【社労士監修】ノーワークノーペイの原則。こんなときどうする?を法律を交えて解説
「ノーワークノーペイの原則」とは、労働者が何らかの理由により労働しなかった場合、企業には金の支払い義務が発生しないという概念です。労働者の要因による遅刻や欠席の他、自然災害など、企業と労働者どちらの責任でもない不可抗力による休業にも、ノーワークノーペイの原則が適用されます。この記事では「ノーワークノーペイの原則」とはそもそもどんな概念か、どんな場合に適応されるのか、賃金をどう計算すればよいのかなど、法律を交えて解説します。
ノーワークノーペイの原則とは
企業は労働者に対して賃金を支払う際に、労働基準法において守るべきルールが定められています。このルールを賃金支払いの原則といい、「賃金は、通貨で直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と労働基準法第24条に明記されています。
(参照:総務省『行政管理局電子政府の総合窓口e-Gov』)
この労働基準法第24条に基づき、企業は労働の対価として労働者に賃金を支払います。しかし、仮に労働者が10時始業のところ、1時間遅刻して11時に出社した場合、企業は労働しなかった1時間分の賃金を支払わなくても良いとされています。これをノーワークノーペイの原則といいます。
また、遅刻以外に、早退や体調不良や私用で早退したケースに関しても、ノーワークノーペイの原則が適用されます。この場合、企業が賃金を支払わなくても労働基準法違反にはなりません。本来支払われるはずの賃金から、働かなかった分の賃金を差し引くことを「勤怠控除」といいます。
ノーワークノーペイの根拠である民法624条の内容とは
労働基準法第24条で定められているのは、あくまで「賃金を支払うことについて」であって、「ノーペイ」については義務づけていません。ノーワークノーペイの原則については、民法第624条に記述のある内容が根拠と言われています。
民法第624条
労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
労働者が企業に対して賃金を請求できるようになるのは、労働提供後ということです。つまり、企業は労働を提供されて初めて賃金支払いの義務が生じるのです。
ノーワークノーペイの原則は、どんな雇用形態・給与制度に適用される?
近年は働き方が多様化しており、アルバイトや派遣社員、正社員、月給制や年俸制など、さまざまな雇用形態や給与形態があります。ノーワークノーペイの原則は、雇用形態や給与形態の違いにかかわらず、全ての労働者に適用されます。ただし時給制の場合、「労働時間×時間単価」という具合に働いた時間に対して賃金を計算しますので、働いていない時間はそもそも支払われるべき賃金に含まれていません。
ノーワークノーペイの原則が適用される10のケース・適用されない5のケース
企業は労働者が働いていない時間に対して賃金を支払う義務はありませんが、全ての状況においてノーワークノーペイの原則が当てはまるとは限りませんので、注意が必要です。ノーワークノーペイの原則が適用されるケースと適用されないケースを見てみましょう。
ノーワークノーペイの原則が 適用されるケース |
遅刻 早退/欠勤/不可抗力による休業/産前産後休業/育児休業/介護休業/子どもの看護休暇/生理休暇/公民権行使の期間 |
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ノーワークノーペイの原則が 適用されないケース |
年次有給休暇/会社都合による休業/会社都合による自宅待機/慶弔休暇(会社規定による)/待機時間(手待ち時間) |
ノーワークノーペイの原則が適用されるかどうかの判断基準は、「労働者が労働できなかった原因は誰にあるのか」ということです。例えば、体調不良や私用による遅刻や早退など「労働者に責任がある」場合や、台風や大雪などによる遅刻や早退のように「労働者にも企業にも責任がない」場合には、ノーワークノーペイの原則が適用されます。一方、「企業に責任がある」場合はノーワークノーペイの原則が適用されません。例えば材料の入荷が遅れ、工場を稼働できないという理由から自宅待機や休業が命じられた場合などです。自宅待機や休業中に、実際に労働しなかったとしても、企業は労働者に対して賃金を支払わなければなりません。
また年次有給休暇は、「有給」で休むことができる制度ですので、休暇を取得しても賃金は支払われます。その他、企業の就業規則において、個別に有給・無給のルールを定めていることがあります。一般的に、慶弔休暇は有給、それ以外の休暇は無給としている企業が多いようです。また、公共交通機関の遅延が原因で遅刻した場合には、遅延証明書を提出することで遅刻扱いとしない企業もあります。育児休業や介護休業などの法定休暇に関しては、法律で休みを取得することは認められていますが、賃金の支払いに関しては定められておらず、原則無給です。
