労」と名が付くことから、「ただの疲れ」と誤解されることも多い病気である。しかしその症状は、高熱が出ているときのような倦怠(けんたい)感、全身の痛み、脱力感に伴う歩行困難、思考力低下など多岐にわたる。加えて難治性であることから、就労や学業だけでなく、日常生活にも影響を及ぼす大変な病である。

また専門医が少ないことや、診断基準も患者への問診のみといった主観的なものが多いことから、医師でさえなかなか理解(※2)が進んでいない。また、診断名を得られるまでに長い時間がかかることもあり、治療や社会的な支援が受けられない現状も事態を深刻化させているのだ。

そんな(当時は)原因不明の症状に悩み苦しんでいた中学・高校時代の近藤氏。子どもの頃より憧れていた獣医師を目指すべく、病を抱えながらも酪農学園大学獣医学部へ進学。そして獣医師国家試験に合格、免許取得した後、近藤氏は動物病院に勤務する。

しかしながら獣医師の世界は、長時間労働、過酷な肉体労働を伴う職場環境が一般的なため、病気を抱えた近藤氏が健常者とともに働くのは困難であった。体調の起伏が激しく仕事を持続できなかった近藤氏は、獣医師としての未来を諦め、やむを得ず退職。

「当時は『やればなんとかなる』と思い込んでいたんでしょうね。ですが、活動量が増えるほど重く症状が出てしまうため、例えば勤務中に手足が思うように動かせなくなる言葉が出てこなくなる、といったことも普通に起こるようになりました。

同時に、高次脳機能障害も発症するようになり、さまざまな物事を同時に進めることができなくなっていたのです。いずれ重大なミスを犯して周囲に迷惑を掛けてしまうのではないかと考えて、半年程度の獣医師生活に見切りを付けたのです」(近藤氏)。

働けないけれど、働きたい――。そのようなジレンマを抱えたまま、その後は自身の病気と向き合いながらも、いくつかの職業を転々とする日々。しかし、一度は動物病院で働くことを諦めていた近藤氏に運命的な出会いが訪れる。

「獣医師としての仕事は半ば諦めていましたが、動物医療の知識や経験を世の中に役立てたいとの思いから、クラウドソーシングで動物関連の文章を書く仕事をしていました。そんなとき、私のSNSを見つけて連絡をくれたのがTYLでした」(近藤氏)。

近藤氏は最初の動物病院退職以降から、病気と就労に関する書籍の出版や講演を行っていた。「病気を抱えているが、自分の持っている資格や特技などを活かして働きたい」「限られた時間なら働けるが、自分の資格や特技を活かして働ける場所がない」などの悩みを抱える人々をサポートして、これらの課題について取り組む第一人者として活躍していたのだ。

そんな近藤氏の活躍を知り連絡を取ったのが、当時新たな事業として立ち上げたばかりの「獣医師オンライン相談サービス」を展開するTYLだったというわけだ。

自宅にいても、たとえ“寝ながら”でも専門技術を活かし対応ができるオンラインでのサービスは、近藤氏にとっても最高のマッチングとなったようだ。

(※2)現在は、画像診断による診断基準を作るための研究が進められており、実際にほとんどの患者の「脳のシンチグラフィー検査」で異常所見が認められている

● 「オンライン」×「寝ながら」の相乗効果は?

かくして近藤氏は、2021年3月にTYLへ障がい者雇用枠で入社。現在では、全国のペットの飼い主(患者)に対して月間400件のペースでオンライン相談を行っている。特にコロナ禍で人との直接的な接触を避けたい方にとっても喜ばれるサービスとなっており、特筆すべきは近藤氏が従事してからの相談件数(21年3月~22年1月)は約2倍で推移しているという。

最近では相談対応だけでなくカルテデータの分析など、専門職という特技を活かしながら日々業務に取り組んでいる。

「自宅に居たまま、たとえベッドに寝たままの状態でも獣医師として活躍できるなんて少し前までの自分には想像もつかないことでした。自分にできる仕事は少ないだろうと感じていたのに、今ではこの仕事に就けてとても幸せです」(近藤氏)。

就業形態は、週3日勤務の完全リモートワーク。大体午前9時から午後6時ごろまでのフレックスタイムを採用した働き方を実践している。近藤氏には4歳になる娘さんがいるため、業務の中抜けなども支障をきたさない範囲でフレキシブルに行っている。

TYL本社や社員とはどのようにコミュニケーションを取っているのだろうか。

「オンライン会議やチャットなどでの雑談などで、定期的に多くのメンバーとコミュニケーションを取っています。メンバーの皆さんは全員良い方ばかりで、私のことも十分にサポートしていただいています。業務を行う上での支障は一切ありませんね。会社と私のエンゲージメントはきっと高いと思います」(近藤氏)。

