【弁護士監修】試用期間中に残業のお願いは可能?残業代の支払いは?

佐藤・西浦法律事務所(第二東京弁護士会所属)

西浦 善彦(にしうら よしひこ)弁護士
【監修・寄稿】

プロフィール

正社員を採用する場合、概ね70%の企業が試用期間という制度を利用(※)していると言われています。
試用期間は、企業が新入社員(採用候補者)に対し、【自社の社員として適性があるか、自社で活躍する人材となるか】をはかる、企業にとっても非常に大事な期間です。人事としても、「できる限り早く仕事を覚え、慣れてほしい」「せっかくだからたくさんの仕事にチャレンジしてほしい」など、期待を寄せていることと思います。しかし、「試用期間も社員として働いているのだから、何でも依頼してよい」と、誤った解釈をしてしまうのは危険です。今回は、特にトラブルになりやすそうな残業に焦点をあてて「試用期間と残業」について法的な観点からご紹介します。

※採用と試用期間に関する調査(東京都新宿労政事務所)より

試用期間中に残業のお願いは可能? 残業代の支払いは?

結論から言うと、試用期間中であっても残業のお願いをすることは可能です。しかし、試用期間だからといって企業は残業代を支払わなくてよい理由はありません。当たり前ですが、残業代は支払う必要があります。
試用期間とは自社社員としての適性(能力・スキル、勤務態度、社風)を評価判断する期間ではありますが、雇用契約を締結している労働者であることには変わりはありません。したがって、法令で認められている範囲であれば、残業の依頼することは問題ないでしょう。

ごく稀ではありますが、「試用期間とは研修期間であるから会社の業績に寄与していないため、残業になったとしても、その残業代は支払う必要がない」といった解釈をされている企業が存在します。しかし、これは大きな間違いです。試用期間とは研修期間ではありません。そして、試用期間であろうがなかろうが、「使用者の指揮・命令下」におかれている時間は労働時間であり、業績との連動などとは一切関係がありません。

「試用期間」と、「本採用後」とでは、何が違うのか?

「試用期間」と「本採用後」との一番大きな違いは、試用期間の間に本採用を見送ることができる(試用期間中の解雇)ことです。もちろん、いくら試用期間中であっても、雇用を開始してから14日間を過ぎれば解雇予告等は必要になるなど、法が定まっています。決して「いつでも見送りができる」といった有利な制度であるというわけではありませんので気をつけましょう。

また、会社によっては、試用期間中と本採用後とで賃金に差を設けていることもあり、この点も違いと言えるでしょう(給与額が異なる際は、求人票や求人広告、また、採用契約書に記載する必要があります)。

この2点以外については、基本的に本採用後に正規雇用をした状態と大きくは変わりません。試用期間であっても雇用契約を締結した労働者であり、労働時間が超過すれば、当然残業代(時間外割増、深夜割増、休日割増など)を支払う必要がありますし、雇用保険や社会保険への加入も必須となります。

残業をお願いする場合、時間的な条件など注意すべき点は?

では、試用期間中に残業をお願いする場合、どのような点に気をつけておくとよいのでしょうか。先ほどご紹介したとおり、本採用後の労働者と同様に考える必要があるでしょう。まず、大前提として、労使間で労働基準法第36条に定める時間外労働・休日労働に関する協定(俗に言う“36協定”)を締結し、これを労働基準監督署に届け出ることが必要です。そして、その内容を試用期間の従業員に対しても伝えなければなりません。

厚生労働省が定める“時間外労働の限度に関する基準”では月45時間以内とされています。ただし、昨今議論されている、「働き方改革実行計画」にもアンテナを張っておくようにしましょう。

