挙手型昇進制度の運用を通して見えてきた課題 – より強固な育成土壌を目指して
社員の成長。どの会社の経営陣や人事・採用担当者も、常に抱えている課題ではないでしょうか。
「スキルを伸ばしてほしい」「昇進して会社を引っ張る存在になってほしい」――そんな想いから、社員の成長をサポートする制度を取り入れている会社も多くあります。
アドテクノロジー事業やコンテンツ事業など、幅広い事業を展開するユナイテッド株式会社も、社員の育成に力を入れている会社のひとつ。成長サポートに関する制度は、約10種類もそろえられています。
なかでも特徴的と言えるのが、社員自らが職階アップの意思表示をし、会社はそのアシストをする「グレードアップ宣言」。3年近く運用されている制度で、参加者が執行役員に昇格した事例も出ているほどです。
ユナイテッド社は、どのような狙いのもと制度を設計してきたのでしょうか。同社の人事部長 柏山 奈央さんに話を伺いました。
役員がメンターとなり、宣言者の成長にコミットする「グレードアップ宣言」とは
柏山氏:弊社は、2012年12月に、モーションビート株式会社と株式会社スパイアが合併した会社です。制度をつくるきっかけになったのは、新会社としてカルチャーが構築されたタイミングで、「将来の幹部候補生を育成しよう」と経営陣から話があったことですね。
会社として成長意思のあるメンバーをサポートするべく、2015年ごろにグレードアップ宣言の設計を開始しました。そして、2016年から運用をスタートし、今日まで制度をブラッシュアップし続けています。
柏山氏:意思表示した社員を次のグレードに上げることを目的とした、社員育成支援プログラムです。プログラム内容は職種やレイヤーごとに異なり、OJTでは身につけられないビジネススキルを学びます。
たとえば、執行役員を目指す事業部長クラスに関しては、経営に必要な総合的な知識・視座を身に付けるべく、実際に自社の今後の事業戦略を策定するといったプログラムを実施します。本プログラムにおいては、役員がメンターとなり、徹底的にフィードバックを受けることで自身のスキル向上につなげることができます。
他にもエンジニア職であれば、対象者につき1名メンターが付き、アウトプットに対するフィードバックをもらえたり、困っている業務内容の相談ができたりする「師弟制度」があります。
グレードアップ宣言の特徴は、どの職種やレイヤーにも担当の役員が付き、成長にコミットすること。役員との面談やフィードバックを通して、「グレードアップに向けて自身に足りないものは何か」を自己認識し、更なる自己成長につなげることができます。
柏山氏:2016年のスタート当初は、半数近くの社員がグレードアップ宣言を利用していました。ただ、正直「なんとなくやってみよう」というメンバーもいまして。当時の課題は、通常の業務と並行して取り組む必要があるため中途半端な気持ちで参加し、途中で挫折してしまうメンバーが出てきたことでした。
参加者にとってハードなのはもちろん、メンターや人事にとっても本気でコミットしているプログラムですから、最後までしっかりと意志をもってやり遂げてほしい。そういった狙いから、今は間口を狭めて「本当に最後までやりきる強い意志がある人」に絞り、実施しています。
解像度が高いゴールを設定し、そこに向かってひたすら進む
柏山氏:実は、私も制度開始時からプログラムに参加しています。印象深かったのは、毎月1回弊社代表の金子と面談をした時期があり、面談の中で毎月の振り返りと次月のアクションを具体的に定め、内省を図れたことです。また、部署が異なる同グレード社員とともにプログラムに参加することで、普段関わりが少ないメンバーの考えに触れられたり、自分もより頑張ろうと切磋琢磨できる環境に身を置けたこと。このように、通常業務だけでは生まれなかった貴重な経験を重ねられました。無事に昇格もできて、受けてよかったと感じます。
柏山氏:メリットは、成長意欲のあるメンバーが、本当に成長できる環境を整えられることです。「強い意志がある人」に間口を狭めたこともあり、チャンスを自分で掴もうという高い熱量を持ったメンバーが応募してきています。そのため、密度が高いコミュニケーションが繰り広げられ、成長しやすくなる。
たとえば、役員との面談の場。「私は何が足りなくてマネージャーになれないんですか?」という踏み込んだ質問も出ますし、役員はその質問に対して本気でフィードバックをします。そういったコミュニケーションを重ねることで、足りないスキルがクリアになる。そして、スキルを補うためのインプットとアウトプットにつなげていけます。
