それ、間違ってない?社員を成長させる「やる気スイッチ」の正しい入れ方
キャッチーなTVCMでおなじみの個別指導・学習塾『スクールIE』などを展開し、子どもの「やる気」を引き出すことを企業理念とする、株式会社やる気スイッチグループ。2017年の「第二創業」を機に、社員の人材採用や育成にも企業理念を活用し、会社の中長期的成長を担う人材を自ら育てる方向へ大きくかじを切っています。同社ならではの「人材を育てる」ための手法と、社員の「やる気」にスイッチを入れる方法について、人材開発部部長・開大輔氏(以下、開氏)にお話を伺いました。
ハードルを乗り越えた喜びが「やる気」につながる
開氏:「受験やテストの点がすべてではない。子ども一人一人のよいところを伸ばしていくことが大事」ということが、最近はよく言われるようになりました。私たちは創業以来、「個を育む」ために、子どもたち一人一人の強みをしっかりと見つけて伸ばすことと、成功体験の積み重ねで自信とチャレンジ精神を持ってもらうことを大切にしてきました。勉強もその手段のひとつだと考えて運営しています。創業時から変わらずに受け継いできた考え方が時代の流れにマッチしてきて、今は追い風になっていると感じています。
勉強は単に受験合格やテストで高得点を取るための、知識やテクニックを習得することが目標ではありません。学ぶことを通じて、子どもたちが自分自身で考える力や決断力、困難を乗り越えていく力を身につけることが大事です。それこそが社会で活躍するために必要な力だと考えています。
開氏:社内に「やる気の科学研究所」というシンクタンクがあるのですが、個別指導学習塾『スクールIE』やスポーツ教室『忍者ナイン』、英語で預かる学童保育『Kids Duo』といった弊社ブランドの現場で実践してきた「やる気」のメカニズムを解析し、「やる気理論」とする試みを行いました。
「やる気スイッチ」を入れる基本は、「できた!」という成功体験に触れさせることです。達成した喜びを感じることがポイントですから、まずは強制的でもよいので、目の前の課題をやらせることです。頑張ればなんとかクリアできる目標や課題を与え、それが達成できたときに「快」が得られることを「事後性」と呼んでいます。その事後性を繰り返し体験することで、「もっともっと」と自ら求めるようになることを「過剰性」と呼び、この状態になると自分で自分の「やる気スイッチ」を入れられるようになっていきます。
成功体験は小さいことで構いません。小さい成功体験でも「頑張って自分でできた」という達成した「喜び」を感じることがポイントです。それをできるだけ多く繰り返し体験してもらうこと、体験させることで、確実にやる気にスイッチが入ります。人は簡単にできるようになると飽きてきますので、伸びた能力に合わせて、今までよりも少し難しい問題を与えるようにします。今までよりも難易度は上がりますが、達成できたときにしっかりと認めてあげることで、承認欲求が満たされます。これを繰り返すと、「もっともっと」と自ら率先して課題に挑戦するようになっていきます。こうした理論に基づいたやり方を通じて、自分で考え、自分で決めて、そして行動できる人に育てていこうとしているわけです。
開氏:子どもでも大人でも、やる気にスイッチを入れるメカニズムに大差はありません。社員が課題をクリアしたときに「できた」という成功体験が得られること。そして、できたときには上司や同僚から認められること。この2つの環境を整えることが、社員のやる気にスイッチを入れるポイントになります。
一人一人の個性や能力を把握し、適切な目標を設定し、クリアする成功体験を繰り返すことで自信とチャレンジ精神を持ち、結果として「自分で考え、自分で決めて、そして行動できる人」になります。今のように時代がめまぐるしく変化していき、予測不可能な出来事に突然見舞われるような社会では、正しい答えはひとつではありません。今後はますます正解が一つではなくなる世の中になるでしょう。
弊社が全力をあげて培ってきた「自らが決めた人生を自らの足できちんと歩む力」と「自ら正解をつくっていける力」を持った子どもたちを育てるためのノウハウは、ビジネス社会の大人にも応用できる方法なのです。
短期的ではなく、中長期的に成果を出せる人材を採用する
開氏:はい。私もそうですが、企業理念に共感し、もっとこのサービスを世の中に広めたいと考えて入社しました。また、実際に理論が正しいと思うからこそ、自分の子どもを弊社ブランドの塾に通わせている社員も多くいます。
しかし、以前から企業理念への共感や価値観を最重視して採用を行っていたかというと、そうではありません。以前は退職による欠員や空いたポストを補充するための中途採用が中心でした。目先の労働力を確保するための採用だったのです。また、社員教育においても「やる気理論」を活用してきたわけではありませんでした。これでは、社員を成長させることも、組織の成長を中長期的に考えることもできません。