その他、残業をお願いする場合に気をつけておくべきこと

その他、残業をお願いする場合に気をつけておくべきこと
試用期間の労働者に限ったことではありませんが、残業代の支払いについては注意が必要です。それは、固定残業代制度を導入すれば、「人件費が削減できるのでは」と、誤解をしている企業も少なからず存在しているからです。残業代を払っていないとみなされてしまうと、判例上、人件費が抑えられるといったことはなく、むしろ労働者から請求をされた場合には、過去に遡って残業代を支払う必要に迫られるリスクがあります。

実際に、残業代の支払いを命じられたケースとして、某大手金融業社は600人に対して、9憶4000万円もの残業代未払い対応を、大手美容業社に6憶3000万円の残業代未払い支給を行ったケースあります。(日経スタイル2016年9月13日より)

固定残業代が認められるには、判例上、次の2点が必要です。
1つ目は労働契約書や就業規則等に固定残業代の制度をきちんと明記し、労働者に周知されていること。
2つ目は、時間外労働の区分と通常の労働時間に対する賃金が明確に区分されており、この計算によると、労働基準法に定められている計算方法に従い算出された残業代との間に差額がある場合、その差額を支払う意思があること。

したがって、固定残業代制度を導入しても決して人件費の抑制にはつながりません。残業代の計算事務が多少簡素化される程度であると言えるでしょう。

弁護士への相談が多い、残業に関して特に注意すべき3つのパターン

試用期間・本採用後に関わらず、従業員の残業に関する内容は、弁護士への相談件数の多い部類の問題です。多くの経営者や企業が困っているという実態がありますので、ここでしっかり注意すべき点を確認しておきましょう。

トラブルになりやすい、1つ目の注意ポイントは、「36協定が未整備」であるという点です。36協定を締結している中小企業は43.6%(※)程度という結果が出ています。
仮に36協定を締結せずに1週40時間・1日8時間(法定労働時間)を超えて勤務をさせた場合、労働基準法第119条により6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。つまり、中小企業の半分以上がノーガードの状態ということです。

2つ目は、「どこからが残業になるのか明確ではないケース」。残業時間の定義をすることは労働者のためという面もありますが、同時に、企業が企業自身を守るためにも大切です。就業規則で「労働時間・時間外労働時間」を明確にしておかないと、企業と社員(労働者)の残業代の認識が異なり、後にトラブルに発生するケースが出てくる場合もあります。

3つ目は、一部の業種や業界が対象となりますが、「長距離輸送のドライバー」などに代表される長時間の勤務が前提となるケースになります。9時から17時までなどの決まった勤務形態ではなく、翌朝の7時までが勤務時間など、不規則になる場合です。就業規則や労使協定で「変形労働時間制」の定めをしていれば、例えば2日間で16時間以内の勤務となるように調整することは可能です。しかし、このような定めをしていないと、8時間を超過した勤務時間は全てが残業時間となってしまうのです。しかも、残業代未払い事例は裁判所も非常に厳しい判断をするため、追加で支払う総額が億単位にまで膨れあがることもあり、会社経営に大きく関わるリスクになりかねません。

トラブルパターン
「就業規則」や「36協定」は、会社を守るという制度ではありますが、正しく制定されていないがために大きな損害を被るというケースは後を絶ちません。上記3つのケースは、事前に対策をしておけばトラブルになることも少ないため、いま一度自社の状況はどうなのかを再確認してみてください。

【まとめ】

試用期間であろうとも残業や残業代の支払いに関しては、正規雇用の社員の扱いと大きくは変わりません。しかしながら、労働契約書や就業規則の整備がなされていないため、企業にとってリスクとなる事例は後を絶ちません。法律を理解し、事前に制度を整えておくことで、大きなトラブルを防ぐことが可能です。何か気になる点があれば、顧問弁護士に相談するようにし、普段から意識するようにしておきましょう。

(監修協力/unite株式会社、編集/d’s JOURNAL編集部)

【弁護士監修|法律マニュアル】
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02. 入社直後の無断欠勤!連絡が取れなくなった社員の対処法
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04.試用期間中に残業のお願いは可能?残業代の支払いは?
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