トヨタの“クルマづくりの最終工程を担う”組織。カーボンニュートラル実現、「フルラインナップ」完遂にどう挑むのか

トヨタ自動車株式会社

組立製造技術部 部長
野々村 一紀(ののむら・かずのり)

プロフィール

「モビリティカンパニーへのフルモデルチェンジ」の方針を掲げているトヨタ自動車株式会社(本社:愛知県豊田市、代表取締役社長:豊田章男)。

クルマの概念が大きく変わろうとしている今、モノづくりの現場に携わる人たちは、どのような展望を持って日々の仕事に取り組んでいるのだろうか。今回は、クルマを完成車両に導く、組立製造技術部への取材を実施した。

トヨタ変革の布石と組立製造技術部の組織編制

2023年1月、トヨタ自動車の社長交代が発表され、メディアで大きく報じられたのは記憶に新しい。d’s JOURNALではかねてより、トヨタ自動車のさまざまな部(カンパニー)に対して人材戦略についての取材を重ねているが、いずれの部署においても「変革」への布石が打たれていることが伺える。

2023年4月1日付で新社長となる予定の佐藤恒治氏は、エンジニア出身で過去に開発の経験を持つ。クルマづくりの現場で「もっといいクルマ」を追究する姿勢を大切にしてきたという。

今回、取材を行った製造組立技術部は、同社の中でも車両の最終形を見届けられる数少ない組織の一つとなる。多種多様なクルマを組み立てている現場からの声をお届けしよう。

※TOKYO AUTO SALON 2023 プレスカンファレンスでの様子 [撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY]

トヨタの組立製造技術部。その事業内容と環境とは

――組立製造技術部とはどのような業務を担う部なのでしょうか。まず、その概要をご紹介ください。

野々村一紀氏(以下、野々村氏):組立製造技術部は、モノづくりを担う生産本部の中の一つの部で、クルマを完成車両にする工程づくり・生産準備を行う、というプロセスを担っています。いわばクルマづくりの最終工程(Final Assembly)を担っている組織ですね。

現在の組織構成としては4室2課。技能員が約200人、技術員が約200人と、およそ400人のメンバーが所属しています。

クルマは、板金プレス・溶接・塗装など多くの工程を経てつくられたボディーに、組立工程で数多くの部品が組付けられて、完成車両になります。

――クルマづくりの「画竜点睛」の部分を担っているのですね。

野々村氏:そうですね。トヨタは大きな組織ですが、直接的に完成車を取り扱う部署は限られています。クルマをつくり上げる最後の段階でその完成形を見届けることができ、クルマづくりに携わっているのだという実感を強く持つことができる仕事です。

――たくさんの部品をまとめあげて完成に導く仕事とのことですが、他部署との連携の機会も多いのでしょうか。

野々村氏:企画・開発・設計・品質管理など、非常に多くの部署と関係を保ち、日常的に意見を交わしています。クルマを完成車に導き、お待ち頂いているお客さまに1台でも早く・多くお届けするということが生産本部の想い。同じ目標に向けて、全員で取り組んでいます。

――組立生準より前の企画・計画に関する業務内容についてもお聞かせください。

野々村氏:「こういうクルマを作りたい」と企画提案が成されたら、その企画を精査し、どこの工場で・いつから生産が可能かなどという概略を決めて、技術的課題を洗い出し方策を決めていきます。それに伴い、投資金額・生準に必要な人数なども計画立案をしていきます

――企画・計画に携わるためには、ある程度の経験が必要でしょうか。

野々村氏:企画・計画に携わるのは、ラインを俯瞰(ふかん)することができる経験豊かなメンバーが多いです。長い組立ラインの最初から最後までを熟知するには時間がかかります。経験を積んで全体が見えるようになったメンバーがプロジェクトリーダーを務めており、その経験を活かして全体の計画立案・管理をしています。比較的ベテラン層が多いですね

