「ジョブ型雇用」をどう活かす?! 今、目指すべき人材・組織マネジメント
学習院大学 経済学部
経営学科 教授
守島 基博 氏
労働人口の減少、同一労働同一賃金、人生100年時代、急速なビジネスのDXなど、労働市場は大きな転換期を迎えています。新たな雇用モデルが模索されており、人事改革は急務となっています。一例として、ジョブ型雇用に対する関心が高まっていますが、ジョブ型雇用の導入によってすべての課題が解決するわけではありません。日本企業がグローバル競争で勝ち残っていくために考えるポイントについて、人事・組織論の第一人者である学習院大学の守島 基博教授の講演から学びます。
人材・組織マネジメントを取り巻く環境
今、日本の人事・組織はまさに大きな変化のうねりの中にいるといえます。例えば、AIやRPA、ICTなどの新技術によるDX(デジタルトランスフォーメーション)の波は、事業ドメインの再定義やビジネスモデル・働き方を変えることを多くの企業に突きつけています。
経営戦略の変化は、人材マネジメントのあり方(採用手法や雇用形態)についても影響を与えており、新卒一括採用の開始時期や活動においても企業によって対応がわかれています。
また、働き手についても、少子高齢化、生産年齢人口(15歳~64歳)の急激な減少に加え、ワークライフバランスを重視する傾向が高まり、価値観・意識の多様性を認め合うダイバーシティへの取り組みも大きな変化が求められています。
そして、新型コロナ感染症の拡大により、テレワークやはんこ文化の廃止、オンライン研修・会議が常識となるなど、物理的な場を共有しない、バーチャルな働き方をする人が多くなり、自分で労働時間や仕事のペースをコントロールするようになってきています。
このような環境の変化を受けて、これからは、『自律・分散・協働型の組織』がスタンダートになってくると考えられます。つまり、一人ひとりが職務に対して強い関心を持ち、自律的に仕事を選択し、一つの場所ではなく分散して働きながら、組織の目的達成に向けて協働する組織への進化です。
そして、マネジメントの概念についていえば、同じ職場で監視・コントロールするマネジメントではなく、メンバー間のコミュニケーションを調和させていくコーディネーションがマネジメントとして重視されるでしょう。
これまでの日本の多くの企業は、組織への忠誠心=組織エンゲージメントを強みに成長を遂げてきましたが、組織よりも職務の専門性やキャリアに強い関心をもつ人材をどのようにマネジメントするのかが、競争力の維持・向上のためのキーファクターとなっていくことでしょう。
「ジョブ型雇用」をめぐる議論
こうした時代の中で注目されているのが「ジョブ型雇用」です。実際に、日立製作所、 KDDI 、富士通、 NEC 、三菱ケミカルなど、複数の大企業が「ジョブ型雇用」への転換を目指す方針を打ち出しています。
一般的な定義としては、「職務内容や責任の範囲、労働時間、勤務地などを明記したジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作成し、その条件にマッチした労働者と合意の上で契約を結ぶ雇用形態。」とされています。
しかし、「ジョブ型雇用」の表現に含まれる内容には様々なものがあり、企業によっても対応が分かれています。
例)
◎職務の明確化
◎限定的な雇用契約
◎職務ベースの賃金決定
◎成果による評価
◎解雇の自由度増大
◎中途採用の強化
ここで大切なことは、ジョブ型雇用への転換は単なる人事制度の転換ではないという点です。ジョブ・ディスクリプションをつくり、新しい人事制度に変化すれば機能するわけではありません。ジョブ型雇用への転換は、人材マネジメント思想の変革であるため、人材・組織・人事の在り方も変革が求められています。今、企業に求められているのは、むしろ上記の様々なジョブ型雇用のエッセンスの中から、自社の事業戦略や組織文化に合うものを活かす、総合的人事改革です。
人材・組織マネジメントで活かすべき「ジョブ型雇用」のエッセンス
―――では、具体的に人材マネジメント・組織マネジメントにおいてどのような視点で「ジョブ型雇用」のエッセンスを活かしていけばよいのか。そのポイントについて守島教授は以下のように提言をされています。
