社員の価値を最大限に活かす戦略的人材配置に向けて。人事担当者に必要な「大きなストーリー」の描き方

Thinkings株式会社

執行役員CHRO 佐藤 邦彦

プロフィール

労働人口減少に伴い、大企業であっても慢性的な人材不足に直面しています。そのような中で、採用市場において競争優位性を高めていくためには、採用に加えて戦略的に人材を配置し従業員一人一人のパフォーマンスを向上させることが重要です。今回は、リクルートワークス研究所「Works」編集長を務めた後、2022年10月に、HRTech事業を展開するThinkings株式会社の執行役員CHROに就任した佐藤邦彦氏に、戦略的な人材配置を行うポイントや人事担当者が気を付けるべきことなどについて伺いました。

従業員が変化を前向きに受け入れ、リスキリングできる環境が重要に

近年、CHROというポジションが注目されていますが、具体的にはどのような役割なのでしょうか?

佐藤氏:CHROまたはCHOと表記されることもありますが、「Chief Human Resource Officer(最高人事責任者)」の略称で、人事のプロを指します。企業のミッションやビジョンなどに基づいて、人事担当者の視点から戦略を立案・実行する役割を担います。

Thinkings株式会社では、どのような役割を担っているのでしょうか?

佐藤氏:Thinkings株式会社は採用管理システム「sonar ATS」とHRサービスの購入管理を行えるマーケットプレイス「sonar store」を展開しています。自社の人事戦略策定や採用力強化に加え、これまで人事担当者としての経験を通じて培ってきた知見を活かして、自社の人事領域だけではなく日本のビジネス活性化や人事プレゼンスのさらなる向上を目指していくことが、私の役割だと思っています。

これまで、電通デジタルやリクルートワークス研究所に在籍していたご経験がある中で、戦略的な人材配置においてどのような課題を感じていますか?

佐藤氏:5年ほど前から、大企業を含めたさまざまな企業で従業員が自らのキャリア構築や学習を主体的に考えて取り組む「キャリア自律」を支援しようという動きが出てきました。その中で、1on1のような場でキャリアに関する意向を聞いたり、社内公募制度を作り自らの意思で異動する仕組みを作ったりするなどの動きも出てきています。これは経営戦略の実現に向けた戦略的人材配置とは必ずしも一致しないので、経営陣と従業員に挟まれている人事の悩みは深いと思います。さらに、「DXを進めたい」「新規事業を立ち上げたい」など、経営方針や事業方針を転換しようとする企業も増加しています。人事担当者は経営や事業方針を踏まえつつ、従業員の意向も汲んだ戦略的な人材配置を行う必要がありますが、それは口で言うほど簡単ではないという課題に直面していると感じます。

従業員が変化を前向きに受け入れ、リスキリングできる環境が重要に

経営や現場の視点を持った人事担当者の重要性が高まる中で、戦略的に人材配置を行うにはどのようなことが大切なのでしょうか?

佐藤氏:戦略的な人材配置を行う前に、人事担当者は今後の経営方針を長期的な視点で捉え、企業全体が向かう方向性やそのために必要となるスキルと経験を従業員に伝えていくことが大切だと思います。これから向かうべき「大きなストーリー」を描くことで、従業員が新たなスキルの獲得や新規事業への異動などの、変化をポジティブに捉える土壌をつくることができるでしょう。最近ではリスキリングという言葉も頻繁に聞くようになりましたが、新しい領域に進むためには新しい学びも必要になります。従業員が前向きにリスキリングしていける環境を整えることも、人材配置をする上で重要だと思いますね。

現状把握を行う仕組みとカルチャーを醸成し、アップデートし続ける必要性

従業員が変化をポジティブに捉える土壌を整えつつ、戦略的な人材配置を行うにはまず何から始めればよいのでしょう?

佐藤氏:自社のタレントを理解することですね。まずは、従業員がどのような資質やスキルを持っているのかを把握します。このときに、これまでの経歴や異動歴など過去の静的情報に加えて、現在どのような業務についているのか、スキル獲得のためどのような勉強をしているのか、近い将来どのようなことをやりたいのかなど、今の状態やこれから変化する可能性のある動的な情報をしっかりと把握してアップデートしていくことが大切です。

人事担当者だけで動的な現状把握をするのは難しいこともあると思います。現状把握のためのアドバイスはありますか?

