上司と部下のすれ違いが「びっくり退職」に…。1on1の趣旨を正しく理解し、人材流出を阻止!

株式会社サーバントコーチ

代表取締役 世古詞一(せこ・のりかず) 

プロフィール

リモートワークの普及も相まって1on1を導入する企業が増え、その重要性がますます注目されるようになりました。

一方、1on1がただの業務報告や部下を管理するためのものとなり、上司・部下ともに面談を行う意味を見いだせないばかりか、むしろコミュニケーションの阻害要因になったり、新たなストレスの種になったりするという声もあります。

5年前に、著書『シリコンバレー式最強の育て方 ―人材マネジメントの新しい常識 1on1ミーティング―』で、優秀な部下がいきなり辞めてしまう「びっくり退職」を防ぐ方法を紹介した、株式会社サーバントコーチの世古氏は、社内コミュニケーションが著しく減少する中、「びっくり退職」どころか「勘違い退職」とも呼べる現象さえ起きていると語ります。

「びっくり退職」「勘違い退職」とは何か、そして1on1ミーティングを実りあるものにするにはどのような意識・工夫が求められるのかを、世古氏に伺いました。

「びっくり退職」「勘違い退職」の元凶は、コミュニケーションの機会・量・質の低下

──昨今、若手社員の離職率が増加傾向にありますが、この状況をどのようにご覧になっていますか?

世古氏:終身雇用が崩れる中、働き手側も1つの会社で勤め上げるという考え方にこだわらなくなっていますし、国が副業解禁を後押しするなど、働き方が多様化しています。また、転職のサポート事業に新規参入する企業が増えているのに加え、退職代行会社も登場し、会社を辞めて新たなキャリアを積むことに関して、ネガティブなイメージがなくなりつつある。退職・転職へのハードルが、どんどん下がってきているように感じますね。

株式会社サーバントコーチ 代表取締役 世古詞一(せこ・のりかず) 

 

──世古さんは以前著書で、優秀な部下が突然辞める「びっくり退職」について書いていますが、そのような形で退職するケースも増えているのでしょうか?

世古氏:「びっくり退職」は、信頼関係ができていると思い、これからも会社で活躍してくれるだろうと頼りにしていた部下が、いきなり退職してしまうという状況を表したもので、評価面談だけでなく1on1でコミュニケーションを深める必要性を訴えました。しかし、本を出してから5年経った今では、びっくりするどころか、いつ誰が辞めてもおかしくない状況になっています。

最近あった退職のケースを紹介します。以前から異動を希望していた部下がいて、上司も水面下で調整を重ねていたのですが、次のタイミングで異動させようとした矢先に、「会社は全然話を聞いてくれないし、ここにいても何も変わらない」と、その部下が退職を申し出てしまったんです。そうなってから「実は異動させようと思っていた」と言っても、後出しでそう言っているようにしか見えず、結局部下を引き留めることはできませんでした。

これは、異動のプロセスについて対話しなかったために、上司の意図に反して退職してしまうという「勘違い退職」とでも呼ぶべきものです。こういうことが起きる背景には、職場でのコミュニケーションの機会・量・質の低下があると思います。この10年余りのうちに短時間でどれだけ効率的に仕事をして生産性を上げるかが重要課題になりました。それに伴い、社内コミュニケーションも、目先の業務を効率的にこなすための情報交換だけに終始するようになってきています。

言い換えれば、このコミュニケーションは相手を成果を出すためのリソース(経営資源)とした「情報交換」であり、人間として相手が「考えていることや感じていることを聞く・話す」という機会が失われているのだとも言えます。さらに、オフィスでリアルに会っていれば、部下がどんな様子で働いているのかなど、非言語的な情報も得られますが、リモートになったことで普段の様子も見えなくなり、相手が何を考えているのか、どのようなフラストレーションをため込んでいるのかが、まったくわからなくなってしまっているんです。

──「びっくり退職」「勘違い退職」が起きる兆しのようなものはあるのでしょうか?

世古氏:まず、職場の問題として、対話が減ってきたら要注意ですし、社員が仕事の話ばかりで自分のことを話すのを避けるような様子を見せるのも、危険な兆候と言えます。部下の態度としては、以前は自分の考えを述べたり、反対意見を言ったりしていたのが、急に物分かりがよくなって「それでいいと思います」などと、上司に意見を言わなくなる場合もあります。部下は、単に会社や仕事に諦めを感じているだけかもしれないのに、それを上司が「あいつ最近、仕事のやり方がわかってきたじゃないか」と、また勘違いをしているというケースもありますよ。

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できる部下を放置せず、「教えてもらう」という姿勢で対話する

──びっくり退職を防ぐために、会社側が気をつけなければならないことは何でしょうか?

