LDH元マネージャーが実践していた、“時間をかける”マネジメントとは

株式会社17 Media Japan

Business Development 早川 真翔

プロフィール

2019年元日、『これから芸能マネージャーを目指す人に伝えたいマネージャーの4つの仕事』という記事が公開され、瞬く間に話題となりました。芸能マネージャーという珍しい仕事の舞台裏を克明に記載し、世間が抱きがちな「タレントの単なる付き人」というイメージを払拭。タレントと二人三脚で夢を目指すマネージャー仕事の、本質を示す内容でした。

筆者は、早川真翔さん。株式会社LDH JAPAN(以下、LDH)でアーティストマネージャーを務め、現在はライブ配信アプリ「17 Live」を運営する株式会社17 Media Japan(以下、17 Media )でマネジメントやプロデュースの業務に就いています。早川さんはLDH時代、「ブランディングはタレントが芸能界で活躍するために必須」と考え、目標設定から課題抽出に至るまでを細分化して取り組んでいたといいます。そのプロセスは、決して芸能界という特殊な世界だけでなく、一般企業にも共通するもの。今回は候補者とのコミュニケーションに活かせるエッセンスをつかむべく、取材を申し込みました。

マネージャーはタレントの将来まで考え、ブランディングを行う

まずは早川さんがこれまで、マネージャーとしてどのようなお仕事をされてきたか教えてください。

マネージャーはタレントの将来まで考え、ブランディングを行う

早川氏:LDHにいた6年間のうち4年間ほどは、とあるグループでメンバーのマネジメントを担当していました。基本の業務内容は、現場での調整やスケジュール管理、レコーディング同席、ブランディング設計などです。17 Mediaに来てからはライバー(=ライブ配信者)のマネジメントですね。配信についてのノウハウを教えたり、配信内容を一緒に考えたりと、ライバーをスターに押し上げるプロデューサー業務にも取り組んでいます。

タレントのブランディングというと、どのように行うのでしょうか。

早川氏:人気タレントのスケジュールって、2年後くらいまで大枠が決まっているんですが、その上で3年後、5年後にどんな自分になっていたいか、大まかなビジョンでも良いから、タレント本人と話し合って決める。そのビジョンから逆算して1本の大きい軸をつくることを、とにかく重視していました。軸があるだけで、多少やることが変わってもブレなくなるんです。半歩でも良いので「夢に向かって前に進んでいる」という状況をつくることが、一番大事だと思っています。

LDH所属のグループともなるとすでに確固たる軸がありそうですが、そこからどのように個人の軸を立てていましたか?

早川氏:グループ自体が一つのアーティストでありながら、個々のメンバーにとっては居場所のようなもの。ただ、あくまで場所があるだけであって、本人たちで未来を切り開いていかなければなりません。それを踏まえて、今後の人生をどういうふうに描いていくかを本人と考えるんです。私はLDHの社員ではありましたが立場にこだわらずに、1人の人間として、彼が引退までにどのような道筋を歩めるかを共に話し合っていました。

マネージャーとして話し合う

どのマネージャーも、長期的なブランディングまで考えて対応されているのでしょうか?

早川氏:いえ、これはマネージャーによって分かれます。私がやるようになったきっかけは、25歳のころ。当時付いていたタレントに怒られてしまったことがあって。テレビ収録の現場で、本来であれば事前の打ち合わせの段階でNGを出せる内容だったのですが、僕は「上が決めたことだから」と、当日タレントにそのままの台本をお渡ししました。収録は台本通りに行われたものの、楽屋に戻ってからきつく注意を受けてしまいました。これは、タレントのことを第一に考えていれば起きなかったこと。自分の頭で考えなかった僕が100パーセント悪いですし、そのときに「ただ人に言われてやるだけなら誰でもできる。この先のキャリアでも通用する人間になるために、いま変わらなければいけない」と思ったんです。同時に、強く再認識した考えがあって。

それはどのような考えだったのでしょうか?

早川氏:マネージャーとアーティストの関係性に上下はなくて、一つの夢に向かう対等なビジネスパートナーであるということ。そうなると、現場でのサポートやスケジュール管理はあくまで手段であって、マネージャーが忘れてはならないのはアーティストを売り込むことです。そのために、夢に近づけるようなブランディングをしっかりやろうと思って戦略的に取り組んでいました。

相手の強みや魅力を見つけるには、時間をかけるしかない

タレントに寄り添い、強みを一緒に伸ばしていくマネジメント業務は、採用にも共通する部分があるのではないかと思います。タレントやライバーの強みはどのように見つけるのでしょうか?

