【弁護士監修】産業医は働き方改革で役割拡充。違反企業は罰則も。企業はどう対応すべき?

大倉浩法律事務所 埼玉弁護士会所属

金 英功(きむ よんごん)弁護士 【寄稿・監修】

プロフィール

働き方改革の中で、企業における産業医の役割が見直されています。産業医とは「労働者の健康、安全、衛生を守るために法律で事業場に置くことが決められている医師」であり、労働者の健康のために不可欠な存在です。本記事では働き方改革で産業医の受け入れや役割など、基礎的な知識をまとめていきたいと思います。

産業医とは、労働者の健康のために不可欠な存在

産業医とは、労働者の健康、安全、衛生を守るために法律で事業場に置くことが決められている医師のことをいいます。かつての日本では、労働者の衛生や安全について全く配慮がされていない労働環境が存在していたと伺われます。戦前の1938年(昭和13年)に旧工場法の省令に基づいて「工場医」が規定されました。この「工場医」にはじまり、職場の健康と安全、そして衛生を守るための制度として現在の産業医が存在しています。そして、現在の日本政府か進めている“働き方改革”において、産業医の役割が拡大することとなりました。

産業医は何人以上で設置義務が発生する?産業医設置に関する法律の内容とは?

産業医の設置については、労働安全衛生法という法律で設置のルールが定められています。産業医設置のルールについて少し詳しく見ていきます。

産業医の設置が必要となるのはどういう企業?

労働安全衛生法及び労働安全衛生規則によれば、50人以上の従業員が常時働いている事業場(会社ではなく事業場単位であることに注意)では、産業医1人以上を設置しなければなりません。
50人以上の従業員が常時働いている事業場
50人以上という多数の従業員が常勤している事業場では、衛生環境の維持、多数の従業員の健康確保、職場の安全確保などの観点から、設置が法律上の義務とされています。さらに、事業規模が極めて大きく、常時3000人を超える(3001人以上)労働者が働いている事業場には2人以上の産業医設置義務があります。50人未満の事業場でも、産業医を会社の任意的な判断で置くことは、もちろん差し支えありません(法律上は、50人未満の事業場においては医師等による健康管理等が努力義務となっています)。

専属の産業医が必要となる場合は?

産業医は原則として非常勤(嘱託)で構いませんが、専属の産業医を設置する必要がある場合があります。
専属の産業医を設置する必要は?
それは、(1)常時1000人以上を使用している事業場(2)一定の有害業務(労働安全衛生規則第13条第1項第3号のイないしカで定められている業務)に常時500人以上を従事させている事業場では、専属の産業医を選任する必要があります。有害業務として注意していただきたいのが深夜業です。深夜業も有害業務に含まれるので(上記の規則の「ヌ 深夜業を含む業務」)、深夜も稼働している大規模な工場などでは専属の産業医を設置しなければ法律違反になります。

働き方改革関連法案成立を受けて、産業医はどう変わったのか?

一言で言うと、2019年4月以降、産業医の力、発言力がより強くなります。そして、産業医の発言力が強くなるということは産業医の責任も重くなる可能性があるということであり、産業医は強い責任感と専門能力によって職務にあたらなければならないということが決められたということができます。

具体的な例を挙げると以下のような手順が必要になります。
産業医の力、発言力
会社は長時間労働をしている従業員の情報や健康管理等を適切に行うために、必要となる情報を産業医に提供しなければなりません。そして、産業医は、健康を確保するため必要がある場合は、会社に労働時間を減らすなどの勧告をすることができます。会社は産業医の勧告を尊重しなければならず、会社は勧告の内容を衛生委員会(労働者の健康を確保する対策を検討する組織。常時使用する労働者が50人以上の事業場では必ず設置しなければなりません)に報告しなければならない義務が発生します。このような仕組みにより、万が一、従業員が健康を害するなどして後日裁判となってしまった場合には、まず、会社としては従業員に長時間労働をさせていたのに産業医に報告をしなった点や産業医の勧告を尊重しなかった点などが会社の責任を認める方向に考慮される可能性があります。

