人事は、事業に資するためにある。ヤフーのマネジメントは1on1の向こう側へ

ヤフー株式会社

コーポレートグループピープルデベロップメント統括本部
カンパニーPD本部 PD企画部ER企画 リーダー
小向 洋誌

地元仙台にて起業と廃業を経験後、2005年ヤフー株式会社 に入社。ヤフーショッピングの企画・営業業務を経て2012年より人材開発・組織開発に携わり、「1on1 ミーティング」を中心としたマネジメント手法を全社に展開する。また、副業として企業の組織活性活動の支援を行っている。

「100点満点中、何点だと思う?」内省を目的にしたヤフーの1on1
目指すベクトルがズレるのは、“物差し”が定まっていないから
組織開発は、漢方薬で緩やかに調子を整え、外科手術で血を流す

LINE株式会社との経営統合が大きな話題となった、株式会社ヤフー。同社の人事施策「1on1」は、上司が部下のために1週間に1回、30分間の対話をするというもの。2017年に書籍化(『ヤフーの1on1―――部下を成長させるコミュニケーションの技法』)され、成功事例として多くの注目を集めました。

そんなヤフーの1on1。よいことだけではなく、負の側面があったことを知っていますか。

ヤフーで組織開発に携わる小向洋誌さんは「ヤフーの“物差し”を渡せていなかった」と当時を振り返ります。そして「負の側面があったからこそ、人事施策の舵を切れた」とも。

今、ヤフーは人事施策を方向転換して、どこへ向かっているのでしょうか?そして、書籍でも語られなかった失敗とは?舵を切ったこのタイミングで「人事制度を変化させ続ける重要性」について小向さんにお話を伺いました。

「100点満点中、何点だと思う?」内省を目的にしたヤフーの1on1

部下を成長させる人事施策として、御社が実施する1on1が話題になりましたね。改めて、1on1を始めることになった経緯を教えてください。

「100点満点中、何点だと思う?」内省を目的にしたヤフーの1on1

小向氏:2012年に社長が代わったことをきっかけに、人事施策のコンセプトが「才能と情熱を解き放つ」になりました。しかし、当時のヤフーは「俺の背中を見て育て」という職人気質の上司が多く、部下が十分な教育を受ける機会がなかったんです。部下の才能と情熱が解き放たれやすい状況ではありませんでした。

まず、上司と部下のコミュニケーション量を増やさなければ。こうして、部下が経験から学ぶ力を引き出すことを目的として始まった人事施策のひとつが1on1でした。

週1回30分、上司と部下が一対一で対話をする。この取り組みを実行に移すのは、容易ではなかったと思います。

小向氏:そうですね。上司が丸腰のまま1on1を実施しても、表面上のコミュニケーションにしかならないと思いました。なので、“アメとムチ”方式を取り入れまして。アメは上司に対するスキル提供、ムチは部下に対するサーベイ(調査)です。

具体的には、上司にはティーチング・コーチング・フィードバックの研修を受けてもらい、部下には「上司の1on1はどうだったか」のアンケートを取ることにしました。

上司の1on1はどうだったか

部下に「上司の1on1に対してのフィードバック」という機会を持たせる、と。確かに、建前ではない、本質的なコミュニケーションが実現しそうです。1on1がより充実した時間になるよう、現場の方が意識されていたことはありますか?

小向氏:1on1の運用で一番意識していたのは、経験学習によって部下に内省してもらうこと。部下が目標達成をしてもしなくても、上司は「100点満点中、何点だと思う?」「どうすれば100点になると思う?」とコーチングの手法で問い掛けます。1on1では、仕事の結果よりも、「次にどうつなげていくか」を重要視していました。

その結果、上司と部下の対話も、部下から上司に対してのサーベイも、建設的にフィードバックする文化が根付きましたね。部下に対して、上司が「今期、この部分が良いと思ったけど、この部分は残念だった」と言う。そして、部下も上司に対して、「●●さん、もっとこうしてもらえたらやりやすいです」と遠慮せずに伝える。人や組織が育つ土壌ができました。

ただ、1on1の施策は、成功したと同時に負の側面もありまして。その点も踏まえながら、人事施策の舵を大きく切ったんです。

目指すベクトルがズレるのは、“物差し”が定まっていないから

世間では1on1の光の部分ばかりに焦点が当たっていたので、負の側面もあったとは意外です。どのような内容でしょうか?

