個人の生き方が多様化する時代、組織側の心構えは―『いつかティファニーで朝食を』(2)

マンガを介したコミュニケーションが生まれる状況をつくることを目的に活動しているユニット。小さな複合書店『マンガナイトBOOKS』の展開に加え、レビューや論評などの執筆活動、ワークショップの開催を行っている。本連載は、「『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方」(集英社)を共著した代表の山内康裕(監修)と、いわもとたかこ=bookish(執筆)が担当する。

個人が新しい環境に挑戦する時代の組織の在り方とは
人材の流動性を支えるために、組織が整えるべき制度
意図しない個人の状況の変化に、どのような備えを用意できるか

マキヒロチさんのマンガ『いつかティファニーで朝食を』(新潮社)を題材に、作品に登場するキャラクターの生き方や考え方を追うことで、これからの個人が活躍しやすい組織づくりを考えるヒントを探るこの連載。第1回では、個が生きる組織づくりに必要な考え方をご紹介しました。第2回では、新しい環境に挑戦するキャラクターの行動をなぞりながら、彼らを引き付ける組織づくりに必要な考え方をご紹介します。

【作品紹介】『いつかティファニーで朝食を』(マキヒロチ/新潮社)

都内のアパレル企業に勤める佐藤麻里子を中心に、恋愛や結婚、仕事に悩む人々を描く作品。選択肢が増え、先が見えにくくなった今を生き抜こうとする人々の考えや姿勢を、思わず食べたくなるおいしそうな朝食と共に描き出す。タイトルは名作映画『ティファニーで朝食を』にちなむ。

個人が新しい環境に挑戦する時代の組織の在り方とは

『いつかティファニーで朝食を』では、アパレル企業に勤める麻里子の他にも、多くのキャラクターが登場します。彼らの中には、それまでの仕事を辞めて新しい仕事に挑戦する人も少なくありません。一人は麻里子と同じ企業に勤めていた伊達公子。彼女は麻里子の朝食仲間でもあります。大学で文学サークルに所属し、ずっと本が好きで、好き過ぎて距離を置こうとしたものの「やっぱり本から離れられない」と思い至り、会社を辞めて書店を始める決意をします。もう一人は麻里子の友人の阿久津典子。東京での仕事を辞めて実家の事業を手伝っていましたが、高校時代に抱いていた「留学したい」という夢を思い出し、ニューヨークへ語学留学に行きます。

個人が新しい環境に挑戦する時代の組織の在り方とは

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第13巻より)

企業としては採用や教育にお金をかけた以上、簡単に社員が辞めてしまっては困りますし、引き留めたいと考えるでしょう。一方、個人からすれば、今自分が働いている組織がずっと存在する保証がない以上、自分でキャリアを考え、それに向けて進んでいく必要があります。社会の変化が加速し、かつてのように一つの組織にいれば安泰とは言えなくなった今、個人が自分の好きなことのために挑戦していく流れは止められません。

この動きへの一つの回答は、会社側が挑戦を奨励し、自分の組織の成長に取り込むこと。これをうまくやったのは、株式公開時のGoogleです。社員の就業時間の20%を既存の仕事ではなく、将来のGoogleの利益となる活動に充てるよう促した結果、これがGmailやAdSenseといった、今のGoogleの成長を支えるサービスの開発につながりました。『サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』(チャディー・メン・タン/英治出版)によると、書籍の基になったGoogleの研修制度も、この「20%ルール」の中で開発されたそうです。

社員の新たな挑戦を自社の成長のためにつなげる」という仕組みは、もっと考えられてもいいのではないでしょうか(もちろん就業時間の管理や報酬制度の整備は不可欠です)。

もう一つは、組織のメンバーが将来に向けて自分の道を開ける機会の提供です。

社会が大きく変化する中で、ビジネスパーソンは技術や経営、組織内のコミュニケーション、あるいは幅広い分野で常に最新の動向を知ることが求められます。業務を進める上で不足していると考えた分野を、個人的に学ぶことも求められるでしょう。それを「業務時間外にやるべきだ」と突き放すことは簡単ですが、そうした組織は成長余地のある個人に見限られます。時間・資金ともに、組織による個人の成長の支援は不可欠になりつつあります。前出の典子の場合、ニューヨークでの語学留学を経て、最終的に奈良で友人が立ち上げたゲストハウスの運営に関わることになります。彼女の場合は夢のために踏み出した一歩が、最終的にキャリア形成につながったわけですが、これが一組織の中でできれば、個人・組織の双方にとってメリットは大きいでしょう。