ノーワークノーペイの注意点・過去に裁判になったケース
ノーワークノーペイの原則を適用して労働しなかった分の賃金を差し引くことと、ペナルティーによる賃金の減額は別物として考えなければなりません。ノーワークノーペイの原則は、遅刻が1時間であれば1時間分の減額というように、労働のなかった時間に対する減額です。これに対して、遅刻1回につき▲▲▲円減給といったペナルティーによる減額は、労働基準法第91条に定められている減給の制裁に当たりますので、注意が必要です。またノーワークノーペイの原則が適用されているにもかかわらず、本来減額すべき金額を超えてしまった場合には、減給の制裁と見なされます。この場合、労働基準法第91条が適用されますので、減給する金額については次の上限を守らなければなりません。
労働基準法第91条
就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
例えば、月給30万円で1日の平均賃金が15,000円の場合、1回当たりの減給額は7,500円を上限とし、減給される行為が複数回あった場合でも総額3万円が上限です。
過去に裁判になったケース
ノーワークノーペイの原則に基づき、育児休暇を取得している労働者を無給としても労働基準法違反とはなりませんが、裁判で「賞与や昇給の査定などで極端に不利に扱うことは認めない」と判決が下された例もありますので、注意が必要です。
裁判例①:高宮学園(東朋学園)事件
産前・産後休業、勤務時間短縮措置を利用して時短勤務をした女性労働者に対して、賞与を支払わなかったことが問題となった事案です。産後休業の期間と勤務時間を短縮した時間を欠勤扱いとし、就業規則で定められている出勤率90%以上の支給要件を満たさなかったため、企業は賞与を支給しませんでした。しかし、裁判所は公序良俗に違反するとして、賞与の支払いを企業に命じた判例です。
裁判例②:日本シェーリング事件
経営状況を改善するために企業が賃金引き上げの要件として稼働率80%以上と労働協約を締結。稼働率を算定する際に、欠勤や遅刻、早退以外に、年次有給休暇や慶弔休暇、産前産後休業なども不就労に当たるとして計算したことで、賃上げの対象外となった労働者に賞与や退職金を支払いませんでした。しかし、裁判所は労働基準法などで認められた権利における不就労を稼働率算定に含めることは公序良俗に違反し、無効であるとした判例です。
育児休暇などの休暇は、労働基準法や育児介護休業法で定められている権利です。上記の事件は賞与や賃金を算出する際、育児休暇などで休んだ日数を欠勤扱いとし、一定の出勤率に達していないことを理由に賞与などを一切支払わないとすることは、公序良俗に反する不利益な取扱いに該当すると認められた判例です。なお、育児休暇を欠勤として扱い、賞与を欠勤の状況に見合った金額で減額することは、違法とはならないとされています。
ノーワークノーペイを適用する場合の給与の計算方法
では、ノーワークノーペイの原則を適用し、賃金を控除する場合、どのように控除額を計算すればよいのでしょうか。労働しなかった時間に対する給与の計算方法について、一般的に用いられている計算方法は次の通りです。
遅刻や早退などにより労働していない時間があった場合
賃金控除額=(基本給+諸手当)÷1カ月の平均所定労働時間×不就労時間
欠勤により労働していない日があった場合
賃金控除額=(基本給+諸手当)÷1カ月の平均所定労働日数×欠勤日数
欠勤控除に関しては、下記記事も併せてご参照ください。
(参照:『欠勤控除とは?人事が知っておくべき基本知識~算出に含む手当一覧付~』)
ノーワークノーペイを正しく運用するために
ノーワークノーペイの原則による賃金控除について、控除の対象となるのはどのようなケースが該当するのか、控除額はどのような計算方法で算出するのかといった内容を就業規則に記載しておくことで、トラブルを防止することができます。
労働者が10人未満のため就業規則を作成していない企業の場合には、働いていない時間に応じた賃金控除をする旨や、控除額の計算方法について雇用契約書などに明記しておきましょう。
まとめ
企業はノーワークノーペイの原則を正しく理解し、運用しなければなりません。就業規則や雇用契約書、労働協約などに条件や計算式を明示しておくことで、トラブルを防止することができます。改めて就業規則などを見直しておくことも重要でしょう。
(制作協力/コピー&マーケティング株式会社、監修協力/社会保険労務士法人クラシコ、編集/d’s JOURNAL編集部)
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