そこで2017年の第二創業のタイミングで「内なる理念の実現」を会社として掲げ、顧客である子どもたちに対してだけではなく、サービスを提供する社員も弊社の企業理念を実現するために、あらためて採用や社員育成のあり方について見直しました。採用を目先の労働力としてではなく、企業理念をともに実現する仲間にしていこうと、新卒採用にも力を入れました。おかげさまで非常に魅力的な学生を採用できていますし、今後にとても期待しています。彼らを起点とした中長期的な組織成長の手応えも感じていますので、採用数もさらに増やしていく予定です。
やる気スイッチグループは「人を成長させる」ことをサービスとして提供している企業だからこそ、社員教育にもこのメソッドを活用し、他のどの企業よりも「社員を成長させる」ことで、中長期的な成長を実現したいと考えています。
開氏:企業理念は、言葉で説明しただけでは浸透しません。入社時の研修では、社長から直接企業理念を語ってもらうことから始めました。会社の企業理念を記入したカードを「理念カード」として配布し、朝礼などで唱和を行うなど、事あるごとに企業理念を共有する機会をつくっています。また企業理念を浸透させ、日々の行動レベルに落とし込むために、明確な行動指針を設定しました。まずは社員に求める行動指針として「OPO」というものを設けました。OPOとは、「Open(オープン)」「Positive(ポジティブ)」「Ownership(オーナーシップ)」の頭文字です。
「Open(オープン)」とは、悪いことや報告しにくいことも隠さずに共有して、すみやかに問題解決に取り組むこと。「Positive(ポジティブ)」とは、成功するために失敗を恐れず、前向きにチャレンジすること。そして「Ownership(オーナーシップ)」は、業務の意味や目的を自分で考えて行動することです。
この3つは第二創業以前も大事にしてきたことではあったのですが、あらためて明確な言語化と共有を行ったのです。言語化することで、個人や組織が「OPOに沿っているかどうか」を基準にコミュニケーションをとることができるようになりました。メンバーマネジメントにおいても業務スタンスの共通言語になりますので、たとえば何か組織として決めたことに対してメンバーが後から裏で文句を言うような行為があったとすると、「それはOPO的にNGだよね」と言えば伝わります。このケースでは「きちんと自分の意見を言うこと。その意見は目標を達成するためにポジティブなものであること。そしてみんなで決めたことに対してはきちんとオーナーシップを持ってコミットすること。このようにOPOでは求めているんだよ」と言えば伝わります。
会社として大事にしたいスタンスを3つに絞り込んで明確にしたことで、社員全員が理解して忘れずにいられる行動指針として活用できるようになっています。
開氏:人事制度をリニューアルしました。その際に、社員として大事にしたい4つのコアコンピテンシーを新たに定義しました。それは「顧客満足」「チームでの成果最大化」「生産性向上」、そして先ほどの「行動指針(OPO)」です。やる気スイッチグループの全社員は常にこの4つを大事にしてもらいたいので、成果による評価とは別に、このコアコンピテンシーを満たせているかどうかを、昇降格の評価基準としています。「行動指針」はすでに紹介した通りですので、残りの3つを説明します。
「顧客満足」は、現場スタッフはもちろんのこと、間接部門のメンバーにも、顧客である子どもたちの成長を意識して業務に取り組んでもらいたいですし、そのために最前線で働く現場スタッフを「第二の顧客」と見立ててサポートすることを求めるものです。全社員が目の前の業務を単なる作業としてとらえるのではなく、顧客満足のために行動できるよう、入社時や入社後も定期的に現場に触れる機会を研修として設計しています。
「チームでの成果最大化」は、「自分や自分の組織さえよければOK」という個別最適の考え方ではなく、全体最適の観点で行動することを求めるものです。自分の組織においては、組織の成功循環モデルとなる「関係の質」を高めることを大事にしてもらうことで、成果を出すための強いチームとなることを目指してもらっています。会社組織は仲良しクラブではないので、よい成果を目指した激しい意見交換があってもよいと考えています。同じ目標に向かって、自ら考えた最適な方法を、互いに安心して言い合える組織であってほしいと思いますし、そんな組織をつくるために、コンディションを測定するサーベイ(ツールを使用した検査)も定期的に実施して、組織改善につなげています。
