星野リゾート採用のポイント|人を惹きつける組織文化

株式会社星野リゾート

人事グループ キャリアデザインサポートユニットディレクター
鈴木 麻里江(すずき まりえ) 氏

プロフィール

旅行が特に好きな人でなくても、その名前や代表の存在を知らない人はあまりいないだろう、星野リゾート(本社:長野県北佐久郡軽井沢町)。設立は1914年で100年以上続く老舗だ。1995年に現代表の星野佳路氏が代表に就任してからは、リゾート運営会社として新たな事業に着手。ラグジュアリーホテル「星のや」、温泉旅館「界」、リゾートホテル「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO」、ルーズなホテル「BEB」など、各年代ならびに趣味趣向の異なる顧客それぞれをターゲットとしたブランドを複数展開し、現在運営する施設数は全国各地に45拠点。そのような成長の裏にあるビジョンや戦略、価値観を全スタッフに浸透する組織文化があった。その星野リゾートの 組織文化や人事戦略を、同社人事グループの鈴木麻里江氏(以下、鈴木氏)が紹介。その内容をレポートする。

ビジョンへの共感が採用選考のファーストステップ

ビジョンへの共感が採用選考のファーストステップ

Globally Competitive Hotel Management Company
~世界で通用するホテル運営会社~

これが、星野リゾートが掲げるビジョンだ。リゾートのオペレーション(運営)に特化した事業を手がける企業は日系では少ないそうだが、外資ではライバルも多いという。しかし日本には世界に通用する「おもてなし」や「ホスピタリティ」があると、鈴木氏。これらの日本らしいアセットを武器に、ビジョンの実現を目指している。

当然だが、ビジョンを実現するためには戦略が必要である。星野リゾートでは以前からいくつかの戦略を掲げており、最近は特に「Service Team」「Flat Culture」「Ryokan Method」の3つを軸に経営を展開。中でも特に現代表になってからは「Flat Culture」(以下、フラットカルチャー)を大事にしているという。

鈴木氏は以下のように説明する。「トップダウンとは対局にある企業文化ならびに組織です。ただ組織図が単にフラットであるという意味ではありませんし、意識決定がボトムアップということでもありません。星野リゾートが定義するフラットカルチャーとは、一方通行の意見伝達やコミュニケーションではなく、だれもがいつでも建設的に議論することができる、双方向的なコミュニケーションがある組織です。そしてこのような組織文化を、一人ひとりが大切だと捉えていることでもあります。ビジョン実現のために会社は何をするべきなのか。その議論を全メンバーが喧々諤々する組織であり、文化醸成が成されています」。

フラットカルチャーも含めた戦略を、全国に点在する施設で働くスタッフ一人ひとりが理解すること。その上で、日々のオペレーションに取り組む。その結果が、現在の顧客満足度につながっていると説明。またビジョン、戦略と同じく重要なキーワードに「価値観」を挙げた。

「価値観は掲げているようなものではありません。戦略を実行するための前提のようなもので、全スタッフが価値観を共有することで、戦略の遂行スピードが高まります」(鈴木氏)。

Globally Competitive Hotel Management Company

●「価値観」を明確に定義することが重要

さて、星野リゾートの価値観の源泉は創業時近くまで遡る。宗教学者の内村鑑三氏が大正15年(1926年)に星野リゾート(当時は星野温泉)に送った、次の教えがベースとなっているからだ。そしてこの教えを醸成していくことで、星野リゾートならではの価値観が定義されていった。

「価値観とは、私たちが組織の中で、自由な発想と自らの判断で行動する上で前提となる“決まり事”です。行動における制約であると同時に、全体として星野リゾートの組織文化であると言えます」。

「価値観」を明確に定義することが重要

鈴木氏は、星野リゾートにおける価値観をこのように説明。特に、内村鑑三氏の上記の教えにも影響を受けていると補足した。そして、この価値観を同社では「源泉ブック」という一冊の本にまとめ、社員に配布されている。

「形骸化したものではなく、現場でスタッフが仕事をする際、すぐに役立つような内容を意識して作成しています。ですからボロボロになるまで使ってほしいと思っていますし、冊子だけでなくいつでも見られるよう、社内のイントラネットにアップもしています。具体的には大切にすべき決まりごとをまとめた行動指針のようなものです。ルール、必要とされるスキルを集めた一冊とも言えます。経営陣が決めた価値観を日々のオペレーションに落とし込み、どのような行動が星野リゾートらしいのか、大事なのか。源泉ブックの見直しも年に一度行っています」(鈴木氏)。

源泉ブックに書かれている価値観は以下の6つであり、実際にはそれぞれの項目でさらに詳細な内容が記載されている。フラットカルチャーはここでも登場。星野リゾートにおいて、いかに重要なテーマであるかが分かる。

①法令順守
②フラットな文化
③Matureな組織
④同僚への敬意
⑤取引会社への礼儀
⑥社員へのコミットメント

価値観は組織文化であると同時に決まりごと、つまり行動の制約、ルールとも言える。だからこそはっきりと定義し、かつ、源泉ブックなどに明文化しておくことが重要だと鈴木氏。言い方を変えると、価値観をはみ出す行動は絶対に許されないという。一方で、双方向なコミュニケーションによる闊達な議論など、ビジョン実現への道のりはそれぞれが自由。これが、星野リゾートの組織文化である。

