ワークシェアリングとは|メリット・デメリットや事例と導入方法を解説
d’s JOURNAL編集部
雇用の維持や創出を図るために、業務を複数人で分担することを「ワークシェアリング」と呼びます。
「ワークシェアリングを導入することで企業にはどのような影響があるのか」「ワークシェアリングを導入する際にはどのような手順を踏めばよいのか」と考える経営者や人事担当者もいるのではないでしょうか。
この記事では、ワークシェアリングのメリット・デメリットや事例、導入フローなどを解説します。
ワークシェアリングとは
ワークシェアリングとは、雇用の維持や創出のために業務を複数人で分担すること。具体的には、業務や労働時間、賃金を適切に配分することを指します。英語では「work sharing」と表記し、日本語では「仕事の分かち合い」などと訳されます。
ワークシェアリングにはいくつかの種類がありますが、その主たる目的は、従来一人で担当していた業務を複数人で分担することで一人当たりの労働時間を短縮し、雇用の維持や創出を図ることです。
業務が適切に配分されることにより、「業務負担の軽減」や「リストラの回避」など、さまざまな効果が期待できます。
ワークシェアリングが注目される背景
ワークシェアリングは、経済市場の悪化による失業率の増加を解決する手段の一つとして、1980年代頃に欧州で発祥したといわれています。その後、「失業率の低下」「従業員の負荷の軽減」を図れる働き方として、世界中で注目されるようになりました。
日本においても、雇用情勢が悪化し失業率が増加した1999年半ばあたりから、雇用維持のための緊急避難策として実施する企業が見られるようになります。2002年3月には「ワークシェアリングに関する政労使合意」が発表され、ワークシェアリング推進のための基本的な考え方が提示されました。
また近年では、厳しい雇用情勢に加え、長時間労働や過労死などの社会問題が深刻化。これらの課題解決と、多様な働き方を推進する「働き方改革」を実現するための施策として、ワークシェアリングが再注目されています。
(参照:厚生労働省『ワークシェアリングに関する政労使合意』)
ワークシェアリングは4種類に分類される
ワークシェアリングは、目的や適用するシーンによって主に4種類に分類されます。それぞれの内容を詳しく見ていきましょう。
雇用維持型
雇用維持型は「中高年対策型」とも呼ばれ、主に定年退職を迎える従業員を定年延長・再雇用するためのワークシェアリングです。
一人当たりの労働日数や時間を短縮することで、仕事へのモチベーションが高いものの体力的に長時間の労働が難しい中高年に活躍の場を提供し、収入を維持してもらうことができます。
知識と経験のある人材の雇用を継続することで、業務の遂行や後進の指導などを引き続き任せられるため、人手不足の企業に有効な施策です。
雇用創出型
雇用創出型は、新たな雇用を生み出すことを目的としたワークシェアリングの方法です。
既存従業員の業務を分割したり労働時間を短縮したりすることで生じるリソースが足りなくなった業務に、新規採用者を充てます。休職者の業務を複数のパートタイマーや短時間労働者で分担し、休職者の雇用を維持しつつ新たな雇用を創出する方法もこれに該当します。
失業者を減らすことに特化した施策であるため、主に求人倍率が低いときに活用されます。
緊急対応型
緊急対応型は、社会情勢や景況の急激な変化によって企業の業績が悪化した際、既存従業員の雇用を維持するために行うワークシェアリングです。
具体的には、「業務時間や工場稼働時間の短縮」「休日の増加」などの対策を行い、従来一人で担当していた業務を複数人で分担します。
雇用の維持により人材の流出を防げるだけでなく、経営状況が回復した際に業務の建て直しをスムーズに行えるという利点があります。
多様就業型
働く意欲がありながらも育児や介護などを理由にフルタイム勤務が困難な人が働き方を選べるよう、勤務形態を多様化する方法が、多様就業型です。
具体的には、「時短勤務」「パートタイム」「テレワーク」「フレックスタイム」などが挙げられます。求職者や既存従業員のニーズに応じたさまざまな働き方を実現することで、人材の確保や離職防止といった効果が期待できます。
ワークシェアリングのメリット
ワークシェアリングを行うことで、どのようなメリットが得られるのでしょうか。「企業側」「労働者側」に分けてご紹介します。
企業側のメリット
ワークシェアリングによって企業が得られるメリットとしては、以下の点が挙げられます。
ワークシェアリングで企業側が得られるメリット
●労働環境が改善される
●生産性が向上する
●従業員のエンゲージメントが高まる
●コストカットにつながる
●多様な人材を確保できる
●企業イメージが向上する など
まず、一人当たりの業務量を減らすことで、長時間労働などのハードワークが解消されます。それにより、従業員が本来行うべき業務に集中できるようになるため、「生産性や効率、業務の質の向上」「イノベーションの創出」「深夜残業や休日出勤にかかる人件費や光熱費の削減」といった効果が期待できるでしょう。
余裕を持った働き方は従業員の心身の健康を守ることにもつながるため、「休職や離職を防ぎ、安定した労働力を確保する」「従業員の満足度が上がり、エンゲージメントが高まる」といった意味でも重要です。