早川氏:正直、時間をかけるしかないと思っています。細かいテクニックを駆使するのではなくて、「この人は何が好きで、何が嫌いなんだろう?」と、その人と真摯に向き合ってコミュニケーションを取れるかどうか。その「姿勢」でしかないと思います。僕もマネージャーになったときは、お互いが何も知らない状態でスタートしました。でも日々の時間を通してコミュニケーションをして、時にはぶつかることがあったり、嬉しいことがあったり。その繰り返しでその人の強みや魅力が見えてくるんです。僕が担当していた人とも、いろんな話をしていくうちに、あるとき「これがこの人の強みかもしれない」というものが見つかった。意識的に強みを引き出そうとするより、時間を割いて向き合う中で見つけることが大切ですね。誰でも、何かしらの強みを持っているんです。

何かしらの強み

LDHでは1人を見ていましたが、17 Mediaに来てからは複数の人数を担当しているので、それぞれに向き合える時間も限られます。だから1人ひとりの情報をシートにまとめているんです。夢、強み、好きな食べ物、なぜライブ配信をやっているのか、学校で不満に思っていること、就活はどうするつもりなのか…。日々のコミュニケーションを通して知った、いろいろなことをシートに記録しています。

本当に丁寧にマネジメントされているんですね。マネージャー業務を担当されている方の中には、すごくシステマティックにやる方もいると思うんですが…。

早川氏:もちろんマネジメントのやり方に正解はありません。担当するタレント1人ひとりにとっての最適解をどれだけ見いだせるかが重要だと思っています。たとえば「目標達成したらおいしい焼肉をおごってあげる」と伝えて、相手のモチベーションが上がれば、それも一つのマネジメントです。僕にとっての良いマネジメントは、「どれだけ相手の感情を理解して入っていけるか、感情を揺さぶることができるのか」。もちろん相手の方にばかり踏み込んでいっても警戒させてしまうので、僕のこともたくさん話します。

そこまで突っ込むからこそ見えてくる強みや魅力があるんですね。一般企業の場合は、どうしても一定の距離を置いたコミュニケーションになりがちです。

早川氏:一般企業の場合でも、僕なら突っ込みますね。ただ、相手のニーズを汲んで距離を縮めることが大切です。今の若い人って時間を使うのが上手なので、たとえば僕との飲み会で2~3時間使うのは、相手によっては監禁しているのと同じレベルのことでもあると思うんです。2時間飲むんだったら、その2時間でTwitterやYouTubeを見たりして、自分や家族のために時間を使った方が幸福度の高い人もいる。それでも、リアルの場でコミュニケーションを取って相手を理解するために、僕は飲み会に誘いたい。だったら、「相手が喜ぶお店を選んで、どれだけ相手が気持ち良く帰ってくれるか?」というところに注力した方が良いと僕は思います。

時間を取って話す際には、具体的にどのような会話をするのでしょうか?

早川氏:たとえばライバーとの会話は、8割が雑談です。実は仕事であるライブ配信の話はあまりしないんですよ。では何を話すかというと「就活はどうなの?」とか「最近は恋してる?」とか(笑)。でもそういう時間の中でお互いの緊張感がほどけてくるんですよね。ライブ配信について話すときは要点だけ。画角とか背景とか、こういう配信コンテンツにしようとか。10分、15分で終わります。仕事やプライベートに関係なく、困ったときにパッと顔が思い浮かぶ信頼関係、その構築の方を僕は重視しています。

ソーシャル世代にとって重要なのは、やりたいこととビジョンが合致すること

企業が今のソーシャル世代に興味を持ってもらうためには、どのようなポイントが重要だと思いますか?

早川氏:ビジョンによる共感性はすごく重要だと思います。僕自身、17 Mediaに入ったのは「Empower Artist,Entertain the World.」というミッションに共感したからでした。それこそ今は就職せずに起業、フリーランスなどと働き方も多様になってきている中で、あえて企業に入って働く選択をするとなると、会社の掲げるビジョンへの共感が一番大事なのかなと思います。特に学生だと、企業の成長性とか、10年後にどうなっているかとか言われてもなかなかわからない。だからこそ「自分がしたいことと、会社のビジョンは重なっているか?」、この視点が判断材料として大きいのではないでしょうか。

実際の採用面接やオンボーディングの場で、早川さんのマネジメント術はどのように活かせるでしょうか?

早川氏:マネジメントは、気を配ってなんぼだと思っています。僕は「できる限り良い状態で現場に出てもらうこと」を重視していたので、そのためにも普段からタレントを不快にさせないサポートや言葉遣いを意識していました。そして可能な限り本人の情報をインプットしておいて、本人が嫌がりそうなことがあれば事前に「もっとこういう風にしませんか」など関係者と交渉をしておく。

もちろん、採用現場で候補者1人ひとりにそこまで時間・労力を割くことは、会社の規模によっては難しいかもしれません。それでも面接官を務める人や入社後上司になる人などに、「この人はこんな人で、こんなことが好きで、こんなことをやりたいと考えているんです」と詳細に共有できるくらい候補者のことを知り、理解する。そして、それと同時にこっちのこともさらけ出す。そうやって腹を割ったコミュニケーションをすることで、入社前後のギャップも減らせるし、入社後の活躍にもつながるのではないでしょうか。

ソーシャル世代にとって重要なのは、やりたいこととビジョンが合致すること

【取材後記】

相手の魅力ややりたいことを共に見つけ、伸ばしていくスキルは、候補者と向き合う採用の現場でも求められるもの。また、入社したばかりの新メンバーにとって、リクルーティングを行っていた採用担当者が、貴重な相談相手であるケースも少なくありません。

候補者が適切に自己を開示していくために、時には懐に踏み込んだコミュニケーションも必要なのかもしれません。採用、入社、そして定着に向けて、まるでタレントとマネージャーのように二人三脚で歩んでいくのも、1つのリクルーティングのあり方ではないでしょうか。

(文/檜垣 優香、撮影/黒羽 政士、取材・編集/田中 一成(プレスラボ)・齋藤 裕美子)