中小企業も可能!企業規模不問のすぐに実践できるメンタルヘルス対策

株式会社ソシエテ

代表取締役CEO/創業者 森本真輔(もりもと・しんすけ)

プロフィール
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キャリアコンサルタント/「コモレビ」開発担当 伊藤優(いとう・ゆう)

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長引くコロナ禍、テレワークによる仕事環境の変化によってストレスを感じている人たちは少なくありません。メンタルヘルス対策は企業規模にかかわらず、全ての職場において必須のものと言えます。

2015年12月からは、従業員数50人以上の企業において年1回のストレスチェックが義務化されている一方、従業員数50人未満の企業についてはストレスチェックが努力義務にとどまっており、国内企業の99%が中小企業である現状を踏まえると、メンタルヘルス対策に取り組めていない企業は相当な割合に上るのではないでしょうか。

しかし、「従業員数が少ないからメンタルヘルス対策は後回しでいい」はずはありません。

そこで今回、保険適用で個人の費用負担を抑える形の訪問型メンタルケアサービス「コモレビ」を運営する株式会社ソシエテの森本真輔氏、伊藤優氏に、中小企業が取り組めるメンタルヘルス対策について、実例を交えて伺いました。

メンタルヘルス対策の放置は、人材戦略の悪循環を招く

――メンタルヘルス対策に関する法整備が進んできた中で、中小企業のメンタルヘルス対策の現状をどのように捉えていますか。

 

森本氏:結論から言うと、あまり進んでいないと言えます。ストレスチェックについては、努力義務とされている従業員数50人未満の企業での実施率は50%強という状況です。

ただ、中小企業を責められない現実もあります。50人に満たない従業員の中で、メンタルヘルスの問題が発生する可能性のある人は「1人いるかいないか」のレベルです。大企業のように産業医と連携しようと思えば、月額数万円から10万円近くの費用負担を強いられますが、これを飲み込むのは中小企業としては難しいと思います。

――とはいえ、メンタルヘルス対策の優先順位が低いことは企業経営にとって大きなリスクとなるのではないでしょうか。

森本氏:その通りです。わかりやすい部分では、人材確保が困難になっていくかもしれません最近では、転職口コミサイトを利用するユーザーが増え、中小企業であっても、「メンタルヘルス対策を含めた働く環境」が世の中に筒抜けになりつつあります。従業員のメンタルヘルスを軽視する企業の情報はSNSでも拡散されやすくなっていて、レピュテーションリスク(企業の信頼や評判に関わるリスク)は間違いなく高まっています。

また、メンタルヘルス対策は生産性への影響も無視できませんメンタルに問題を抱える従業員がいれば、企業としては生産性の低下につながってしまいます。

伊藤氏:メンタルヘルス対策がまったくできていない会社は、人材の採用や定着において悪循環にはまってしまい、抜け出せなくなることも考えられます。メンタル不調の退職者が出て、急ぎで新規採用を進めて補充するものの、従業員がメンタルに不調を抱えてしまうような業務体制や環境を放置することでまた退職者が出てしまう、といったことは珍しくありません。

会社内がガタガタの状態では採用も組織づくりもうまくいきません。遠回りに思えるかもしれませんが、一つ一つの採用・組織戦略にメンタルヘルス対策の視点をきちんと盛り込んで地道に改善していくことが、結果的には採用や組織づくりで良いサイクルを実現する近道となる場合もあるのです。

「1on1の導入」「採用マッチング精度の向上」こそ、メンタルヘルス対策になる

――コスト面での負担のほかに、中小企業のメンタルヘルス対策にはどのような課題があるのでしょうか。

 

伊藤氏:私がこれまで中小企業に関わってきた経験から思うのは「経営者に対しメンタルヘルス対策の必要性を説得する難しさ」です。売上が上がるかもしれない営業ツールの導入は検討してもらいやすいのですが、メンタルヘルス対策に関わる対策やツールは優先順位が低く、導入をなかなか決めてもらえないという状況がありました。

森本氏:「人材確保が難しくなる」「生産性が低下する」「社員の体調不良が、もしかすると訴訟につながるかもしれない…」。そうしたリスクは数字では表しづらいので、経営者として対策を決断するのが難しいのも理解できます。

――トップの決断によって素早く動けることが中小企業の強みだと思いますが、逆にトップが納得しなければ動きづらいということですね。

伊藤氏:はい。そのため私がこれまで関わってきた会社では、ピンポイントでメンタルヘルスを取り上げて対策を提案するのではなく、人事が日々やらなければいけない業務にメンタルヘルス対策を組み込むことを提案してきました。

メンタルヘルスに関する問題の多くは、仕事の量や質、そして職場の人間関係が原因となっています。そこで上司と部下の1on1のやり方や質を見直したり、採用時のマッチング精度を高める取り組みを進めたりして、「新しく何かを始めるのではなく、今の人事業務を良くする」ことに注力してきました。

森本氏:当社のコンサルティングにおいても、メンタルヘルス対策のベースは「すでに実施されている日常のオペレーションにメンタルヘルス対策を組み込んでいくこと」だと伝えています。職場におけるコミュニケーションや採用時の評価ポイントを見直すことで、日々の習慣として定着させることが大切なんです。

