介護業界で月間平均160名採用、平均月収35万円を実現する「当たり前の徹底」【連載 第7回 隣の気になる人事さん】

株式会社土屋

CHO(最高人事責任者) 大庭 竜也(おおば・たつや)

プロフィール

人事・採用担当者や経営者がバトンをつなぎ、先進的な取り組みを進める企業へ質問を投げかけていく「隣の気になる人事さん」。前回(第6回)の記事に登場した株式会社Lboseの椿原真(ばっきー)さんからは、全国で介護事業を展開する株式会社土屋を気になる企業としてご紹介いただきました。

椿原さんが登場した第6回の記事はコチラ
地方企業の新たな可能性!「フリーランス中心」で成長するLboseの組織戦略

重度訪問介護(※)を主軸とする同社は、2020年の創業以降全国で事業を拡大。月間平均160名採用と精力的に採用活動を行い、創業2年で従業員数2000名を超える規模となりました。

※重度の肢体不自由や知的障害、精神障害があり、常に介護を必要とする人に対して、食事・入浴・排せつなどの介護や家事支援、外出時の移動中の介助などを総合的に提供するサービス。

採用難易度の高い重度訪問介護、大規模採用を支える「基本」の徹底

——介護業界は一般的に採用難易度が高いと認識されていると思います。貴社が注力する重度訪問介護の領域では、採用・組織づくりにおいてどのような課題があるのでしょうか。

大庭氏:当社では現在45都道府県に事業所を展開していますが、地方では介護事業の中核を担うケアマネージャーさんや行政関係者でも「重度訪問介護事業を知らない」という方が珍しくありません。事業そのものの知名度が低いんです。当然ながら転職希望者の方々にもあまり認知されておらず、求人をかける際には、どれだけわかりやすく、かみ砕いて仕事内容を伝えられるかを常に意識しています。

仕事内容でいえば、高齢者を対象とした一般的な訪問介護は短時間でサービスを提供するのに対し、重度訪問介護は長時間、1人のクライアントに向き合う仕事です。特性上、アテンダント(介護スタッフ)はより大きな責任を担うことになります。

その意味では、一般的な訪問介護以上に採用難易度が高いと言えるのかもしれません。

 

——そうした中で、貴社では月間平均160名採用という大規模採用を続けています。この秘訣をぜひお聞きしたいです。

大庭氏:結論から言えば、「当たり前のことをやり続けている」だけなんです。

求人広告を出稿する際には一つひとつの記事を入念につくりますし、掲載する写真にも当社の特長が伝わったり、仕事のイメージが付きやすいようにしたりして工夫をし尽くしています。人材紹介サービスの担当者さんを味方に付け、私たちの採用活動に力を最大限貸していただけるようにするためのコミュニケーションも大切です。

また、現状では採用担当5人体制で月あたり500〜800件の応募に対応しているため、面接日程の設定は専用ツールによって自動化し、応募をいただいた段階ですぐに全国の面接官の個人カレンダーに反映されるようにしています。

コロナ禍以降は、世の中の変化に合わせて応募者目線に立ち、応募から面接、内定までのプロセスを全てオンラインで進められるようにもしました。会社説明会もオンラインで週1回のペースで開催。他業界では当たり前の取り組みのように感じるかもしれませんが、介護業界はまだまだオンライン化が進んでいない現状もあるので、この取り組みだけでも同業他社とある意味差別化できているとも言えます。採用難易度の高い職種だからこそ、転職希望者の目線に立ち、できる限り応募者の負担にならない採用プロセスを組むことが大切だと考えています。

面接だけでなく、入社後の研修でも人柄を理解する

——介護職の採用では人間性が特に重視されると思うのですが、オンライン採用でミスマッチを防ぐために、どのような工夫をされているのでしょうか。

大庭氏:重度訪問介護の仕事内容を的確に理解してもらうため、重度訪問介護の実務を知り尽くしている人に面接官を務めてもらっています。仕事のやりがいや面白さなどのポジティブな面はもちろんですが、難しさや大変さなども包み隠さず語ってもらっていますね。

ただ、オンラインであれリアルであれ、面接だけで採用候補者の人柄を理解するのは限界があるとも考えています。もちろん採用の時点でミスマッチが起きないようにすることは大切です。そのために現場の責任者とも打ち合わせをするし、綿密なペルソナ設計もします。ただ、ペルソナに合わない人が来たからといって、簡単に落とすことはしません。私たち人事の役割は、どうすれば一緒に活躍してもらえるかを追求することだと考えているんです。

