エイチーム式、採用ブランディングとオウンドメディアの運用術。双方向コミュニケーションが、既存社員の意識をも変えていく

株式会社エイチーム

社長室 コーポレートPRグループ
安藤 春香

プロフィール

2020年はコロナ禍におけるあらゆる社会や経済体系の在り方が変わった。企業はニューノーマルに対応すべくオンラインコミュニケーションなどを駆使したさまざまな変革が成されてきた。日常生活に密着したWebサービスやスマホ向けゲームなど、インターネットを軸に多様な事業を展開する総合IT企業である株式会社エイチーム(愛知県名古屋市、代表取締役社長:林 高生)も、ニューノーマルに対応する新しい働き方など、革新的動きを果たす新進気鋭の企業。今回は、同社の社長室 コーポレートPRグループ 安藤春香氏(安藤氏)に、採用ブランディングやオウンドメディアの活用テクニック、これからのコミュニケーションのあり方などを聞いた。以前の安藤氏へのインタビューは、こちらから。

ヒット作やサービスを多数リリースし改進するエイチーム

エイチーム。日常生活に密着したWebサービスやスマートフォン向けゲームやアプリなど、多様性に富んだ事業を展開する総合IT企業だ。主とする事業は3つ。人生のイベントや日常生活に密着した比較サイト、および情報サイトの企画・開発・運営をする「ライフスタイルサポート事業」。ゲームやツールなどのアプリケーションを企画・開発・運営する「エンターテインメント事業」。そして自転車専門通販サイトなどの企画・開発・運営をする「EC事業」である。

それぞれ「引越し侍」「Hanayume(ハナユメ)」などの比較・情報サイト、「ヴァルキリーコネクト」、「ユニゾンリーグ」といったゲームアプリ、自転車専門通販サイト「cyma -サイマ-」、など続々と世に認知されるコンテンツを生み出し続けている。これらのアプリやサービスを利用した読者は少なくないだろう。

同社はグループ経営戦略として、特徴の異なる複数の事業を並行して手掛けることにより、経営の安定性を高める事業ポートフォリオを構築し、経営の安定性と高い成長性のバランスを実現している。その経営基盤のもと、既存事業の拡大と新規事業の創出によって、社会へのさらなる価値提供を目指している。

今後の人材戦略の展望として、さらなる事業領域や規模の拡大により、人材採用の強化、組織・人材の多様化に対応する必要が出てきた。人材採用を強化したことにより、社員数はこの数年で467名(2015年7月期)から1,106名(2020年7月期)に増加。当初は新卒採用で80~100名、中途採用では200名採用を目指していたが、2020年以降は、組織活性、社員エンゲージメント、定着支援などを重視し、採用戦略においてもその自社によりマッチした人材の獲得を追求するフェーズにクラスアップしている。同社の安藤氏はこのように説明する。


 
「2018年くらいまでは、採用におけるすべての数値を純増させようという心意気で、あらゆる『数』を追ってきました。ただし、ここにきてコロナ禍での社会的構造の変化などもあり、当社は掲げる経営理念に共感し、そしてそれに沿った人材を獲得する採用戦略を採るようになりました。具体的には社員一人一人が会社に対してロイヤリティが高い状態であり、自分がどのような価値を社会に対して発揮できるのか、そしてそれぞれが会社を代表するエバンジェリストのような動きができるようになること。これらの要素を実現できる社員を募ることとして採用広報活動にも注力してきました」。

つまり同社の事業を遂行・拡充でき得る多様性ある人材の確保である。その活路の一つとして同社は、採用ブランディングとオウンドメディアの運用に見出している。

「コミュニケーション」という考えを取り入れたオウンドメディアの活用

「まず会社が中長期の目標を達成するにあたって、持続的な企業の成長のためには多様性ある人材の確保が不可欠です。私は以前、人材開発グループに所属して、『クロスメディア戦略』(詳細はこちらから)を行っていました。メディアやツールを積極的にテスト導入し、効果実績をきめ細かく分析して、「潜在(転職未検討)層向け」「顕在(転職検討)層向け」など目的ごとにすみ分けを行い、ユーザーのタッチポイント(接触ポイント)にあわせて複合的に活用する手法です。

これは『採用ブランディング』と『採用マーケティング』ではまったく施策が異なるという考えのもと実施された戦略です。ブランディングならば認知向上やブランドの醸成がゴールとなり、マーケティングであれば人材獲得をゴールとして、そのアプローチを変えていくというわけです。

現在の私は、コーポレートPRグループに所属して、主に企業広報全般を担当し、社外へのブランディングの構築や社内外のコミュニケーションに注力しています。広報に異動する前までは人事として中途採用業務を担うかたわら採用広報の役割を担っていました。広報へ異動後は、採用候補者を企業の重要なステークホルダーと位置づけ、最適なコミュニケーション活動の促進を強化することとなりました。

そもそも採用活動は、応募から入社までの一連のプロセスだけでなく、「応募」というアクションの前に、企業の認知度を上げ、興味・関心や好感度の向上させることが大切です。ですから採用ブランディングに関しても中長期で見ていく必要がありました。採用候補者にとって魅力的な企業であり、応募喚起を高めるためには何が必要なのか。社会に対し広く企業のブランドイメージを醸成し、自社の特徴や強みなどの魅力を発信することが必要なのです。

