正式な制度が安心を生む。「カムバック採用」の良品計画がつくる、戻りたくなる組織

株式会社良品計画

人事総務部 組織開発課長 高田 美樹

プロフィール

会社としてはぜひ残ってほしい人材でも、個人の意志を尊重して「別れざるを得ない場面」があります。キャリアアップを目指したい、やりたい仕事に挑戦したい、育児や介護に専念したい…。退職する個人の理由はさまざまですが、事実として言えるのは、会社や人事・採用担当者が無理に引き止めるのは難しいということ。でも、一度は去っていった優秀な人材がまた戻ってきてくれるとしたら?

そんな人事・採用担当者の願いをかなえるかのように「カムバック採用」として制度化し、運用しているのが良品計画です。「無印良品」の店舗展開で知られる同社では、2016年3月の制度化以降、店舗で働いていたパート・アルバイトスタッフを中心に、約680人がカムバックを果たしました。

興味深いのは、退職した人たちに対して「特に会社からカムバックを呼び掛けているわけではない」ということ。それなのになぜ、元スタッフは良品計画に帰ってきたくなるのでしょうか。背景には、制度として運用しているからこその現場のコミュニケーションがあるようです。

現場判断を取り入れる。リスクを軽減する「カムバック採用」の運用

制度開始から3年半で「約680人がカムバックしている」という事実に驚かされました。

高田氏:カムバックしてくださる方々は年を追って増え続けていて、直近の2018年度では350人がカムバックしています。

現場判断を取り入れる。リスクを軽減する「カムバック採用」の運用

全職種を対象にしていますが、内訳はほとんどが店舗のパート・アルバイトさんです。本部勤務の社員も年に数名は戻ってきてくれていますね。退職から再入社までのブランク期間は、人によってさまざまです。

この制度を導入したきっかけは?

高田氏:退職時の面談で「できれば続けたいけれど、今のタイミングでは辞めざるを得ない」という声が出ていました。そもそもパート・アルバイトさんが辞める理由は、ライフステージの変化がほとんど。主婦の方が夫の転勤で辞めたり、学生さんが就職活動に入るタイミングで辞めたりといったものですね。その際、「子どもが大きくなったら、また戻ってきたい」と言ってくださる方も多かったんです。

以前はそうした声に個別対応し、転居先で募集している店舗があれば調整したり、数年後に実際に再雇用したりしていました。店舗にとっても、経験とスキルのある元スタッフが戻ってきてくれるのは大歓迎です。ただ、制度になっていないがゆえの課題もありました。

制度になっていないがゆえの課題?

高田氏:当社では、パート・アルバイトさんをレベル1〜6の等級制度で評価しています。以前はカムバックしてもらった場合でも、ルール通りにやろうとすると、また最初のステップから始めなければならない状態でした。かつてはレベル4まで昇っていた方でも、レベル1からやり直しです。本社員登用を目指している場合の道のりも遠くなってしまう。やる気があって、チャレンジしたいと考えている人を応援するための制度が必要ではないか、という声が社内で出ていました。

現在のカムバック採用においても、かつてレベル4まで昇って辞めた人がカムバックしたとしても、スタートはレベル1からです。ただし、試用期間2カ月の間にレベル4相当と認められれば、店長の判断で飛び級ができるようになりました。

飛び級も可能に

優秀な人を現場で正しく評価できるようにしたわけですね。一方で、率直に言って「この人は戻ってきてほしくないな」と思うスタッフもいるのは事実だと思います。他社では「戻ってきてほしくない人が戻ってくるリスク」を考えて、出戻り採用を明文化していないところも多いと思うのですが。

高田氏:確かに人事目線でリスクだけを考えれば、制御しようとする方向になるのかもしれません。当社の場合は現場目線を尊重していることに加えて、「リスクにとらわれすぎず、まずはやってみよう」という経営側の姿勢も制度化につながった理由だと思います。人事制度については制御するのではなく、いかに利用しやすいかが基本的な考え方です。定年制度も65歳まで拡張していますが、これも全従業員に対して同じように運用しています。

もう一つ言えるのは、カムバック採用はあくまで「純粋な経験者の募集」であるということです。応募フォームに「以前に無印良品で働いたことがあるか」を聞く項目を設けているだけです。元スタッフであっても、他の応募者の方々と同じように面接することで、経験・スキルがある人や、無印良品で働きたいという想いのある人の採用につながっています。

カムバックした人が、現場のマネジメント力を向上させる

元スタッフの方々が「また戻ってきたい」と思うのはなぜでしょうか?

