8年間”専業禁止“を掲げ、マイナスはなかったービジョンに紐づいた複業のあり方とは

株式会社エンファクトリー

代表取締役社長 加藤 健太

プロフィール

政府主導の働き方改革により、副業・複業を解禁する企業が増加しています。2018年は「副業元年」と称されました。2019年5月のパーソル総合研究所の調査では、複業を容認する企業が50%に達するなど、理解を示す企業は着々と増えています。

そんな潮流が訪れるずっと前、2011年から「専業禁止」という革新的な方針を掲げてきたのが、さまざまな分野の専門家とユーザーをつなげるマッチングプラットフォーム『専門家ProFile(専門家プロファイル)』や暮らしに関わるアイテムを紹介する『スタイルストア』を運営する株式会社エンファクトリーです。本記事では、複業推進の先駆けとなった同社代表・加藤健太さんに取材を決行。

「複業をすると本業が疎かになる」「優秀な人材が流出する」という懸念について、「情報をオープンにすれば本業にもフルコミットする」「人材は流出しません。関係性が変わるだけ」と言い切り、複業の好影響を語ります。

しかしインタビュー終盤には、「すべての企業が複業を解禁する必要はありません」と語った加藤さん。複業に伴うさまざまな懸念点をクリアするたった一つのルール「en Terminal」や最後の言葉の真意を紐解きました。

※本記事では、「副業」=一般的な意味。本業ありきのもの、「複業」=エンファクトリー社で使用/自分のスキル向上やビジョン実現のために行うもの、という位置づけで使用しています。

「会社の時間が減少している」“専業禁止”を掲げる真意

まず「専業禁止」という方針について、ご説明をお願いできないでしょうか。

加藤氏:「専業禁止」と掲げていますが、本当に禁止しているわけではありません。複業をしていない社員もいます。あくまでも複業を推進するためのセンセーショナルなワードですね。

「会社の時間が減少している」“専業禁止”を掲げる真意

僕らが複業を推奨し続けている理由の一つが、会社の時間が減少していることにあります。

会社の時間が減っている…?

加藤氏:わかりやすい例が、働き方改革による時短労働や休日の増加です。残業や休日出勤を推奨しているわけではありませんが、一番多くの経験を積まなければいけない入社1年目の社員が「18時になったから帰って」と画一的に指示されることも多い。加えて政府による残業規制や年5日の有給休暇義務化など、会社の時間が減少する時代の流れは、もはや食い止められないでしょう。

一方で増加し続けているのが、就業後の“外の時間”です。会社の学びの機会が少なくなっているなら、複業を推奨し、外で機会を創出すればいいのではないかと考えました。

もちろんエンファクトリーでも学びの機会を提供しています。有識者やつながりのある経営者を招いて講義をしてもらったり、有志の勉強会を開催したり。社内でも学べる環境を用意するのは大前提ですが、機会提供の場を制限する必要はありませんし、研修では会得しにくい姿勢が複業を通じて身につきます。

たとえば、どのようなことでしょうか?

加藤氏:プロフェッショナリズムです。個人として働くことは、小さく経営することですから。サービスをつくり、スキルを磨いて、自ら営業し、財務を管理して確定申告をする…。

社名や役職を持たずに市場へ放り出され、1人のプロフェッショナルとして働くことにより、仕事に対する目線が非常に高くなるんですよ。成長した人が社内で働いてくれるので、当然のように生産性が向上しますし、新しい事業アイデアも生まれやすくなります。

仕事に対する目線が非常に高くなる

「囲い込む」という発想は捨てろ。過重労働、人材流出…あらゆる問題を解決する「en Terminal」

しかし複業をすることで「会社の仕事が疎かになる」「情報が漏洩する」「優秀な人材が流出する」という懸念も考えられるのではないでしょうか。

加藤氏:いえ、僕らはまったく心配していません。まず「会社の仕事が疎かになる」「情報が漏洩する」という問題は、エンファクトリーが複業において唯一定めているルール「en Terminal」で解決できます。

en Terminalは、半年間に一度、社員がそれぞれ取り組んでいる複業をオープンに話す場のこと。どんな仕事内容か、どれだけの頻度で働いているのか、売上規模や月収はいくらか…。こうした情報をオープンにすると、会社のノウハウを持ち出した事業は一目でわかってしまいますから、自然な牽制が効き、企業にとってリスクヘッジになります。

過重労働、人材流出、情報漏洩…あらゆる問題を解決するルール「en Terminal」

さらに、複業と本業にどれだけリソースを費やしているのかクリアになるため、過重労働になっている場合はケアできます。もちろん、本業が中途半端なら他の社員から突っ込まれることもある。日本人のメンタリティーとして、周囲の目に晒されると「しっかりやらなければいけない」というマインドになりやすいんですよ。

それに実は、複業をしている社員の方が、本業にコミットする傾向にあります。本業で叶えられないことを複業で満たしてくれているため、エンゲージメントも高い。他の企業さんに話を伺っても「複業をしている社員の方がイキイキとしている」という声をよく耳にします。

