「ママだから」は言い訳。EP綜合式、社員定着率の劇的向上術

株式会社EP綜合

東京支店 支店長
K.A.

プロフィール

国内最大手の治験施設支援機関である株式会社EP綜合(本社:東京都新宿区/代表取締役 山本賢一)は、社員の働きやすさを追求し、特に産前産後休暇・育児休業からの復職率がほぼ100%に近い環境を実現している。同社の東京支店支店長を務めるK.A.氏に、医療業界での女性の活躍とその阻害要因、そして環境について、現場の目線を交えながら紹介していただいた。

社会貢献性の高い職種だから、是が非でも戻ってきてほしい

医薬品あるいは医療機器の製造販売に関して、法上の承認を得るために行われる臨床試験、治験。その治験をはじめ新薬開発に関わるさまざまな業務をサポートするのが、SMO(Site Management Organization/治験施設支援機関)最大手である株式会社EP綜合(以下、EP綜合)だ。東証1部上場のEPSホールディングス株式会社が親会社の同社は、業界内でシェア40%という圧倒的トップを誇る企業である。直近では、富士通株式会社(本店:神奈川県川崎市/代表取締役社長 時田隆仁)の医療機関向け治験ソリューション「tsClinical DDworks21/Trial Site」を採用し、治験などの全体最適化・効率化に向けて、品質およびスピード向上を図る取り組みを開始している。

同社は、CRC(Clinical Research Coordinator)と呼ばれる治験コーディネーターの在籍数が1,000人以上に上る大きな組織編成となっている。一般的に、治験の現場を担当するCRCは、社会的貢献性の高い職種であり、単独あるいは少数での施設常駐がメイン。さらに業界全体としては、女性の就業率も高い職種でもあることが特徴だ。ゆえに子育て中のCRCも多く、家庭の事情で突然出勤ができなくなった場合の代行対応の調整など、その進捗・スケジュール管理に苦心する傾向にある。

ところが家庭を持つ女性CRCの産休・育休からの復職率において、ほぼ100%を達成しているのが今回紹介する、EP綜合である。同社はどのような環境整備で女性CRCの働きやすさを維持しているのか。「ハード面(制度)だけでなくソフト面(メンタルや周囲の理解)も重要」と説明するのは、東京支店支店長のK.A.氏(以下、K.A.氏)。東京支店の取り組みを聞いた。


 

●まずCRCについてどのようなお仕事なのか教えていただけますか。

K.A.氏:CRCとは、医療機関において、治験責任医師・治験分担医師の指示の下、医学的判断や医療行為を伴わない治験業務をサポートします。簡単に言えば、医療機関で新しい薬を生み出すためのお手伝いをする仕事ですね。また同じ治験に携わる職種として、CRA(臨床開発モニター)がありますが、こちらは製薬会社での業務、CRCは病院での業務であるなどの大きな違いがあります。

さらに、CRAは1つの治験が終了するまで4~5年間ほどを専任するケースが多いのですが、一方のCRCは、常時5~6案件(治験)を並行して担当する傾向(※)にあります。治験にはオンコロジー(腫瘍)やCNS(中枢神経系)などといった多岐にわたる分野が存在しますが、当社に関してはジャンルに関係なくさまざまな治験が担当できます。

そして常駐先が病院ということもあり、日々患者さまと接する機会も多く、患者さまの気持ちを理解してコミュニケーションできる能力など多様性に富んだスキルが必要になりますね。

(※)クライアントや会社により差異があります

●K.A.さんの現在の業務とその環境について教えてください。

K.A.氏:現在、東京支店の支店長を務めております。支店は5つのオフィスに分かれており、それぞれ3~4グループで編成されております。私はその支店全体のマネジメント、在籍するCRCの業務進捗、渉外管理といった業務に就いております。東京支店に在籍するメンバーは170人。うちCRCに従事しているのは140~150人です。男女比で言うと、ほぼ90%が女性。そして、その中でも25%程度はママさんCRCとなります。

特徴的なのは、常時20人ほどのメンバーが産休・育休を取得している状態にあることですね。「周囲に迷惑を掛けるから…」などと、長期休業をためらうメンバーはおらず、割とカジュアルに休暇を取得し、復帰するサイクルができています。
 


 

●復職率は100%と伺いました。

K.A.氏:そうですね。先述の通り、メンバーが復職に至るまでのサイクルが出来上がっており、かつ周囲の理解も進んでいますので、職場全体が休暇を取ることに対して抵抗がないというのも大きなポイントです。もともと私が新卒で入社した10年以上前にはこれほど産休・育休取得が積極的に進んでいたとは言えず、結婚を機に退職、お子さんが生まれたタイミングで退職、ということも少なくありませんでした。