小向氏:会社が目指していきたい方向と、個人が目指していきたい方向が重ならないことが出てくるようになりました。

1on1での「これから何をしていきたいのか?」というコーチングによって、部下の才能と情熱が解き放たれます。その結果「私が本当にやりたいことに気づいた!」など、個人の情熱のベクトルが、ヤフーがこれから向かおうとしているベクトルとズレてしまうことがあったんです。

目指すベクトルがズレるのは、“物差し”が定まっていないから

なぜ、1on1によってベクトルのズレが生じたのでしょうか?

小向氏:それは、「コーチングの要素が強く入り過ぎた1on1を行っていたから」です。コーチングの手法で問い掛けることによって、部下が主体的に考え、自分で物事を発見できるようになるんですよね。この感覚は、上司にとって気持ち良いもの。その気持ち良さから、なんでもかんでも部下に問いかける上司が一部生まれました。

しかし本当は、相手の状況を観察した上で、コーチングやティーチングを使い分けてほしいのです。たとえば、新入社員に「今期、どんなことをやってみたいと思っているの?」と問い掛けても、答えられないですよね。だって、「会社の目指す方向」「自分に課せられたミッション」といった“物差し”が自分の中に存在しないわけですから。

確かに、困ってしまいますね。でも、部下への期待から、つい「何をやりたいの?」と問い掛けてしまう上司が多そうです。

小向氏:もちろん、コーチングするのは効果的だと思いますよ。ただ、問い掛けをする前に、知っておくべき情報を教えなければなりません。上司から部下に、リクエストを送る必要があるんです。「会社としてはこんな目標を掲げていて、あなたにはこんなパフォーマンスを求めている」といったように。

これは基本的なことですが、コーチングの楽しさにハマると、見落としがちになってしまうポイントです。

コーチングの楽しさにハマると、見落としがちになってしまうポイント

まずは会社の一員として持つべき“物差し”を提示してあげるんですね。

小向氏:はい。自分の中にヤフー社員としての判断基準さえあれば、対話の内容がミッションの範疇を超えることはありません。「ヤフーの一員としての自分」がやりたいことを考えられるようになります。“物差し”がないなかで「何をやりたいの?」と深掘りされると、「あ、今の仕事をやっている場合じゃない!」となってしまうんです。

人事施策は、事業に資するためにあるもの。この経験によって「事業成長の後押しをする人事施策を行う」という意識を念頭に置かなければならない、と改めて気付かされました。

現在は、どの方向に人事施策の舵を切っているのでしょうか?

小向氏:「耕された土壌の上で、一人一人がどうコミットするか」という実を収穫するフェーズに入りました。

2012年から、たくさんの施策を打って失敗と成功を繰り返しながら、社員の才能と情熱を解き放てるように土壌を耕やしてきました。しかし、圧倒的な結果を出したい。日本をアップデートできるような革新的なサービスを提供したいんです。

今目指しているのは、“ついで”や“ラッキー”では登れない大きな山。その山を登り切るためには、社員が同じ方角を向いて、一致団結できるような社内の基盤を固める必要があります。そのために、一度外を向いたみんなの意識を、再び内側に向けようとしていますね。

意識を内側に向けるために、どのような施策を実施されているのでしょうか?