一方、実際に工程・設備作りをする部隊は若手中心で、平均年齢は36歳くらい。若い人材の活躍・経験の場をつくりながら、幅広い人材を育てていく必要があると感じています。

――トヨタは多種多様なクルマを生産しているので、設備をつくる仕事も重要ですね。

野々村氏:はい。設備を制作してくださる仕入先様と話をして、設備導入の検討に携わっています。どういった設備をどういう仕様で導入するのかを製造部と相談・決定し、その後は調達部と連携して導入を進めていきます。組立の現場は労働集約型で人中心の職場なので、製造部と会話して働きやすい工程設備の導入が不可欠です。


世界と日本。自動車製造の変革期に備えて――

――自動車製造産業が「100年に一度の大変革」といわれています。今後の日本の自動車産業の発展のために、組立製造技術部としてどのようにアプローチ、あるいは業界をリードしていこうとお考えですか。展望をお聞かせください。

野々村氏:現在、自動車業界が変革の時期にあることは間違いありません。カーボンニュートラルの重要度が増し、変革の主たる手段の一つとして「電動化」への対応が注目されています。しかし、減らすべきは「炭素」であり、エンジンではありません。例えば水素エンジンのように、燃やしても炭素が発生しないエンジンであれば問題ないのです。

電動化を加速しながらも、ニーズに応じてあらゆる選択肢をお客さまに提供していく方針です。同時に生産現場の電動化や脱炭素、つまりカーボンニュートラルへの取り組みも進めていきます。

――「あらゆる選択肢」を提供するために、組立製造技術部が担っている責務とはどのようなものでしょうか。

野々村氏:お客さまにとってさまざまな選択肢をご提示するために、われわれは特に「フルラインナップ」で多彩なクルマをつくり分けるという責務を担っています。

例えば、同じボディーのクルマをつくるとき、エンジンを載せるのか、モーターを載せるのか、はたまた両方なのかと考えます。それらを組み分けるのは、組立製造の生産現場(製造部)です。フルラインナップを求められた場合、組立製造技術部としてはあらゆる仕様に対応できるフレキシビリティを担保しながら、「良品廉価」を実現できる工程・設備を提供する必要があります。

需要は常に変わりますし、お客さまの目は肥えています。いまや一つのモノたくさん製造して売れる時代ではなくなりました。さまざまな種類のクルマをつくり分け、変種変量をフレキシブルに展開することが求められています。

クルマを利用する全ての人に「移動の自由と選択肢」を残すという点では、組立製造技術部の果たす役割は大きいと思っています。

――多様なクルマを「つくり分ける」という点で、本当に重要な責務を負っていますね。

野々村氏:変革に際し、多様にチャレンジできる環境でもあります。例えば “仮に” 完全電動化の道に当社がかじを切った場合は、単一化が進み、生産のインフラはよりシンプルになるかもしれません――。

しかしながら、世界の地域によっては電動化が難しい場所もあります。トヨタでは「自動車産業を支えてきた仲間たち”誰ひとり取り残さない”で カーボンニュートラルを目指す」を宣言していますので、電動車のラインナップを増やしつつも、さまざまなクルマを提供していきます。

ですから、既存領域を深めて競争力を担保し足元を支えながら、電動車の生産で認知度を高めて社会に貢献する、というアプローチが必要になるかと思います。

――既存の領域と新規の領域のラインアップを両立されるということですね。

野々村氏:トヨタがフルラインナップの先行者であることは間違いありません。しかし、一つ一つのラインナップや生産体制・インフラ・現場の競争力を見ていくと、まだまだ改善できる余地があります。特に電動車の世界では、他社製品を研究しより競争力を高めていかなければなりません。強みを活かしてどう他社を追い越していくのか、そこが課題であり変革が求められるわけです。