ですが、CRCという職種は、国内でも決して就業人口が多いとは言えず、かつ社会的貢献性も高い仕事。やっぱり戻ってきてほしいし、ずっと働いてほしい。それは同じ職場で働く同僚であれば誰もがそう思うことでしたので、10年以上かけて会社全体で制度改革、というよりも産休・育休に対して休暇を取りやすい雰囲気や理解を浸透させていったという経緯があります。

また産休・育休から復帰する際、たとえば4月に職場に戻る予定でしたら、予定日から3~4カ月前の12月ごろにメールでその意思を確認します。その後、面談を行い、ご家庭の状況や現状で不安に思っていることや、本人のこれからのキャリアの希望などを細かくヒアリングして、常駐先や支店の状況などを踏まえながら復帰後の環境を整えていきます。

ポイントは「待ってるよ!」と伝えることですね。心のこもったひと言を掛けるだけで、復帰へのプレッシャーも随分軽くなりますから――。当社はスーパーフレックス制度を採用していますので、復帰後は、時短勤務制度なども活用してもらいながら、スムーズに、かつ余計なストレスを掛けることなく働けるよう、ありとあらゆるサポートを行っていますね。

●復帰後のフォロー体制はどのような環境なのでしょうか。

K.A.氏:まずは同じく復帰を果たすメンバー同士で「復帰の同期」を結成してもらっています。同時期に戻ってきたメンバー同士なら、ご家庭のこと、お子さんのこと、復帰後の業務のことなどを、同じ目線で気軽に相談できますからね。そうして心理的安全性を確保しています。

そして定期的なヒアリングも忘れません。お子さんの急な発熱対応や家庭の悩みなど、人それぞれで課題に感じている内容は違うので、そこは無理に聞き出そうとせずに、さらっと話題に出して答えていただいたことを把握するといった感じです。

また復職前のモチベーションが保てない、家庭との折り合いで業務をうまくこなせないなどの悩みを持つママさんCRCに対しては、業務内容を限定するなど、かなりフレキシブルに対応しています。

さらに、復帰数カ月後には「ママ会」を企画し、彼女たちに参加してもらうイベントも用意しています。1つポイントがあり、職場の愚痴や仕事の悩みを言い合うようなネガティブな会合ではなく、「どうしたら誇りを持って現在の業務に従事できるか」「一緒に働いてみたいママさんCRC像はどのような人物か」など、毎回ディスカッションのテーマを決めて臨むような会合としている点です。

これには、復帰後の彼女たちにも当事者意識を持ってもらい、後輩ママさんのためどんな貢献ができるか、会社を良くするためにどんなサポートができるかなど、建設的に物事を進めていただく狙いがあります。ですから彼女たちの働くことへのモチベーションは復帰後も高いですね。そのためか、お子さんの発熱で急きょ帰ることになっても、みんなの理解が進んでいます。「すみません」よりも、「いいよいいよ」「ありがとう」といった言葉が飛び交う職場ですよ。
 


 

「お母さんだから」を言い訳にすると活躍できなくなる

●2020年、多くの企業で働き方が変わりました。御社ではどのような変化がありましたか。

K.A.氏:4月の緊急事態宣言以降、当社もリモートワークへの移行が始まりました。しかしながら、CRCという特性上どうしても勤務先が病院などになってしまうので、帰社によるタイムロスを防ぐ目的で、各自フレキシブルにリモートワークを活用している状況です。もちろんママさんCRCもリモートワークを積極的に行っていますので、家庭との両立がスムーズに実現できていると聞いております。

一方、会社としての変化を挙げると、社内会議や病院へのヒアリングなどもすべてオンラインで行うようになりました。オンライン上での業務ですと、世間ではどうしても社員のエンゲージメントが下がってしまったり、仕事をサボる社員が出てしまったりする事例を聞きますが、やはり医療業界に携わり、新薬を世に生み出す業務に従事しているわけですから、全社員のモチベーションは高いままでした。みんな世の中に安心と安全を届けられるような新薬開発を行っているという誇りを持って働いていることが、私の目から見ても一目瞭然でしたね。業務は全体的に大変になった印象ですが、やりがいをもって臨めていることは、私を含めて幸せに感じています。

