斜陽産業で異例の10期連続増収。とある印刷会社がなぜ過去最高益を叩き出せたのか。第二創業期と組織変革に迫る

2022.02.25
MIC株式会社(旧 水上印刷株式会社)

マーケティングディレクター
松尾力(まつお・りき)

京都大学法学部卒業後、経済産業省にて中小企業支援、福島復興支援、ASEAN貿易交渉などに従事。MIC株式会社へ参画後は、ICT部門の立ち上げやコンサルティング部門の立ち上げなどを行い、構造不況と言われる印刷業界にて売上高2倍の成長を牽引。現在はマーケティング責任者として、チームの立ち上げ及びマーケティング業務全般を担当している。

顧客の「面倒くさい」を解決するフルサービス・カンパニーへの転換
綿密な計測とアイデアで、さまざまな業界のソリューションに挑戦
ものづくりに固執しないことで新たな活路を見出した
1社の顧客と深く関わる独自のスタイル
ビジョンとミッションを明確にすることで採用と組織が改善
日本一勉強する会社をうたう「ひとづくり」とは
「印刷業界=斜陽産業」の固定概念を覆した言葉

デジタル化、ペーパーレス化、出版不況……。さまざまな要因が連鎖し、印刷業界の縮小が進んでいる。成熟期を過ぎ、需要の低迷が続く印刷業界は、しばしば「斜陽産業」と呼ばれている。

そのような状況で、異例の右肩上がりの成長を続ける企業がある。それがMIC株式会社(ミック株式会社/本社:東京都新宿区、代表取締役会長:水上光啓)だ。

1946年創業の同社は、2022年1月に「水上印刷」から社名を変更。第二創業期を経て、印刷業界の従来のモデルから脱却した、ユニークなビジネスモデルが今注目を集めている。

事業内容や組織づくりについて伺うべく、マーケティングディレクターである松尾力氏に取材を行った。

顧客の「面倒くさい」を解決するフルサービス・カンパニーへの転換

「今、ちょっと困っていることがあるんです。なんとかなりませんか?」

MIC株式会社(旧 水上印刷株式会社)には、しばしば顧客からこのような相談が持ち込まれるという。相談内容は業界や業種によってさまざまで、印刷の話に限らない。

同社は、市場の縮小が続く印刷業界において10期連続の増収を続ける異色の企業だ。しかし、実際には全社の売上に占める印刷の割合は約3割にすぎず、残り7割を非印刷分野が占めている。

非印刷分野の売上には、印刷物のデザイン、販促物の制作、梱包、配送、在庫管理、システム構築といった、多種多様な業務がある。冒頭のような「顧客の困りごと」に対する業務フロー改善コンサルティングにも携わり、成長を続けているのだ。

かつて印刷分野が売上の柱だった同社の転換期は2006年。デジタルカメラの台頭によって、当時の大口顧客だった写真フィルムメーカーからの受注が消滅し、売上の20%を失った。

新たなビジネスモデルを探るべく、現会長の水上光啓氏が海外で先進的な取り組みをしている印刷会社から着想を得て、「印刷だけでなく、物流とコンサルティングもやる企業」へと舵を切った。現場スタッフと試行錯誤を重ねて、現在のビジネスモデルが形成されていったのだ。

そして2011年より、10期連続増収を果たし、2020年度は過去最高売上・最高利益を達成しているのだから驚きだ。

では、具体的にどのような事業を行っているのだろう。

同社のウェブサイトのトップページには、「お客様の面倒くさいを、すべて解決するフルサービス・カンパニー」とある。印刷会社でありながら「フルサービス・カンパニー」で「面倒くさい」を解決……。