さらに、こうした取り組みはわれわれの部署だけではなく、全社で戦略を立てて前進する必要があり、それぞれの部署で新たな挑戦を伴ってくると思います。例えば、組立製造技術部の取り組みを挙げるなら、最新の構造を学びながらも「こういうクルマをこういうラインでつくりたい」と将来の構想を描いて変革に挑戦している最中です。

そのため、メンバー一人一人が主体性を持って知識・技能を高めていきながら、自らの力で課題に立ち向かっていきつつ、私たちマネジメントが背中を押し、相互に理解し合いながら未来を切り開いていく。そんな組織でこの難課題に挑んでいきたいと思います。


組立製造技術部が考える「クルマ」のこれから

――CASEやMaaSなどといった新しい概念や変革が自動車産業にも訪れています。こうした時代の転換期をどのように捉えていますか?

野々村氏:クルマの概念が変わるといわれていますが、自動運転の広がり方によっては、移動空間としてのクルマに対する捉え方が変わる時代が来るかもしれません。

将来的に、クルマが 「走る喜び」を求める人間の気持ちを薄れさせてしまうような移動空間になってしまったら、クルマの形は大きく変わるのかもしれません。しかし、私たちは「走る喜びを得られるクルマ」づくりの文化を残していきたい。

私自身、クルマ好きとして、どうしても「走る喜びを感じたい」という主観が入った物言いになってしまっているのかもしれませんが…(笑)。

――世界的に進む自動車の電動化によって、製造現場にどんな変化が生じていくと思いますか?

野々村氏:自動車メーカーの技術集積の極みの一つが「内燃機関(*1)」であると認識しています。現在、主要自動車メーカーももちろんそれぞれの良い内燃機関を持っていますし、その技術は一朝一夕で再現できるものではなく、他業種が参入してもなかなか真似することができません。

一方、電動車はバッテリーとモーターで構成され、重量も下部に配されバランスが取れているため、自動車製造の観点からいうと実にシンプルです。そのため内燃機関の技術を持たない企業の参入が比較的容易だと考えています。新興の、他業種出身のライバルも増えていくでしょう。

(*1)内燃機関とは…燃料(ガソリンなど)を燃焼させ、発生したガスを機械エネルギーに変換する原動機

――そうした変化が生じた場合、組立製造技術部はどのような姿勢で臨んでいくのでしょうか。

野々村氏:負けたくはないけれど、負けている部分は素直に学んでいかなければなりません。日本のモノづくりは「模倣」から始まっていますから。

トヨタでクルマづくりの事業が立ち上がった当時は、最先端の車種の研究を行っていました。実際に社会は電動車へのパラダイムシフトが起きつつあります。この潮流を見るときには原点に立ち返り、他社に学ぶ必要もあると思っています。

変革のまっただ中にポンと置かれると、どうしたらいいかわからないと迷う人もいるかもれませんが、トヨタには「模倣でもいいから、できることから始めよう」「一人一人が草の根から始めよう」というマインドがあります。

私たちがつくったもので誰かが喜ぶのならやってみる――。そんな姿勢を共有していきたいと思います。


生産技術の「過去」「今」「未来」。実現したい世界とは?

――激しい変化が生じている中で、組立製造技術部の内部の雰囲気や機運に変化はありますか?

野々村氏:生産技術に関わる仕事は、足元では、生産ラインを止めてはならないというプレッシャーを抱えながらも、次のクルマの生産開始に向けて稼働の合間を縫って設備改造を行うというタフさが求められています。さらに、将来にわたって競争力を確保していくために、日々稼働し続ける現行のラインを注視しながら、未来の生産体制・インフラ・ライン構想を描き続ける必要もあります。

コスト・日程・リソーセス管理のプレッシャーから、以前は張り詰めていた雰囲気もありました。しかし現在では、部全体で明るい雰囲気を醸成しようという機運が生まれており、他部署からは「雰囲気が変わったね」とよく言われるようになりました。

以前は、職人気質ゆえの強めの言葉が飛び交う場面もありましたが、現在は柔和な雰囲気に変わってきました。しかし、馴れ合いとは一線を画しており、守るべき部分は大切にしています。

その結果、一人一人が主体性を生み出せるような雰囲気が出てきました。根気よく「意識を変える」ことに取り組んできた賜物だと思います。

※元町工場 組立生産ライン(2018年9月時点)

――今後、組立製造技術部に参画する新しい人材に期待することは?

