経営・人事がしなやかに連携する、コクヨの「エグゼクティブ人材招聘」ノウハウ
「長期ビジョン CCC2030」を掲げ、文具や家具といった既存事業のブラッシュアップに加え、新たな領域への事業拡大に挑戦を続けているコクヨ株式会社。ビジョン実現に向け、外部からのエグゼクティブ人材の招聘にも力を入れています。2023年にはリスクマネジメント担当の執行役員として、大手電機メーカー出身の小野田貴氏を新たに迎え入れました。
続々とエグゼクティブ人材が集まる同社にはどのような秘訣があるのでしょうか。HRBPとして同社の執行役員や上級管理職の招聘に携わっている竹内氏と、2023年2月に執行役員に就任した小野田氏へのインタビューを通じて、そのノウハウを聞きました。
長期ビジョン実現の鍵を握るエグゼクティブ人材の招聘
——コクヨがエグゼクティブ人材の外部招聘を強化している背景についてお聞かせください。
竹内氏:当社は2021年2月に「長期ビジョン CCC2030」(※)を発表しました。この長期ビジョンでは、誰もが活き活きと働き、暮らし、つながりあう自律協働社会の実現を掲げています。そのために必要な私たちの役割を“WORK & LIFE STYLE Company”と再定義し、「働く」「学ぶ・暮らす」のドメインにおいて、従来の文具や家具だけにとらわれない新たな事業の創出と領域拡大を進めており、2021年にはオフィス兼オープンイノベーションの拠点「THE CAMPUS」をオープンしました。コクヨに息づく「実験カルチャー」を仕組み化しようとする取り組みです。
また、デジタル人材教育・実践プログラム 「KOKUYO DIGITAL ACADEMY」の開校や新たな形の集合住宅「THE CAMPUS FLATS Togoshi (ザ・キャンパス フラッツ トゴシ)」など、新しい領域の事業を創出しています。2024年までには15案件の事業創出を予定しており、社会課題を商品やサービスへと発展させる取り組みを加速中です。
(※)CCCとは、「Change, Challenge, Create」を表します。
人事・採用戦略の面では、2030年に向けた事業領域の拡大や新規事業の創出の過程において、当社に足りないスキルや経験を持つ外部人材を積極的に招くことが欠かせません。新たな働き方を提案するサービスや顧客データ活用によるEC市場開拓、ターゲットを絞って新たな市場を海外につくっていくスモールマスなど、ビジョン実現に向けた体制を構築するために自社の採用部門の人員を拡充するとともに、人材紹介サービスなど外部パートナーとの連携も強化し、コクヨの新しいブランドイメージを転職市場に発信しています。
さらに、エグゼクティブ採用においては社長を含めた経営陣が積極的に関わっています。経営陣と人事部門が連携することでエグゼクティブ採用を強化し、長期ビジョンの達成を目指しているのです。
その結果、2022年以降、ビジネスサプライ流通事業本部担当執行役員やヒューマン&カルチャー本部担当執行役員、そして今回インタビューを受けるリスクマネジメント本部担当執行役員の小野田の3名を招聘することができました。
——小野田さんを招聘した狙いとは。
竹内氏:新規事業の創出やグローバルな事業拡大を考えると、当社がこれまでに経験したことのないさまざまなリスクと向き合っていく必要があります。各地域の政治経済・社会情勢の変化や各種規制、ESGを巡る潮流など、事業に影響を与える環境の変化はより一層激しくなっていきます。そのため、リスクマネジメントの専門家を求めていたのです。
今までも社内にコンプライアンスの専門人材が在籍していましたが、従来は法務とリスクマネジメントの2部門が分かれて存在していました。法務として専門的な知見を持ち、かつ、グローバルな事業運営の経験が豊富な小野田にこの2部門を統括していただき、社長直下の組織として戦略立案や経営に深く関わっていただくため、新たにリスクマネジメント担当執行役員として加わっていただきました。
——これだけの重要ポジションとなれば、対象人材に求められる経験・スキルは相当なレベルだったのではないでしょうか。
竹内氏:もちろん経験・スキルは重要な要件でした。法務としての専門性はもちろん、国内のみならずグローバル化を進める上での知見や対応力は必須条件と考えていました。ただし、同業界・同業種での経験やスキルを重視していたかというとそうではありません。むしろコクヨでは、それ以上にエグゼクティブ人材においても組織のカルチャーにフィットしているかどうかを大切にしています。特に今回の執行役員ポジションは経営トップに近い立場なので、社長の黒田をはじめとした経営陣との相性も重視しました。
この「相性」は言語化しにくい部分でもあります。人柄や仕事に対する姿勢がお互いに共感できそうかという点もありますが、反対の意見を持っていても対話を深められるのかどうかなど、さまざまな視点があるからです。そのため、人材紹介サービス各社には日頃から、事細かに書類選考や選考の評価に関するフィードバックを行っています。小野田を紹介してもらったエグゼクティブエージェントにも、選考のたびに「カルチャーフィットしそうか、しなさそうか」の共有を徹底し、目線合わせをしていましたね。
ざっくばらんに課題や弱みを聞く「トップとの会話」が入社の決め手に
——ここからは小野田さんに伺います。コクヨと出会ったきっかけについて教えてください。
小野田氏:前職を退職し、自分自身の次のキャリアを検討していた時期にエグゼクティブエージェントから連絡をもらい、コクヨを紹介してもらったことが出会いのきっかけです。前職では大手電機メーカーで法務担当のゼネラルマネージャーとして、取締役会関連を始めとして経営に近い立場で各種案件に携わっていました。そのため、当時は経験を活かして事業会社で働く以外にもさまざまな選択肢を考えていました。
コクヨは文具の世界では誰もが知る有名企業ですし、学生時代にコクヨの製品に随分お世話になっていたのですが、長年電機メーカーに勤めていたこともあり、紹介を受けなければコクヨに転職するという発想はきっと思いつかなかったですね。
——さまざまな選択肢があった中で、なぜコクヨを選んだのでしょうか。
小野田氏:一つは企業としての力強さと将来性です。私は法務を長くやっているので、有価証券報告書などの法定書類を見るのが癖になっているんですね。コクヨの開示情報を見てみると、文具だけでなく、オフィス家具などのワークプレイス分野にも注力していることを知り、さらに興味を持ちました。また、長期ビジョンの中で語られている会社の未来や事業領域の拡大・新規事業の創出の積極性に惹かれましたね。
決定的だったのは、選考過程で社長の黒田の会社や事業に対する想いに強く共感できたことです。代表である黒田と対話をする機会を複数重ねる中で、コクヨが描く未来像が具体的な戦略や施策としてイメージすることができましたし、何よりもコンプライアンスを重視する姿勢に強く信頼できる方だと感じることができました。企業としてどんな未来を目指しているのか、なぜ私のような人材を必要としているのかを聞かせてもらい、「この会社に身を置きたい」と決意しました。
——社長との会話では、コクヨの課題や弱みを聞く機会もありましたか?
