ウェルビーイング経営とは|健康経営との違いや取り組み例を解説

d’s JOURNAL編集部

従業員が身体的、精神的、社会的に満たされている状態になるよう、組織の環境を整えていく、ウェルビーイング経営。「健康経営とはどう違うのか」「具体的にどのような取り組みを実施したらよいのか」などを知りたい企業の経営者や人事・採用担当者も多いでしょう。

この記事では、企業事例を交えながら、ウェルビーイング経営の概要や具体的な取り組み内容などを解説します。

ウェルビーイング経営とは

ウェルビーイング経営とは、従業員が身体的、精神的、社会的に満たされるように組織の環境を整えていく経営手法のこと。従業員や組織全体、消費者、地域社会といった「全てのステークホルダーの幸福を追求するための経営手法」という広義の意味で使われることもあります。

ウェルビーイング経営への理解を深めるため、「ウェルビーイング」とは何かについて、見ていきましょう。

ウェルビーイングの定義

ウェルビーイング(well-being)とは、心身ともに健康で、かつ社会的にも満たされている状態のこと。1948年に発効された「世界保健機関(WHO)憲章」前文における「健康」の定義が、ベースとなっています。

世界保健機関憲章における健康の定義

健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、單(ひとえ)に疾病又は病弱の存在しないことではない。

(参考:外務省『世界保健機関憲章』)

「福祉の状態」とは、「良好な状態」「満たされている状態」のことです。心身ともに健康な状態であれば、「肉体的、精神的」福祉が実現していると言えます。「社会的」福祉については、「経済面」や「キャリア」「家族関係」において満たされている状態を指すとされています。

このことを踏まえると、ウェルビーイング経営は全従業員の「肉体的、精神的、社会的福祉の状態」を実現すべく、企業がさまざまな取り組みを実施していくこととも言えるでしょう。

ウェルビーイング経営が注目される背景

ウェルビーイング経営が注目される背景としては、以下の3点が挙げられます。

ウェルビーイング経営が注目される背景
●労働力人口減少による人材不足
●働き方改革による労働環境の変化
●SDGsへの意識の高まり

労働力人口減少による人材不足

まず挙げられるのが、労働力人口の減少による影響です。日本では少子高齢化に伴い労働人口が減少しているため、多くの企業が人材不足に直面しています。加えて、終身雇用の崩壊や雇用の流動化が進んでいるという現状もあります。こうした理由から人材採用の難易度が高まっている中、企業には「求職者・従業員にとって魅力的な環境づくり」が求められるようになってきています。

ウェルビーイング経営を推進することで、自ずと「求職者・従業員にとって魅力的な職場環境」が構築されていくため、ウェルビーイング経営が注目されているのです。

働き方改革による労働環境の変化

長時間労働の是正やフレックスタイム制・在宅勤務制度の導入といった働き方改革による労働環境の変化も、ウェルビーイングが注目される理由の一つです。

従来の日本企業では、「長時間働くことが良し」とされる風潮がありました。しかし、働き方改革が進んだことで従来のようなハードワークは社会から許容されなくなってきています。同時に、従業員の多くがライフワークバランスを重視するようになり、時間や場所にとらわれない働き方を希望する人が増えてきているという現状もあります。

こうした変化に対応することが企業には求められており、対応策の一つとして、ウェルビーイング経営への関心が高まっているのです。

SDGsへの意識の高まり

ウェルビーイング経営が注目されている背景には、SDGs(持続可能な開発目標)への意識の高まりもあります。SDGsとは、2030年までに持続可能なより良い世界を目指すことを目的に、2015年9月の国連サミットで採択された「全17のゴール」からなる国際目標のこと。

このうち、「ゴール3:すべての人に健康と福祉を」「ゴール8:働きがいも経済成長も」は、以下の通りとなっています。

ゴール3:すべての人に健康と福祉を

【日本語訳】
あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する

【原文】
Ensure healthy lives and promote well-being for all at all ages

(参考:外務省 Japan SDGs Action Platform『SDGグローバル指標(SDG Indicators) 3: すべての人に健康と福祉を』)

ゴール3の原文にある「well-being」とは、文字通り「ウェルビーイング」のことです。

ゴール8:働きがいも経済成長も

【日本語訳】
包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する

【原文】
Promote sustained, inclusive and sustainable economic growth, full and productive employment and decent work for all

(参考:外務省 Japan SDGs Action Platform『SDGグローバル指標(SDG Indicators) 8: 働きがいも経済成長も』)