近藤氏の雇用については、厚生労働省が定める障がい者の法定雇用率の引き上げに伴う雇用施策の一環でもなく、障がい者雇用枠を拡大するために同社が設けた雇用でもないということが特徴だ。近藤氏の獣医師としての能力と働き方や考え方に共感した同社がオファーしたのである。

ここまでの近藤氏へのサポート環境や雇用形態についてTYLはどのように見ているのか。同社の広報を務める田原恵美氏(以下、田原氏)に伺ってみよう。

「近藤のサポートについては、フルリモートで仕事ができるようPCの環境設定や書類を全て郵送対応するなどは行っていますが、特別に会社側で何かを整えたということはありませんでした。

獣医師という仕事は対面でないとできないと思われがちですが、そもそもの固定観念を取り払い、『オンラインでも対応はできる』という視点に切り替えて当社サービスを展開していった点も大きいかと思います。

これは同様に障がい者雇用を推し進めている他社さまにも当てはまるのではないでしょうか。というのも、その雇用をなかなか推進することができず悩んでいるベンチャーや中小企業もいまだ多い中、障がい者雇用を整えることは実はそれほど難しいことではないからです。

何か特別な準備が必要というわけではなく、大事なのは少しの視点の変化のみです。まずは自社を知り、できることを膨らませていくことで解消できるのではないかと思います」(田原氏)。

オンライン相談サービスから得られた障がい者雇用の新たな可能性

オンライン相談サービスでは日々さまざまな相談が寄せられる。緊急性の高いものから、獣医師に表立っては聞きづらい「ペットのダイエットについて悩んでいるのですが、どうしたらいいですか?」といった日常生活に関するものまで多岐にわたる。

近藤氏が仕事の中で意識しているのは、「クライアント(企業)」「飼い主」に対して、以下のようなことである。

「クライアント(企業)に対しては、獣医学的な観点から一般的に誤解されやすい・根拠のない情報に対して、正しい情報を提供して、製品の販売促進につなげることを意識しています。場合によっては、製品を使わない方が良いと判断してその事由を正直に伝えることで信頼を損ねないコミュニケーションを実践しています。

また飼い主さんに対してはこう意識しています。まずは丁寧に聞くこと、話の腰を折らないことです。飼い主さんの生活環境や費用面、価値観などを伺った上で、最適な手段と思われる提案を心掛けるようにしていますね」(近藤氏)。

また近藤氏は、オンライン相談サービスにはソフト面においてもさまざまなメリットがあることに気付いた。実際の対面では獣医師に相談しづらいことなど気軽に話せることが大きな魅力だったという。

「いわゆる聞きにくいことを聞くためにサービスを利用される方が多いので、ペットと介助する飼い主さん双方のケアが、オンライン下では特に重要だと気付いたのです」(近藤氏)

動物医療は、人間の診療と違った別の難しさがある。基本的に体調を悪くしている犬や猫を病院に連れていくという判断は、飼い主の判断によるところがある。そのため「薬が効いているように見えない」「病院で診てもらうほどではないのだろうか」といった小さな悩みを獣医師は申告されなければ気付くことができない面もある。

しかしオンライン相談サービスであれば、自宅からゆっくりと獣医師とコミュニケーションが取れるため、何回もヒアリングを重ねることができる。結果、飼い主が本当に望んでいること、本当に聞きたいことなどを引き出せるという。

「寝ながら獣医師」近藤氏としてはこの上もないヒアリングのスタイルとなっていると言っても過言ではないだろう。

「ある飼い主さんが介助している老犬が亡くなったことがありました。一般的な動物病院ですとそこでご縁が切れてしまって…、その飼い主さんとは接点が無くなってしまうのですが、オンラインであればペットが亡くなってもその後もつながることが可能です。上述の心理的なハードルが低いことももちろんですが、ペットを失って悲しんでおられる飼い主さんに寄り添ってケアができるのもこのサービスの良い点です」(近藤氏)。

ペットロス。「あのときこうしていれば…」「もっと良い介助があったのではないか」――。飼い主の中には、こうした死の悲しみや後悔、罪悪感をなかなか乗り越えられない方も多い。オンライン相談サービスにはこうした方々に寄り添ってカウンセリングの一助になってあげられる力があると近藤氏は伝えてくれる。

近藤氏はこのように、一日の中で制限があるものの、子育てや家事、そして自分に与えられた仕事を全うする人生を送っている。なぜそのようにハンディキャップがあっても前向きに行動できるのだろうか。

「そんな高尚なことではありません。もともとできることが限られているこの体との付き合いです。『自分にできることは何だろうか、何だったらできるだろうか』を常に考えて、自分の手の届く範囲内で活動しているにすぎません。それが今の仕事につながったということです。

今、社会は多様性に満ちていて、さまざまな働き方が模索されていますし、反面、働き方が限られている人たちだって大勢います。健康な人の中にも、今の仕事にやりがいを感じられない人もいるかもしれません。