この情報だけでは、具体的な実像をイメージするのは難しいが、実例を見れば、そのユニークなビジネスモデルが際立って見えてくるはずだ。

綿密な計測とアイデアで、さまざまな業界のソリューションに挑戦

同社は「フルサービス・カンパニー」を掲げ、「SPS」という独自のビジネスモデルを確立している。

SPSとは、“Service Product Service”の略称で、主軸であった印刷製品などのプロダクト(主に印刷加工品)を事業の中心に据えて、フロントエンド(入口)とバックエンド(出口)全ての業務・サービスを提供していくことで顧客体験価値の最大化を狙うスタイルのことだ。

●【事例】大手コンビニで年間45万時間分のタスクを削減

コンビニ業界は、人手不足が常態化しているにもかかわらず、働くスタッフは雑多な仕事に追われている。中でも、ポスターやポップなどの販促物の管理や取り付け・取り外しは、スタッフの大きな負担となっている。

MICが、実際に大手コンビニチェーン2店舗をフランチャイズ経営して計測したところ、販促物の取り外しに要する時間は1店舗当たり毎週1.5時間にのぼった。単純計算すると、販促物の取り外しだけで全国の店舗で130万時間ほどかかっていることになる。

従来は、複数の発送元から全国約11,000店舗のチェーン店に販促物がバラバラに届いていたため、輸送コストがかさむだけでなく、販促物の管理は従業員の大きな負担となっていた。そうした状況を改善すべく、MICの工場に販促物を集約し、フルフィルメントをして各店舗に配送する流通形態に切り替えた。

個々のコンビニで必要とする販促物を仕分けするデータベースを構築し、必要な販促物が全てまとまった状態でコンビニに届くようにしたのだ。

また、MICが販促物の一部のデザイン・印刷・製造を担い、「文字中心」から「ビジュアル中心」にシフトすることで、外国人スタッフが感覚的に取り付け・取り外しをできるような工夫も凝らした。

結果、スタッフの受領・開梱・設置・在庫管理などの負担が軽減。全国の店舗で、時間にして年間45万時間分の業務削減を実現した。時給を1,000円と換算すると、実に4.5億円分の削減となる。

●【事例】作業時間の大幅削減によるソリューションを展開

上記以外にも、さまざまな実例がある。

【携帯電話の販売店】
配送経路の集約により、物流費50%削減を達成。新店舗のオープニング立ち上げのコンサルティングにより、新店オープン作業時間を80%削減。

【大手外食チェーン】
販促物の発注数取りまとめシステムの導入により、作業時間を1年あたり1,200時間削減。

【オンライン診療サービス】
コロナ禍でニーズが増加したオンライン診療サービスの開始に伴い、必要なキットの製造・発送・個別の病院用のQRコードの発行などを通じ、速やかな導入をサポート。

ものづくりに固執しないことで新たな活路を見出した

複数の事例を紹介したが、同社のユニークなポイントは「工場を持つ企業でありながら、ものづくりだけに固執しない」という点ではないだろうか。それについて、マーケティングディレクターの松尾氏は以下のように語る。

「お客さまにとって、印刷した販促物を調達することは、『商品やサービスを売る』という目的を叶えるためのほんの一部の工程にすぎません。

例えば、コンビニエンスストアのスタッフは、店舗本来の仕事である『物を売る』ために接客をして、品出しをしています。でも、実際にはそれ以外の仕事に追われているのが現状です。大量の販促物の管理もその1つです。

小売店であれば『商品を売る』ことに集中できる環境をつくること、店舗の立ち上げなら『商品を売る』状態までの面倒な負担を最小限に減らして、いち早く軌道にのせることで、お客さまが本質的なことに使える時間が増えます。

お客さまの業務フローを改善するためには、1つのプロセスにこだわらずに業界の壁を乗り越える必要があります」(松尾氏)

