【セミナーレポート】採用後の「労務・退職・解雇トラブル」の対応方法と予防策

隼あすか法律事務所

パートナー弁護士 多田光毅 氏

プロフィール
医療法人社団ベスリ会 東京 BESLI CLINIC

医師 田中奏多 氏

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  • 労務トラブルを防止するためには、フェーズごとに適切な予防策を事前に講じておくことが重要
  • 採用前後における労務トラブルで多いものは「スキル/社風とのミスマッチ」となっている
  • 企業が職場におけるメンタルヘルスの対策で行うことは、大きく分けると「未然の防止」、「早期発見、適切な対応」、「職場復帰支援」である

企業と従業員が円滑かつ良好な関係を築くことは、企業やビジネス、そして従業員の成長にとっても欠かせません。反面、良好な関係が築けていないと、各種労務トラブルにはじまり、場合によっては退職・解雇を巡って両者が争うような、深刻な事態に発展してしまうことも少なくありません。

そこで、同分野に詳しい弁護士に登壇してもらい、労務トラブルや退職・解雇トラブルの実態ならびに、トラブルを予防するための対策について解説いただきました。さらに、メンタル不調者を出さないための取り組みについて、メンタルヘルスに詳しい医師に語っていただきました。

労務トラブルや退職・解雇トラブルの実態/多田 光毅 弁護士

退職を希望した従業員が、会社の人事に対して伝えている退職理由ですが「体調を崩した」「結婚、家庭の事情」など、自分自身の個人的な事情を多く挙げています。

ただし、これはあくまで従業員の建前であり、本音ではないケースであることが少なくありません。退職に際し、会社に伝えなかった本当の退職理由はあったのかを従業員に聞くと、7割以上の従業員が「はい」と答えた調査結果もあります。

では、会社に言えない、本当の退職理由とは何なのか。表向きの退職理由の上位にあった、個人の事情とは反対に、「人間関係が悪かった」「給与が低かった」「福利厚生が悪かった」といった企業に対する理由が上位であることがわかります。

このようなデータを踏まえた上で、令和4年度における民事上の個別労働紛争、相談内容別の件数や割合を見てみると、全体で31万件を超える相談のうち、最も多い内容は「いじめ・嫌がらせ」の約7万件、22.1%でした。先ほど紹介した通り、対人関係の悪化に起因していることが、改めて浮き彫りとなっています。

視点を変えれば、人間関係が悪化しないような対応や、会社全体の仕組みを整え、構築する。そのような対策が結果として、労務トラブルや退職・解雇トラブルを防ぐことになる、と言えるのです。従業員と会社側とのやりとりだけではトラブルが解決せず、裁判に発展するケースもあります。
※それぞれの裁判事例について詳細を知りたい方は、動画をご覧ください

解雇をめぐる法的判断の状況などについて、理解を進めるには、過去にどういった事例があり、裁判所はどのような判断を下したのかを確認しておくことが重要です。実際、私も必ずチェックしていますし、大企業などでは裁判事例を一覧表としてまとめていることも少なくありません。また、実際に解雇を行う際には会社側が定めた就業規則などのうち、どの解雇事由に該当するのか確認し、正しい手順で、処理を行う必要があります。就業規則を事前にしっかりと作成しておくことはもちろん、解雇事由を立証するための具体的な証拠も重要となります。

例えば、「従業員が反抗的な態度を取り続けた」が解雇理由であった場合には、その内容や様子を客観的な証拠として情報を収集し、管理しておくことが必要です。いつ、どこで、どのような会話や、やりとりがあったのか、「5W1H」を意識して状況を整理するとともに、自社の対応が適切かどうか都度判断・確認することが大切です。

裁判においては、事実の立証が、かなりのウエートを占めますので、証拠の正当性や最終的な解雇の判断に間違いがないか、専門家の意見も踏まえて、解雇に踏み切るなど、慎重に判断する必要があります。

●労務トラブルを防止するためには、フェーズごとに予防策を打ち出すことが重要

労務トラブルを防止するためには、フェーズごとに、適切な予防策を事前に講じておくこと、そして、発生した際には、早期解決に努めることが重要です。例えば採用募集フェーズでは、採用要件を明確に定義する。退職時においては誓約書などをしっかりと整備し、記入してもらう、といった取り組みです。

中途採用した従業員が、前職時代の顧客リストを持ち込むといったトラブルが、取り上げられることも最近は増えてきました。前職時代の個人情報や機密情報を持ち込ませない、使わせない、といったルールを明確化する必要もあるでしょう。

もう一つ、こちらは従業員の退職に関する対策ですが、会社が定期的に従業員にアンケートを実施し、組織がどのような課題を持っているのか、従業員は会社に対して、どのような不平不満を持っているのかを、適宜把握しておくことが重要です。定期的な従業員サーベイ(調査)を基に課題に対して速やかに対策を打つ必要があります。

●採用前後で起こりやすいトラブルと対応策

採用前後における労務トラブルで多いものは「スキル/社風とのミスマッチ」です。諸外国ではジョブディスクリプションが明確に提示されている場合が多いため、そもそも自分にそのジョブを実行する能力がない人は応募してきません。
仮に能力のない人が採用されたとしても、ジョブディスクリプションで定義された仕事を実行することができなければ、解雇することができます。

