「日本×台湾」のいいトコどり。年休130日、昼寝も可能…なのに連続増収、離職ゼロ維持するグローバルな会社の秘密
コロナ禍を機にリモートワークの導入など働き方改革が一気に進んだ現代日本。しかし、高齢化による労働人口の減少、外国籍人材の登用、ワークライフバランスやダイバーシティ&インクルージョンなど、私たちを取り巻くはたらく環境はますます複雑かつさまざまな課題を孕みつつある。
そんな中、日本人社長が設立した台湾法人のはたらく環境に注目が集まっている。それが「CAKEHASHI-カケハシ-」(本社:台北市信義區信義路、代表取締役社長:秋山光輔)だ。
同社は日本と台湾という2つの国のはたらく環境において、良い点をギュッとひとつにしたかのような会社づくりを実現している。例えば、週休3日制導入、年間休日130日以上、2年連続社員の離職率がゼロ、残業時間を大幅に削減した働き方改善などだ。しかも業績は設立以来黒字経営を継続中とのこと。いったいどうしてそのような会社づくりを行えたのか。同社の代表の秋山光輔氏にその秘密を公開してもらった。
シングルファーザー社長が直面した仕事と家庭の両立の壁
「CAKEHASHI-カケハシ-」(以下、カケハシ)は、日本人社長である秋山光輔氏(以下、秋山氏)が設立した台湾法人だ。設立より今年で11年目となる、Webマーケティングを主体とした会社である。日本の商品やサービス、インバウンド観光関連・日本の技術などを主に台湾人向けにインバウンド集客支援を実践。KOL(Key Opinion Leader:キーオピニオンリーダー)やウェブ広告運用を得意分野としている。
具体的には、「台湾で影響力のあるインフルエンサーとタッグを組み、日本の食べものや商品をPRする」、「台湾に輸出して日本の商品・サービスを売りたいという要望をオールインワンサポートで実現する」などといった、国境を越えて日本の魅力を発信するサポートサービスやインフルエンサー事業を展開している。「日本の料理職人のこだわり」や「地方の伝統工芸品の美しさ」など、通り一遍的なPRだけではない情報発信も心掛けているのだそうだ。
同社で従事する社員は、台湾人が7割、日本人が3割という構成であり、最大の特徴は、それぞれの文化や知識を融合しながら、両国の良いところをギュッと詰め込んだハイブリッドでグローバルな職場環境を築いていることではないだろうか。そうした環境での活躍する社員のモチベーションは高く、設立以来連続黒字経営を維持している。
代表の秋山氏は、6歳の娘を育てるシングルファーザー。一昨年、配偶者を病気で亡くし、現在は、娘と台湾で2人暮らしをしている。子どもを育てる親の大変さを日々実感しながら過ごしているという。
「これからを生きる子どもたちが、日本が持つ魅力や文化を誇りに思い、未来へつなぐことができる環境を作って行くことも今後の目標です」と語る秋山氏。会社運営はもちろんだが、家族や友人たちと過ごす時間もしっかり確保するワークライフバランスを実現した働き方への注力にも余念がない。
社長自ら、働きやすい環境づくりに尽力している会社であるということも加えてお伝えしたい。
さて、コロナ禍を経験した日本でも、リモートワークをはじめ少しずつ柔軟な働き方が推奨されてきているが、いまだ多様性を認めつつも一人一人に適した働き方が実現できているとは言い難い状況だろう。ところが同社では、週休3日制や年間休日130日以上などを導入しつつも、業績を上げ続ける社内体制をつくり上げている。社員にとって余裕のある環境が一人一人のはたらくモチベーションアップにつながっているのだ。
ここで台湾の人々のキャリア観について簡単に説明してみたい。台湾では、自身がキャリアアップをする場合、勤続年数は重視せず、より給与・待遇の良い会社に転職しながら、自身のキャリアをアップデートする米国に似たジョブホッピングの風潮があるという。
一見ドライと見られがちだが、人間関係や余計なしがらみを気にせずに、自身のキャリアと向き合える環境と文化があり、概ね転職に適している社会と言える。それを裏付けるように、台湾の転職市場は極めて活況であり、勤続1年前後の転職が一般的だそうだ。
また、”切り替え”を大変重要視する台湾人は、例えば会社の昼休みの時間を比較的長くとり、昼寝をするという「昼寝の文化」が根付いている。昼休みになると会社の照明をすべて落として、全社員で一様に昼寝をする会社も少なくはない。
カケハシでは、そうした台湾人の気質も考慮しながら会社環境と制度を整えている。2つの国の社員が活躍する同社では、土日の週末休みに加えて、台湾と日本の祝祭日を両方取り入れている。どちらかの文化に寄せるではなく、どちらも大切にする。そのため同社の年間休日は、130日以上と多い。
当然、前述の「昼寝の文化」も社内に採り入れており、昼休みには昼寝をする社員もいるという。
日本のはたらく環境は世界的に見ても祝祭日を含めて休日が多いと言われている。同社はそんな日本のトレンドを突き抜けてさらに休日数が多いわけだ。このような環境で業績を上げ、さらには中で働く社員のキャリアアップも果たすことが出来るのだろうか。その秘密は次項から説明する2つのポイントでクリアしているようだ。
前向き目標設定「やる気アップ面談」でモチベーションを維持する