志向×スキル=活躍

価値観をはみ出す行動は許されないため、採用段階から価値観はもちろん、戦略やビジョンの共感を重視した施策を行っている。星野リゾートとのフィット感を候補者が自ら判断できる選考フローにすることによって入社後のミスマッチを防ごうとしている。選考フローは4段階あるが、どのフローにおいても「共感」を意識していることは言うまでもない。ただし、鈴木氏が説明する共感とは星野リゾートからの一方的な押し付けではなく、本人に気づいてもらうことだ。

ステップ1:ぴったり度測定
100の質問にイエス・ノーで答えてもらうことで、応募者が星野リゾートの価値観や戦略に共感しているかどうかに気づいてもらう。具体的には以下のような質問だが、ユニークな質問や斜め上的な内容も用意し、求職者が飽きない工夫もしている。

【主な質問内容】
・自分と違う意見の人にでも臆せず主張でき、相手の意見には誠実に耳を傾けることができる
・対立する意見があるとイノベーションのチャンスだと感じる
・チームで働くことが楽しい
・決まった答えがあるものよりも、 答えのない問題を考えるのが好き
・自分の成長を楽しみにしている人がきっといると思う

100の質問すべてがイエスであれば、その人物は星野リゾートとベストマッチングということになるのだろう。しかしこの測定は求職者が自分に対する理解を深めてもらうことが狙いのため、選考基準としては使っていない。そのためイエスが30%でも次のフローに進むことはできる。

ステップ2:スキルチェック
グラフの読み取りや計算など、現場で働く際に必要となるスキルをチェックするフローだ。同フローは選考も兼ねるが、先と同様、星野リゾートで働くにはどのような思考やスキルが必要かを認識してもらうことが本質である。そのため、ただのスキルチェックテストではなく、より現場のオペレーションを意識したケーススタディ的な内容になっており、難易度の高い問題も意識的に出している。

ステップ3:書類提出
「フロー1、2を経て、星野リゾートに対してどのように感じたのか。自身に対してどのような気づきがあったのか。それを自身の言葉で相手に分かりやすく伝える能力はあるか。これらを測るためにエントリーシートを書いてもらっています」(鈴木氏)。

同フローでも先と同じく、実際の業務内容を求職者にイメージしてもらうよう工夫している。たとえば勤務地はほぼ地方になるため、その可否をこの段階で確認する。さらに入社希望時期に関しても選択肢を複数設け候補者が選択できるなど、選考プロセスを通して自らキャリアデザインをするということを実現している。

ステップ4:面接
面接を通して思考プロセスや回答内容から、何を感じたかを聞きながら相互理解を深めマッチングを確かめていく。そのため選考というよりはお互いのマッチングを図る場であると、鈴木氏は説明した。

選考プロセスの移行率は常にチェックしていて、低い場合はすぐに話し合い、内容を改善しているそうだ。また社員へのインタビュー、実際に働いている様子を録画した動画などを公開することでも、価値観の合う人材からの応募率が高まるよう努めている。

志向×スキル=活躍

評価制度の理解がエンゲージメントを高める

これだけの施策を行っても、採用プロセスでその人物の深いところまで理解するにはやはり限界があるという。そこで入社後も価値観理解を深めるための機会を戦略的に設けている。「評価制度」にもそれが表れている。星野リゾートの評価制度は、社内で活躍しているスタッフのコンピテンシーを徹底的に調査し、その行動を項目に反映させている。必要なスキルだけではなく、行動指針としての価値観が含まれているため、評価制度の活用が価値観理解を深めることにつながる。

「価値観を理解するということは、一朝一夕でできるものではないので、日常の業務や評価制度など様々な機会に理解を深めるきっかけが必要だと考えています。また、戦略的にフラットな組織であることを選択している星野リゾートではスタッフ間の双方向の対話が大切だと考えており一方的に価値観理解を押し付けるような取り組みは効果的でないと考えています。そのため例えば、人事上の課題を共有し合うオンラインミーティングを定期的に実施し、お互いの考えをシェアすることで価値観についても新たな視点を補いあっています」(鈴木氏)。

評価制度や他のスタッフとのコミュニケーションで得た気づきや課題の改善においても、星野リゾートでは自発性を重んじる。休日を利用して行われる講座「麓村塾(ろくそんじゅく)」はその特徴のひとつだ。

「社員の満足度を高めて離職率を下げるという考えを、星野リゾートでは採用していません。社員のエンゲージメントを高めることを重視しています。エンゲージメントを高めるための必要な要素として自己理解や価値観についての理解を深めることが大切だと考え本日紹介した各種施策を行っています」(鈴木氏)。

鈴木氏自身、社員のひとりでもある。そしてまさにコロナ禍の今回、組織がスピーディかつ明確に今後の方針を打ち出した姿を見て、改めて組織に対するエンゲージメントを個人的に感じたそうだ。同時に、全スタッフに価値観が共有されているからこそのアクションだったと感慨深けに話し、セッションを締めた。

評価制度の理解がエンゲージメントを高める

【取材後記】

星野リゾートの価値観の源泉が、内村鑑三氏に由来することをご存じだっただろうか。採用段階だけでなく、日常の業務や評価制度などさまざまなチャネルを通じて星野リゾートが重視する価値観を全スタッフに浸透させていくフローがお分かりいただけたであろう。星野リゾートの強さは、その組織文化や人事戦略に紐づいていたのだ。星野リゾートが目指す未来像に、あなたもぜひ合流してみては――?

取材・文/鈴政武尊・杉山忠義、編集/鈴政武尊