一方、産業医としては、新労働安全衛生法において、

産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識に基づいて、誠実にその職務を行わなければならない

と明記されたため、独立性・中立性が高まった反面、万が一にも会社側によった不適切な判断をした場合には、産業医の責任が肯定される余地が大きくなったと言えます。この他にも、産業医への健康相談ができる体制(システム)を会社が構築する努力義務、長時間労働をした従業員に産業医による面接指導を受けさせる義務、産業医に関する情報を見やすい場所に掲示し周知する義務などが定められました。

このような制度改正の主眼は、極めてシンプルです。労働者の安全と健康を守るため、産業医の活躍に期待と責任を持たせたということです。

産業医の選任方法とは?

産業医の選任は、一般的な契約締結の形で行います。取締役会や株主総会など会社法などによる特別な選任方法は定められてはいません。
また、産業医の見つけ方としては、

・健康診断を依頼している病院などに相談し、紹介してもらう
・地域の医師会へ相談する
・医師の人材紹介会社に相談する

などの方法があります。最も一般的なのは健康診断を依頼している病院などに依頼するケースです。

産業医を設置するのにかかる費用はどれくらい?契約方法は?

産業医を設置するのにかかる費用

こちらは担当となる企業規模や依頼する業務内容によって価格は大きく異なってきます。あくまでも参考値となりますが、非常勤(嘱託)の場合には、1回の会社への訪問により10万円程度からが相場です。一方で専属の産業医の場合、週4日程度で年に1500万円程度が相場になるようです。経費処理の方法としては、勘定科目の福利厚生費に計上するのが一般的な処理です。

産業医を設置する際の契約方法と役所への届け出方法

産業医との契約は雇用契約又は準委任契約となります。産業医を専任したらできるだけ早く労働基準監督署へ報告をしなければなりません。

もし設置しなかったらどうなる?―50万円以下の罰金に―

産業医を設置しないと、50万円以下の罰金となります。設置義務などの法律に違反するとハローワークの雇用関係の助成金などが利用できなくなるなど極めて大きな不利益が生じる可能性がありますので、産業医選任の義務が生じたら必ず設置する必要があります。

産業医の6つの役割とは?

産業医は、次の6つの役割・機能を持っています。

産業医の役割①産業医面談
②職場巡視
③健康教育安全衛生教育
④衛生管理委員会への出席
⑤健康診断結果のチェック
⑥ストレスチェックの実施・高ストレス者への対応

具体的には、どのようなことを産業医に相談することができるのでしょうか?人事として産業医にお願いできること、任せられることを確認する必要があります。以下詳しく見てきましょう。

役割①産業医面談

産業医には、うつ病の診断や相談は可能?

メンタルヘルスが重視されている現在、産業医にうつ病の診断を依頼することは当然可能です。しかし、産業医が必ずしも精神医学のプロであるとは限りません。「職場の」ルールである労働安全衛生法上は、産業医の意見を尊重することが定められていますが、うつ病の場合には信頼できる産業医以外の医師がいればその意見を重視したほうが良い場合もあります。

産業医には、プライベートなどプライバシーに関することも相談できる?(産業医の守秘義務)

産産業医は、「医師」として秘密を漏らせば、刑法の秘密漏示罪(刑法第134条)に理論上は該当しえます。しかし一方で、労働者に健康上の問題がある場合には、安全配慮義務を適切に果たしてもらう観点から、会社に報告をすることが必要となるケースもあります。
例えば、上司との不倫関係などで精神的に問題を抱えている場合には、配転などを勧めるため会社に報告する場合もあります。本人がしっかり理解したうえで同意した場合は問題は生じにくいですが、同意を得ることができない場合については、医師倫理と個人情報保護法の両面から産業医にとって難しい問題となります。

産業医に診てもらえる症状は?頭痛や熱中症、糖尿病は?

産業医は医師資格取得者のため、比較的簡単な健康疾病であれば、その場で診てもらうことも可能でしょう。しかし、産業医の仕事は、健康診断をはじめ会社の衛生や健康、安全管理です。個人的な病気を継続して治療することは基本的に産業医の役割ではありません。

産業医の意見書には、どのような効力が?