高田氏:「商品や無印良品の考え方に共感している」ことを挙げてくれる方が多いです。無印良品では、衣料品や生活雑貨、食品などさまざまなアイテムを扱っていて、店舗でのワークショップなどをスタッフが企画できる裁量の幅広さもあります。

良品計画が取り組んでいることを伝えるために、役員が年2回、全国の店舗を回る「役員行脚」も実施しています。このように会社のビジョンを共有する場には、各店舗のパート・アルバイト社員も参加しており、「社員を目指したい」と思ってくださる方が増えるきっかけや、スタッフのエンゲージメント向上につながっているのかもしれません。

「社員を目指したい」と思ってくださる方

純粋な経験者であるということ以外に、元スタッフがカムバックしてくれることのメリットはありますか?

高田氏:ブランク期間に他の仕事を経験している方は、新たな視点を持ってカムバックしてくれます。社内で常識化していることに新たな疑問の目を向けてくれたり、既存メンバーの刺激になったりしてくれることは大きなメリットでしょう。本社では人事にカムバックしたメンバーがいますが、他社で得てきた知見や経験から、私たちも学ぶことが多いです。

また、現場の店長のマネジメント力が鍛えられるという効果もあります。カムバックしたスタッフが以前と同じ店舗に入ったとしても、店長が当時と同じであるとは限りません。むしろ、そうではないケースの方が多いんです。

「かつての経験者を採用し、適正に評価してステップアップさせ、既存メンバーとのチームワークを高める」。これは言うほど簡単ではありません。スタッフの能力をきちんと見極めて評価することが求められます。

新卒で入社した社員が店長になった際には、無印良品でのキャリアが自分より長い人をカムバックで受け入れることも往々にしてあります。そうしてカムバックしてくれた人が、若い店長を育ててくれるというケースをたくさん目にしてきました。

制度があるからこそ、安心して働ける

採用難が続く中で、元スタッフが戻ってきてくれることは、大きな強みになると思います。退職する際にはカムバックを呼び掛けているのでしょうか?

高田氏:店舗では、退職について悩んでいるスタッフに対して制度の案内をしています。人事でも個別に相談を受けた際には、子育ての都合などで離職せざるを得ない人に「いつでも戻ってきてね」と言いますし、正式な制度として推奨していることで、「こんな制度があるから戻っておいでよ」と個人ベースの声掛けもしやすいようです。

制度があるからこそ、安心して働ける

現状の課題は在職中に行うキャリア面談ですね。個々人が目指す将来像について、社内だけでなく、社外のことも含めてスタッフと話し合います。「将来はこんな仕事がしたい」と、良品計画では実現できない夢についても語ってくれるよう、キャリア面談や自己申告制度を浸透させたいです。

現場の店長としては、継続して勤務してほしいというのが本音です。でも制度としてカムバックがあるから、スタッフがやむを得ず退職する際にも無理に引き止めるのではなく、互いにとって何が一番良い選択かを考えて決断できます。そうすることで、将来的に戻って来やすくなると考えています。

カムバック採用を制度として明文化しているからこそ、面談で自由に将来のことを語れるのですね。

高田氏:これらの制度を入れることで、社内の風土が少し変化してきたかもしれません。

先ほどお話したように、カムバック採用を希望する人も面接を通過しなければなりませんし、適正に評価されることになります。受け入れる側も、それぞれの現場でどのようにマネジメントしていくかを考えなければいけません。この制度は「自分たちでジャッジしなきゃいけないよ」というメッセージでもあるのだと思います。

それは人事も同様です。ルールを大事にしなければいけない立場である一方で、「現場が使える制度とは?」を常に考え、必要に応じて変えていく柔軟さも求められます。

そうやって一人一人が考え、カムバック採用制度を支えとして、個人のキャリアや人生と向き合える組織になっていきたいですね。

個人のキャリアや人生と向き合える組織になっていきたい

【取材後記】

昨今、「退職代行サービス」が話題となっています。会社を辞めたいと考える理由は人それぞれで、こうしたサービスによって救われる人がいるのも事実でしょう。そんなことを考えながらのインタビューでは、「継続して勤務してほしいというのが本音です。でも制度としてカムバックがあるから、スタッフがやむを得ず退職する際にも無理に引き止めるのではなく、互いにとって何が一番良い選択かを考えて決断できます」という高田さんの言葉が強く印象に残りました。

カムバック採用を制度化し、「戻るという選択肢」を明示した良品計画では、自分の人生設計を考えるための自由なキャリア面談を浸透させることを目指しています。働き方や生き方が多様化した現代だからこそ、将来への想いを自由に話せる組織の価値が際立つのかもしれません。

(取材・文/多田 慎介、撮影/飯本 貴子、編集/田中 一成(プレスラボ)、齋藤 裕美子)