——入り口の部分は、かなり幅広く受け入れるということでしょうか。

大庭氏:はい。この事業の意義や仕事内容を理解してもらった上で、できる限り多くの人に実務を経験していただけるようにしています。

そのために重要となるのが入社後の研修です。当社では、応募者に向けて入社前に重度訪問介護従業者養成研修(統合課程)という無料の資格取得研修を3日間開催し、資格を取得していただいています。入社後には、教育研修機関「土屋ケアカレッジ」にて「新人研修」を行い、スキルやマインド、重度訪問介護の特性などを深く学んでいただきます。こうした多くの研修を受けていただく中で、人柄を理解し現場とのマッチングを図っていますね。

魔法の一手はないけど、介護業界でも「平均月収35万円」を実現できる

——母集団形成のための他社との差別化ポイントを教えてください。

 

大庭氏:一番は「給与」ですね。まずはここで大きく差別化していけるよう努めています。

現状では、常勤スタッフの平均月収は約35万円、常勤以外のスタッフを含めた平均月収は約24万円。事業所の管理者では年収600万円〜、複数事業所を見るエリアマネージャーでは年収700万円〜、ブロック単位の広域マネジメントを担う立場になれば年収800万円〜となっています。デイサービスや訪問介護など他領域から転職してきた人には、「前職と比べて圧倒的に給与が高い」との声をもらっています。

——介護は制度ビジネスであり、国が定める報酬単価の限界がありますよね。その中で他社よりも高い給与を実現できている理由は?

大庭氏:できる限りコストを抑え、利益の多くを人に投資していく。これに尽きます。

たとえば岡山県井原市にある本社の家賃は5万円台です。事業の特性上、本社に大きなオフィスは不要ですし、収入への不安で退職する人が多いことが業界の課題です。当社は不要なところにコストを極力かけず、待遇改善を徹底的に進めています。また、法務や内部監査の部門が現場をサポートして、特定処遇改善加算など制度上の利点を活用できる体制をつくっています。

特別な魔法の一手があるわけではなく、当たり前のことをきちんとやり続けていくだけ。その意味では採用活動と同じなのかもしれませんね。当社は福祉業界全体の地位の底上げを目指していて、業界で働く人はもっとたくさん稼げていいはずだと考えています。今後も妥協なく待遇改善を続けていきます。

「仕事内容の難しさ」を乗り越えるための研修制度と評価制度

——人材定着に向けた取り組みについてもお聞かせください。

大庭氏:介護業界には、採用難に加えて離職が多いという課題があります。残念ながら当社も、定着率の向上が大きな課題となっています。

ただ、当社の場合、離職理由の上位に来るのは「人間関係」や「給料」ではなく、「支援内容(仕事内容)が難しい」という理由がほとんど。その意味では、業界の離職理由トップにくる「収入への不安(不満)」は拭い去ることができているんです。一方で、重度訪問介護という難易度の高い仕事内容もあって、コミュニケーションが取れるクライアントもそうでないクライアントもいます。その中で、現場で信頼関係を築いていくためには高いコミュニケーション能力が求められます。

そのため、前述の「土屋ケアカレッジ」での研修をさらに強化し、スキルとマインドセットを高める取り組みに力を入れています。クライアント先にも経験豊富な先輩が同行し、入念に教えられる環境をつくりました。大変な仕事ではあるけれど、土屋で働いていけば評価され、成長できるという満足度を提供していきたいと思っています。

直近では、土屋のミッション・ビジョン・バリューに基づいた評価制度も整えました。担当コーディネーターが定期的に現場を訪れ、クライアントに話を聞いたり社員本人に話を聞いたりして公平に評価していく仕組みです。普段の仕事ぶりを網羅的に把握して、頑張っている人が正しく評価される仕組みとして運用していきます。

 

——ありがとうございます。今後予定されている取り組みや展望についてもお聞かせください。

大庭氏:事業としては、引き続き重度訪問介護のリーディングカンパニーとして拡大を続けていく予定です。加えて、2022年11月の第4期以降は高齢者を対象とした訪問介護やデイサービス、グループホームなどの事業にもさらに注力していく計画です。

全体の採用規模は現状の2〜3倍となるでしょう。年間6000件を超える規模の応募に対応していくこととなります。本社はもちろん、ブロック単位での人事の機能も拡充して、さらに対応力を高めていきたいと考えています。

写真提供:株式会社土屋

取材後記

株式会社土屋の事業拡大が如実に示しているように、介護は今後も需要拡大が続き、同時に恒常的な人材難と向き合っていかなければならない業界です。そうした中で待遇面での差別化を実現し、大規模採用を続けている同社の秘訣は「当たり前のことをきちんとやり続ける」こと。言葉だけでなく、その徹底ぶりにも圧倒される取材となりました。他業界では、母集団形成にもオンボーディングにも人材定着にも効率化が求められるケースが多いのかもしれませんが、課題を抱えているときにこそ採用活動や組織づくりの原点に立ち返るべきなのかもしれないと感じました。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介