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一定期間内にどのくらい社員が離職したのかを示す指標である「離職率」。人手不足に伴って人材獲得競争が激しくなる中、社員の「定着率」および「離職率」に注目している企業が多いのではないでしょうか。企業の離職率を把握し、原因を探り、どのように解決策を講じるのかー。企業の最重要人事課題となっています。そこで今回は離職率の算出方法や業種別平均数値、離職率を下げ、低く保つための方法などをご紹介します。
離職率とは、一定期間内にどのくらいの社員が離職(退職)したかを示す指標のことです。企業全体だけではなく、組織・部署単位で離職率を出している企業も多いようです。人員の流動状況を把握するためには、1年ごと・3年ごとなど、定期的に推移を調べることが重要となります。
近年、少子高齢化による労働力人口の減少や人材獲得競争の激化により、企業では「どんな人材を何人採用するか」はもちろんのこと、「入社後に長く活躍してくれるか」という、“社員の定着”にも注目が集まっています。特に「高い成果を出している」「長年培ってきた知識・技術がある」「高い専門性がある」といった優秀な人材は採用するのも一苦労。社内の人材流出を防ぎ、離職率を可能な範囲で下げる必要性が高まっているのです。
また、終身雇用・年功序列制度の崩壊や、働き方改革の影響による個人の「働き方の多様化」も影響の1つとして挙げられるでしょう。フリーランスや副業が一般的になったことで、企業に依存しない働き方の選択肢も増加してきました。そのため企業では「育ててもすぐに退職してしまう」「すぐに離職するため採用コスト費用が高くなる」といった課題も増え、「採用さえできれば安泰」というわけにはいかなくなったのです。
企業から離職した社員の割合を示す「離職率」と合わせて考えたいのが、どのくらいの社員が企業にとどまっているかの割合を示す「定着率」です。離職率を算出後、100から離職率(%)を引いた数字が定着率(%)となるので、離職率が低ければ定着率が高くなります。「離職率」や「定着率」を知ることは、その企業の実態把握や、業界の雇用動向の理解にもつながるため、採用や育成を進める上で重要と言えます。
離職率の計算方法は、法的には特に決まりがなく、調査目的によって対象や期間を変えることができます。「新卒採用の社員が1年(または3年)以内にどのくらい離職したのか」「中途採用の社員が3年以内にどのくらい離職したのか」など、対象と期間を検討しましょう。計算式が複雑にならないよう、年度の途中で入社した社員数は除外して計算するのが一般的です。
離職率は、「離職者数(分子)」÷「起算日に在籍していた社員数(分母)」×100で算出することができます。実際に算出する際、何が分母・分子にあたるのか、例を挙げて解説します。
分母は「期初の時点での社員数」、分子は「期末までの1年間の離職者数」です。
【例】
・2018年4月時点での社員数:120名
・2018年4月~2019年3月までの離職者数:5人
= 5 ÷ 120 × 100 = 5.0%
分母は「入社日時点での新卒採用の社員数」、分子は「新卒採用の社員のうち、3年以内に離職した人数」です。
【例】
・2017年4月時点での新卒採用の社員数:50名
・2017年4月~2019年3月までに退職した2017年度新卒採用社員数:5名
= 5 ÷ 50 × 100 = 10.0%
離職率を簡単に計算できるフォーマットは、こちらからダウンロードできます。
業務内容や労働環境の違いから、離職率は業種によって差があるようです。厚生労働省が全16業種を対象に調査を行った『平成30年雇用動向調査結果の概況』を基に、業種別の離職率についてご紹介します。
区分 | 離職率(%) |
---|---|
電気・ガス・熱供給・水道業 | 10.7 |
複合サービス事業 | 9.3 |
建設業 | 9.2 |
製造業 | 9.4 |
情報通信業 | 11.8 |
金融業、保険業 | 11.1 |
運輸業、郵便業 | 10.5 |
鉱業、採石業、砂利採取業 | 6.7 |
学術研究、専門・技術サービス業 | 10.1 |
教育、学習支援業 | 16.6 |
卸売業、小売業 | 12.9 |
医療、福祉 | 15.5 |
不動産業、物資賃貸業 | 13.7 |
サービス業(他に分類されないもの) | 19.9 |
生活関連サービス業、娯楽業 | 23.9 |
宿泊業、飲食サービス業 | 26.9 |