野々村氏:モノづくりが中心の職場なので、やはり、モノづくりが好きであってほしいですね。生産現場のガヤガヤした雰囲気が好きな人、さらに声を掛け合える社交性があると楽しく働けると思います。前向きにチャレンジし、主体性を持って「これがやりたい」という事に取り組んでほしいと思います。

経験者の方は、仕事をする上での型、モノづくりのプロセスに関する知識をある程度持っていると思いますので、専門的なスキルは後から身に付けてもらって構わないです。多様な方にウチの部署を知って、入社していただき、一緒に成長していけたらうれしいです。

私は「人財」こそが全てだと思いますので、人を育てつつ、厳しいながらも楽しく働ける環境にしていこうという意識をメンバー間で共有しています。

――組織の仲間たちは工学系出身のメンバーが多いのでしょうか。

野々村氏:以前は、工学・理工学の機械系が多かったのですが、最近では大学の学問の細分化が進んでおり、新卒者ではさまざまな学部出身の学生が集まっています。キャリア採用の方に至っては、自動車産業以外からの出身者も割合として増えています。

クルマの構成について原理原則を理解した上でものづくりに臨めるという点では、工学系、機械系の方にある程度アドバンテージがあるかもしれません。しかし、それ以外の出身の方でも、経験を積むことで着実にスキルを積み上げることが可能です。

タフな現場ではありますが、クルマの完成を見届けることができることは苦労を上回るやりがいがあります。ある程度の自由度や裁量がありますから、「こういうことをやりたい」「こんなモノづくりを実現してみたい」という声は歓迎です。

――キャリアパスについては、本人の意志も尊重されるのでしょうか。

野々村氏:本人の意志を確認した上で適切に見極め、キャリアパスを設計するようになっています。生産技術の拠点、製造現場、海外の拠点で働く機会があるので、幅広い経験を積んでほしいと思います。

――「ダイバーシティ」や「ESG」といったビジネストレンドに対してご提言がありましたらお伝えください。

野々村氏:当社でもダイバーシティやESG(*2)、女性活躍など意識しながらさまざまな取り組みを進めております。

例えば、組織を運営していくに当たり、部のリーダーのマインドはよくも悪くも部全体に浸透していくものです。組織の雰囲気を変えるためには、管理職から変わっていく必要があります

組織が多様性を許容できるようになるためには、管理職が多様な文化・多様な生きざまを見て引き出しを増やし受容力を上げていくことだ、と認識しています。

(*2)ESG…Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス/統制)の略

――最後に、組立技術製造部が目指しているところについてお聞かせください。

野々村氏:繰り返しになりますが、ニーズの多様化に応えられる「モノづくり」をしていくことです。さまざまな課題がありますが、最後にモノを選ぶのは「お客さま」です。お客さまに選んで頂くために、組立製造技術という職責を考え、競合の追い上げに危機感を持ちながら、「モノづくり」に取り組んでいく所存です。

【取材後記】

組立製造技術部は、生産準備や製造ラインの稼働をはじめ、フルラインナップを実現するために多種多様なクルマを「つくり分ける」という重要な責務も負っている。国内外の地域に深く根ざし、現在のニーズに目を配りながら、変革の先を見据えているトヨタ。激しい変化の中、モノづくりの「原点」に立ち返り、「クルマ屋」としての誇りを組織内で共有している様子が垣間見られた。何よりも当部で活躍する野々村氏を含め、メンバー全員が「モノづくり」を楽しんでいる雰囲気が伝わるような組織であったことは特筆したい。

企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、撮影/CMYK株式会社、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション

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