産業医は、病後の復職などについて意見書を書くことができます。産業医の意見書には法的な意味での拘束力はありません。あくまでも、「意見」です。しかし、産業医は医師の専門性を備えた、労働衛生のプロですので、合理的な理由なくその意見を無視すると、何らかの問題が生じた場合は会社の責任が問われる可能性があります。産業医の意見書は可能な限り尊重するべきです。

産業医が面談などで行う復職判定とは?

産業医は、仕事に復帰するのが妥当かどうかの判定をします。産業医は、医師の専門性を前提に仕事に復帰するのが妥当かということを労働衛生の観点から判断します。これに法的な拘束力はありませんが、責任が問われることになるので従いましょう。

残業時間が超過している社員等へ産業医の面談は?

長時間の残業は、心身への悪影響が生じます。時間外労働が週40時間を超えて1カ月あたり80時間を超えている従業員からの申し出があった場合には、産業医による面接指導をさせる義務が発生します。
また、特定の高度専門業務に従事する従業員については、週40時間を超えて1か 月あたり100時間を超えた場合は申し出が無くても面接指導させる義務が生じます。これは常勤の従業員が50人未満の会社でもあてはまる義務となり、産業医がない場合には、地域の保健センターなどで保健師等による面談を利用しましょう。

産業医の役割②職場巡視

産業医は、チェックリストに基づいて職場を原則、少なくとも月1回以上巡視をします。チェック項目は、会社や職場環境によって異なりますが、おおむね以下がチェック項目になっていることが多いようです。

①執務室の空気環境や、照明、騒音、温度など、快適に仕事ができる環境であるか
②防災・安全に関する配慮がなされているか
③VDT作業についての配慮 ※VDT:PC作業などのこと
④階段や廊下、トイレなどの共用部について
⑤受動喫煙対策

また、チェック項目に該当することがあった場合は、衛生委員会などへ報告し、改善措置を検討することになります。

産業医の役割③健康教育・安全衛生教育

メンタル面については、面談はもとより、講話などでメンタルヘルスを維持するための方法を教えるということも行います。安全衛生についても、巡視に加え、講話などで安全衛生の維持のための方法を指導することができます。
これらは、会社として義務を負うものではありませんので、実施しなかった場合でも罰則などがあるわけではありませんが、3カ月に1度や年に1度など年間計画に組み込み定期的に実施するといいでしょう。

産業医の役割④衛生管理委員会への出席

従業員50名以上の企業では、月に1度以上衛生委員会の開催が定められており、産業医はこれに出席することができます(衛生管理委員の構成員として1名以上の産業医が必要ですが、出席が必須となっているわけではありません。しかし、その役割を考えると出席することが望ましいと言えます)。

産業医の役割⑤健康診断結果のチェック

産業医は、健康診断結果について確認や意見書の作成をします。異常の所見があると診断された労働者について、就業上の措置について、休業が必要なのか通常業務ができるかなどの判断を行います。また、就業制限や不能社員に対して「意見書」の作成をします。
※異常の所見があった場合、事業者は3カ月以内に医師等に意見を聴く必用があります。(労働安全衛生法第66条の4)

産業医の役割⑥ストレスチェックの実施・高ストレス者への対応

また、事業者はストレスチェックなどを実施することになりますが、産業医は、調査票の策定や、高ストレス者の選定基準などについてアドバイスをします。事業者は、実施の計画とあわせ、実施の目的や個人情報の扱いなどの各種規定についても事前に準備する必要があるでしょう。

【まとめ】

働き方改革の中で産業医をどのようにつきあっていくべきか。答えは簡単であり、法律で定められたとおりに産業医を設置し、その意見などを尊重するべきであるということになります。これは、労働者の方の心身の健康へしっかりと配慮をするという、会社としていわば当然の責任について法律がわかりやすく定めてくれたと考えれば良いと言えます。働き方改革の中で労働者の健康により一層配慮をすることで、長期的には会社の信頼の向上につながるでしょう。

 

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