退職は突然ではない──。人が辞める時の“3つの心理変化”と対応策
-
離職防止は退職の申し出があってからの事後対応ではなく、早期の予兆察知と対応が重要
-
離職の背景には「仕事や組織との関係性」という土台の揺らぎがある。環境変化で起きる「ショック」は、あくまでもきっかけに過ぎない点を理解すべきである
-
組織的支援と人間関係の強化を連動させることで、社員の組織コミットメントを高め、離職防止につなげることができる
パーソルキャリアが実施した法人市場調査(2024年度下期)によると、企業にとって「人材の採用」と並び、「人材の定着・離職防止」が喫緊の課題となっています。個人側の転職への心理的ハードルが低下し、「より良い条件があれば転職する」という価値観が一般化しつつありますが、限られたリソースで採用活動に苦戦する企業にとって、1人の離職が組織に与える影響は非常に大きなものだと言えるでしょう。
だからこそ重要になるのが、離職を決意する前段階に現れる「予兆」をいかに早く察知できるかという視点です。株式会社ビジネスリサーチラボ代表の伊達洋駆氏は「パフォーマンスの低下や遅刻・欠勤の増加などの現象は、“仕事や組織と社員の関係性が揺らぎ始めているサイン”かもしれない」と指摘します。
離職の決断に傾くとき、人の心理状態はどのように変化していくのでしょうか。また、離職防止に向けて企業はどう対応していくべきなのでしょうか。研究成果に基づく知見を聞きました。
組織的支援が低下し「会社から大切にされていない」と感じた人は、離職に傾く
──「doda」が実施した調査では、「人材の定着・離職防止」を喫緊の課題として挙げる企業が多い状況でした。
伊達氏:1人の離職が持つ意味合いが、昔と比べて非常に大きくなってきているのではないでしょうか。
理由としては人材不足があります。採用が難しくなっているので、「社員が退職したら、また採用すればいい」というわけにもいきません。

──転職する個人の心理的ハードルにはどのような変化が見られますか。
伊達氏:転職は一つの選択であり、さまざまな企業を自分が選択できるという状態が以前より可視化されてきています。その意味では心理的ハードルは低下していると言えます。
理由として大きいのは、転職を支援するサービスが充実してきたことです。使い勝手が良くなり、実際にそれを利用して転職する人が身近な範囲で増えれば、自身の転職も検討しやすくなるでしょう。
──社員が定着しない企業、離職率が高い企業には、共通する要因があるのでしょうか。
伊達氏:わかりやすいところでは、「高い要求をするけれど、コントロールが低い」企業が挙げられます。
高い要求とは、仕事の負荷が高い、納期が厳しいといった仕事上の厳しさのことです。一方で低いコントロールとは、裁量がほとんどなく、マイクロマネジメントが行われているなど、個人の工夫の余地がない状態を指します。
厳しい仕事なのに個人の裁量が少ない企業では、離職が進みやすいと言えます。
──仕事内容のほかに、組織による要因もありますか?
伊達氏:はい。「自分が会社から大事にされている」「自分のことを考えてくれている」と思えなくなると、人は離職してしまうのです。専門的には、これを「組織的支援」の低下と呼びます。組織との関係性が悪化し、組織的支援が低くなってしまうと、離職につながりやすくなります。
はたらく人にとっては上司との関係性も非常に大きな要素です。「組織的支援」は、職場において身近な存在である上司との関係性を通じて、個人に実感されることが少なくありません。上司は組織を代表する存在なので、上司が自分を気にかけてくれないと、「会社が自分を気にかけてくれていない」と感じてしまいます。
こうした背景には、組織と個人が「互恵的な関係」で成り立っているという前提があります。互いに何かをしてもらい、何かを返す関係です。会社が自分を大事にしてくれたと感じられれば、社員は愛着をもって恩返ししようとします。しかし、組織的支援が得られない環境では会社への愛着が低下し、離職につながりやすくなるのです。
退職までの「心理状態のステップ」と、社員に表れる予兆
──退職を考え始めた社員はどのような行動を取るのでしょうか。
伊達氏:人間は、いつも合理的に行動するわけではありません。退職についても、必ずしも合理的に説明できる理由だけで辞めるわけではないのですが、近年の研究では、一種のショックをきっかけにして退職に向かい始めることがわかってきています。
ショックとはたとえば、他社からのスカウトを受ける、家庭の事情が変わる、望ましくない異動を命じられるといった出来事です。こうした個人にとってのショックが起きると、人は今の環境と新しい環境のどちらが良いかを比較するモードに入っていきます。