グレードアップ宣言のもとに集まったメンバーは、主体性が高いので、面談でも本質的なコミュニケーションが生まれる。すると、「このスキルをこのくらい伸ばす」と高い解像度で行き先設定ができる。そして、行き先までの道筋を描き、ひたすら進むんです。
柏山氏:グレードアップ宣言からの昇格数は、非グレードアップ宣言の昇格数と比べて約2倍です。毎年、制度内容や参加人数が変わるため、一概に比較することは難しいですが、効果は確実にあると言えます。
ただ、グレードアップ宣言は今年度をもって終了することになっており、2020年度からは、更にブラッシュアップした形での新しい成長サポート制度にチェンジすることが決まっています。
「グレードアップ宣言」での気づきをもとに、ユナイテッドは次のステージへ
柏山氏:「次世代幹部・リーダー育成」と「人材開発会議」のふたつです。
「次世代幹部・リーダー育成」は、現在の幹部が、次世代の幹部・リーダー候補を選出します。そして、選出した人材に対する育成プランを、役員全員で話し合って決めていき、次世代幹部・リーダーの昇格確度を高めていきます。優秀な人材プールを全社横断で可視化し、次世代幹部・リーダー候補の育成に力を入れる制度です。
「人材開発会議」は、半期に1回、上司(評価者)が部下(被評価者)の育成プランを全員分作成します。そして、上司が作成した育成プランを役員含め議論し、全員の育成プランを可視化。上司が、部下の育成プランを自分の言葉で考え、書き出すことで、より部下の育成にコミットしてもらいたいと思っています。上司と部下、どちらも育成することを目的とした制度です。
柏山氏:グレードアップ宣言を3年ほど運用するなかで、うまくいっていた部分もありますが、一方で課題も目の当たりにしてきました。
そのひとつが、制度という枠組みをつくったことで、返って制度に頼る部分が大きくなってしまったこと。グレードアップ宣言は自分で昇進のチャンスを掴める制度ですが、同時に、グレードアップ宣言以外で主体的に昇進を狙うという姿勢が弱くなったように感じました。もともと、自ら意思表示ができる主体的な人材をサポートしたかったのに、これでは本末転倒です。
あとは、上司側にも課題がありましたね。部下に上司との面談についてヒアリングしたところ、「自分には何が足りないのかを上司に聞いたけれど、明確なフィードバックがなかった」という声がいくつか出たんです。そこで、上司の「部下を育成する力」を育てていく必要があると感じました。
実際にグレードアップ宣言を運用するなかでこのような課題に気づけたので、新しい成長サポート制度に振り子を振ることに決めました。今後社員には、「次世代幹部・リーダー育成」の候補に選ばれたいと思ってもらいたいですし、それを目指して日々精進して欲しいと思います。
さらに、上司と部下の強い信頼関係が構築されれば、普段行うフィードバックの質も上がるし、部下は「グレードを上げたい」と言いやすくなります。わざわざ制度をつくるのではなく、上司が部下のことをきちんと考え、育成できるような土壌をつくるべき。そうして新たに「人材開発会議」の制度を導入することになりました。
柏山氏:基本的なところですが、メンバーと細かくコミュニケーションを取るようにしています。「本音を言うと、この制度どう?」「どんな制度があったらいい?」とヒアリングをすると、根本的な課題がクリアになります。この課題を発見できないと、制度の内容が求められているものとズレて、誰も使ってくれません。人事担当者が想像だけで「きっとこんな制度があったら、社員は喜ぶだろう」と憶測で導入するのは危険です。
ヒアリングを通して得た意見に、会社の制度を寄せていく。メンバーが真に求めている制度を導入するためには、“生の声”に耳を傾けることが大切なのではないでしょうか。
【取材後記】
ユナイテッドのグレードアップ宣言は、自らチャンスを掴みに行く「攻め」のスタンス。覚悟を決めて戦(ハードなプログラム)に臨みし者は、勝利(昇進)を連れて帰ってくる。そんな世の中の真理をつく制度でした。
そして、3年間「グレードアップ宣言」を運用したユナイテッドは、社員の主体性を育てるために次のステージへ。
社員の成長のため、いくつか制度を導入しているけれど、うまく運用できていないと悩んでいるのなら。柏山さんの「まずは“生の声”に耳を傾ける」というコトバを思い出してみてはいかがでしょうか。
(取材・文/柏木 まなみ、撮影/飯本 貴子、編集/檜垣 優香(プレスラボ)・齋藤 裕美子)