リモートワークを後退させないで!フジテック武闘派CIOから学ぶ「小さく始めるDX」【連載 第3回 隣の気になる人事さん】

フジテック株式会社

専務執行役員 デジタルイノベーション本部長 友岡賢二(ともおか・けんじ)

プロフィール

先進的な取り組みを進める経営者や人事・採用担当者がバトンをつなぎ、質問をぶつけていく「隣の気になる人事さん」。第2回にご登場いただいた嵩原將志さん、西博之さん(クラスメソッド株式会社)が気になる企業として挙げたのは、エレベータやエスカレータの専業メーカーとしてグローバルに事業を展開するフジテック株式会社です。

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エレベータ・エスカレータの専業メーカーであるフジテックの専務執行役員・デジタルイノベーション本部長の友岡賢二さんは、新型コロナウイルス感染症による急激な環境変化にいち早く対応。専門職もバックオフィスも、共に在宅勤務できるよう社内のDXを急速に進めました。その敏腕ぶりから「武闘派CIO」の異名を取るほど、フジテック社外でも有名な存在です。

社会がコロナ禍の出口戦略を探る中、中小企業ではリモートワークをやめ、オフィスに出社を促す動きが顕著に見られるようになっています。一方で転職希望者への意識調査を見れば、求職者の多くは働く環境として「リモートワークができる企業」を求めている事実も。転職希望者に選ばれる企業となるためには、リモートワークを後退させている場合ではないのかもしれません。

外勤・内勤を問わず自宅で働ける仕組みを1日で実現。「やらない」という意思決定はあり得なかった

——「製造業はリモートワークに対応しづらい」と考える人は少なくないと思います。コロナ禍に突入する前後、貴社はどのような状況だったのでしょうか。

 

友岡氏:私が入社した2014年以降に、G Suite(現在のGoogle Workspace)を導入して、スマートフォン1台で仕事ができる環境を整えてきました。エレベータの設置工事や保守の現場へ行く機会が多い社員にとって、メールチェックなどのためだけに会社へ立ち寄るのは大きな無駄です。そのため自宅から直行直帰しやすい仕組みをつくったのです。

ただ、こうした環境整備はあくまでも現場や営業関係の仕事をする人のためのもの。コロナ禍では設計やバックオフィス業務などに携わる人も働き方を変えざるを得ませんでしたが、当社の情報システム部門はここまで一斉に在宅勤務へ移行することは想定していませんでした。それまでは、デバイスなどの環境が整ったオフィスに出社する前提で業務がデザインされていましたから。

——その状態から、どうやって在宅勤務を可能にしたのですか?

友岡氏:まずは自宅でも会社と同じように働ける環境をつくることが急務でした。とは言え社内には、全員が持ち帰れるだけの台数のノートパソコンがありません。そこでAWS(Amazon Web Services)を活用し、情報システム部門のメンバーに尽力してもらって、個人のデバイスから会社のワークスペースへ安全にアクセスできる仕組みを1日で整えました。

設計業務でいうと、CAD(※)の高精度な作業は大きな画面がなければ難しい面もあり、かつ大きなデータを扱います。そこでオフィスではデュアル・スクリーンで、スペックの高いデスクトップパソコンを使っていました。こうした業務についても、AWSの機能を活用して、できる限りストレスなく自宅で進められるようにしました。

(※)キャド。コンピュータを使用して作図できるようにしたシステム。

これらの他にも、さまざまな課題に短期間で対応しています。仕組みをつくらなければ、結果として社員の仕事を奪うことになりますし、それは会社にとって大きな損失ですから、「やらない」という意思決定はあり得なかったのです。

自社のビジネスと業務を深掘りし、活用できそうなITツールへ先行投資

——多くの企業がDXを進めたいと考えている一方で、現場からの反発があるなど、トップダウンの号令だけではなかなか進まない現実もあります。友岡さんはどのように変革を進めているのでしょうか。

友岡氏:うまく進まないのは「A(という手段)をやめてBにする」といった議論をしているからではないでしょうか。これでは敵対関係を生むばかり。私は「Bを導入するけどAもやめない」という方針で、どんどん重ねていくことが大切だと思っています。

 

たとえば、「Googleのスプレッドシートを導入すれば従来のExcelは必要ない」と考える人がいるとします。一方では「表計算ソフトとしてはExcelのほうが優秀だし使いやすい」と考える人もいるでしょう。それなら、Excelを使いたい人が使い続けられるようにすればいい。

