【弁護士登壇】パワハラ防止法の改正に伴う企業の対応や対策のポイントを解説/2022年4月から中小企業も対応必須

弁護士法人マネジメントコンシェルジュ/社会保険労務士法人Clarity

弁護士/社会保険労務士 宇都 さくら

プロフィール

パワハラ、セクハラ、マタハラなど。人事はもちろん、従業員、経営者にとっても注意すべき様々なハラスメントがあります。このようにハラスメントが社会問題となっている背景もあり、パワハラ防止法では、ハラスメントに関する内容が明確に記載されました。

法律の内容はもちろん、企業・人事は具体的にどのような点に注意し、ハラスメントの対応や対策を行えばよいのか。宇都さくら弁護士に解説していただきました。

パワハラによる労災認定のリスク

 

こちらのスライドは、全国にある労働局の総合労働相談センターへの相談件数の推移を、グラフにしたものです。注目していただきたいのは、青色の線。いじめ・嫌がらせ、つまりパワハラによる相談件数が2011年には45,939件であったのが、2020年には97,553件に2.12倍も増加していることです。

グレーや水色の線で示した解雇や退職勧奨の相談もパワハラと密接に関係する内容ですから、パワハラに関する問題が含まれていると考えられます。パワハラが発生すると、企業や経営者には、次のようなリスクが発生する可能性があります。

・人材流出
・労災認定リスク
・レピュテーションリスク
・損害賠償・民事賠償リスク

 

労災認定リスクについて、詳しく解説します。スライドの表は、精神障害による労災の請求件数ならびに、認定状況の推移を示したものです。一番上の数字、請求件数は増加傾向にあり、平成30年は過去最高の1,820件を記録。そのうちの465件が、労災認定されています。

注目すべきは465件のうち、真ん中の赤枠、「(ひどい)いじめ、嫌がらせ、又は暴行を受けた」「同僚・部下とのトラブルがあった」などパワハラ由来とされる内容が、90件近くに上っていることです。

このように、パワハラが社会問題化している状況において、パワハラ防止法でパワハラの防止対策が法定化されることを踏まえて、精神障害の労災認定基準も改定され、パワーハラスメントが明記されました。以下のスライドの通り、「業務による強い心理的負荷が認められること」という要件を判断するための「具体的な出来事」として、「上司から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」「同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」との項目が明確に加えられました

参考:業務による心理的負荷評価表(別表1)

パワハラに関連する訴訟の賠償額は1億円を超えるケースも

 

損害賠償ならびに民事賠償リスクについても解説します。スライドは、パワハラにより従業員が自殺した各判例における、賠償額を示したものです。ご覧の通り、1億円を超えるケースも少なくありません。

パワハラ案件は解雇と一緒に主張される事案も多く、解雇紛争は企業側、紛争件数も増加傾向にあります。ネットで「不当解雇 弁護士」と検索すると多くの弁護士が同案件の広告を出しており、相談料、着手金などを全て無料とし、完全成功報酬型で対応する弁護士も多く、被害者にとっては相談しやすい状況となっています。

具体的な賠償金額は、自殺等の特異な事情がない場合の相場は10万~300万円。仮に、裁判所でパワハラが認められないと判断された場合でも、解決金などを払うケースも多いですし、完全勝訴した場合でも弁護士に50万円ほどの費用を支払う必要があります。

つまり、パワハラの事案が紛争化してしまうと、企業は相応の支出が伴うものであるということを理解しておくことが重要です。

労働組合・ユニオンなどによる炎上化リスクも、考慮しておく必要があります。自社に組合がないとしても外部のユニオンに入り、そこから団体交渉の申し入れをしてくるケースが増えているからです。

以前は会社や経営者の自宅前に大勢が訪れ、シュプレヒコールをするのが一般的でした。ところが最近は、パワハラの証拠音声や動画をSNSにアップし炎上させる手法に変わってきています。経営者にとっては会社のトップとして炎上した際の謝罪対応はもちろん、先に紹介した損害賠償請求においては代表個人に対して行えることも、知っておく必要があります。

パワハラ防止法で抑えておきたい4つのポイントとは?