また、メンタルヘルスに限らず、イベント化して形骸化し、本来の意味が薄れた結果、持続性を失ってしまう対策は少なくありません。年1回のストレスチェックもそのリスクをはらんでいますたとえば私と伊藤が今日ストレスチェックを受けて、何ら問題を抱えていなかったとしても、1カ月後にどんな状態になっているかなんてわかりませんよね。

ストレスチェックの本質を見失って「年1回実施すればOKなんだ」と認識してしまうと、その結果を正しく分析できなかったり、結果をどう活かしていくかの議論が進まなかったりと、何の意味もないイベントになってしまうかもしれません。

伊藤氏:人事担当者自身にのしかかる負担も考える必要があります。大企業ではメンタルヘルス対策専任の人員を配置しているケースも多いですが、中小企業ではそうはいきません。1人でさまざまな業務をこなしている「1人人事」も少なくないでしょう。採用や労務管理など、対応しなければならない業務にさらにメンタルヘルス対策を加えて負担を増やすよりは、現状の業務を見直すことで対策につなげていった方が現実的だと考えます。

メンタルヘルス対策に有効なマネージャー向け「ハラスメント研修」「ミドルマネジメント研修」

――中小企業におけるメンタルヘルス対策の取り組み事例について伺います。一つの指針として、厚生労働省は職場における4つのケア(※)を提示しています。

(※)厚生労働省 独立行政法人労働者健康安全機構:職場における心の健康づくり

このうち、従業員自身による「セルフケア」と管理監督者などの「ラインによるケア」については、中小企業でもすぐに取り組みやすいのではないでしょうか。

森本氏:「知っていれば気を付けることができること」については、研修で知識として教えることが有効です。既に中小企業でも実施されていることが多い、「ミドルマネジメント研修」や「ハラスメント研修」などに、メンタルヘルスの知識を提供するパートを入れることも効率的です。

伊藤氏:セルフケアの方法についての研修は、メンタルヘルス対策の打ち手として有効であり、中小企業でも取り入れやすいと思います。ある企業の研修では「なかなか眠れない」「慣れているはずの仕事でミスが多い」など、具体例を挙げて「こんな体調不良が出てきたら危険サイン」と共有していました。自分の状態を客観的に判断するセルフケアの知識を教える内容です。

 

また、ハラスメント研修については、提携している社会保険労務士さんに依頼して研修を実施している企業もありました。研修を外注すると高額になる場合もありますが、顧問契約を結んでいる社労士さんにお願いすることで費用を抑えているわけです。自社の事情をよく理解している人に研修を担当してもらえることも大きいでしょう。ハラスメント防止はメンタルヘルス対策に直結します。

――すでに自社が持っているコネクションを上手に活用している事例ですね。

森本氏:こうした研修を実施する際には、メンタルヘルス対策を前面に押し出しすぎないことも大切です。メンタルに関する領域にはセルフスティグマ(偏見)が根強く、問題を抱えている本人が「自分には関係のないこと」と捉えてしまっているケースが少なくないからです産業医が入っていても、「自分はうつ病などとは無縁だ」と考えている人は相談さえしません。 

そうした意味では、「ハラスメント研修」や「ミドルマネジメント研修」のような打ち出し方で、対象者にセルフスティグマを感じさせないプログラムを組むことが有効です。中小企業でもこうした研修が必須メニューになるといいですよね。

メンタルヘルス対策をイベント化させず、なぜやるのかを明確に

――おふたりは、今後のメンタルヘルス対策の潮流をどのように考えていますか。また中小企業の人事担当者や経営者はどう動いていくべきなのでしょうか。

 

森本氏:今後はESG投資のように「メンタルヘルス対策をやらない会社はかっこ悪いよね」となっていくのかもしれませんね。目的を見失ってトレンド化していくことには疑問があるものの、まずは「風潮」となることで「やるか、やらないか」の迷いがなくなり、その上で「より良い形でメンタルヘルス対策を行う」ことに注目が集まればよいかもしれません。

伊藤氏:まずはトレンドとなるべきという考えは、私も同意します。一方で、ただ「トレンドだからやっておこう」と目的も意味も共有せずに進めても、対策がイベント化し、いつしか形骸化していくのだと思います。「なぜメンタルヘルス対策を行うのか」は企業によってそれぞれ。離職率を下げたい、業績を上げたいなど、メンタルヘルス対策を通じて実現したい理想像をそれぞれの会社が明確化し、意思決定者と人事の間で共有していくことが重要なのではないでしょうか。

取材後記

メンタルヘルスに関わる領域は「素人」には立ち入りづらい――そんな印象を持っている人も多いかもしれません。だからこそ産業医をはじめとした外部のプロフェッショナルを頼る必要もあるのですが、厚生労働省が示す「4つのケア」にあるように、職場での一次予防に向けては、人事が今すぐに取り組めることもたくさんあるのではないでしょうか。

インタビューの中ではすでに実施されている日常のオペレーションにメンタルヘルス対策を組み込んでいくことという言葉もありました。今後間違いなく高まっていくであろうメンタルヘルスのトレンドの中で経営者との意志共有を進め、手を付けやすい範囲から取り組みを進めることで、中小企業の機動力を最大限に活かせるのではないかと感じさせられた取材でした。

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取材・文/多田慎介、撮影/中澤真央、編集/野村英之(プレスラボ)・海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、企画/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)