新しい技術の普及や腹落ちには時間がかかるものです。新しい仕組みを導入する際は小さく実証実験から始め、一定の成果が得られてから標準認定していく。その段取りを踏めば、無駄な対立軸は生まれなくなると思いますよ。

——とは言え、この進め方では時間がかかってしまうのでは。

友岡氏:その通りです。だからこそ早く始めなければいけないんです。

世の中では先進的なサービスやツールがどんどん誕生していますよね。私は常にアンテナを張って情報収集し、将来的に自社に必要となりそうなものには小さく先行投資しています。重要なのは、すぐに使えるかどうかにかかわらず、世の中にどんなものがあるのかを知っておくこと。知っていれば、いざというときにすぐ実装できます。

たとえばフジテックでは、固定電話から「Dialpad」というクラウド電話に移行しました。在宅勤務でも電話対応ができるようにしたのです。実はこのサービスを日本で初めて導入したのがフジテックでした。2015年から試験的に使い始めていたので、コロナ禍で本格的に必要性を感じたときにはすぐに活用できましたね。

——そうした環境が整っていることも、転職希望者の志望動機に良い影響を与えそうですね。経営者や人事・採用担当者がITツールにそこまで詳しくない場合は、どのようにしてトレンドを捉えていくべきでしょうか。

友岡氏:私は、必ずしもITに精通していなくてもいいと思っています。大切なのはITよりも自社の業務の末端までを把握しておくことでしょう。私が先行投資するツールやサービスは自社の業務内容につながると感じたものだけ。それも私だけで判断するのではなく、社内のメンバーから意見を聞いて、「こんなツールがあったらいいな」「こんな効率化が実現できたらいいな」という観点を大切にして選んでいます。あくまでもビジネスと業務が第一にあり、将来の活用シナリオが描けるからこそ投資するわけです。

ただ、今後は経営者も人事・採用担当者も、ITをよく知る人を重用すべきだとは感じますね。現在の日本では、大企業も含めて専任のCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)を置いている企業は非常に少ない。この状況のままでは、経営メンバーのITリテラシーを高めるのは難しいでしょう。

IT化やDXは「ゼロイチ」ではない。経営者や人事は社内の個人差にも目を向けるべき

——リモートワークなどの環境を整えてから、貴社の採用にはどのような変化が表れていますか。

 

友岡氏:私自身も採用を担当しているのでよく感じるのですが、リモートで面接できるようになって、全国規模の採用活動がスピーディーに進められるようになりました。また、リモートの気軽さが手伝って、以前よりもカジュアルな面談を設けやすくなったと感じます。実際に採用活動は大きく進展していますよ。こちらから説明する前に、「働き方改革が進んだ企業」としてフジテックを見てくれる人も増えています。

人間は場所と時間に支配される生き物ですが、ITは場所の制約を取り払ってくれました。この風景を見てから、再び階段を下りて「対面中心」の世界に戻れるかというと、率直に言って難しいですね。完全に戻してはダメだとも思います。

——転職希望者に対する調査結果を見ると、リモートワークが後退することで採用活動に悪影響をもたらすことが予想されます。しかし現実には「再び階段を下りてしまう企業」も少なくありません。

友岡氏:IT化やDXはゼロイチの話になりがちですが、新しい技術が普及するまでには時間がかかるものです。たとえばiPhoneが登場してからすでに15年ほどが経過していますが、私たちの親世代を見れば、ようやくスマホに切り替えつつあるという段階ですよね。IT化やDXを推進する側は、辛抱強く構える必要があると思います。

また、リモートワークが転職希望者に好感を持たれる要素だとしても、このやり方だけが絶対とも言い切れません。大切なのは社員一人一人を見て、働き方を最適化していくことです。

自宅で集中できるワークスペースを確保できない人は、オフィスに戻って仕事がしたいと考えるかもしれません。一方で若手の中にはパソコン作業に適したゲーミングチェアなどを持っていて、自宅のほうがオフィスよりも仕事がはかどると考える人も多いかもしれない。そうした個人差に目を向け、一人一人の主体性と幸福感に寄り添っていくことこそが大切でしょうし、そこにこそ経営者や人事・採用担当者の役割があるのではないでしょうか。

 

取材後記

社内の一人一人が納得できる形で新たな技術を定着させていく。そんな友岡さんのDXへのアプローチは、「武闘派CIO」の異名からすれば意外にも感じられるものでした。リモートワーク後退の流れは採用活動に悪影響をもたらすのではないか——。そんな危機感を持って臨んだ取材。本質的な課題は、個々で異なるはずの社員の希望を鑑みることなく、一律に「対面」を強いてしまう現状にあるのかもしれないと感じました。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也