株式会社サーバントコーチ 代表取締役 世古詞一(せこ・のりかず) 

 

世古氏:社員の期待値に沿ったコミュニケーションを心掛けることですね。若い世代は、自分が仕事をする目的や背景、意味を求める傾向があります。それに対して、社員をリソースとしてしか考えず、「言われた通りにやりなさい」と上意下達式のコミュニケーションをしていては、エンゲージメントも高まりません。

情報をディスクローズして、何のためにこの仕事をするのか、この仕事をすることにどんな意味があるのかを丁寧に伝えていくべきですし、一方通行のコミュニケーションではなく、インタラクティブに対話する場を増やしていくことも必要です。

──1on1を有意義なものにするためのポイントを教えてください。

世古氏:1on1を行う上で、まず問い直さなければならないのが、部下に対する上司の姿勢です。組織の人材構成を語る際に、ハイパフォーマー2割、平均的な成果を出す6割、貢献度の低い2割から成るという「2:6:2の法則」がよく引用されますが、上司がどこに一番手を取られているかというと、貢献度の低いメンバー2割に対してなんです。仕事がうまくいかない人には、仕事のやり方を教えなければならないし、ミスをしたらフォローしなければならない。教育熱心な上司ほど、この2割に手をかけ過ぎてしまいます。

また、日本の管理職は、この2割のメンバーとのコミュニケーションが得意です。なぜなら、部下に対して「教える」「指示する」「問題を解決する」が、上司の役目だと思っているからで、部下とのコミュニケーションの取り方も、その3つがメインになっています。そうすると、自分のバリューも発揮でき、「いいアドバイスができたな」と、仕事をした実感を持てますから。

ところが、ハイパフォーマーに対しては、「何か困ったことはあるか」と聞いても、「特にないです、順調です」と言われるので、それ以上何を話していいかわからず、「じゃあ、今後もよろしく頼むよ」と、任せるという名目の下、放置してしまいます。部下の方も、上司に干渉されたくないので積極的にコミュニケーションを取ろうとせず、能力があるので1人で淡々と仕事をこなしますが、そのうちに物足りなくなって社外に目が向くようになります。また、優秀な人ほど外から声が掛かるので、気付いたときには退職していたということになってしまいます。要するに、会社としては一番辞めてもらいたくない層との対話ができていないということですね。

株式会社サーバントコーチ 代表取締役 世古詞一(せこ・のりかず) 

 

──その問題を解決するには、どうしたらいいのでしょう?

世古氏:対話時の上司のスタンスを、「教える」から「教えてもらう」に変えなければなりません。教えてもらうのは、業務の進捗ではなく、部下が考えていることや感じていること、業界のどんなニュースや技術に関心を持っているかということです。また、その人が、どのような仕事のやり方をして成果を上げているのかを教えてもらって、それをチームに還元してもいいし、自分の問題意識をぶつけて相手の意見を引き出すのもいい。もし、その人が今の仕事に飽きているなら、興味を持って取り組めるような新しい仕事を一緒に作っていくという方法もあるでしょう。

「教えてもらう」という姿勢は、若手や年上部下との対話でも必要です。相手の知らないことを教えてあげるというのは、相手が話をきちんと聞いてくれ、自分の価値を認めてくれているという確認にもなりますから、信頼関係の形成にもつながるはずです。

1on1は、人として相手を理解するための場であるべき

──1on1の頻度はどの程度が適切でしょうか。

世古氏:最低でも月1回は実施した方がいいと思いますし、話すテーマにもよりますが、月2回できればなおいいですね。また、リモートワークがメインになっているのなら、普段の様子が見えず、どんなフラストレーションを抱えているかもわかりにくいので、1回15分程度でもいいので毎週実施することをオススメします。

──「びっくり退職」「勘違い退職」に悩む上司や人事・採用担当者の皆さんに、アドバイスをお願いします。

世古氏:私は、1on1は「部下のための時間」だと考えているのですが、上司の役割ばかりが強調され、当事者であるはずの部下がその目的を理解していないというケースも少なくありません。そうなると、「1on1って何のためにやるんですか、今忙しいので仕事を優先させてください」ということになってしまいます。

株式会社サーバントコーチ 代表取締役 世古詞一(せこ・のりかず) 

 

1on1の目的は、「信頼関係づくり」「中長期的な成果を出すための土台づくり」「成長促進」「モチベーション向上」「働きがいの向上」の5つが挙げられますが、それを部下が理解できるように説明し、事前に今日はどんなテーマで話をするのか、上司とどんなことを話したいのかといった準備をした上で、ミーティングに臨めるようにしてあげてほしいですね。そして、上司と部下が気兼ねなく話し合い、お互いの考えや認識を擦り合わせる場として1on1を活用していけば、勘違い退職もなくなるのではないでしょうか。

取材後記

生産性向上をことさらに追求するあまり、それを実現するメンバーが意志や感情を持つ人間であるという視点が抜け落ちてしまいがちです。しかし、いくらシステムの整備やMBOなどの管理制度の強化を図っても、機械ならぬ人間の身ゆえ、期待通りの成果が上がるとは限らず、仮に短期的な効果はあっても、長期にわたってパフォーマンスを向上させ続けることは困難です。

1on1ミーティングは、それを補うためのものであるはずです。本来の趣旨どおりに実施されれば、社員のモチベーションが高まり、離職率の低下につながるでしょう。さらに、組織に豊かな発想を育む土壌をつくり、新たなイノベーションを創出する起点にもなると感じました。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/森英信、撮影/中澤真央

早期離職を防ぐポイントと組織づくり

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