また、ワークシェアリングをしている企業は、周囲から「人員削減を避け、従業員を守る意思がある」「ダイバーシティーに積極的に取り組んでいる」企業という印象を持たれやすいため、企業イメージの向上も見込めるでしょう。
労働者側のメリット
労働者側から見たワークシェアリングのメリットは以下の通りです。
ワークシェアリングで労働者側が得られるメリット
●雇用が維持される
●新しい仕事に就きやすくなる
●ワークライフバランスが保てる
●モチベーションが向上する など
第一に、雇用が確保されることが挙げられます。既存従業員にとっては、企業の業績が危うくなった際に、たとえ労働時間が短縮されたとしても、雇用が維持されることは最大のメリットだといえるでしょう。求職者であれば、ワークシェアリングによって創出された新しい仕事に就けるチャンスがあります。
また、業務量が減ること、多様な働き方を実現することは、ワークライフバランスを保つことにつながります。仕事以外の時間をリフレッシュや自己啓発など個々に応じた目的に使用できれば、心身共に余裕が生まれ、前向きな気持ちで仕事に取り組めるようになるでしょう。
ワークシェアリングのデメリット
ワークシェアリングにはさまざまなメリットがある一方で、いくつかのデメリットも存在します。企業側、労働者側それぞれのデメリットを見ていきましょう。
企業側のデメリット
企業におけるワークシェアリングのデメリットには、以下のことが考えられます。
ワークシェアリングによる企業側のデメリット
●従来の制度を見直す必要がある
●引き継ぎや研修が必要
●給与計算に手間と時間がかかる
●一部のコストが増加する など
ワークシェアリングの導入に当たっては、適用対象や適用条件が公平になるよう、従来の給与制度や人事評価制度などを見直し、整備する必要があります。同時に、これまで一人が行っていた業務を複数の従業員で分担するため、業務の引き継ぎや研修なども行わなくてはなりません。
また、多様な働き方が実現し従業員数が増えることで、給与計算が複雑化したり、社会保険料や福利厚生、採用・教育費などの企業負担が増えたりします。そのため、「経理担当の業務負担が増える」「一部のコストが増加する」ことも念頭に置く必要があるでしょう。
労働者側のデメリット
労働者側のデメリットとしては、以下の可能性が考えられます。
ワークシェアリングによる労働者側のデメリット
●収入が減る
●職種間で格差が生まれる など
従来の収入を維持したい従業員にとって、ワークシェアリングで労働時間が減った分だけ支払われる給与額が減ることは大きなデメリットだといえるでしょう。なお、従業員の不満解消のため、収入が減少する分、スキルアップ研修を実施したり副業を許可したりしている企業もあります。
また、ワークシェアリングが適用できない職種も存在します。適用できる職種と適用できない職種が混在する企業では、適用できる職種のみをワークシェアリングの対象とすることで、賃金格差が生じる可能性があるでしょう。
ワークシェアリングの導入フロー
ワークシェアリングを導入する際は、どのような手順を踏むとよいのでしょうか。ここでは、ワークシェアリングの導入フローについて解説します。
①現状の把握とワークシェアリングする業務の選定
ワークシェアリングは、「一人ではできない業務」や「誰が担当しても同じ成果になる業務」が適しているとされています。そのため、まずは現状の業務内容を正確に把握し、ワークシェアリングが可能な業務を選定します。
「どのような業務があるのか」「その業務に何人関わっているか」「業務にかかる時間とコストはどの程度か」などの情報を収集しましょう。情報が出そろったところで、業務が集中している部署はないか、切り出せる業務があるかを探ります。
併せて、実質的に不要な業務や、コスト削減・効率化できそうな業務なども洗い出せると、業務改善に役立つでしょう。
②業務をマニュアル化する
続いて、ワークシェアリングを運用する体制や方法、対策を検討します。「どの業務を何人でどのように分担するか」「責任者は誰にするか」「教育制度や福利厚生をどのように整えるか」などを、経営者や現場の責任者も交えて十分に検討しましょう。
ワークシェアリングを導入すると多くの人が業務に関わるため、些細なことであってもトラブルが起こる可能性が高まります。混乱を防ぐためにも、業務内容やフロー、責任の所在などをマニュアルで明確化しておきましょう。
また、制度の定着には、実際にワークシェアリングを行う既存従業員の理解が不可欠です。ワークシェアリングを導入する理由や得られるメリット、想定されるデメリットと対策、フォロー内容などを事前に説明し、納得してもらいましょう。
③導入後の状況確認・改善修正
ワークシェアリングの導入後は、定期的に状況を確認し、修正を行うことが重要です。目的が達成できているか、企業全体の業績に貢献できているかなど、ワークシェアリングの効果を見極めましょう。期待する成果が得られていない場合は、課題点を見つけ、速やかに改善を行います。一定の成果が出ている場合でも、成功した要因を明らかにし、より高い成果につなげるためにブラッシュアップを図りましょう。
海外のワークシェアリング導入事例
実際に、ワークシェアリングはどのように実施されているのでしょうか。日本よりも前からワークシェアリングに取り組んでいる海外の導入事例をご紹介します。