佐藤氏:そうですね。現場のマネージャーが従業員との1on1などを定期的に実施し、動的な情報の把握とアップデートをするのがよいでしょう。人事担当者は、現場のマネージャーが定期的に従業員の現状把握を行う「仕組み」に加え、現状把握とアップデートを行うことがマネジメントであるという「カルチャー」をつくることが大切になると思いますね。長期的な視点を持って進めるのがよいと思います。

現状把握を行う仕組みとカルチャーを醸成し、アップデートし続ける必要性

「仕組みとカルチャー」をつくることはとても大事だと思いますが、特に「カルチャー」に関しては醸成するのが難しいと感じます。そのような文化を社内に根付かせていくためのポイントはありますか?

佐藤氏:経営陣がこうした文化を根付かせていこうという意志を持って、自らも実践していくことがポイントだと言えるでしょう。そのためには、人事担当者が経営戦略をしっかりと理解し、経営陣と臆せず議論していくことも大切だと思います。カルチャーを醸成するには、経営陣も巻き込みながら企業全体で進めていくことが必要になるでしょう。

そのような仕組みづくりと文化を根付かせる工夫をした上で、人材配置をしていくのが効果的なのですね。経営計画に基づいて戦略的な人材配置を行う際に、人事担当者はどのようなことに気を付けるべきですか?

佐藤氏:これまで人材配置を行うことになると、まずはハイパフォーマーと呼ばれる優秀な人材にフォーカスすることが多かったように思います。しかし、まずは今の環境でミスマッチを起こしている人材にフォーカスして配置を考えることが重要です。労働力不足に伴い新しい人材を採用することが難しい現代においては、今いる従業員をどう活かすかを考え続けることが企業の成長につながります。また、一度異動させて終わりではなく、常に従業員の動的な情報をキャッチアップしてアップデートし続けることも大切です。仕事だけではなく、プライベートの環境変化など、本人のモチベーションの変化も当然あるでしょう。異動させてみたけれど合わなそうだと感じたらより良いポジションを考えるなど、トライアンドエラーを繰り返してフォローしていくことも必要だと思いますね。

なるほど。実際に、戦略的な人材配置を行って成功している企業の事例などはあるのでしょうか?

佐藤氏:少しさかのぼりますが、まだガラケーが主流だった時代のサイバーエージェントです。ガラケーのコンテンツ制作にさまざまな企業が参入して市場が急成長していた中で、スマートフォンが登場。当時、スマートフォン市場がここまで拡大するとは考えていない人が多かったですよね。しかし、サイバーエージェントは全社的にスマホシフトを掲げて、社内で活躍している人材を大量にスマートフォン事業に異動させました。結果として競合他社よりもスピード感を持って新規事業に参入でき、スマートフォンコンテンツの市場で成功を収めました。経営戦略に基づいて戦略的な人材配置を行った成功事例だと思います。

HRが企業の経営に直結する時代となる

実際に、戦略的な人材配置を行おうと考えている企業の人事担当者の方に向けて、メッセージやアドバイスはありますか?

佐藤氏:冒頭で人事担当者の役割がより重要になっているとお話ししましたが、「仕事が大変になった」とネガティブに捉えるのではなく、新しいチャレンジやトライアンドエラーを繰り返して実績を積んでいくことで、人事担当者が経営に寄与できる割合が高くなったと感じてほしいですね。私が人事の仕事を始めたときと比べると、人事担当者のプレゼンスは確実に向上していると思います。成功事例を見て「ベンチャーだからできるんだ」と目を背けずに、成功事例から自社の参考にできそうな要素を抽出して模倣したり、できるかたちにして挑戦してみたりすることを諦めないでほしいです。人事のプロだという意識を持って経営陣に進言し、動かしていくくらいの気持ちで取り組んでいただきたいと思います。

HRが企業の経営に直結する時代となる

読者の方が勇気付けられるメッセージですね。

佐藤氏:ここから10年はHRが企業の経営に直結する時代だと思っています。経営陣の指示に従うだけではなく、積極的に主体的に関わり人事担当者のプレゼンスをさらに上げてほしいですね。この先の10年がとても楽しみです。

【取材後記】

従業員の動的な現状把握を行う仕組みづくりや、それをマネジメントするカルチャーを醸成するには、人事担当者だけではなく経営者を含めた企業全体で取り組むことが重要だと感じました。人事担当者が現場のマネージャーと協力し、ときには経営陣と議論しながら戦略的な人材配置を実践することで、従業員の価値を最大限活かすことにつながるのではないでしょうか。

(企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、制作協力/株式会社はたらクリエイト