「生産性向上」は働き方改革ともリンクするのですが、非効率な作業による長時間労働を評価するのではなく、より少ない費用(時間やお金)で高い価値を生み出す仕事の実現に向け注力するために設定しています。本来、同じ成果であれば短い時間で実現する方が価値は高いはずですが、既存の仕組みだとゆっくりと作業して夜遅くまで残業する方が高い報酬が得られることになっていました。このような生産性をきちんと評価して昇格条件とすることで、生産性の高い人が報酬面でも報われるようにしました。また単にコストカットを目指すのではなく、どれだけ高い価値(特に顧客満足)を生み出せるかに取り組むことで、収益性の高い事業を実現します。それが結果として給与水準を向上させ、よりよい人材が集まる会社にしていきたいとも考えています。
この4つのコアコンピテンシーに対する評価を成果評価と組み合わせることで、短期的な目先の成果ではなく、中長期的に再現性高くチームで成果を出せる人材を目指してもらいます。
「PLに責任をもつ」ことで社員が主体的に育つ
開氏:教室で子どもに行っている教育方法と同様に考えています。頑張ればクリアできる適切なハードルを設けて、それを達成してもらいます。具体的に取り組む課題は、教室(店舗)運営です。教室運営は必須の経験だと考えているので、早い段階からPL(Profit and Loss Statement/損益計算書)について学んでもらいます。世の中には「教育で儲けてはいけない」という意見もありますが、よいサービスを提供し続けるためには、よい人材が絶対に必要であり、そのためには企業として健全に収益力を高めることが重要です。社員教育ではそのスキルや知識を磨いてもらうことに力を入れています。
ちなみに教育業界で健全に収益力を高めるためには、サービス業の基本と同じで、どれだけお客さまに満足してもらえるかが非常に重要です。お客さまがサービスに満足するから、その対価として収益が発生しているわけです。それを一過性のものではなく、長い時間軸で持続し続けるためには、日々の教室運営のクオリティをどれだけ高めるかにかかってきます。「PLに責任を持つ」ことで、その商売の基本に気づくことになりますし、強いオーナーシップが芽生えます。オーナーシップが芽生えると、教室運営すべての業務が自分事になるので、あらゆることを主体的に考えて行動するようになり、成長も加速していきます。
開氏:会社の成長に比例して教室も増えていますので、その現場で活躍する人材を中心に中途採用を増やす予定ですが、採用する人材には今まで以上にこだわっていきたいと考えています。よい教室をつくれるかどうかは、何と言ってもその教室を運営する教室長にかかっています。もちろん商圏や立地、そして実際に授業を行うスタッフによってサービスレベルが左右されるのは事実ですが、スタッフをマネジメントして育成する役割は教室長です。教室運営は教室長の影響が最も大きいと考えていますので、最も注力すべきは最適な教室長を採用して育成していくことになります。
教室長の中途採用ではどこにこだわるかというと、新卒と違ってある程度の社会人経験やスキルをチェックするものの、会社や事業のことをよく理解してくれて、好きになってくれる人を採用したいと考えています。企業理念に共感し、それを一緒に実現したいと本気で考えてくれることが最も重要です。そのうえで、人間性と成長意欲が高いかどうかを見ます。
教室長という仕事は経営者になるようなものなので、求められるスキルや知識が多岐に渡りますし、常にアップデートが必要です。最初から全ての要素を持ち合わせた人はいませんので、入社後もしっかりと育てていくことを前提に考えています。中途入社の人材を育てていくにあたり、ポイントだと思われる資質は、素直に学ぶ謙虚な姿勢と、まだまだ成長したいという意欲です。中途採用者のなかには、社会人経験があることで素直に学ぶことができず、自ら成長を阻害している人もいます。謙虚に先人の教えを受け入れられる素直さは、成長スピードを速める重要な要素だと実感しています。
もう一つの成長意欲は、私たちがサービスとして子どもたちの成長を支援しているのですから、そのサービスを提供する社員自身が成長していく人であってほしいと考えています。そのために弊社は「やる気理論」を活用した人材育成の機会を用意しているのですが、本人の「成長したい」という意欲がどれくらいあるのかも重要です。新卒でも中途でも、今後はやる気スイッチグループの中長期的な成長を担う人材を、自分たちで育てていきたいですね。
取材後記
やる気スイッチグループが、第二創業を境に取り組んだ「目先の労働力を確保するための採用」からの脱却は、多くの企業が抱える課題でもあります。課題解決のためには、まず社員のやる気やモチベーションを持続させること。これが結果的に「中長期的に成果を出せる」ことにつながると開氏は語ります。大人も子どもも隔てなく、やる気にスイッチを入れる「やる気理論」。社員教育として活用し、抽象的で難しい「企業理念の浸透」を実現する同社の手法は、企業が人材の採用・育成を考えるうえで、ひとつのヒントになるのではないでしょうか。
取材・文/磯山友幸 EJS、編集/d’s JOURNAL編集部