フランスの事例
フランスでは、政府主導の下ワークシェアリングに取り組んでいます。
1998年6月には「オブリ法第1法」、2000年1月には「オブリ法第2法」を制定。それにより、「法定労働時間を週35時間とする」「時短勤務を早期に導入した企業にはインセンティブとして社会保険保障の一時的な軽減措置を実施する」など、労働時間の短縮と実施企業への支援が実現されました。
時短勤務の具体的な実施方法が労使間に委ねられていることも、同国の特徴です。
オランダの事例
オランダは1980年代前半の経済危機を克服するため、1982年に政労使間で「ワッセナー合意」を締結しました。
ワッセナー合意では「労働組合が賃金抑制に協力する」「企業は雇用確保のための労働時間短縮に努力する」「政府は減税と社会保障負担削減に努める」などを約束。短時間の雇用を創出し多様な働き方を実現したことで、失業者数が大幅に減少しました。
その後も1996年の労働法改正や2000年の労働時間調整法の制定で「フルタイムとパートタイマーの待遇を同等にする」「労働者は週当たりの労働時間を自発的に決定できる」などの改善を実施。国を挙げてワークシェアリングが推進されています。
ドイツの事例
ドイツでは、1980年代頃に金属産業や自動車メーカーの業績悪化に伴う緊急避難策として、ワークシェアリングを導入。時短勤務を実施することで、失業者の削減を防ぎました。
2001年には「パートタイム労働および有期労働契約法」において「同一労働同一賃金」「パートタイム労働者への差別の禁止」「フルタイムとパートタイムの自由な転換」などが明記され、より一層の雇用拡大が図られています。
ワークシェアリングでは助成金を活用できる
ワークシェアリングを導入する場合は、助成金や給付金を活用することが可能です。ここでは、ワークシェアリングを導入する際に申請できる主な助成金の概要を解説します。
雇用調整助成金
雇用調整助成金は、景気の変動や産業構造の変化などにより事業の縮小を余儀なくされた企業が、休業や教育訓練、出向などを行うことで従業員の雇用を維持した場合に受けられる助成金です。企業が支払った休業手当負担額や教育訓練費などが助成されます。
(参照:厚生労働省『雇用調整助成金』)
労働移動支援助成金
労働移動支援助成金は、離職を余儀なくされる労働者への支援を行う企業に支給される助成金です。
自社従業員の再就職支援を民間職業紹介事業者に委託する企業が対象の「再就職支援コース」と、離職を余儀なくされた労働者を離職後3カ月以内に雇い入れる企業が対象の「早期雇入れ支援コース」があります。
(参照:厚生労働省『労働移動支援助成金(再就職支援コース)』『労働移動支援助成金(早期雇入れ支援コース)』)
人材開発支援助成金
人材開発支援助成金は、職務に関連した専門的な知識・技術を習得させるための訓練や、労働生産性の向上に役立てる訓練を実施する企業に対して支給される助成金です。
人材開発支援助成金コースには、以下の9つのコースがあります。詳しくは、厚生労働省のホームページなどを確認してください。
●特定訓練コース
●一般訓練コース
●教育訓練休暇等付与コース
●特別育成訓練コース
●人への投資促進コース
●事業展開等リスキリング支援コース
●建設労働者認定訓練コース
●建設労働者技能実習コース
●障害者職業能力開発コース
(参照:厚生労働省『人材開発支援助成金』)
働き方改革推進支援助成金
働き方改革推進支援助成金は、生産性を高めながら労働時間の削減に取り組む中小企業などに対する助成金です。主に中小企業における労働時間設定の改善の促進を目的としています。
2022年度(2023年1月現在交付申請終了)には、以下の4つのコースがありました。
●労働時間短縮・年休促進支援コース
●勤務間インターバル導入コース
●労働時間適正管理推進コース
●団体推進コース
2023年度についてはまだ公表されていませんが、厚生労働省が発表した「令和5年度 予算概算要求の主要事項」において、「適用猶予業種等対応コース」が新規記載されています。
(参照:厚生労働省『働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)』『働き方改革推進支援助成金(勤務間インターバル導入コース)』『働き方改革推進支援助成金(労働時間適正管理推進コース)』『働き方改革推進支援助成金(団体推進コース)』『令和5年度 予算概算要求の主要事項』)
まとめ
ワークシェアリングは主に「失業率の低下」と「従業員の負荷の軽減」を目的に行われる施策です。業務を適切に分配することで、企業には「生産性の向上」や「多様な人材の確保」などのメリットがあります。
導入に当たっては「制度の見直し」や「一部コストの増加」などが懸念されるため、計画的に準備を進めていくことが重要です。
ワークシェアリングによって新たに生じる採用・教育コストが不安な場合には、各種助成金の活用を検討してみてはいかがでしょうか。
(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)
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