働き方改革で一番成長できるのはワーキングマザー。その理由とは――

サイネオス・ヘルス・コマーシャル株式会社

ダイバーシティプロジェクト マネージャー
リソーシング
コマーシャル ソリューションズ
吉岡 茜(よしおか あかね)

プロフィール

グローバルCSOであるサイネオス・ヘルス・コマーシャル株式会社(東京都中央区/日本法人代表者:セバスチャン・バザー)は、性別・年齢・国籍などを問わずすべての人が働きやすい環境づくりをめざした「ダイバーシティ・プロジェクト」を推進している。同プロジェクトのリーダーを務める吉岡茜氏には、昨今国内で注目されている女性活躍推進に関するポイントを業界の現状と絡めて伺った。一度職場を離れた人でも復職が可能な、女性が働きやすい環境づくりの活動に迫る。

施行された「女性活躍推進法」。本当に推進しきれているのか

「女性が活躍できるよう積極的に採用したい」
「女性管理職の比率を上げたい」
「女性の定着率を改善させたい」――。

このような悩みや課題を持つ企業や組織は少なくない。その理由の背景には、2016年4月に施行された「女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)」(※)がある。現在、従業員が300名以上在籍する企業は、全国に約1万6,000社(内閣府・厚生労働省「女性活躍推進法の施行状況及び各府省等の女性活躍状況について<令和2年7月1日>より」)。うち女性活躍推進法に基づく情報公表事項を掲載できる「女性の活躍推進企業データベース」へ女性の活躍状況を公表している企業数は10,645 社。約60%にあたる企業が女性活躍を推進するための実施計画を進めていると言われている。ところが実際に女性活躍の環境を十分に整えられた企業は決して多いとは言えないのが現状だろう。(※)常時雇用している労働者が300人未満の企業は努力義務

そんな中、製薬・医療機器企業を中心に医薬品販売受託業務(CSO)や医療機器企業向け営業チームの編成とその提供を行うサイネオス・ヘルス・コマーシャル(以下、サイネオス)は、独自の研修制度による育成環境や、女性などのキャリアアップを支援する「ダイバーシティ・プロジェクト」などで、持続的な成長をバックアップする環境づくりを推進している。

もともと北米本社を中心とした世界中に拠点を置くグローバルヘルスケア企業だけあり、女性の活躍やダイバーシティに対する意識は極めて高く、日本法人内にもプロジェクト推進のための専属チームを設立。その筆頭となるプロジェクトリーダー吉岡茜氏(以下、吉岡氏)のもとで、自社の女性社員が躍進するためのさまざまな施策を進めている。特に、働き方や勤務地に制限のあるワーキングマザーMRや、離職によりブランクのある元MRなどのために支援環境を整えているのだ。本稿では吉岡氏に、女性MRが今後の社会で活躍するためのポイントや、自身が携わってきたプロジェクトの内容とその歩みなどを紹介してもらおう。

製薬業界が推し進めているデジタル化とダイバーシティ推進に“ママさんMR“の相性が良い理由

吉岡氏

――「ダイバーシティ・プロジェクト」の概要と立ち上げの背景を教えていただけますか
吉岡氏:2020年1月に、日本法人代表のセバスチャン・バザー直下のプロジェクトとして立ち上げ、3月より本格的に始動しました。現在、日本では「女性活躍推進法」の改正もあり、女性活躍を推進する動きは多くの業界で高まっています。政府の「働き方改革」の推進もあり、製薬業界も同様に、以前と比べるとライフイベントを機に離職する女性MRは減ってきています。一方で、物理的な要因で離職を余儀なくされる女性MRがいることも否めません。

また、女性MRの採用が始まった20年前に入社した社員達の中には、当時のMR業務では出産後に働き続けることが難しいと考え離職した方が多くいます。かつて離職を余儀なくされた女性の中で、いま、もう一度MRとして復職したいと考え、仕事と家庭の両立を目指す方が増えてきています。しかし、そういった女性にとって、離職していた間のブランクは復職への大きなハードルとなります。

ダイバーシティ・プロジェクトはそういった女性の後押しをするために立ち上げられました。いわゆる“ママさんMR”の活躍の場を増やし、雇用の機会を提供していくことをミッションとしています。昔MRとして働いていたものの、結婚、育児や介護のなどのタイミングで辞めてしまった方々を呼び戻し、再びMRとして活躍していただこうという趣旨です。サイネオスを退職した方や、他社でMRとして活躍していたものの離職してしまった方も対象にお声掛けしています。

ただし時短勤務への対応、人事の評価制度などさまざまな課題をクリアしないことにはワーキングマザーに活躍してもらうことができません。活躍していただくために、当社の各部署やセクションに向けて横断的かつ積極的に動きかけています。まだまだスタートしたばかりのプロジェクトですので、やるべきことは満載です(笑)。