ゴール8に記されている「働きがいのある人間らしい雇用(decent work)」は、先述した「社会的福祉の状態」と解釈できます。

このように、SDGsにおいてウェルビーイングに関する言及があることからも、ウェルビーイング経営が重要視されるようになってきています。

ウェルビーイング経営と健康経営の違い

ウェルビーイング経営と比較されることが多いのが、「健康経営」です。健康経営とは、従業員の健康を重要な経営指標と捉え、健康の管理と増進に積極的に取り組むこと。ウェルビーイング経営と健康経営は「従業員の心身の健康を大切にする」という点で共通していますが、違いもいくつかあります。

ウェルビーイング経営と健康経営の違い

ウェルビーイング経営 健康経営
どの視点から施策を検討するのか 従業員の視点に立ち、検討 企業の視点から検討
施策が始まるきっかけ 現場からのボトムアップ 経営者からのトップダウン
何を満たそうとするか 「身体的」「精神的」「社会的」な福祉の状態 「身体」「精神」の健康

一番の違いは、「どの視点から施策を検討するのか」です。健康経営では「企業」の視点から施策を考えますが、ウェルビーイング経営では「従業員」の視点に立って施策を検討します。そのため、施策が始まるきっかけについても、ウェルビーイングでは「現場からのボトムアップ」健康経営では「経営者からのトップダウン」と違いがあります。

また、健康経営では「身体・精神の健康」に重きを置きますが、ウェルビーイングではそれらに加えて「社会的」にも満たされた状態かどうかにも着目します。ウェルビーイングの方が、健康経営よりも広義の意味で、従業員の健康・幸せを考えるものであると理解するとよいでしょう。
(参考:『健康経営とは?『健康経営優良法人』認定のメリットは?取り組み方や企業事例を丁寧に解説』)

ウェルビーイング経営の4つのメリット

ウェルビーイング経営に取り組むことで、以下の4つのメリットが期待できます。

ウェルビーイング経営のメリット
●生産性の向上が期待できる
●離職防止につながる
●求職者へのアピールになる
●人的資本情報開示やSDGs推進に寄与する

生産性の向上が期待できる

「従業員が心身ともに満たされている状態」を目指してウェルビーイング経営に取り組むことにより、自然と職場環境や職場の雰囲気がよくなります。従業員にとって「より働きやすい職場」へと変容していくことで、従業員のストレスが軽減され、ワークエンゲージメントや仕事に対するやりがいが向上していくでしょう。その結果、「高いモチベーションで仕事に向き合う従業員が増える」「特別な理由なく欠勤・遅刻早退する従業員が減る」といった変化につながり、生産性の向上が期待できます

離職防止につながる

ウェルビーイング経営の推進により、人間関係や労働環境の改善も進みます。退職理由として多い「人間関係や労働環境への不満」を解消する効果がウェルビーイング経営にはあるため、自ずと離職率が低下していくでしょう。

また、ウェルビーイング経営に取り組む中で、企業は従業員の心身の変化を敏感に察知できるようになります。心身に不調を抱えている可能性がある従業員に対し、「有給休暇の取得を促す」「産業医との面談を提案する」といった対応をこれまでよりも早い段階で取れるようになり、離職防止につながります。その結果、他社への人材流出を最小限にとどめられるので、採用コストの削減も期待できるでしょう。

求職者へのアピールになる

昨今では労働人口の減少により人材採用の難易度が増しているため、「給与」や「待遇」のみで他社との差別化を図るのは容易ではありません。そうした中、ウェルビーイング経営の推進は求職者へのアピールにもなります。

ウェルビーイング経営の一環として実施した内容を社外に公開することにより、企業のブランドイメージが向上します。求職者からみた自社の魅力が増すため、より多くの求職者が自社に集まるようになるでしょう。こうした状況が続くことにより、人材不足の解消も期待できます。

人的資本情報開示やSDGsの推進に寄与する

人的資本とは、企業を構成する「人材」を、投資によって価値を創造することができる「資本」と捉えた概念のこと。「ESG投資への関心の高まり」や「人的資本の重要性の高まり」を背景に、国内外で人的資本に関する情報開示の流れが進んでいます。

2018年12月には、国際標準化機構(ISO)が国際標準ガイドライン「ISO 30414」を発表しました。ISO30414は11領域49項目からなりますが、その多くがウェルビーイングと直接的または間接的な関わりがあります。