同社は年間休日130日以上と、日本や台湾の一般的な企業と比べても群を抜いて年間休日数が多い。では仕事とプライベートにどのようなメリハリをつけているのか。そのポイントは、社員一人一人が自ら設定する目標設定(3カ月毎)にあった。目標設定後は、月に一度代表と1対1の「やる気アップ面談」を実施しているのだという。
この面談は、ただ単に業績を達成するための目標面談ではないユニークな試みが施されている。
まずは「仕事の目標設定」だ。これは言うまでもなく、業績へのコミットである。3カ月という限られた時間の中でどれだけ自分を成長させられるかを自分で、具体的な目標を決めて、実践していくのがポイント。もちろん結果だけでなく、そのプロセスも重要視される。例えば、「受注案件を●件獲得する・これをもっとスムーズに実行できるようになる」など、だ。ここまでは多くの企業で実践されている内容なので、多くを説明する必要はないだろう。
同社の制度がユニークなのは、次に「プライベートの目標」を設定すること。例えば、「休日にはこんなことやりたい」「ダイエットを頑張る」「資格を 取得する」「恋人&家族と過ごす」などといったことで、その内容はどんなことでもOKだとしている。
また、目標を決めてもつい怠けてしまったり、躓いていても解決しないまま進んでしまっては意味がない。目標達成に向けてより良く進むようアドバイスを受けたり、やる気を喚起させるコミュニケーションとその場の醸成は必要であるという。
プライベートな話は自身が話せる範囲で可。そうすることで「限られた時間と期間を有効に使う」という意識付けが成される。社員が目標を達成するために必要なフローなのだそうだ。
こうした内容を闊達にコミュニケーションできる環境が醸成されているということは、前段として「心理的安全性の確保」が実現されていることにほかならない。社員や経営陣との心の垣根は低いように見える。
こうした”2本立て”の目標設定を置くのは、どういった狙いがあるのか。同社の代表である秋山光輔氏(以下、秋山氏)にそのポイントを聞いた。
「まず人々の就職に対する考え方は、国によっても大きく異なります。例えば日本人は”人に就く”と言われ、台湾人は”会社に就く”と言われています。日本人は就労環境や一緒に働く同僚の人間関係をとても気にしますし、仕事のモチベーションにも直結します。
対して、台湾人は『この会社は自分をどのように成長させてくれるのか、どう扱ってもらえるのか』を大変重視しています。結果を出して、それによって給料を上げていく――。LinkedIn(リンクトイン)などのSNSを当たり前のように活用して転職前提の働き方をしています。
日本人と台湾人が在籍する当社ですから、当然人と会社(仕事)の双方にアプローチすることで、社員のモチベーションはどこにあるのかを探って寄り添うことが出来るのではないかと考えたわけです。
根性論で仕事に取り組む必要はないです。私もシングルファーザーとして、家族や友人と過ごすことの大切さは骨身に染みていますから、当社で働くことをきっかけに人生について深く考えてもらうことが狙いです。もちろん私たち経営層がどこまで親身に社員を見られるかにも拠るところだと思っています」(秋山氏)
●業務効率化のポイント、「社内完全内製」きっかけに
年間休日数が多いとはいえ、その中でも業績を上げ続けていくのは会社として、社員としても命題だ。なんと当社は設立以来、連続で黒字経営を達成している。どのような効率化が内部でなされているのだろうか。これが2点目のポイントである。秋山氏は以下のように説明する。
「台湾に拠点を構えて10年余り。社内の業務を完全社内完結体制として整えました。つまり外部へ依頼する業務はほぼ無し。しかもクライアントとのやりとりを別日に持ち越すようなコミュニケーションは極力排除させ、効率化アップを果たしました」(秋山氏)
元々は、業務効率化に加えて、現地ローカライズのために、パートナー企業へ外注していたプロジェクトやプロダクトが多かったという。ところがクオリティコントロールがうまくいかずかえってクライアントワークを含めて業務量が増加してしまった。そこで外注をせず、社内完全内製を進めることでこの問題をクリアしていったという背景がある。
さらに社員全員で経営的な概念、原価や工数、営業利益率などを強く意識することによって、結果、いわゆるQCD(Quality:品質、Cost:コスト、Delivery:デリバリー)も両立した。つまり社員全員が裁量権を持ち「持ち帰ります!」「依頼しておきます!」「確認しておきます!」がいらない世界を実現したということだ。そして残業もほぼほぼなくなったというから驚きである。
こうした施策は会社制度を整えるという大上段からの取り組みというより、社員一人一人が心掛け、現場の声を経営に反映させていったことで実現していったそうである。これにより、設立から11年目を迎えた現在でも、会社への社員エンゲージメントは高く、総離職者は10人未満、直近2年間では離職者ゼロを維持し続けているという。
台湾法人運営を通して発見した、真の多様性ある職場づくりとは
「毎日が仕事でいっぱいになるのではなく、自分自身が大切だと思う人と過ごす時間がいかに重要であるのかを、社員一人一人と一緒に考えながら、働きがい溢れる会社とはどのようなものか、日々模索しながらも環境づくりに努めています」――。このように語るのは秋山氏である。