小野田氏:もちろんです。竹を割ったようなざっくばらんなコミュニケーションで、課題や弱みについても聞かせてもらいました。私のような法務の立場だと、時には経営陣にとって耳の痛い意見も具申しなければいけません。だからこそ「人と人」としての信頼関係が重要なのです。黒田をはじめとする経営陣となら自分を偽ることなく会社のために議論ができると感じました。その点からも、コクヨへ入社することに迷いはなかったですね。
経営陣とのフラットな関係性。人事も経営側の考えや温度感を理解しやすい
——再び竹内さんにお聞きします。小野田さんのお話の中で、社長自身が選考プロセスに積極的に関わっていた点がとても印象的でした。
竹内氏:エグゼクティブ人材の招聘にあたり、人事・採用担当者がこの方ならコクヨにフィットしそうだと感じた場合は、社長をはじめとした経営陣に次々とつないでいるんです。選考プロセスには一定のフローを定めているものの、カルチャーフィットを重視しているからこそ、プロセスを型にはめすぎることはしません。時には社長の黒田や執行役員が最初の面談に入ることもあります。
エグゼクティブ人材は、人事だけが頑張って口説いたところで、入社いただける可能性は低いですからね。経営陣がどれだけ本気で選考プロセスに関われるのかが一番大事といっても過言ではありません。
——採用したい人物像について経営陣とはどのようにやり取りをしているのでしょうか。
竹内氏:私はコクヨで3社目になりますが、以前の企業と比べてコクヨは経営陣とスタッフ部門の距離が近いと感じています。たとえば経営陣ともオンラインツールで気兼ねなくやり取りができますし、対面だとより一層話しやすいですね。日頃から会話を積み重ねているので、コミュニケーションの心理的なハードルが低いんです。そのため、経営陣一人一人の個性もわかりますし、事業に対してどんなことを今考えているのかその温度感が理解しやすいです。
——経営陣との心理的な距離が近いからこそ、自信を持って候補人材を紹介できるんですね。小野田さんの場合も採用決定までの社内の目線合わせはスムーズでしたか?
竹内氏:はい。社長の黒田は小野田の会話の中で「思慮深く会社のリスクを捉え、必要に応じて経営陣へ直言してくれる人」だと確信したようです。表面的にリスクを指摘するだけの人材では執行役員としては物足りません。今のコクヨに必要なのは、小野田のように社長目線で率直にリスクを捉えてくれる人。その認識を経営陣と採用部門で共有することができました。
事業・経営の課題を理解するHRBPが機能することで、採用に多くの人を巻き込めるようになった
——エグゼクティブ人材の招聘に力を入れる企業には、貴社のような体制を目指したいと考える人事・採用担当者が少なくないと思います。人事・採用担当者が取るべきアクションについて、アドバイスをお願いします。
竹内氏:前述のように経営陣と日常的にやり取りできる要因としては、HRBPの存在がとても大きいと感じています。当社では2022年にHRBPを組織的に立ち上げ、私を含めた18名(兼務含めて)が事業成長に貢献するために経営や事業とも連携することを意識しております。
私の場合はHRBPとして日頃から現場に入り、事業の課題により触れるようになり、経営全体としてどのような課題に取り組もうとしているのか、より理解しやすくなりました。
HRBPの立場で考えるようになってからは、目的を「人事として採用人数の目標を達成すること」ではなく「採用を会社の持続的な成長につなげていくこと」だと明確にイメージできるようにもなりました。会社の持続的な成長を目的にしているからこそ、採用シーンにさまざまな人を遠慮なく巻き込んでいくことができます。
HRBPは一例に過ぎませんが、事業の課題を人事・採用担当者が経営陣と同じ目線で感じ取ることがエグゼクティブ層の招聘に欠かせないのではないかと思います。
取材後記
HRBPとしてコクヨ株式会社のエグゼクティブ人材の招聘を推進している竹内氏は、「エグゼクティブ人材との新たな接点づくりでは、人事の努力だけでなく社長や役員の人脈を活かすことも重要。また、その選考プロセスにおいても、トップをはじめとした経営陣が積極的に直接関与していくことが欠かせない」とインタビューの中で語ってくれました。同社がエグゼクティブ人材3名の招聘に成功しているのは、「採用は人事の仕事」という考え方ではなく、経営と人事が同じ考え・温度感で事業の課題を捉え、組織に必要な人材についてフラットに対話ができているからだと感じました。
企画・編集/白水衛(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/中澤真央
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