そして、採用候補者含めたステークホルダーと対峙するのは、社員たちです。サービスをユーザーやクライアントに提供するときはもちろんのこと、採用選考官やリクルーターとして採用候補者と接します。すなわち、社員に対するインターナルコミュニケーションは言うまでもなく、社外への発信・社内への発信、そのすべてのコミュニケーションが一貫していることも重要なんです。

採用広報は、採用候補者のみに向けたコミュニケーションだけではなく、企業を取り巻く様々なステークホルダーへの情報発信が大前提として必要となります。その過程に至るまでの接点が重要であるという点、その接点を増やしていくために『採用広報』『インターナルコミュニケーション』『企業ブランドの醸成と発信』がますます重要になっていくだろうと結論付けたわけです」(安藤氏)。


 
採用は企業と採用候補者との双方向コミュニケーションであるという。インターナルコミュニケーションの側面も期待しつつ、採用サイト内にコラムという形で、自社のあらゆる情報(組織・文化・企業や人材のキャラクター性など)を発信していくメディアを立ち上げた。これを自社のブランディング活動の一環として、オウンドメディアという情報発信で、最終的に経営理念にも直結する“Ateam People”(エイチームピープル)(※)に沿った人材を獲得していくという流れにつなげたのだ。

(※)エイチームが大切にする価値観とそのような価値観を持つ人たちを定義した、エイチームが大切にしていること。上記リンク参照

情報発信についていくつかのルールを設定する

そもそも同社の求める人材はどのようにして採用ターゲットになり得るのか。このことについて安藤氏は以下のように説明する。

「当社を応援していただくステークホルダーのみなさまへ、自社を正しく理解いただく情報発信や一貫性あるコミュニケーションを意識しています。そうした意識のもと、当社の経営理念はもとより、経営戦略、人材や組織への考え方や価値観、社会へ提供する価値などを理解し、共感いただける方が採用ターゲットとなり得ると考えています。

ステークホルダーとは、株主や投資家、従業員、従業員の家族、採用候補者、顧客(ユーザー)、取引先、地域住民など、自社の活動に関わるすべての人です。サービスをご利用いただくユーザーだった方が、好感度が向上して採用候補者になることもあるわけです。つまり、エイチームのサービスをご利用いただいたユーザー様やクライアント企業、また投資家や株主様、また従業員のご家族や友人・知人は、将来いつかはエイチームの採用候補者になる『長期的な可能性』があるということ。だからこれらを視野に入れてコミュニケーションをしていくのです。

これらを包括すると、採用候補者をステークホルダーとして位置づけること、そしてあらゆるステークホルダーとのコミュニケーション活動に一貫性を持たせること、採用候補者だけへのコミュニケーションだけではく、アウター・インターナル両方のコミュニケーション活動を継続的かつ一貫性をもって実施することが大切なのだと思います」。

さらにこう付け加える――。

「先述通り、様々なステークホルダーへの一貫性・継続的なコミュニケーションを日々心掛けていますが、日々の仕事や生活の中で出会う様々な接点において、エイチームの社員である誇りを持ち、自社で楽しく働くことにつなげることが何より大事だと思います。そのワクワク感などが相手に伝わり、そして自分たちが提供するサービスが世の中の役に立っているという自信が芽生えることによって、すべてのステークホルダーがエイチームを正しく理解し、そのイメージを持っていただき、それが企業への関心や興味、好感度の向上につながると思っています。ですから採用広報においては「採用候補者を分類して選ぶ、判定する」といったものではなく、正しいコミュニケーション活動を継続することで、自社の価値観や魅力を正しく理解してもらうことを重要視しています」。

同社が日常生活に密着した様々なWebサービスやゲーム、ECサイトなど、事業領域を限定することなくインターネットを軸に多様な事業を展開することで、より良いサービスを顧客に提供し続けることを可能にして、さらに新たなビジネスを創出。世の中をより便利に、楽しく、安心につなげていく。そして、未だない新たな価値を提供することができると安藤氏は伝える。

このような考えや理想を持つ人材を必要としていることを発信するため、それを世に広く認知してもらう手段として上記のオウンドメディア(コラム)が生まれたのだ。同メディアを運用するにあたって、その発信の内容にはいくつかのルールを定めているという。その一つに「同社で働きたい」と思ってもらえるための4つの情報発信カテゴリーがある。

1.ビジョン(目標に共感してもらうことが目的)
2.商品・サービスの魅力付け(自分がどのように価値提供できるか、どういう仕事ができるかを知ることができる)
3.会社環境と風土・慣習など(どんな環境で、どの仲間と働けるのかを知ることができる)
4.福利厚生や制度の紹介(リモートワーク、女性活躍など働き方をイメージさせる)

そのポイントは、バランスよく、欠けることなく、満遍なく、情報発信できているか。そして一般的な情報を発信できているか、である。さらに、読み手に理解させるために角度を変えて発信することも心掛けているという。つまり、社長や役員、一般社員など、そのポジションや目線に合わせた情報発信である。