自分にできることは必ずあります。そうした仕事を全うできることは、想像もつかなかった充実感をもたらしてくれます。ですから、皆さん諦めないでください、とお伝えしたいですね」(近藤氏)。

今、社会や企業は障がい者雇用の課題に対してさまざまな打ち手を模索している。ただその考え自体はとてもシンプルなのかもしれない。働く人それぞれに合った環境を探していく、あるいは用意していくことが多様性、つまりダイバーシティーを体現した社会であるということなのだろう。

障がい者雇用の推進や人材活用は難しい施策ではない。その視点の持ち方とは

さて、このように一度諦めた獣医師への夢に再び手が届き、その夢の実現を見事に果たした近藤氏。次からは、動物医療業界における雇用・就労問題についても触れていこう。

現在、ペット業界では「動物医療従事者の雇用環境」 「ペットおよび飼い主の高齢化」 「医療のQCD(Quality、Cost、Delivery/品質、コスト、納期)」などが大きな解決すべき問題として浮かび上がってきている。

特に、獣医師の働く環境に関しては、長時間労働(1日12時間以上勤務)が常態化しており、雇用に関してもそもそもの求人情報が少なく、就職・再就職が難しいという問題がある。また労働環境では、産休・育休明けの社員の職場復帰事例が少ない、人材が定着しない、などが挙げられている。先述の近藤氏もこれらの環境を背景に、一度離職を経験したほどだ。

またペット業界に関わる職種は、獣医師をはじめ動物看護師、トリマー、シッター、ショップ店員の計5職種、関わる総人口は約27万人と言われている。生体を扱うが故に重労働であるが、環境の不備のため賃金が高くないケースが多く、離職率は高いという現状だ。

さらに、ペット業界の事業所数は約4万件。人材雇用に関する課題感は高く、採用ニーズが高いため、圧倒的な売り手市場が形成されている。さらに都心部と地方をまたいだ求職活動は非常に困難なため、人材の流動性が低く、従事者の雇用条件や働く環境が不透明なのも問題である。

ところがそうした中でも、病気を抱えていたり、家族の介護や看病をしたりしながらも「動物の衛生管理や健康管理などに貢献したい」「人の役に立ちたい」という人は少なくはない。近藤氏のように身体にハンディキャップを抱えていても活躍できる人材はいる。

TYLは、こうした課題について「従事者プラットフォームの運営および経営支援」「適切な医療インフラの提供および医療DX化推進」などで業界のソリューションに果敢にチャレンジしている会社なのである。

● 障がい者雇用を活かせるかどうかは考え方次第

労働人口減少に課題を抱える日本社会。人材採用においても、母集団形成がうまくいかない、求めるスキルと環境がマッチしないなど、さまざまな問題があるだろう。こうした課題について障がい者雇用という観点から、近藤氏とTYLに人材活用の話を聞いてきた。

それでは最後に、田原氏と近藤氏へ現在と未来の人材活用をどのように捉えて実践していけばよいかそれぞれ提言をいただき、当コラムを締めたいと思う。

『障がい者』と一言で言っても、その定義付けは国によって細かく分類されています。時に働く上においては、それが障壁になったり、個性や優位になったりすることもあります。近藤の入社によって当社の事業成長率は格段にアップしましたし、その貢献度も多大なものです。

もちろん数値だけで評価しているわけではありませんが、生き生きと働ける場の提供ができたことが当社にとってもこの上ない喜びでした。上述しましたが、障がい者雇用は決して難しい施策ではありません。少しの工夫と視点の変化で進めることができます。同様に人材活用についてもその発想が大事なのだと思います」(田原氏)。

「働く上でハンディキャップを負っている人は、会社に対して『配慮してもらっている』という感覚を抱いています。お互いに余計な気遣いをしないためにも、やはり働く人それぞれに合わせた環境整備と制度設計は必要でしょうね。つまり“きちんと、ある”ことが重要なのだと思います。

私は今後キャリアコンサルタントの資格を得て、自分のように『働けないけど、働きたい』といった働き方が限られている人の相談に乗ってあげたいと考えています。誰にでも輝ける場所はあると信じています。そうした方々のお手伝いをできたら嬉しいですね」(近藤氏)。

【取材後記】

慢性疲労症候群という、一般的に理解と認知が進んでいない難病を抱える近藤菜津紀獣医師。そのたどってきた人生は山あり谷ありであり、今回のインタビューだけでは語り尽くせないさまざまなエピソードを持っていらっしゃることだろう。近藤獣医師から感じられるのはとてつもなくポジティブな姿勢。獣医師への夢に向かってまい進してきたその原動力を「自分にできることを探していただけ」とさらりと言ってのけてしまうあたり、筆者は氏に対して敬意を払いたい。

取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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