人材の流動性を支えるために、組織が整えるべき制度

人材の流動性が高まりつつある今、どのように制度を整えても組織を去る人はいます。逆に、新たに組織のメンバーになる人もいます。『いつかティファニーで朝食を』でも、麻里子の勤めるアパレル企業に転職してくる人は少なくありません。その一人が菅谷浩介。やりたいことがあるため、いろいろな所で勉強しようと、ほかのブランドから移ってきます。

違う組織から人が移ってくるということは、新しい考え方や見方が入り込むということ。作品の中でも、菅谷はクリスマスシーズンのために展開する販促キャンペーンの会議で、前年のものを踏襲しようとする麻里子に対し、「お客さんのことを考えているのか」と指摘します。これを受けて、麻里子も好きな仕事がルーティーンワークになっていることを自覚。「人は慣れる生きもので、すぐ怠ける」とは、この時の麻里子の心境です。この後、麻里子の仕事や組織の進め方がどのように変化したかは、作品の中で明確には描かれません。しかし、新たな人材の参加が麻里子の意識を変えたように、すでに所属しているメンバーの意識を改めることにつながるかもしれません。

人材の流動性を支えるために、組織が整えるべき制度

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第3巻より)

一方で、新たな人材の流入が限られているのであれば、現在所属するメンバーに「外」へ出てもらう方法があります。一つは副業。個人の興味や余裕に依存するところはありますが、本業に活きる考え方やノウハウを得られる可能性があります。むしろ、あらゆる産業や職種の人に、新たな市場開拓やクリエイティブ、生産性の上昇が求められる今、メンバーが自分の所属する組織とは違う考え方や方法を実践する人と接することは、個人にも組織にとっても貴重な機会となります。大きな収入にならなくても、専門的な知識で非営利組織などを手助けする「プロボノ」という仕組みもあります。

こうした流動性を支えるには、人の出入りや行き来を後押しする制度が必要です。たとえば、転職者/新卒採用、副業経験者/未経験者の区別なく、誰もが成果で評価され、給与水準や昇進などが決まること。また副業の場合は、労働時間の管理や機密情報漏洩の防止、競業禁止など、適切なルールづくりが必要なことは言うまでもありません。しかし、組織と個人にとってよい仕組みが設計できれば、常に新しい考え方やノウハウ、トレンドを取り入れられる組織へと成長することにつながります。

意図しない個人の状況の変化に、どのような備えを用意できるか

個人の置かれた状況の変化は、前述のように前向きなものだけではありません。主人公の一人である麻里子は、物語の終盤で子宮筋腫になったことが発覚します。物語の序盤では転職を思いとどまった彼女ですが、病気をきっかけに退職する道を選ぶことになります。

意図しない個人の状況の変化に、どのような備えを用意できるか

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第11巻より)

組織としては、「体調管理は自己責任で」と言いたくなるかもしれません。しかし、どんなに注意深く生きていても病気になることはありますし、本人ではなくても、家族や親しい人が病気や介護などでケアが必要になったりすることは、現実社会でも誰にでも起こりうるのです。本人が意図せずとも、個人を取り巻く状況が変化することは、もはや珍しいケースではなくなっており、他人事として考えず、「いつか起こり得る未来」として想定しておくことが必要です。

一方、麻里子の友人の一人・那須栞は結婚し、子どもができたことをきっかけに退職したと描かれます。栞はしばらく専業主婦をしていましたが、保育所などを利用しながら、経理を手伝ってきた夫の会社でマネージャーとして復帰します。当初は仕事がないことに戸惑うものの、自分から働き掛けることで、自分の居場所をつくっていく。この作品では、女性側の動きとして描かれましたが、結婚や子どもができるとそれまでの生活が変わる状況は、今の時代では男女問わず考えられることです。さまざまな生き方をしたいと考えるメンバーを受け入れ、それぞれに対応できる体制を整えておくことが求められます。

【まとめ】

新しい挑戦を含め、各個人がやりたいことを見つけて、その道を進んでいく時代。あらゆる組織は、こういった動きに対応することが求められています。「退職者が多い」「転職者がなかなか長続きしない」と考えているのであれば、辞めた人に何が問題だったかを聞き、一つ一つ見直していくことも必要になるでしょう。

(文/bookish、企画・監修/山内康裕)