また、先述したSDGs「ゴール8:働きがいも経済成長も」の達成状況を測る指標も、ウェルビーイングとの関連が深いものとなっています。

以上を踏まえると、ウェルビーイング経営は「人的資本情報開示」や「SDGs」の推進にも寄与するでしょう。
(参考:『人的資本(ISO30414)とは?情報開示例を交えてわかりやすく解説』)

ウェルビーイング経営の注意点

ウェルビーイング経営には「企業の利益」と相反する面もあるため、注意が必要です。通常の企業経営では「企業の利益」を追求できますが、ウェルビーイング経営では「従業員の幸福」も追求しなくてはいけません。場合によっては、すぐには利益に結び付かない取り組みの実施を余儀なくされることもあるでしょう。そのため、短期的に見るとウェルビーイング経営により利益が減少する可能性があります。一方で、逆説的にはなりますが、そもそも企業として十分な利益を出せていない状態では、従業員のウェルビーイングを実現するための施策を実施する余裕もないでしょう。

しかしながら、ウェルビーイング経営には先述の通り、「生産性の向上」や「離職防止」といったメリットがあります。そのため、中長期的に見ると企業の成長につながることも確かです。

これらを踏まえると、「企業としての利益を生み出すこと」と「従業員の幸福を追求していくこと」のバランスを取りながら、ウェルビーイング経営を推進していくことが重要であると言えるでしょう。

ウェルビーイング経営の参考になる幸福の要素

ウェルビーイング経営を進めていく際に参考となるのが、「幸福の要素」です。ここでは、「PERMAモデル」と「Gallup社のモデル」における幸福の要素について、紹介します。

PERMAモデルの5つの要素

PERMAモデルとは、「ポジティブ心理学の父」として知られるマーティン・セリグマン博士が2011年に発表した、幸福についてのモデルです。PERMAモデルでは、人々が持続的な幸福を感じるために必要な要素として、以下の5つを挙げています。

持続的幸福を感じるために必要な5つの要素

●Positive emotion:ポジティブな感情を持っていること
●Engagement:何事に対しても積極的に関わっていること
●Relationship:他者と肯定的で良質な関係性を築いていること
●Meaning:人生に意味・意義を見い出し、自覚していること
●Accomplishment:達成感を感じていること

Gallup社の考える5つの要素

アメリカのコンサルティング業務を展開するGallup社は、国や地域、文化・宗教的な背景を問わず、幸福と感じるには以下の5つの要素が重要だと提唱しています。

Gallup社の考える5つの要素

●Career Wellbeing(仕事による幸福)
●Social Wellbeing(良好な人間関係による幸福)
●Community Wellbeing(地域コミュニティーによる幸福)
●Physical Wellbeing(身体的な幸福)
●Financial Wellbeing(経済的な幸福)

ウェルビーイング経営への取り組み例

ウェルビーイング経営を進めていくためには、まずは従業員の置かれた状況を正確に把握することが重要です。社内アンケートやサーベイなどを実施し、現状を把握するとよいでしょう。その上で、「どのような取り組みを実施すべきか」を検討します。

ウェルビーイング経営の実現に向けた取り組みの例としては、以下の4つが挙げられます。

ウェルビーイング経営への取り組み例
●従業員のヘルスケアをサポートする
●社内コミュニケーションを活性化させる
●労働環境を改善する
●福利厚生を充実させる

従業員のヘルスケアをサポートする

ウェルビーイング経営を進める上で不可欠なのが、従業員のヘルスケアのサポートです。従業員の心身の健康状態を把握し、必要に応じて改善に向けたサポートも実施しましょう。

具体的な取り組みの例

●健康診断や予防接種の実施
●がん検診の費用負担
●ストレスチェックの実施
●産業医との個別面談の設定
●メンタルヘルス不調の従業員に対するサポート体制の構築 など

自らの心身の健康状態に関心を持つ従業員が増えるよう、社内報や社内メールなどを通じて啓発活動を行うことも重要です。また、在宅勤務者が多い企業では、オンラインでの健康相談に対応できる環境を整備するのが望ましいでしょう。

社内コミュニケーションを活性化させる

社内の人間関係や職場の雰囲気に問題があると、従業員がストレスを感じたり、生産性の低下につながったりします。こうした状況を避けるために必要となるのが、社内コミュニケーションの活性化です。従業員同士がコミュニケーションを取りやすい環境を整え、職場の風通しを良くしていきましょう。

具体的な取り組みの例

●メンター制度やブラザー・シスター制度の導入
●社内部活動の推奨
●懇親会にかかる費用の補助
●リフレッシュスペースや談話室の設置
●コーヒーブレイクの実施 など

