薬学博士がCEO――。日本の再生医療領域をリードするライフサイエンス企業の人事戦略

昭和電工マテリアルズ株式会社

ライフサイエンス事業本部 再生医療事業部 副事業部長
兼 Minaris Regenerative Medicine株式会社CEO
坂東 博人

プロフィール
昭和電工マテリアルズ株式会社

人事部ライフサイエンスBPグループ 担当部長
萩森 耕平

プロフィール

再生医療の領域で業界をリードする会社がある。昭和電工マテリアルズグループの Minaris Regenerative Medicine 株式会社だ。「グローバル≒not Japanese」を脱却して、品質・製造の面からさまざまな「日本発」を目指している。同社のCEO 坂東博人氏と人事担当 萩森耕平氏のインタビューから、再生医療等製品の市場と課題、人事課題や目指すべきビジョンなどを見ていこう。

再生医療等製品の製法開発・受託製造の領域を分社・ブランド化

2021年8月、昭和電工マテリアルズ株式会社(本社:東京都千代田区、取締役社長:丸山 寿/以下、昭和電工マテリアルズ)は、再生医療等製品の受託製造サービスを提供する再生医療事業部横浜サイトを、同社の100%子会社である Minaris Regenerative Medicine 株式会社(以下、ミナリス)に会社分割により承継させる。

ミナリスの語源は「未来(mirai)」「ミラクル(miracle)」を掛けた造語であるという。

昭和電工マテリアルズグループは、再生医療等製品の受託製造拠点を日本ほか、米国および欧州に計5カ所有しており、この製造拠点が今後、昭和電工マテリアルズグループ、再生医療等製品の受託製造(CDMO)サービスのグローバルブランドとして展開していく模様だ。

なお、再生医療等製品のCDMO事業としては、トップのLONZA社(本社:スイス・バーゼル)に次ぐ、世界第二位のシェアを持つ

Kenneth Research による「世界の再生医療市場:世界的な需要の分析及び機会展望2030年」では、世界の再生医療市場は、2030年末までに約105憶米ドルに達すると予測している。

それだけに再生医療と周辺ビジネスでは、世界中で臨床開発が活況であり、今後も数多くの製品がリリースされていく見込みだ。当然日本でもiPS細胞研究をはじめとする細胞医療などが加速されている。

しかし一方で、業界では製造施設の不足や、いかに安定供給できる設備や体制を構築していくかなどの課題を残す。

同社は業界のリーディングカンパニーとして、再生医療等製品の製造に関する各地域のレギュレーションに対応した製品を、安定した生産体制のもと製造し、国内外での存在感をさらに高めていく予定だ。

今後の再生医療を担う人材をどう創出するのか

ミナリス/昭和電工マテリアルズ。そもそもの母体は、1912年創業の日立製作所の化学部門が独立した日立グループを代表する企業、日立化成である。かつて日立金属と旧日立電線と並び「日立御三家」と呼ばれていた。

2020年4月に昭和電工の連結子会社となり、同年10月に昭和電工マテリアルズに商号を変更。そして、再生医療等製品の受託製造(CDMO)事業がミナリスブランドとして確立されたのは前述の通りだ。

昭和電工マテリアルズとして、ミナリスとして、この再生医療事業を重点領域とした背景とはどのようなものであるか。同社ライフサイエンス事業本部 副事業部長 兼 CEOの坂東博人氏(以下、坂東氏)はこのように説明する。

「世界の再生医療技術は日進月歩で進化しており、日本市場もまだまだ成長性に余力のある領域です。

化学メーカー各社は、この利益率が高いライフサイエンス事業に新規参入していきたいと考えているのですが、低分子・抗体医薬品分野などではすでに大きなコストをかけている企業が多く、競合が多いこの事業に入ってくるのは難しい。ですが、2015年時点での再生医療領域は成長性未知数のブルーオーシャンであり、市場インパクトは大きいと考えため参入しました。

加えて、私たちのバックボーンは日立でありましたから。当時、細胞自動培養装置でiPS細胞を使い再生医療を牽引していた土壌とそのシナジーを狙って展開できたことが、市場でシェアを拡大する大きな要因となりました」(坂東氏)

ただし、再生医療領域のマーケットを広げていくには大きな課題もあるという。

「再生医療などは、低分子医薬品高分子医薬品(抗体医薬品)と違い、遺伝子治療や細胞医療と呼ばれる新しい創薬モダリティに分類されております

例えば、特定のゲノムを編集できる『CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)』技術を使った遺伝子治療なども進み、人間の組織を使って治療するような、再生医療でしか治せない疾病もあり、商用化は強く望まれているのが現状です。

しかしながら、低分子から高分子へシフトする際のハードルはありましたが、それと同様あるいはそれ以上に、再生医療は製造工程や商用展開がまだ一般化されているとは言えません