──個人が退職を決意するまでに、心理状態はどのように変わっていくのでしょうか。
伊達氏:心理状態のプロセスとしては、「土台の変化」→「何らかのショック」→「退職を考え始める」ことになります。
まずステップ1として「土台の変化」があります。お伝えしたように厳しい仕事なのに個人の裁量が少ないことで仕事との関係性が悪化していたり、組織との関係性がうまくいっていなかったりすると、ネガティブな状態になります。これが土台となり、そこに何かしらのきっかけがあると、退職へと傾いていくのです。
次にステップ2として、何らかのショックが起こります。他社からスカウトを受ける、資格を取得するといったポジティブなショックもあれば、評価が下がる、同僚が辞めるといったネガティブなショックもあるでしょう。
そしてステップ3で、具体的に退職を考え始めます。人材紹介サービスなどを活用してアクションを始める、いわゆる「転職顕在層」となっていくわけです。
離職の最終検討段階に入っている人を引き止める際、よくショックの内容を聞き出そうとしますが、ショックはあくまできっかけに過ぎません。これを取り除いても、土台が変わらなければ退職の検討自体は変わらず、リテンションにはつながりません。
──退職を考え始めている人からは、何かしらのアクションが起こるものですか?
伊達氏:いくつかのパターンが考えられます。そもそも離職に至る背景には、仕事に対する意欲や組織への愛着の低下があります。わかりやすい例が、パフォーマンスの低下です。仕事へのやりがいを示すワークエンゲージメントや、組織に対する愛着を意味する組織コミットメントが下がると、組織のために頑張ろうという気持ちが薄れます。
もう一つは、遅刻や欠勤の増加があります。これらは、組織から物理的にも心理的にも距離を取ろうとする、いわば撤退の動きと捉えることができます。近年話題になる「静かな退職」も、最低限の仕事だけをすることで、組織や仕事から距離を取ろうとしている状態なのです。
パフォーマンスの低下や遅刻・欠勤、静かな退職は、「土台が揺らいでいる」可能性が高いサインだと言えます。
──ステップ1の土台の変化では「仕事との関係性」「組織との関係性」が影響するとのことですが、人によってどちらを重視するかなど、違いはあるのでしょうか。
伊達氏:傾向はあります。一つの切り口になるのは「セルフモニタリング」です。自分を客観視できる人もいれば、そうでない人もいますよね。セルフモニタリングが上手な人は、仕事との関係性を気にすることが多く、仕事そのものへの不満の高まりが離職要因になりやすい。仕事を通して成果を出していても、やりがいを感じなければ続けることは難しいかもしれません。
一方、セルフモニタリングが苦手な人の場合は、組織の価値観と一致していることを重視する傾向があります。そのため、組織的支援が低下してしまっている状態が続くと土台が揺らぎやすいと言えるでしょう。
──土台が揺らいでいるかどうかを察知するためには?
伊達氏:企業側が、自分たちの行動を振り返ることが重要です。仕事との関係性も、組織との関係性も、企業側で改善できる部分が大いにあるからです。仕事の厳しさや裁量のあり方は組織から個人に対して提供しているものなので、企業側で把握できるはずです。
組織との関係性で言えば、組織的支援の体制を見直していただきたいですね。個人のはたらく上でのニーズを聞き取り、組織がサポートを提供できているかどうか。これも自分たちが行っていることなので、セルフチェックが重要になります。
もし自分たちだけで気付けない場合は、1on1などの機会を通じて社員に直接聞くと良いでしょう。「仕事の状況はどうですか」「職場での居心地はどうですか」といった質問を切り口にしながら、仕事や組織との関係性が揺らいでいないかを見ていく必要があります。
人事が考えるべき「組織的支援」と「上司へのサポート」