◆人材マネジメント
はじめに取り組むべきことは、「職務・役割の明確化」です。経営戦略を起点として、求められる仕事や成果・ミッションを決定することが最優先すべき事項です。
優秀な人材を数多く集めればいいというわけではありません。今の戦略に合った人材が社内にいるのか、いなければ外部人材の活用も含めて柔軟に組織を組成することがポイントです。
また、ミッションファーストで適所適材の採用・配置を行うことで、目標管理を適切に運用することができるようになり、結果として成果主義を徹底することができるはずです。
一方で、一人ひとりのミッションや役割が明確になることにより、専門性・キャリアに対する育成ニーズは個別化していきます。そのため横並びで教育するのではなく、個人ごとに能力開発を行う時代へと変わっていきます。
まさに、自分の仕事を自分で選ぶという感覚が当たり前の社会となり、従業員の自律支援を行うことがスタンダードとなることでしょう。
◆組織マネジメント
「ジョブ型雇用」への転換が進むと、組織エンゲージメントは希薄になり、組織がバラバラになってしまうリスクや事業のパフォーマンスが大きく低下する可能性が高まります。
そのため、組織としての方向性を示しまとめていくことが重要となり、事業のパーパス(目的)や理念が浸透しているかどうかが、事業の推進力に大きく関わっていくことでしょう。
労働市場の流動性が高いアメリカの西海岸の企業では、パーパス・理念の共有に力を入れており、日本においても組織の目標達成のために今後さらに重要性が増してくることでしょう。
また、仕事や専門性の多様性が高まるほど、一人ひとりの意見が違ってくるのは当たり前になってくるため、個を尊重し、多様な意見を受け入れ、新たな高みにもっていくことがマネジメントの重要な要素となります。
経営や人事の情報公開(トランスペアレンシー)によって組織の透明性を確保することが、社員の心理的安全性に寄与し、パフォーマンスの最大化につながっていきます。
リーダーシップ像については、組織によってそのあるべき像を変えるべきものであり、変えていいものだといえます。部下の自律を支援する「オーセンティックリーダーシップスタイル」など、専門性や能力の高いメンバーを巻き込み、組織の目標を達成するマネジメントスタイルが必要になっていくでしょう。
ここまで「ジョブ型雇用」のエッセンス、重要な要素をいくつか語ってきましたが、これからの人事に求められるのは、自分の組織・事業に必要なエッセンスを抽出し、人事の施策や制度に落とし込むことに加え、組織マネジメントを担う経営者や現場のリーダーと共にピープルマネジメントに変革を起こしていくことだといっても過言ではありません。
【取材後記】
「ジョブ型雇用」のエッセンスの中でも特に重要なことは、自社の戦略に基づいて役割やミッション、責任範囲を明確化することだと守島教授は提言されています。自社に必要な人材がもつスキル・経験とは何か?この問いに対して、社内だけでなく、社外のリソースにも目を配り、コミュニケーションを取りつづけることが今の人事には求められています。
一方で、職務エンゲージメントやワークライフバランスを重視する働き手が増える中、組織のパフォーマンスを最大化すべく、パーパスや理念を軸としたコーディネート型のマネジメントへの質的な変化が今後の事業成長に欠かせないファクターとなっています。まさに、日本の人事は大きなうねりの中にある、そう実感した多くの気づきが得られた講演内容でした。
当日のアーカイブ動画は以下からご確認ください。HRBP(戦略人事)や現場リーダーの巻き込みの重要性など、講演後のディスカッションの内容もご覧いただけます。
★守島教授の過去のセミナーレポート
アカデミア×セールスフォース・ドットコムの実例。何を優先すべきか、それは社員を守ること。「企業・従業員・人事」の在り方や関係性
学習院大学守島教授とAGC人事部長が語る「タレントマネジメントの進化」とは
取材・文/d’s JOURNAL編集部 白水 衛、編集/d’s JOURNAL編集部 白水 衛