つまり再生医療等製品などでは、いかに品質を均一に担保し、製造・量産をしていくか、が課題となります。その上で、いかに、より安全に患者さんへ提供していけるかを考えていかなければなりません」(坂東氏)

このように説明する坂東氏。武田薬品社時代には世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞した山中伸弥教授と協業していた。

その際も、品質を保ち製造工程を整備していかないと商用化への拡がりが生まれず、ビジネスとしても発展していかないという課題が明確になっており、ミナリスで陣頭指揮を執るポジションを担ったいま、改めてこの分野で自分として何ができるのか?事業の成長が必要だと感じたそうだ。

「再生医療分野に限らずですが、取り扱っている細胞は生き物。今現在、注目を浴びているCAR-T細胞療法なども含め、再生医療等製品は、なかなか安定して製造することは難しい。

自分たちが製造した製品が患者さんに届き始めれば、従事している従業員の皆様のモチベーションが上がりますし、何より患者さんの治療に貢献していると思える点にやり甲斐を見出せるのが同領域の魅力です」(坂東氏)

再生医療に求められる人物像とは

再生医療等製品の受託製造(CDMO)事業の成長が必然である同社。そのためには、従事する人材に集ってもらわなければならない。では、どのような採用戦略を描いているのだろうか。

同社人事の担当部長を務める萩森耕平氏(以下、萩森氏)は、求める人材像と母集団形成をこのように説明する。

「難しい製品を取り扱いますので、当然専門のスキルや経験を持った方に多く集まってもらう必要がありますが、再生医療分野は、新しい領域であり、経験者人材が市場に少ないことが悩みです。いまだタッチできていないような人材プールを探すことが今の課題ですね。

当社は、『人財が会社を創る。』と考えており、再生医療で世界を変えたいと考えている方と一緒に会社を大きくしていきたいと思っています」(萩森氏)

同社の既存社員はどのようなバックグラウンドを持った方がいるのだろうか。続けて萩森氏はこのように語ってくれた。

「まず、多様性がありますね。その出身も、製薬会社や病院勤務の培養員など医療畑で育った人材も在籍していますし、バイオ系ベンチャー企業や新卒の理系学部・院生、博士研究員などもいます。

バックグランドが大きく違うので仕事に対しての価値観も当然違う。時に思想がぶつかり合うこともありますが、そういった多様性を原動力にできるような会社にしていきたい。半面、オンボーディングやエンゲージメント向上の大変さも感じているところです」(萩森氏)

社内でのコミュニケーションは活発な環境だという。例えば、エンゲージメントサーベイなどを通して社員の声を聞きながら、マネジメント層と社員とのコミュニケーションを厚くして、処遇や環境改善、社員定着に向けて動いている。

また、会社の目指すべきビジョンや理念といった概念的なイメージを言語化して、常にトップマネジメントから発信を行うなど、事業にかける想いやミッションは会社一丸となって共有しているそうだ。

一方で、選考過程で採用候補者へのアプローチについては改善が必要な部分もあり、人材サービス会社と協業して面接官トレーニングなども実施している。さらに定着率の高い人材の属性分析を行い、内定承諾率など採用力の向上を目指す。効果は着実に出ていることを実感しているという。

また、坂東氏は、社員の退職の問題や社員定着についても課題を感じて真摯に向き合っている

「当社では、先行きが不透明な再生医療の領域に対して、退職者が比較的多いのは、ある意味必然なのだと考えています。細胞培養などになると、成果が見えづらかったり、どうしてもフレキシブルな動きを求められたりしますから。そうしたときにモチベーションが下がってしまう。

もともと高分子医薬品(抗体医薬品)が登場した時も同様で、当時、抗体の安定製造を担えると判断できた日系企業はなかった。日本の製薬企業で、抗体医薬品の研究開発が遅れたのは、品質を保った製造が複雑な状況の中で研究・開発分野に必要なだけ投資を行う企業が少なかったからと言われています。

なので、成果が見えづらく、モチベーションコントロールが難しい領域から、人も企業も離れてしまう残念なケースを何とかしたいとは思っていますし、再生医療だけは日本企業がリードしていきたいという想いがあります。

一方で、この領域で現在活躍されている方は、規律を大切にしながらも楽観的な思考や柔軟性を持つような人物であるという印象があります。

しかし委託元である製薬会社とのコミュニケーションが大事となる事業ですから、技術者である反面ビジネスパーソンとしての感覚も養っておかなければならない。そうした方々が活躍できる風土を引き続き醸成していかなければなりません」(坂東氏)

坂東氏は、普段より再生医療製造の難しさを共有するために社内外でセミナーを実施するなど、この世界の認知向上にも尽力している。CDMOの業界では委託元と協業する姿勢をいかに整えていられるかが重要視され、クライアントとの良好な協業体制を作っていく必要があるからだ。