平成30年の1年間で離職率が最も低かったのは、鉱業、採石業、砂利採取業で6.7%でした。次いで、建設業(9.2%)、複合サービス事業(9.3%)、製造業(9.4%)、学術研究、専門・技術サービス業(10.1%)の順となっています。
ただし、業種ごとの離職率は社会情勢や業界動向によっても変動します。また、たとえ同じ業種の企業であっても、会社規模や取り組み、社内文化などによって大きく離職率が異なる可能性があります。あくまでも参考数値としてとらえるようにしましょう。
一般的に「離職率が低い=良いこと」とされていますが、実際に離職率が低いことでどのようなメリットがあるのかをご紹介します。気を付けたいのは離職率ありきではなく、「会社の取り組み」によって結果的に離職率が低くなるということです。あくまでも参考として押さえておきましょう。
企業が対外的に業績や求人情報などを公表する際、離職率が低いことを伝えると、「働きやすい会社」「社員を大事にする会社」と認識してもらいやすくなり、周囲からのイメージが良くなる効果が期待できます。企業イメージが良くなると、人材を獲得しやすくなるほか、顧客からの信頼感や購買意欲も高まる可能性があり、業績改善にもつながります。
離職率の低い企業は、仕事内容や職場環境、待遇面などにおいて、社員の満足度が高いと考えられます。企業に対する社員の満足度が高いと、「この会社のために働き続けよう」「この会社でキャリアを積んでいこう」といった会社への帰属意識も高まり、特出したスキルや、豊富な経験のある優秀な社員の流出を防ぐことができるでしょう。優秀な社員が離職することなく長く活躍することで、ロールモデルとなる人材が生まれ、社内の体制が安定したり、顧客からの信頼を得たりして、企業の競争力が増すといった効果が期待できます。
社員が長年勤続し続けることにより、企業や業務への理解が深まっていきます。その結果、能力・技術・スキルを高めることができたり、マニュアル化できないノウハウを蓄積できたりと、企業自体の成長を積み重ねていくことができます。また突発的な離職が少なくなるほど、企業は人員計画を立てやすくなるため、長期間を見据えた社員育成や事業設計に取り組みやすくなります。
離職率が高い場合、新しい人材を採用・教育する回数が増えるため、「求人広告の掲載」「説明会や面接の実施」「教育カリキュラムの策定」「新人研修の実施」など、そのたびに多くの費用と手間がかかります。離職率の低い企業では、採用や教育にかかる費用・手間が最低限で済むというメリットがあります。また、既存社員が新人の採用・教育のために時間を割く機会が減ることで、本来の業務により集中しやすくなり、企業の生産性が向上するという効果も期待できます。
求職者は仕事内容や職場環境、やりがいや待遇など、より良い企業で働きたいと思うでしょう。離職率の低い企業はさまざまな面で働きやすい職場であるという印象を抱かせるため、多くの求職者から応募してもらえる可能性が高くなると言えます。求人への応募が増えることで、自社の社風や求めるスキルにマッチしたより良い人材を採用しやすくなるでしょう。
離職率が低いことにはさまざまなメリットがありますが、一概に「低ければ良い」とも言い切れません。離職率が低いことで想定されるデメリットをご紹介します。
離職率の低い企業では、従業員の勤続年数が長い傾向にあります。役職に就く人数が限られている場合、勤続年数の長い人が同じ役職にとどまると、若手社員や中堅社員の昇進するチャンスが少なくなるでしょう。また「組織の活性化やイノベーションが起こりにくい」「業務が属人化しやすい」などの課題が発生する可能性もあります。若手社員や中堅社員もステップアップしていけるように、経験やスキルに応じたさまざまなポジションを用意する必要があります。また、新規採用のほか、ジョブローテーションや社外交流といった「人材の流動性」を意識することが大切です。
デメリット①に紐づきますが、仕事を進める中でチャンスや変化がなく「この会社にいても、自分のやりたいことができない」と感じると、成長意欲や能力の高い人材が退職してしまう可能性があります。自社のキャリアの可能性を提示するだけでなく、社員のキャリアプランに耳を傾け、「この会社でどうすればやりたいことを実現していけるか」を一緒に考えていくことも重要です。
離職率を低くするためには、まずその理由を理解することが重要です。dodaが転職活動を行った方を対象に調査した『転職理由ランキング2019<総合>』を基に、転職理由についてご説明します。
転職理由 | 割合 | 前年度 | |
---|---|---|---|
1位 | ほかにやりたい仕事がある | 14.7% | 1位 |