●先ほどの「ママ会」のテーマにも挙がりました「一緒に働きたいママさんCRC」とは、どのような像でしたか。

K.A.氏:まず自分の受け持つ業務に対して真摯にまっとうすること。そして物理的に無理をしないこと。これらを体現できる人が理想となりました。というのも、独身時代にはできていた、好きなときにメンバーと飲みに行く、時間を気にせず自分が納得するまで仕事を頑張る、などは、家庭を持つと本当に物理的に難しくなるシーンが増えてきます。あと1時間残業すれば完遂できる業務も、子どもの保育園のお迎えがあると、その1時間をどうしても確保できなくなる。

だから、ちょっと諦めるんです。あるいは自分に妥協する。これらは決してネガティブなことではなく、むしろ前向きに考えてもらえたらと思っています。諦めも自分の能力の1つですよ。また「家庭があるから…」とか「ママさんだから…」を言い訳にするとそれで世界が閉じてしまう。「自分なりのパフォーマンスを発揮してほしいから、無茶をせず、時には諦めてね」といった願いを込めて、この理想像がメンバー間で固まっていきました。

●復帰後うまく働けず、辞めてしまうことが一番困るという印象を受けました。

K.A.氏:本当にその通りです。良い職場、あるいは社員が辞めない職場をつくる狙いは、もちろん会社の発展のためという側面が強いですが、会社の将来的なブランディングにもつながっていると思っています。

どういうことかと言いますと、当社の就業環境としては、休日数や有給休暇の充実のほか、リフレッシュ休暇、慶弔休暇、看護・介護休暇、育児休業(子が3歳まで取得可)、そしてスーパーフレックス制度やいわゆる「小1の壁(※)」もクリアした時短制度(子が小学2年生まで取得可)など、休みを取れる制度が手厚いです。

たとえば、コロナ禍により夫の所属する会社が経済的に危機であり、かつ転勤・出向の可能性も見えているとしましょう。一方、妻の所属する会社は子どもを抱えていてもストレスなく働ける制度が整っている。そうなるとどうでしょうか。安定した環境や収入面で家庭は安泰のまま。そんな妻に「仕事を辞めて僕についてきて」とは言えなくなるでしょう。そうすれば家庭の事情により退職せざるを得ないなどという状況も少なくなります。もちろんこれは1つの可能性の話ですが。

女性の離職理由に多い「家庭の事情」。その実は夫の転勤などによるところが大きいのもまた事実です。特に経済的な事情を当社で払拭できればおのずと定着率も向上してくるというわけです。そして働きやすい職場であることがブランディングとして世間に認知されれば、ライフステージが変わっても働き続けたいCRCがより集まってきます。その狙いは間違っておらず、家庭の事情により退職するママさんCRCはほぼ皆無という結果になりました

(※)ワーキングマザーが子の小学校入学時にぶつかる育児と仕事の両立を阻む原因のこと。小学校に上がってからの働き方で悩み退職してしまうケースが多いのもこの時期と言われる
 


 

●ママさんCRCがぶつかる壁までフォローしているわけですね。

K.A.氏:一般的な職場では、まだまだ産休・育休への理解が浸透しておらず、たとえば職場復帰した女性社員がいたとして、どう接していいかわからない社員が多いと聞きます。育児への大変さはなんとなくわかっている、でもどうコミュニケーションしていいかわからない。そんな思いから、つい腫れ物を扱うような感じで接してしまっているんですね。これが深い溝となってしまう

一方で、復帰した女性社員はと言うと、感情論だけで「大変」「つらい」「無理」と言葉に出してしまいがちで何を解消してほしいのかが把握できない状況が発生してしまいます。ですから私が担当している東京支店では、本人にキャリアと感情の整理をしてもらうことを目標にコミュニケーションを取っています

何がつらいのか、どうすれば現在の悩みを解消できるのか、を本人に考えさせ、その上でしっかり将来のキャリアにつながる道筋を立ててあげることが大事だと考えています。それは管理者やメンター、ラインマネージャーなど呼び方はさまざまですが、そうした役割に就いている方の仕事ではないかと思います。

1つ言えることは「あなたのことが大事なの」「いないと困るの」という想いを伝えてあげることですね。人は誰でも第三者から必要とされると心が安定しますし、人生がその分輝いてきますから――。

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【取材後記】

私たちは働く上において何かと自分の環境を他責にしがちだ。しかしK.A.氏のコメントには「肩ひじ張らなくていい」「もっと他人を頼っていい」――、そんな優しいメッセージが込められていると感じた。環境が安定すれば、そこで働く社員の心も安定する。そうした心が各々の家庭へと還元されていき、もっと互いを助け合う社会が生み出されるはずだ。女性活躍と躍進の環境を整えることは、そんな効果も大いに期待できるだろう。

取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