そこで現場の温度感をキャッチアップすべく、毎週水曜日、社員6名とそれぞれ20分程度の面談をする。社員間とのコミュニケーションの円滑化が、社内環境改善のほか、クライアントとの関係性を向上させると考えているからだ。それが退職の抑止力と定着向上につながっていくわけだ。

「社員が、忙しくても仕事を続けていこうと思えるようになってくれると嬉しい。私も毎週水曜日のコミュニケーションを楽しみにしています。

一方で、アカデミア(修士、博士)人材の登用も積極的に行いたいと考えています。こうした方を登用して、活躍人材にまで育成できるかも、ポイントのひとつとなり得るかと思います。

通常ビジネスシーンでは、価値発見力価値実現力が求められると言われています。

価値発見力はどちらかというとアカデミア、価値実現力はビジネスに寄ったものかなと認識しています。当社事業では両方の観点を持ってもらうことが大事。研究・開発での実績をビジネスで実現できる力、それを身に着けることができる志向を持った方に多く来てもらいたい。

私たちも『いま、出来ていないことをやるのがサイエンスじゃないですか』とその面白さを伝えていきますので、それを受けたアカデミア人材もこれまでの経験とスキルを持って、当社でビジネス能力を開花してもらえたらと考えています」(坂東氏)

萩森氏は、「多様性で、お互いに補い合える組織でありたい」と加える。今後どのように広がっていくのか未知数の再生医療という領域で、リーディングカンパニーであり続ける同社の組織の在り方が見えてきた。

難治性・再発性の疾病を改善させるポテンシャルがある領域

今後、ライフサイエンス事業の統一したブランドの下で、各拠点が一体となり、世界中の人々の健康で豊かな生活に、再生医療の分野で貢献していきたいと語る両氏。その上で今後の展望を坂東氏に語っていただいた。

「私たちはグローバルで業界No.2のポジションにいます。今後の展望としては、商用化されているものが少ない世界ですから、承認申請数を増やし、実績づくりに注力していきます。商用のものをきっちり出せるCDMOとして世界にアピールしていこうというわけです。

他社との差別化という点では、私たちの製造拠点は日欧米の3拠点体制が構築されている。その強みを活かして日本主導で事業を推進していきます。独自性の高い市場ですから、私も一介のビジネスパーソンとして非常に楽しみです」(坂東氏)

再生医療の可能性についても熱っぽく語る坂東氏。

「初めてCAR-T細胞療法を用いて治療を行ったのはペンシルベニア大学で、当時5歳の女の子エミリーちゃんに対してでした。彼女は生後5カ月で急性リンパ性白血病と診断されましたが、CAR-T治療後、9年以上キャンサーフリーの状態を維持し、16歳になった今も健康で過ごしています。

再生医療にはこうした難治性・再発性の疾病を改善させるポテンシャルがあります。

繰り返しになりますが、ある治験のプロトコールを実現させることは可能でも、それを商用化にまでつなげていくのは数多のハードルをクリアしていく必要があります。

日本では、儲かる・儲からないという目線で再生医療事業を判断されことも少なくありませんが、重度の腎臓の病気である、幼少時から膵臓の疾患があるなど患者目線で考えれば、必ず取り組まなければならない領域です。

そのために将来的に安価で市場提供できるように生産体制を整備することは重要です。

安全性はもちろん大前提ですが、安全性より有効性を追求できるかが同領域のキーポイントでしょう。オンコロジー領域など難治性・再発性疾病に対して画期的な新薬が出ることが理想です。

経営視点も重要ですが、『患者さんからありがとうと言ってもらえる会社』を目指しています。しっかりやっていれば業績もついてくる領域だと思いますので、自分の夢を追いかけ続けられる当社の環境に注目してもらいたいです」(坂東氏)

最後に組織デザインの話を萩森氏に語っていただこう。

「人事制度は一定のフレキシビリティを持って改善が進んでいます。当面は、化学の会社から医薬の会社の仕組みにシフトさせていくことがミッションとなるでしょう。私たちは受託製造で、日本の医療の発展の一翼を担える。このことに誇りを持っています。

人事担当としては、医療の将来を考えるパッションを持っている方に認知してもらい、働いてもらい、エンゲージメントを高めてもらう。最先端の事業に取り組む集団ですので、当社に入社いただければ、人材としての市場価値も上がることは間違いないと思います(笑)」

取材後記

再生医療領域の商用化にはさまざまなハードルを超えなければならない。それはアカデミックなスキルや経験だけではクリアできないのだ。

インタビューに応じていただいた坂東氏は、富士フイルムや武田薬品工業での経験を経て、研究とビジネスの両輪の視座を高めていった。「研究とビジネスの両経験があれば、戦略的にイノベーションを起こせます。」とは坂東氏のコメント。

日本の再生医療領域は、同社のようなパッションを持った企業の活躍によって明るい将来を迎えることだろう。

取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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