2位 | 給与に不満がある | 11.0% | 3位 |
3位 | 会社の将来性が不安 | 9.7% | 2位 |
4位 | 専門知識・技術を習得したい | 8.0% | 4位 |
5位 | 残業が多い/休日が少ない | 5.3% | 5位 |
6位 | 幅広い経験・知識を積みたい | 4.2% | 6位 |
7位 | 土日祝日に休みたい | 3.6% | 8位 |
8位 | U・Iターンしたい | 3.6% | 7位 |
9位 | 業界の先行きが不安 | 3.5% | 12位 |
10位 | 市場価値を上げたい | 3.4% | 9位 |
転職理由として最も多かったのが「ほかにやりたい仕事がある(14.7%)」でした。さらに「専門知識・技術を習得したい(5.3%)」「幅広い経験・知識を積みたい(4.2%)」「市場価値を上げたい(3.4%)」といった、自身のキャリアに対する前向きな理由が見られました。
「給与に不満がある(11.0%)」「会社の将来性が不安(9.7%)」「残業が多い/休日が少ない(8.0%)」といった、その会社の制度や働き方に関する理由も見られました。働き方改革で各社が待遇を見直している中、より待遇が良い企業への転職を検討する人も多いようです。
上記の転職理由を踏まえ、企業が離職率を低く保つためにできる5つの方法をご紹介します。
転職理由1位の「ほかにやりたい仕事がある」にもあるように、給与や福利厚生などが充実していても、自分の思い描くキャリアを築くのが難しい状況では、転職を考える可能性があります。そのため、社員一人ひとりのキャリア開発をサポートするための取り組みが必要です。「社内で目指すことのできるキャリアと、そこに到達するための道筋である『キャリアパス』を提示する」「社員がさまざまな業務・部署に挑戦できるよう『ジョブローテーション』『社内公募制度』『社内FA制度』などの制度を充実させる」といった取り組みにより、社員の定着率を高めましょう。
(参考:『キャリア開発が企業にとって必要な3つの理由と、その手法・取り組み事例について』『ジョブローテーションの目的とは。メリット・デメリット、効果的な期間や導入方法』)
給与や賞与、それらを決定する人事評価制度の不満を理由に転職している人が多く見られました。たとえ仕事内容に満足していても、自分の出した成果に見合った給与が支払われなければ、転職を考えるでしょう。そのため、社員一人ひとりの頑張りを適切に評価できるよう、人事評価制度を見直す必要があります。「目標管理制度」や「コンピテンシー評価」「360度評価」「ノーレイティング」といったさまざまな人事評価制度の中から、自社に合ったものを選び取り組んでいきましょう。また、功績を出した社員に景品を贈呈する表彰制度や、社員同士で感謝の気持ちを伝え合う「サンクスカード」など、報酬以外に評価し合う仕組みを取り入れて、社員の満足度をより高めることも、離職率を低く保つための重要なポイントとなります。
(参考:『人事評価制度の種類と特徴を押さえて、自社に適した制度の導入へ【図で理解】』『ノーレイティングとは「ランク付けしない」新たな評価制度。事例や導入方法を解説』)
転職理由の4位の「残業が多い/休日が少ない」という回答からは、ワークライフバランスを重視したいと考える人が多いことがわかります。近年では、女性の社会進出や少子高齢化が進んでいるといった社会的背景による理由から、出産・育児や介護と仕事との両立に悩む社員も増加傾向にあるようです。また、政府が打ち出している「働き方改革」でも「柔軟な働き方の実現」が重視されているように、企業は社員に対して多様な働き方を用意するよう促されています。「フレックスタイム制」「短時間勤務制度」など多様な勤務制度の導入、テレワークの容認、企業内託児所の設置といった取り組みを行い、社員一人ひとりにとってより働きやすい職場をつくりましょう。
(参考:『【弁護士監修】短時間勤務制度を育児や介護、通院等で正しく運用するための基礎知識』『「テレワーク」とは。働き方改革に向けて知っておきたいメリット・デメリットや実態』
転職理由のトップ10には入っていなかったものの、人間関係や職場の雰囲気などに不満を感じ、転職した人も多いようです。たとえ希望して入社した職場でも、仕事をする中でさまざまなことに悩む機会も多いでしょう。悩みを一人で抱え込んでしまうと、なかなか解決に至らないこともあるため「困ったことがあったら、誰かにすぐ相談できる」職場にする必要があります。そのために、上司と部下との「1on1」での対話の実施、「メンター制度」「ブラザー・シスター制度」といった新入社員や若手社員をサポートする制度の導入、「同期会」の開催などにより、社員同士のコミュニケーションの活性化を図りましょう。社内のコミュニケーションが活発になれば、悩みや不安を共有しやすくなるため、離職率の改善が期待できます。