──離職防止を目指して組織的支援を効果的に行うためには、どのようなアプローチが必要でしょうか。
伊達氏:組織的支援には、福利厚生やはたらきやすい環境づくりなど、さまざまな要素があります。ここで重要なのは、社員一人ひとりのニーズに合わせた支援ができるかどうかです。
ニーズという観点では、会社の支援が本人にとってうれしい場合もあれば、そうでない場合もあるでしょう。たとえば、柔軟な働き方をしたい人に対してリモートワークやフレックス制を適用することは大きな支援になります。
そのため、まずはニーズを把握することが大事です。ニーズは個々人によって異なり、まったく同じニーズを持つ人はいません。1on1などの機会を通じて個々人のニーズを聞き取り、AさんにはAさんの、BさんにはBさんのための支援を行っていく必要があります。
──すべての人に個別の支援を提供するのは大変だと感じます。
伊達氏:同じ会社に入ってきている人には、ある程度の類似性もあります。そのため、グループ化して考えることも有効です。「柔軟なはたらき方を求めているグループ」「福利厚生を重視するグループ」といった形で分けることで、施策を打ちやすくなるのではないでしょうか。
近年特に増えているのは、社員に選んでもらうやり方です。たとえば、eラーニングで、社員が学びたいものを選べるようにすることもその一例です。
──現場で部下を支える上司へも支援は必要でしょうか?
伊達氏:必要です。上司は、土台をつくり上げるための重要な存在です。
仕事のアサインメントと組織からの支援は、どちらも上司が担える役割です。仕事のアサインはまさに上司の仕事ですし、部下のニーズを聞き取って、会社のリソースとつなげることも上司の役割でしょう。
たとえば「○○さんには、このeラーニングがおすすめかもしれない」と紹介するだけでも、部下は「組織から大事にされている」と感じることがあります。そのため、上司には「部下のニーズを聞くこと」「会社のリソースを知ること」が求められます。どんなに良い制度があっても、上司が知らなければ、部下は使いにくくなってしまうからです。
欲を言えば、現状のリソースを理解した上で、現場のニーズを踏まえ、足りないリソースについても上司から提案してもらえるようにしたいところですね。人事としては、リソースを紹介するだけでなく、上司の意見を聞く姿勢が重要になります。
マネジメント向け研修においても、こうした点を重視すべきです。適切な仕事のアサインや、会社リソースの紹介は、上司が忙しすぎると実行できません。その結果、離職の負のサイクルを止められなくなります。上司も多忙な日々を送っているはずなので、人事として支える体制を考える必要があります。

退職を検討し始めた状態でも、人間関係によって離職を防ぐことができる
──ほかに、離職防止につながる効果的な対策にはどのようなものがありますか。
伊達氏:「人間関係の強化」をおすすめしたいです。特に、職場の日常において人間関係を強化することが重要です。同僚との関係、上司との関係、先輩との関係、それぞれのつながりを深めていく必要があります。
互いにコミュニケーションを重ね、価値観を知ることで、人と人との心理的なつながりは深まっていきます。土台が揺らぎ、ショックがあったとしても、「あの人がいるから」と思って退職を踏みとどまれることもあります。
仮に社員が何らかのショックが起き、退職を具体的に考え始めた状態になってしまっていたとしても、土台をつくり直すことを約束し、それを信じてもらえれば、離職を思いとどまってくれる可能性もあるでしょう。土台づくりには一定の時間がかかるため、「実現させる」と信じてもらえるかどうかが重要です。
その意味でも日ごろからの人間関係の強化は欠かせません。チームでのコミュニケーションや1on1など、つながりを深めていくための施策を有効に機能させることが、離職防止につながる重要な打ち手となるはずです。

【取材後記】
「高いパフォーマンスを発揮していた人が突然辞めてしまった」──そんな話を聞くことは珍しくありませんが、今回の取材を通じて、離職は突然ではなく、仕事や組織との関係性が少しずつ揺らぐ中で進行していくものなのだと理解できました。社員から離職を打ち明けられたときは、きっかけとなる「ショック」に対応することばかりに気を取られがちですが、まずは「土台が揺らいでいないか」を確かめることが離職防止への現実的な一歩になるのではないでしょうか。
企画・編集/森田大樹(d’s JOURNAL編集部)、南野義哉(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也
離職を減らすためのマネジメント大全
資料をダウンロード