近年、コロナ禍によりグローバル化の波は一旦落ち着いているものの、世界的傾向としてみるのならば、ダイバーシティ&インクルージョン(diversity & inclusion)をはじめ、ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGsなど、グローバルスタンダードな価値観や経営手法が広がり、働き方やそれを取り巻く環境は刻刻と変化している。
台湾法人を設立して11年目の同社と秋山氏は、こうしてグローバル化する世界と日本のはたらく環境をどのように見ているのか。特に外国籍人材を雇用して会社環境を整えたい企業に対してそのポイントと提言を伺った。
「『多様性あるはたらく環境』、と皆一口に言ってしまいがちですが、文化も風習も違う国籍の人たちが一堂に会していましたら、それは通り一遍の施策ではうまくいきません。誰かにとって働きやすい環境とは、裏を返すと誰かにとっては働きにくい環境となっている可能性も否めないからです。
ポイントは、社員一人一人の意識改革でしょうか。例えば、台湾にもグルメレビューサイトがあり多くのユーザーが活用していますが、書き込まれるレビューはストレートな意見が多い。日本人特有のいわゆる”オブラートな言い回し”などは、台湾の文化にはありません。
また、ストレートな言動はビジネスシーンでも現れています。例えば、本題・結論からスタートする、予定していた時間内に完結できるように動く、メール宛先にCCを加えず当事者間で物事を進めていく、などでしょうか。それが時に時間短縮になってメリットを生み出すシーンもありますし、かえってクライアントワークに軋轢を呼んでしまうケースもあります。
ですから、互いの国や文化風習をまず理解して、『この人のこうした行動にはこのような文化的背景があるのだな』と理解するだけでも違います。つまり互いに理解する意識をしっかり持ち続けることがダイバーシティを実現させる一歩だと感じます」(秋山氏)
同社では、会社ルールの補填として、「やってはいけないご誓文」という共通見解を作って実践している。その中には「(クライアントへの)不必要な接待はしない」という条項も存在している。飲みにケーションの文化は必要最低限で良いという考えがこのご誓文に表れているわけだ。
わざわざ明文化する必要はないと考える読者も多いだろう。しかしこうした小さな文化の相違が会社と社員のエンゲージメントにも影響してくるためグローバルな環境を整えたい企業にとっては大事な取り組みだと秋山氏は語る。
ちなみに台湾人の日常の挨拶のひとつとして一般的なのは、「吃飽了嗎?=ご飯食べた?」だそうである。挨拶ひとつとってもコミュニケーションと人との距離感が日本とはまったく違う。
日本では飲みにケーションを通じて顧客の関係性を深めていく会社も多い中、同社のクラアントやステークホルダーとの関係性深化は、仕事の中で高めていくという考え方。思ったらすぐに本音を相手に伝える傾向のある台湾文化の中で、お近づきの方法は自分たちで考えながら実践していくのだという。
同社の今後の展開も聞いた。
「2022年以降はアフターコロナを見据えて国境が徐々に解放されていき、レジャーやトラベル系が復調していくのは明らかです。2019年のデータで恐縮ですが、訪日外国人旅行客の消費額構成比では、1位36.78%の中国に次いで、台湾は11.46%と2位となります。台湾がもたらすインバウンド需要には希望的観測も含めてポテンシャルがあります。
こうした需要に対応するためにも、これまではインバウンド主体でしたがの春に台湾のクラウドファンディングを活用した日本商品の台湾進出を支援するサービス「Tonarie – トナリエ」をリリースしました。今年、日本の商品をもっと台湾で普及させるためのマーケティングを敢行していく予定です。両国の発展に寄与すべく社名を『カケハシ』としている通り、文字通り橋渡しにもっと注力していく所存です。
引き続き、さまざまな国に展開するグローバル企業も日本からどんどん生まれていくでしょうし、それぞれの国の働き方の良いところを併せ持ち、属する国の経済発展に貢献できる企業も誕生していくでしょうね。そうした世界の実現を非常に楽しみにしています」(秋山氏)
※「TTE台北国際観光博覧会」での様子
取材後記
日本と台湾のはたらく環境が融合した台湾法人「CAKEHASHI-カケハシ-」は、年間休日が130日と多い中でも、社員それぞれの家族や友人を大切にしてなお、実績を上げ続けている会社だ。クライアントワークでは、「持ち帰ります」といった対応で業務時間をひっ迫させている会社も多い中、その点を完全内製化でクリアしていく同社の取り組みには爽快さを覚える。働く環境は、国が違えばその分だけ多種多様になる。大事なのは、そうした各国の文化や伝統、歴史的背景を知り、ローカライズしたり、歩み寄る姿勢が、そうしたグローバルな環境をつくる一歩となるのではないだろうか。
取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部
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