(参考:『メンター制度導入のメリット・デメリットとは。 押さえておきたい制度運用のコツも解説』『ブラザー・シスター制度は早期離職防止に効果アリ?OJT・メンター制度との違いとは』)
せっかく採用しても、給与や仕事内容、職場の雰囲気などが想像していたものとは違ったというような理由から、入社後3年以内に辞めてしまう新卒社員の「早期離職」が社会問題になっています。早期離職を減らし離職率を低くするためには、採用手法や応募者・内定者との関わり方を見直す必要があります。
採用する際は自社の求める人物像を明確にし、応募者に働くイメージを持ってもらいやすいように、等身大の情報を届けることが重要です。採用面接の段階では、応募者のスキルだけでなく「どういったキャリア志向があるか」などを聞いた上で、自社のカルチャーにマッチするかを確認しましょう。また内定者に対しては、「内定者懇談会」「内定者用のSNS」「電話やメールでの個別対応」といった形で内定者フォローを実施し、会社への信頼度を高めた上で、安心して入社してもらいましょう。そうした取り組みを継続的に行うことで、入社後のミスマッチが減り、離職率の改善につながります。
(参考:『採用広報はなぜ必要なのか?採用広報を考える際に意識すべきポイントとは』『面接官を初めてやる人が知っておきたい質問例7つと面接ノウハウ【面接評価シート付】』『内定者フォローの8つの手法。メール、SNS、イベント等いつどんな方法で実施する?』)
離職率の低い企業が、実際に行っている取り組みについてご紹介します。
インターネット関連事業を展開するGMOインターネット株式会社では、人事・採用担当の一人として中途採用に携わっていた橋本氏(現在はユニファ株式会社の人事責任者)考案の、入社した社員へのフォロー面談を入社後1カ月目・3カ月目・6カ月目・12カ月目と定期的に実施しています。面談では、実際に働き始めてからの思いやモチベーションの変化といった社員の本音を定期的に確認し、社員一人ひとりに合った対応をすることで信頼関係を築いています。それにより、かつては入社1年以内の離職者が20名ほどいたのが、わずか1~2名にまで減ったそうです。
(参考:『中途入社=即戦力ではない。社員定着率97%の橋本氏が語る中途入社者への向き合い方』)
ビジネスアプリ作成プラットフォームや、中小企業向けグループウェアのサービスを展開するサイボウズ株式会社では、「100人いれば100通りの働き方があって良い」という人事方針の下、社員一人ひとりのための働き方改革を行っています。給与や評価といった働く際の基礎となる「制度」、場所や時間の制約なしに働くための「ツール」、企業の価値観としての「風土」という3つを柱に、より社員が働きやすくなるための改革が実施されています。その甲斐もあって、2005年には「28%」だった離職率が、10年後の2015年にはわずか「4%」にまで低下したようです。
(参考:『離職率28%からの改革。サイボウズの働き方改革&採用戦略とは【セミナーレポート】』)
スキルマッチに振り切っていった結果、酷い時期には離職率が50%を超えたこともあったという、ソーシャルゲーム事業で成長を続けている株式会社オルトプラス。「企業文化を作ることがコーポレートブランディングにつながっていく」と考えているので、コーポレートブランディングにしても採用広報にしても、まずは社内から進めていくことを徹底したそうです。その結果、現在では34%まで低減したとのこと。
(参考:『企業文化の醸成と浸透が採用力を高める。人事・広報…バックオフィス横断型組織とは』)
企業の人材不足が深刻な中、離職率を低下させることは重要な人事課題の一つです。まずは現状の離職率を明確にし、「何が課題となっているか」を探った上で、対応を検討する必要があります。自身のキャリアアップや、会社の待遇への不満などを理由に離職を考える社員が多いことを考慮して、「社員のキャリア開発のサポート」や「人事評価制度の見直し」「多様な働き方の提案」などを行い、離職率の低減につなげましょう。
(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】
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