労働環境を改善する

ウェルビーイング経営を推進するためには、労働環境の改善にも取り組む必要があります。長時間労働や休日出勤などが常態化している場合には、早急に是正しましょう。また、場所や時間を選ばずに働くことができる「柔軟な働き方」を促進していくことも大切です。

具体的な取り組みの例

●長時間労働や休日出勤の実態把握
●業務分担の見直しや業務効率化による、長時間労働・休日出勤の是正
●有給休暇の取得推奨や計画年休の導入
●在宅勤務制度やフレックスタイム制の導入 など

なお、在宅勤務制度を導入する際は、Web勤怠管理システムや情報共有ツールなどの活用を検討する必要があるでしょう。

福利厚生を充実させる

従業員のウェルビーイングを高めるには、プライベートの充実をサポートし、英気を養ってもらうことも大切です。運動・レジャー・旅行などライフスタイルをサポートできるよう、福利厚生を充実させましょう。

具体的な取り組みの例

●フィットネスクラブの割引チケットの配布
●外部講師による社内でのヨガ教室の開催
●映画鑑賞券の配布
●宿泊料金の補助 など

ウェルビーイング経営に取り組んでいる企業の事例

実際、各企業はどのようにウェルビーイング経営を進めているのでしょうか。ウェルビーイング経営に取り組んでいる企業の事例を紹介します。

ロート製薬

ロート製薬は、ロートグループ総合経営ビジョン2030として、「Connect for Well-being」を掲げています。これは、事業活動を通じて世界中の人たちのウェルビーイングに貢献するとともに、健康で幸せに過ごすことができる持続可能な社会の実現を目的としたものです。

また、同社ではウェルビーイングを「肉体的、精神的、社会的」に満たされた状態であることに加え、「それらを取り巻く環境面」も満たされた状態であると定義。ウェルビーイング経営の一環として、副業・兼業の容認や、自分自身のウェルビーイングを自己評価してもらう「Well-beingポイント」の導入などを行っています。
(参考:ロート製薬株式会社『ビジョン』『従業員エンゲージメント』)
(参考:『【アカデミア×ロート製薬】人的資本経営とウェルビーイング、人事と経営に求められる変革とは~未来の強い組織の在り方~』)

丸井グループ

丸井グループは、1962年の丸井健康保険組合の設立とともにウェルビーイング経営を開始しました。同社では、ウェルビーイング経営を「『Well-being』の視点を通じて新しい価値を創り、社会全体を『しあわせ』あふれる場所にしていくこと」と定義。「基盤のヘルスケア」と「活力のWell-being」の2つの軸から、ウェルビーイング経営を進めています。

「基盤のヘルスケア」の取り組みとしては、「労働時間管理・勤務体系の多様化」や「時間外労働の削減」「禁煙治療に要した費用の補助」「メタボ率の改善に向けたヘルスアッププログラムの提供」などがあります。「活力のWell-being」では、グループ横断の公認プロジェクト「Well-being推進プロジェクト」を発足。プロジェクトメンバーとサポート役の管理職メンバーが主体となり、さまざまなウェルビーイング活動を企画・実行しています。
(参考:丸井グループ『人と社会のしあわせを共に創る「Well-being経営」』)

楽天グループ

楽天グループでは、従業員にとっての「個人のwell-being」、会社というチームにとっての「組織のwell-being」、これらを満たした上で事業を通じて実現し得る「社会のwell-being」の3つの視点で、ウェルビーイング経営を推進しています。

同グループでウェルビーイング経営の推進役を担っているCWO(Chief Well-Being Officer)は、ウェルビーイングを「自分らしく生きること」と定義。「個人のウェルビーイング向上には、組織のウェルビーイング向上が不可欠」「自分らしく生きるウェルビーイングと、合理性を追い求めるウェルビーイングのバランスが取れた組織にしていく」といった思いの下、職場環境の整備や文化の醸成などに取り組んでいます。
(参考:楽天グループ『トップコミットメント』)

まとめ

ウェルビーイング経営を行うことにより、「生産性の向上」や「離職防止」などのメリットが期待できます。ウェルビーイング経営に取り組む際は、「従業員のヘルスケアのサポート」「社内コミュニケーションの活性化」「労働環境の改善」「福利厚生の充実」という4つを意識することが重要です。

企業事例も参考にしながら、自社で実現可能な取り組みについて検討し、ウェルビーイング経営を推進してみてはいかがでしょうか。

(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)

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