小向氏:今は新しい施策を取り入れず、「ゴールを明確にする」という原点に戻っています。たとえば、月1回の全社朝礼で、事業戦略を明確に伝えるようにしていて。全社朝礼の目的は、社員全員が正しく戦略を理解すること。目指す場所を見失って社員が迷子にならないよう、「ヤフーの北極星はここにある」と示しています。

「GRPI(グリッピー)モデル」という言葉、聞いたことありますか?組織開発コンサルタントのリチャード・ベックハード氏が提唱する、健全な組織をつくるためのフレームワークです。

GRPI(グリッピー)モデル

(ヤフー社 提供)

「目標」「役割」「手順」「関係性」という4つの要素で構成されていて、三角形の頂点に近付くほど重要視されています。組織づくりをするときは、上から順番に手を付けていく。関係性・手順・役割は、目標の上には成り立ちません。

「社内の雰囲気が悪い」「事業の進め方がわからない」「何をするべきかわかっていない社員がいる」といった課題を解決したいと思ったとき。まずは「ゴールが明確に設定されているか」を確認する必要があります。続いて目標を達成するための各々の役割、目標を達成するためのフローが明確になっているかを順にチェックし、最後にメンバー同士の人間関係や、どのようなコミュニケーションが交わされているかまで見ていく。今のヤフーが行っていることをこの「GRPIモデル」のフレームで見ると、Goalに力を入れていることになります。

組織開発は、漢方薬で緩やかに調子を整え、外科手術で血を流す

「耕す」から「収穫」に舵を切る。この大きな方向転換をするのに躊躇はありましたか?

小向氏:必然的な変化だったので、ありませんでしたね。会社の状況や抱える課題は、常に変化していきます。目指す先やフェーズが変わったら、人事制度も変わらなければなりません。

人事制度は、だいたい2~3年で見直すべきではないかと考えています。人事・採用担当者は、2〜3年後に登り切る山を見据え、「どんな人に育ってほしいのか」「今はどのフェーズにいて、どんな課題を解決すれば良いのか」といった戦略を立てるべきだと思いますね。事業の変化に合わせて、人事制度も変化させる。

組織開発は、漢方薬で緩やかに調子を整え、外科手術で血を流す

一方で、「変化させて失敗したらどうしよう」と考える組織も多そうです。

小向氏:人事施策に100点はありません。うまくいったと思っていても、弊害が必ずどこかにある。

ヤフーの1on1も成功事例として焦点が当てられましたが、会社と個人のベクトルのズレという負の側面もありました。ただ、1on1を実施したからこそ、会社のフェーズが一段上がり、新たな課題を見つけられたのだと思います。失敗を恐れて行動を起こさないのは、現状を維持しているだけです。

「とりあえず一通りそろえておけば大丈夫なはず」と、人事制度を取り入れる会社もあるかと思います。そんな会社が、成長のために組織開発をしようと思ったら、何をするべきでしょうか?

小向氏:僕は、対話などで一人一人と向き合うことを「漢方薬」、人事制度で環境を強制的に変えることを「外科手術」だと表現していまして。この2つのバランスを取りながら、組織づくりをしていくべきだと思います。

対話という漢方薬は、組織を円滑に回してくれる効果がある。不調の予防もしてくれるため、いざというときの治りも早い。その心地良さから、一度効果を実感すると、手放せなくなってしまう組織も多いでしょう。ただ、忘れてはいけないのが、漢方薬は特効薬ではないということ。あくまでも、緩やかに調子を整える、サポート役のクスリなんです。

会社の未来を考えるなら、評価や登用、異動などの外科手術をしなければならない。手術は痛みを伴いますが、現状を良い方向に変えたいなら選択するべき手段です。

外科手術の効果の高さは、漢方薬では発揮できません。組織開発をするなら、漢方薬の心地良さに甘えず、時として血を流すことも必要です。人事は、事業に資するためにあるのだから。

バランスを取りながら、組織づくりをしていくべき

【取材後記】

フィードバック文化の構築、人や組織が育つ土壌づくり、部下の成長。そんな1on1の輝かしい功績の裏側には、負の側面もありました。人事施策を考える中で、「変化による失敗が怖い」と悩む方も多いと思います。そんな方にとって、「100点満点の人事制度はない」という小向さんの考えは、一歩踏み出す勇気になったはずです。

「この人事施策でいいのかな?」と迷ったときは、“事業に資する人事”という言葉を思い出してみてください。会社が成長するための、道しるべになってくれるのではないでしょうか。

(取材・文/柏木 まなみ、撮影/黒羽 政士、編集/田中 一成・檜垣 優香(プレスラボ)、齋藤 裕美子)