優秀な人材が流出することについてはどう対処されていますか。

加藤氏:まず、優秀な人を「囲い込める」という発想は捨てた方がいい。SNSやインターネットを中心に情報が流通し、複業も転職も起業もハードルが低くなり、誰もが自由に動きやすい時代です。特に若い人の中で終身雇用を求めている人はもはやマイノリティですから、独立、退職はタイミングの問題ともいえるでしょう。

それに僕らは、「人材が流出」するとは捉えていない。ただ、「関係性が変わる」だけなんですよ。「社員」という人的資産から「フェロー」という関係資産へと。エンファクトリーを離れてから、パートナーシップ提携をしているメンバーを「フェロー」と呼んでいます。彼ら彼女らの存在が会社にもたらしてくれる影響は非常に大きい。

エンファクトリー

「フェロー」の方々がもたらす影響を具体的に教えてください。

加藤氏:まず、とても価値の高い取引相手になってくれます。今まで一緒に働いてきた仲間ですから、信頼関係がすでに構築されていますし、エンファクトリーの哲学を理解してくれているのでコミュニケーションコストがとても低い。それにエンファクトリーの経験をベースに独立しているため、事業として共通する領域も多く、協業関係を築きやすいんです。

さらにフェローはen Terminalに参加し、展開する事業の最先端の情報を共有してくれます。エンファクトリーでは耳にしないアイデアにも触れられるため、新規事業のタネになることもある。参加している社員にとっても大きな刺激になります。

なぜ辞めた人が、フェローとして関わり続けてくれるのでしょうか?

加藤氏:ビジネス面のメリットを感じているからだと思います。独立したてのフリーランスや経営者は孤独ですし、取引相手も僅かで困っていることも少なくない。他のフェローや複業をしているエンファクトリーの社員と交流することで、情報交換もできますし、新しい取引が生まれるチャンスにもなります。

このように、エンファクトリーを中心とした「相利共生の関係」が構築できているんです。

8年間マイナスはなかった。しかし、企業は複業を禁止してもいい

8年間複業を推進されてきたわけですが、何かデメリットを感じたことはないのでしょうか?

何かデメリットは?

加藤氏:正直、一度もありません。en Terminalによりオープンイノベーションが実現し、新しい情報が循環し続けています。エンファクトリーを辞めた社員も取引相手やアドバイザーとして協力し続けてくれていますから。マイナスは一つもない。

しかし他を見渡せば、複業を禁止する企業はまだ50%も存在しますし、複業を解禁していても情報をクローズドにしたり、規則をつけて社員を縛る企業も存在します。その背景についてはどう考えられていますか。

加藤氏:過重労働や情報漏洩のリスクを気にしているのもあると思いますが、考え方の前提が異なっているからです。あくまで傾向の話ですが、終身雇用の時代に働いてきた40〜50代の多くの経営者は、会社に縛られながら仕事をしてきました。現代社会においても、その名残で社員を拘束してしまう。

あとは根本的に、「嫉妬」しているのかもしれません。社員が自社以外に興味を示すことに対して。そうならないよう社員の目を塞いで囲い込もうとするんです。オープンにするメリットの方が圧倒的に多いのに。

複業を解禁している企業は、情報をオープンにすればほとんどのリスクを回避できるのしょうか?

加藤氏:いえ、そうとは限りません。弊社は35人という規模やこの事業内容だから8年間順調でしたが、たとえば従業員数1000人を超える大企業ならもっと良い運用方法があるかもしれない。

そもそも、僕らは8年前から専業禁止を掲げて、いくつものメディアに出演し、体感した複業のメリットを伝えてきましたけど、全ての企業が複業を解禁する必要はないと思っています。複業を禁止し、「当社では専業にフルコミットしてもらいます」と公表してもいいんですよ。専業に打ち込むことでしか得られない価値もあると思いますから。一番ダメなのは、無思考に複業を解禁すること。

だからこそ、会社として何を目指しているのか、どんな価値を社員に提供したいのかを突き詰めることが大切です。僕らは“複業を推奨している”という感覚はありません。お金稼ぎの手段でもない。学びの機会提供の一つとして、複業が位置付けられているんです。

企業のビジョンを実現する一つの手段として、複業の解禁が考えられるのかもしれませんね。

会社として何を目指しているのか、どんな価値を社員に提供したいのかを突き詰めることが大切

【取材後記】

冒頭のデータから分かるように、企業の複業の方針は、見事に二分されています。そんな中、複業を解禁する会社は社員の自己実現を支援する良い会社。複業を禁止する会社は、保守的で、社員のライフスタイルに理解がない会社。どこかでそう捉えていました。

しかし違うのだと、加藤さんの話を聞いて身に沁みました。複業は、企業の理想を実現する手段の一つでしかありません。場合によってはビジョンの妨げになるかもしれない。

複業解禁の流れが強い今だからこそ、一度立ち止まり、企業の理想の在り方を考え直しましょう。そして、複業の本質を考えることが肝要なのだと思います。

(取材・文/田中 一成、撮影/黒羽 政士、編集/檜垣 優香(プレスラボ)・齋藤 裕美子)