代表のセバスチャンからは、「このプロジェクトは半年や1年で形になるものではない。中長期的にじっくり取り組むように」と言われています。私もその趣意に同感しています。理想は、ワーキングマザーだけでなく性別や年齢にとらわれない本当のダイバーシティを、このサイネオスの環境で実現することですから。今後はさらに多くの女性MRを採用したいと考えています。

――コロナ禍により業界問わず働き方が難しくなっています
吉岡氏:実は私はまったく逆のことを考えています。「withコロナ時代」となり、出社することなく働けるリモートワーク制度の普及など、いわゆるDX(Digital Transformation、以下 DX)化により、ワーキングマザーにとっても時間の効率化という観点では働きやすい環境に変わってきていると思っています。

というのも、ヘルスケア業界でもオンラインコミュニケーションツールの普及が現在急拡大しています。それに伴いMRの働き方もこれまでのFace to Faceメインのコミュニケーションスタイルからオンラインを取り入れたものへとシフトしつつあります。つまり現在のMRには、オン・オフに関係なくシームレスにコミュニケーションをとることができるスキルが求められているのです。セミナーを実施すると、デジタル化の加速によりMRが不要となってしまうのではないでしょうか、という相談を受けますが、私たちはむしろ、MRが、デジタルを含めた数多くのコミュニケーションツールをコーディネートする中心的な役割となると考えています。

15年ほど前でしょうか、当時は製薬業界未経験のMRが製薬企業で多く採用されていました。異業種からもたらされる枠にとらわれない発想やスキル、知見が求められていたのです。そして現在、オンラインコミュニケーションに対するリテラシーがあり対応力の高い、従来のスタイルとは一線を画した、MRの存在がにわかに求められるようになりました。それは働くママさんにとっても相性が良いもの。オンラインコミュニケーションツールの活用は、時間的効率性を重視するワーキングマザーたちの志向性と働き方にとてもマッチしていると思います。過去に未経験MRが業界に新しい風を吹きこんだ時と同様に、今度はITリテラシーを兼ね備えたワーキングマザーが新たな風を吹き込む存在になると考えています。

ワーキングマザーMRに活躍してもらうため、どのようにサイネオスに集まってもらうのでしょうか

――ワーキングマザーMRに活躍してもらうため、どのようにサイネオスに集まってもらうのでしょうか
吉岡氏:まず私がプロジェクトリーダーに就いて最初に行ったことがあります。それは、女性MR、特に育児中の女性がどういう思いで日々働いているのか、あるいはどのような理由で離職せざるをえなくなってしまうのかなどを調査することです。それを調べるためのアンケートを実施しました。そこで主に以下のようなことが分かってきたのです。

・MR女性の9割がライフイベント後も働き続けたいと考えているものの、現実は叶えられていない
・離職するケースの最大の理由は、配偶者の転勤が原因(配偶者と別居したくない)
・家庭の事情を直近のリーダーや上司に共有しづらい(人事評価に関わるため)

これらの課題解決こそが当社の女性活躍推進のキーワードだと見極め、それを解消するための施策や啓蒙のためのワークショップなどを企画していきました。またワーキングマザーに限らず、働き方や就業場所を制限せずに活躍できるリモートMRをトレーニングにより育て、気持ちよく活躍してもらうための環境づくりも推進中です。

当社では、リモートワークに対応したソリューションとして、欧米の経験とノウハウを生かし、CMRとリモートツールを組み合わせたハイブリッドモデルを構築し、日本の実情に合ったソリューションに変革したサービスの提供を図っています。このハイブリッドモデルでは、MRがコーディネーター役として、コミュニケーションの中心的な役割を果たすため、リモートに対するリテラシーや対応力を高めるトレーニングを実施しており、そのトレーニングの内容は、世界各国で見出したベストプラクティスを集約させたものとなっています。

さらに採用体制も見直し、求人票以外からのチャネルも用いて採用を計画中です。例えばオウンドメディア、LINEやFacebook経由での採用。社員に人材を紹介してもらう紹介制度も進めています。ほかにも育児中でMR資格をお持ちの女性に向けたWebキャリアセミナーも実施。講師は、株式会社ルバート(千葉県船橋市)の代表取締役 谷平優美さん。自らもママさんであり、時短ママ戦略活用アドバイザーや育休後アドバイザーといったいくつもの肩書をお持ちの方です。どうやって働きながら育児や介護をして、その後のキャリアをどう考えていくかなどをお話してもらいました。

そうした活動の甲斐もあり、まだ数人ですが、お子さんがまだ0歳や1歳児を抱えるママさんにMRとして復職してもらい、時短勤務で活躍されるケースも実際に出てきました。

――ワーキングマザーにとってのサイネオスで働くメリットは何でしょうか
吉岡氏:前述の取り組みと重複するところがありますが、まとめますと以下のような点が当社の強みだと考えています。

・離職によりブランクがある方でも安心して入社できるような研修制度の充実
・初任地だけでなく、住居エリアに関わらず活躍できるように配属先を可能な限り考慮
・時短MRとしての就業も可能
・ワーキングマザーが復帰しやすいイベントやワーキングマザーMRの社内コミュニティーがある