 

パワハラ防止法でおさえておくべき点は、1つ目は、パワハラの定義がスライドの通り、明確に法律で定義されたことです。2つ目は、雇用管理上の措置義務が法定化されたことです。3つ目は、パワハラの相談をしたこと等を理由に不利益な取り扱いをすることが禁止されたことです。4つ目は、雇用管理上の措置義務や不利益取り扱いの禁止に違反した場合に罰則が設けられたことです。

企業として具体的な対策が必要になるのが、2つ目の雇用管理上の措置義務になります。以前であれば、過去および現在においてハラスメントが発生しているかどうかが問題でした。しかし改正後は、ハラスメントの相談を当事者から受けた際、企業は適切に対応すること、対応できる体制の整備や管理上必要な措置を講じておく必要があることとなりました。

企業の雇用管理上の措置義務の具体的な内容については、法律ではなく指針として、スライドに挙げた10項目が出されています。

パワハラ防止法と照らし合わせ、使いやすい就業規則を整備する

ここからは具体的に、パワハラ防止法の対策を進めていく流れや、ハラスメントの報告を受けた際の対応について解説していきます。大きな流れとしてはスライドの通り、以下4つのステップで進めていきます。

 

まずはアンケートを実施し、ステップ1「事業主の方針を明確化・実態の把握」を進めていきます。事業主の方針の明確化については、アンケートにトップのメッセージを添付することで示します。

アンケートにおいては、無記名であることはもちろん、回収時にも個人が特定できないよう、メールではなく回収箱を利用したり、あるいは個人が特定できない専用のアンケートアプリなどを活用したりします

アンケートの結果については、従業員に報告します。仮に、アンケートでハラスメントが報告された場合には、これから説明するハラスメント専用の相談窓口を、信用して利用してもらうように伝えます。過去のハラスメントが報告された場合には、改めて社内に問題がなかったかどうかを見直します。

 

ステップ2では、メールに添付したトップメッセージを改めて、パンフレットやポスターにして、全従業員に周知・啓発します。サンプル原稿を紹介しますので、参考にしながら自社向けにアレンジした内容としてください。

就業規則はパワハラ防止法や指針に沿った内容に変更します。各種ハラスメントの禁止規定を定めると共に、懲戒規定と連動させます。就業規則に委任規定を設け、詳細は別規程に定めることがおすすめです。これらの変更内容を周知・啓発することも義務化されています。

具体的な就業規則の内容は、こちらのスライドを参考にしてください。例えば⑧調査協力義務をきちんと明記しておけば、仮に協力したくないと従業員が発言した場合でも、協力する必要があると規則を基に主張できます。

同じく⑩第三者の立ち会いにおいては、事前に禁止との規定を設けておくことで、弁護士の立ち会いがないと意見しないといった対応を認めずに済みます。⑪緊急措置においては、行為者を自宅待機させることができると規定しておきます。

項目はたくさんありますが、ポイントは人事が(会社が)使いやすい就業規則になっているかどうかです。この点について改めて確認してください。

パワハラ防止法対応の要点は、相談窓口を設置と適切な運用

続いては、相談窓口を設置します。具体的な流れとしては、まずは先の就業規則と同様、相談窓口を設けることを、あらかじめ社内に伝えておきます。その上で、ハラスメントの相談に対応する担当者を決めると共に、相談の内容や状況に応じ、人事部門と連携を図るような体制を整備します。

相談窓口業務向けの研修を実施すると共に、マニュアルも作成します。担当者が代わっても同じく対応できる体制とするためです。従業員数が少なく兼務するのが難しい、適任者がいないといった場合には、外部の機関に相談対応を委託することも可能です

 

「相談窓口など設けてしまったら、ハラスメントの相談件数が増え、余計不安になるのでは?」

経営者の方から多くいただく言葉です。実際、経団連の資料によれば、パワハラの相談件数は増えていると答えた企業が44%にも上ります。ただここでお伝えしたいことは、相談窓口を設けることで、先の判例のような重大な事案に発展する前に、社内で解決できる段階で問題を認識できるということです。相談窓口を設けることは、ハラスメント対策における良き取り組みであると考えていただきたいのです。