一方、日本では試用期間であっても容易に解雇することはできません。解雇するためには、少なくとも、明確な規定違反などの事実があり、なおかつ、その事実が、会社が定めている就業規則などに違反していることなどを客観的に証明することが必要となります。

●就業規則の定期的な確認と規定の見直しを心掛けましょう

就業規則は解雇を実施する際の正当な理由の事前規定となりますから、整備しておくことはもちろん、現在の内容が正しいかどうか、改めて確認しましょう。

というのも、場合によっては現在の法律に準じていない、法令違反の内容が記載されているようなケースもあるからです。また解雇以外の私傷病休暇や懲戒に関する規定は、特に重点的に確認、整備する必要があります。

例えば、休職の際に診断書が必要との規定がなければ、医師の診断を仰ぐことなく、休職することが可能になってしまうからです。

メンタル不調者を 出さないために/田中 奏多 医師

過去1年の間にメンタル不調により、連続1カ月以上休業した労働者または退職したメンバーがいる事業者の割合は13.3%と、社員のメンタル問題は身近な問題となっています。以前の調査と比べ、割合も高まっています。

※出典元詳細:職場におけるメンタルヘルス対策について資料より

企業が職場におけるメンタルヘルスの対策で行うことは、大きく3本の柱からなります。1本目は「未然に防ぐ」こと。2本目は「早期発見、適切な対応」。3本目は「職場復帰支援」です。

メンタルの調子が悪い人を、早く見つけることが策だと考えている人が多いようですが、そうではなく調子が悪くなる前の状態で見つける。未然に防ぐことが重要です。具体的な取り組みとしては、ストレスチェックを実施し、うつ病などになる可能性のある従業員を見つけます。

未然に防ぐためには年に1度程度の頻度では不十分であり、もっと短いスパンで定期的に実施する必要があります。また、ストレスチェックを行うことは個人の変化だけでなく、職場の状態を把握することにもつながります。

例えば、50人からなる部署のうち1人だけが調子が悪いと判断されれば、個人的な要因が多いと考えられます。しかし、50人のうち30人が不調だと判断されたら。個人ではなく職場に問題がある、と考えられるからです。

厚労省が発表しているストレスチェックでは、チェック項目が57もあるため、どうしても年に1度の実施になってしまいがちです。そこでチェック項目をぐっと減らすことで、スパンを月に1度程度にして実施する方法をおすすめします。例えば、次のような5つの項目に絞ります。

中でも重要なのが睡眠に関するチェック項目です。睡眠の乱れは、不調の最初の兆しだからです。以前はよく眠れていたのに、眠れなくなった。朝起きてから数時間後に眠くなる、といった症状が現れたら不調のサインです。これらに該当する従業員がいた場合、できるだけ早い段階で、医師の診断を仰ぐように指示しておくと良いでしょう。
また、メンタルヘルスの不調が改善し、復職する際の判断基準、フローの整備も重要です。というのも、そもそも主治医、産業医、会社で同じ「治癒」という言葉を使っていたとしても、その言葉の定義が異なるケースが多いからです。「治った」という表現には、実はかなりの幅があります。

例えば、医療用語に「寛解」という言葉があります。「寛解」とは、例えば「がん」でいうと、一時的あるいは永続的に、がん(腫瘍)が縮小または消失している状態のことを指します。寛解に至っても、がん細胞が再び増え始めたり、残っていたがん細胞が別の部位に転移したりする可能性があるため、寛解の状態が続くようにさらに治療を継続することになりますので、完全に治ったというわけではありません。

「治癒」という言葉についても、複数の定義があります。多くの主治医や産業医は、医療上の治癒という概念で、治癒という言葉を使いますが、この概念は「寛解」に近い概念です。
一方で、多くの会社は、従前の職務を通常程度に遂行できる健康状態に回復したことを「治癒」と判断しています。つまり、そもそも主治医、産業医、会社で、言葉の定義自体が異なっている可能性があるのです。

従って、本当に復職させていいのか?という点については、自社の求める「従前の職務を通常程度に遂行できる健康状態」を定義しチェックリストなどにし、そのチェックリストなどを主治医や産業医に確認してもらうなどの工夫が必要になります。

一日中立って仕事を続けることができるのか。とりあえず、出社できる状態なのか。3者の意見や定義をそろえること。最終的には主治医からの診断書ならびに診断情報を産業医や会社が共有し、認知のミスやズレをなくすことが重要であり、再発を防ぐための策と言えるでしょう。

編集後記

労務トラブルを防止するためには、事前にフェーズごとに予防策を講じておくこと、発生した際には、早期解決に努めることが重要である。また、メンタルヘルスの対策においても「未然に防ぐ」「早期発見、適切な対応」「職場復帰支援」が重要とのお話がありました。
法令を順守しながら従業員と円滑かつ良好な関係を築くために、起こりえるトラブルが何か把握し、対策しておくべき具体的な予防策について学べる機会になったのではないでしょうか。

取材・文/杉山忠義、編集/森田大樹・d’s journal編集部
編集協力:unite株式会社

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