特に、ワーキングマザーMRには一人ひとり家庭の事情をヒアリングして、クライアントの提示する条件といかにマッチできるかを細かくフォローしていることが特徴です。当社にも多くのいわゆる「ママさんMR」が在籍していますが、それぞれの家庭の事情は千差万別です。

当社はこうした家庭の事情について、きめ細かく確認していきます。例えば、お子さんは何歳ですか?保育園は何時までに迎えに行かなければいけませんか?旦那さんは協力的ですか?18時以降の終業は可能ですか?などです。もちろん面談ではストレートに聞いてはいけないことも多いですが、ヒアリングする背景を伝え、理由を説明すると協力していただけることも多い。これらのことをしっかりコミュニケーションすることで、ワーキングマザーが復職しやすく、かつストレスなく働ける環境を実現できるのです。

サイネオスのフォローとクライアントの受け入れ体制の温度感はいかがですか

――サイネオスのフォローとクライアントの受け入れ体制の温度感はいかがですか
吉岡氏:当社では、サイネオスの直属の上司が冷静に、きめ細かくフォローしています。何より社員には女性活用に対する理解のある方が多い。というのも、北米本社では女性社員の比率が高くダイバーシティがとても進んでいるからです。「Diversity, Equity and Inclusion」といったタイトルのメールやトレーニングの受講が頻繁に行われているような社風ですので、どうしても意識せざるを得ないわけですね(笑)。

過去には、MR業界では女性は使いづらいと思われ、男性優位の風土が根強く残る製薬企業も多くあったかもしれません。しかし、昨今はコミュニケーション能力に長けた女性MRが多く活躍する製薬企業が増えてきており、「ママさんMR」を寛大に受け入れてくださる企業様も少なくありません。今後ワーキングマザーMRが活躍することで、徐々に業界ひいては日本全体でも気づきが生まれてくるのではと期待しています。そうなると、いまよりもっと女性MRの活躍の場が増えていくと確信しています。

――今後のご自身の活動やサイネオスとしての展開を聞かせてください
吉岡氏:プロジェクトのビジョンであり、私の目標でもある「眠っている人材=仕事していないママさん」がもっと活躍してほしいと思っています。繰り返しになりますが、いま現在彼女たちが活躍しきれていない大きな要因は、やはり配偶者の転勤による勤務地問題だと考えています。しかもMR同士の夫婦は意外と多く、ご主人の転勤先についていくため、女性の方が離職せざるをえなくなり、その時々の居住地でパートなどに従事するケースが往々にして発生しています。

特に乳幼児のお子さんがいるママたちは、今は目の前の育児のことでいっぱいいっぱいだと思います。でも、少しリラックスして、10年後、20年後の自身のキャリアを考えてみてほしいんです。お子さんが中学生以上になると、たとえ旦那さんが転勤となっても、学校の問題などから「単身赴任でいってらっしゃい!」となる方もいらっしゃいます。お子さんに手がかからなくなった時、自分自身はどうなっていたいか、ご家族とどういう生活をしていたいか、について考え、お子さんが小さい今から、将来のキャリアを見据え、その時の準備をしておいてほしいと願っています。

当社は柔軟な採用を行い、ワーキングマザーMRを多く受け入れられるよう体制を整えています。例えば、旦那さんの転勤で居住地を転々としているため正社員になることをためらっている方にも入社してもらうといったことです。雇用形態を契約社員から正社員へと変えられる制度もあるため、居住地が安定したタイミングで正社員として雇用形態を変えることも可能です。また、キャリア形成についても、製薬企業でキャリアアップを目指したい方、派遣MRとしてキャリアを積んでいきたい方など、それぞれの希望に合ったキャリアをサポートしています。将来のキャリアを具体的に考えることで、ご本人の働くモチベーションを高められると考えています。当社が先行してそのような方々のキャリアプランを示すことによって、業界にとっても、働くすべての人にとっても希望が持てるのではないかと確信しています。

現在、専属でプロジェクトに携わっているのは私一人ですが、その趣旨に理解を示す仲間がもっともっと増えていき、ヘルスケア業界全体が元気になってもらえたら、これほど嬉しいことはありません。

今後のご自身の活動やサイネオスとしての展開を聞かせてください

【取材後記】

ダイバーシティが当たり前となりつつある時代において、私たちはどんな人材戦略を打ち立てるべきなのか。女性推進を阻む課題を顕在化させ、日本の労働市場の問題にも密接に関わるプロジェクトに真っ向から挑むサイネオスと吉岡氏。MR業界に限らず、DX化によるリモートワークなど私たちの働き方が変わりつつあるいまだからこそ、ワーキングマザーの在り方について、その理解とともに本気で考えていくべきではないだろうか。

取材・文/鈴政 武尊、編集/鈴政 武尊

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