企業が販促活動を行うためには、複数の仕入先を抱え、発注や納期の管理をするのが一般的だ。しかし、それは企業にとって時間的にもコスト的にも大きな負担となる。

時間を含む販促に必要なあらゆる「面倒ごと」を一貫して担うことで、企業にとってもコストダウンにつながり、事務的な労力も削減されるというのだ。

顧客の手を煩わせている面倒なことは全て引き受ける――。同社は「時間創造企業」を掲げており、その根拠の一端がここにある。

1社の顧客と深く関わる独自のスタイル

このように、印刷会社から「時間創造企業」へと転換を遂げたMICが重視するのは、「顧客の声を聞く」「顧客の立場で考える」という姿勢だ。

工場を保有する企業としては「ものづくり」を極めたいし、工場の稼働率をアップさせたい。世間ではこうした価値観が一般的かもしれないが、同社はむしろ「それだけではユーザーのニーズとのかい離が生じる」と考える。

今は、高品質な製品をつくったから買ってもらえる時代ではなく、むしろ、過度な品質追及により顧客のニーズが置き去りにされるケースもある。「本当に顧客が必要としているものは何か」ということを、個社ごとに突き詰めた結果、業界を越えたチャレンジにつながっているというわけだ。

取引先に対して「この案件のデザインはどうされているんですか?」「販促物の在庫管理はどうされていますか?」と一歩踏み込んで質問することで、顧客の悩みに触れていく。

目の前の顧客と深く関わることで、「MICさんの力でなんとかなりませんか?」と相談を受ける関係性が築かれるのだ。

ところで、ありとあらゆる面倒ごとを引き受け、それぞれの顧客に深く関わっているMICに競合はいるのだろうか?

「それぞれの領域に競合の存在はありますが、同じことをしている競合はなかなかいないと思います。そのため価格競争になりにくい、という強みがあります」という松尾氏。

さほど利益率が高くない領域はあったとしても、1社の顧客との接点を多く持つビジネス形態により、結果的に利益を出すことができるのだ。

ビジョンとミッションを明確にすることで採用と組織が改善

続いて、こうしたビジネスモデルを支えるMICの採用と組織デザインについても着目してみよう。

同社は事業拡大に際して新卒採用を積極的に行い、多くの若手社員が活躍している。平均年齢は29.6歳と若い。業務内容上、多様な人材を必要としているため、新入社員に対する社内の教育システムを充実させ、中途採用も行う。

MICは若手メンバーが多い反面、成功体験を持った社員が少ないのが特徴です。しかし、裏を返せば、過去の成功体験に固執せず、『なんでもやってみる』というという気持ちで挑めているように感じます。老舗だけどベンチャーのような、チャレンジをしやすい雰囲気です」(松尾氏)

今では多様な人材が集まっている同社だが、過去には、例えばシステム開発分野の人材確保に苦労した時期もあったと、松尾氏は振り返る。いわゆる業態を広げた第二創業期の苦悩だ。特にシステム分野には特化したスキルが必要なので、経験者を中途採用するものの、なかなか定着しない時期があったという。

同社のシステム開発の担当者は取引先に出向することもあり、「システムをつくるだけではなく、変化を好まない顧客の意識を解きほぐし、経営層とも話ができる人材」が求められている。

そこで人材の確保については、情報発信を特に注力する。どういう会社なのか、目指しているビジョンやミッションは何なのか、どんな人が働いていて、どのような仕事を行っているのかなどを情報として発信していった。

同時に社内のはたらく環境も改善。時間を定時勤務にした「スリークォーター勤務」「フレックスタイム制度」「ママ社員サポート制度」などを導入し、現在は産休育休後の社員復職率は100%を達成している。

このように新たな採用と社内環境の改善で、第二創業期の組織を変革していった同社。変革の中で会社を去っていくメンバーもいたが、同時に上記の若手社員の登用で経験・スキルの底上げを行ったこの5~6年で徐々に業務フローが形になっていった。

そして会社の目指すビジョンやミッションを明確にしていき、安定した組織運用ができるようになったことで、社員の定着率は改善され、新卒・中途採用もさらに積極的に行えるようになった。全てのサイクルがうまく回りだした瞬間である。