 
伝えるカテゴリーと発信者は以下のように分類される。例えば、中長期の経営戦略やビジョンについては事業部長クラス。タレントマネジメントや組織全般については人事やマネジメント層。事業や仕事の魅力や面白さは、様々な役割や立場の社員を話者とすることである。そして採用候補者と同じ目線で発信したいときは、内定者や新卒者のインタビューなどを取り上げるといった具合だ。これは話者の原体験を深掘っていくことで、読者からの共感を得たり、読み手のアイデンティティを確立させていくことにもつながっていくのだという。

「ITにできることを、次々と。」をモットーに、多様性ある人材が様々な事業を展開することで、経営理念として掲げる「みんなで幸せになれる会社にすること」「今から100年続く会社にすることを」の実現を目指すエイチーム。そのために多様なスキルや経験を持った人材が必要だ。そのことについて一方的な情報発信だけで伝えていくことは難しい。だからこそ、自社の展開している事業や環境のこと、社員のパーソナリティに至るまであらゆる角度から情報発信する必要性が出てくると言うわけだ。転職潜在層や顕在層に限らず、そのインサイトを引き出そうということが狙いである。

もちろん、こうした情報発信を通じての反響や、採用につながった情報(流入経路などの定量データ)などは、Webページのアクセス解析ツールなどを活用して可視化。シェアされやすいワードやポイント、応募のトリガーとなった点などを細かく分析し、採用ブランディング活動のさらなる先鋭化に反映している。

現場オウンドメディアで自社の情報を発信して、採用ブランディングにつなげる――。そして応募獲得まで順当に成功させているという同社。自社にマッチした人材採用を実現できているという現状だ。そのポイントはどのような点にあるのか。安藤氏はこのように説明してくれた。

「例えば、新卒者のインタビューを掲載したいとき、その初々しさをどのように伝えるか、とても迷います。加えて言葉選びも大事。業界に親しみがない方にいきなり専門用語を目の前に並ばせて見せても戸惑うだけです。ですから、飾らない、作らない、盛らない、の3原則に基づいて、なるべく読者と目線を合わせ、本質が伝わるように等身大の情報を発信するように心掛けています。それでも社内のさまざまな方からダメ出しをいただくので、私たちも伝え方の面でももっと成長しなければいけません(笑)」。


採用ブランディング活動が社員の意識も変えていく

採用ブランディング活動の一環でスタートさせたオウンドメディア(コラム)。運用していくうちに社内の意識も次第に変わっていったという。基本的に社員へのインタビューを実践し、その内容を掲載するというスタイルをとるオウンドメディアだが、それ自体ブランド化されていったのだ。つまりエイチームのオウンドメディアを通して、社員として世の中に何かを発信していく、という意識が社員の中にも芽生えていったのだ。

「採用ブランディングはすべての社員が関わっていく活動であり、正しく自分の所属する会社を知るということもつながっていくわけです。自社の理念や提供価値を改めて明確化して、社員およびステークホルダーに共有・浸透させる――。これはインターナル・ブランディング(英:internal branding)の考えです。インタビューで掲載したコンテンツが自社社員にも閲覧され、『あの人ってこんなこと考えていたんだ』『会社の向かう先ってこうだったんだ』など、社外に発信したものが社内に還元される。それが正しい理解やエンゲージメントの向上にも影響を与えるというわけです。とても良い循環が生まれていますね。今ではインタヒューを受けて掲載されることが社員のステータスにもなっているように感じます。コラムに取材されることが目標なんです、と伝えてくれる社員も少なくありません。一人一人が会社のことを語るエバンジェリストになったわけです」(安藤氏)。

こうした活動の中で、改めて社歴の長い社員、つまりミドル・シニア社員にもスポットが当たるきっかけにもなったという。彼らにも会社の魅力を再発見してもらうことで全体に良い影響を与えると安藤氏は伝えてくれた。

「人は入社して3~5年ほど経つとどうしても会社の悪い面ばかりが気になりはじめ、環境や制度、人に対しての不満を口にする社員が少なからずいます。本当は社歴が長い分、そんな人たちの方が会社の魅力をより理解しているはず。ですからミドル・シニアの社員の方も積極的にメディアへ登場してもらい、さまざまなことを語ってもらうのです。そうすることで、自分が会社を背負っているという自覚、自分の存在意義や価値をいま一度再発見してもらえ、そうした気づきの提供にもつながっているのです」。

【取材後記】

エイチームののオウンドメディアに込められた理念とメッセージ。それを受け取った求職者がどんどん同社に惹かれていく――。また入社したばかり社員には、オンボーディングや新人研修、メンタル面における点にまでフォローが手厚いことは一般的だろう。しかしハード面はもちろん、ソフト面でもミドル・シニア社員へのフォローを行っている組織は決して多いとは言えない。オウンドメディアの運用が単なる採用ブランディングに留まらず、自社の魅力の再発見と社員のエンゲージメント向上にも役立っているというエイチームの好例は、すべての採用活動を実践する会社や組織のお手本になるのではないだろうか。

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取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