もうひとつ、相談窓口業務において注意すべきポイントがあります。ハラスメントとの線引きが難しい、指導やマネジメントに関する相談内容であった場合です。ハラスメント事案ではないと一蹴するのではなく、相談は広く受け付け、相談者の話を最後までしっかりと傾聴する姿勢でいることも大切です。

ステップ3では、就業規則の変更内容・労使協定の社員への周知・啓発、そして、管轄の労働基準監督署への届け出を行います。その際には投票や挙手などによる手続きで労働者の代表を選出し、その代表者から意見を聞く機会も設けます。

業務指導とパワハラの線引きは「目的」と「手段」で説明することができるか否か

最後のステップでは、管理職ならびに相談窓口担当者に対して、先の制度を運用する前に、研修を行います。どのような行為がハラスメントに当たるのかといった内容については、eラーニングなども活用できるでしょう。

一方、自社の就業規則で具体的にどのような行為がハラスメントとして禁止され、懲戒処分の対象になるかなど、踏み込んだ内容とするためにはオリジナルのコンテツを作成する必要があるため、別途、研修を設けることが有用です。自社で作成することが難しい場合は、外部の専門機関にお願いするといいでしょう。

 

 

研修で学ぶべき一番のポイントは、どのような行為が実際にハラスメントに当たるのか、です。業務指導との線引きが難しいところですが、スライドで示した通り、「目的」と「手段」で説明できるのが業務指導だと覚えておくことが重要です。

 

 

ひとつ、裁判例をご紹介します。こちらの事案では、指導・教育するという目的は正当でした。しかし、社員の地位を否定する発言をしていることが、指導・教育する手段として相当性を欠き、パワハラであると認定された事案です。感情的な言葉を使わないよう、注意する必要があります。

相談窓口を正しく運用することも重要です。設置したのはいいけれど、ただ設置しただけで、従業員から相談があったにも関わらず、その後の対応を放置すると安全配慮義務違反として企業の責任が問われます。相談窓口はあくまで、ハラスメント調査の入り口だと認識する必要があります。

 

具体的にはスライドの通り、相談を受けたら、相談者、行為者、行為者の上司など第三者などにヒアリングを行い、その上でハラスメントがどうかを判定。判定後は、対応や措置、再発防止策を講じます。

例えば、先輩従業員からのパワハラにより自殺をしてしまったという事案の裁判例では、先輩従業員に賠償責任があると認定されたことはもちろん、先輩従業員のパワハラを知りながら、対応が不十分であったとして企業にも独自の責任があるとされ、6,000万円近い損害賠償責任が科されました。

では、これまで紹介してきた雇用管理上の措置義務を講じていれば、パワハラ対策として十分だと言えるでしょうか。これだけでは、十分とは言えません。例えばハラスメントが民事事件だけでなく、刑事事件ともなった場合は、メディアで報道されてしまうなど、レピュテーションリスクとなる可能性が高いからです。

 

そのため、ハラスメントという大きい概念で検討するのではなく、発生してしまったハラスメントがスライドのどの箇所に該当するのか、ハラスメントのレベルを意識して対応を検討し、その上で、それぞれの対策の専門家に相談することが必要です。

もうひとつ、体調不良を理由に休職した従業員が退職・解雇を免れるために、パワハラがあったと主張するケースが多く見られます。

パワハラによる精神障害が認められれば、先ほど紹介したように労災が認定され、従業員は退職・解雇を逃れることができるからです。そのため、体調が悪いため休職をしたいという相談があった段階から、パワハラを疑い、体調不良の原因をヒアリングしておくことが重要です。

 

編集後記

2022年4月から中小企業でも職場でのハラスメント対策の強化が法的に義務付けられます。パワハラ、セクハラ、マタハラ等のハラスメントは、職場秩序や組織風土の乱れや損害賠償・レピュテーションリスクなど、事業活動へマイナスの影響を及ぼしかねない問題です。今回の法改正を機に、就業規則の整備や相談窓口の設置、運用方法などを見直してみましょう。

取材・文/杉山忠義、監修協力/unite株式会社、編集/白水衛・d’s JOURNAL編集部

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