日本一勉強する会社をうたう「ひとづくり」とは

社員育成環境の醸成にも注力する同社は、“未来の自分への投資”ができる「日本一勉強する会社」を目指している。

具体的には、自分の成長のために参加したいと希望した研修には100%参加できる環境をつくり、就業時間の10%である200時間を、研修や勉強など「未来活動」に充てるという風土を確立した。

また、顧客とのコミュニケーションに業態やビジネスを広げるヒントがあるとにらんでいる同社は、そのニーズを吸い上げる既存のフロントメンバー(営業職やコンサルタントなど)には、包括的な社会課題解決のための視点を持てるよう教育環境を醸成して意識を変えていった。

さらに社員の友人・知人を採用選考に推薦し、正社員として採用された場合、紹介者・採用された友人・知人それぞれに「縁満感謝金」として50万円(計100万円)を贈呈する「リファラル制度」も導入している。この制度により、会社との信頼関係が構築され、よりエンゲージメントの高い組織がつくられることを狙っているという。

採用や研修以外にも、外部教育などを取り入れた「ひとづくり」制度の充実にも余念がない。

例えば、将来の経営幹部候補を対象としてMBA(経営学修士/Master of Business Administration)を取得するための経営大学院に入学できる「MBA経営大学院入学制度」や、講演形式の社内勉強会「MICフォーラム」といった育成制度もしっかり固めているのだ。

さらに20年以上継続しているという集合研修「1080challenge」も目を引く。

これは1泊2日の合宿形式などで行われ、職場での日常行動や仕事への取り組み方について、大きく4 つの項目で上司や同僚、部下から360度で評価を受け、自己評価とのギャップを見ながら自身の行動特性を把握し、コミュニケーション能力の開発に活かしていく制度だそうだ。

ちなみに360度の評価を「change myself」(=1回目)、「change team」(=2回目)、「change MIC(company)」(=3回目)として3回行うので、「360度×3回=1080(テン・エイティー)challenge 」と呼んでいる。

「印刷業界=斜陽産業」の固定概念を覆した言葉

「以前は、印刷産業にはあまり先がないと考えていた」と語る松尾氏は、経済産業省に新卒で入省した異色の経歴を持つ。在籍時に現会長の水上氏の言葉に触れ、物の見方が覆されたそうだ。

「この会社は、業績が伸びているし、社員が若いし、とにかく決断が速い。以前の職場では、現場で決めたことがなかなか進捗しない…という感じだったので、とても新鮮に感じました。

転職前、現会長の水上による『成長する産業はない。成長する企業があるだけだ』という言葉に触れ、自分が産業単位でしかモノを見ていなかったことに気付かされました。ここなら面白い会社をつくれそうだな、と思い、転職を決意して今に至ります」(松尾氏)

21世紀の一番貴重な資源は「時間」だと、水上会長は考える。

ビジネスをする上で、いかに時間を使うべきか――と考え、ビジネスモデルの転換に踏み切ったMIC株式会社。

かつて日本のものづくりの現場が誇った高品質・高性能の追及とは一線を画し、「ものづくりだけに固執しない」という同社の矜持は、今後、印刷業を含む日本の製造業復調のヒントになるかもしれない。

【取材後記】

「不易流行」という四字熟語がある。「不易」は変化することがないこと、「流行」は絶えず変化していくもの。一見、相反する2つの要素が、実は根本ではつながっているという理念を表す。

MIC株式会社は「過去の成功体験に固執せずに挑戦し続ける」という「不易」と、「時代や顧客のニーズに合わせてサービスの内容を柔軟に変える」という「流行」を、実に巧みに両立している。

今回お話を伺った松尾氏は、取材の最後に「次回の取材では、もしかしたら今回とは違うことを話しているかもしれませんね」と笑顔を見せた。同社の今後の展開が楽しみだ。

取材・文/鈴政武尊・北川和子、編集/鈴政武尊・d’s journal編集部

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