エグゼクティブ人材招聘の「要件定義」「母集団形成」はどう考えればよいのか?エグゼクティブエージェントが考える、人事の取り組みポイント

パーソルキャリア株式会社

シニアエグゼクティブコンサルタント 上原 真一(うえはら・しんいち)

プロフィール

経営戦略や事業戦略を見直す企業が増えていることを背景に、経営層・CxO・事業部長などエグゼクティブ人材の採用ニーズが高まり続けています。エグゼクティブ専門の人材紹介サービス 「パーソルキャリア エグゼクティブエージェント」で活躍する上原氏は、採用目的に合致する適切な手法を見極めた上で、経営層と協働する採用活動の重要性を指摘します。

▶前回記事はコチラ
経営層・CxO・事業部長などのエグゼクティブ人材を登用・採用する際に大切にすべきこと

実際の採用シーンにおいては、どのように採用要件を定め、母集団形成を進めていくと良いのでしょうか。エグゼクティブ層採用の成功事例をひもときながらその秘訣を探ります。

エグゼクティブ層の採用には「経営・事業課題の明確化」 が重要

——エグゼクティブ層採用の難しさの一つに、採用要件や採用基準の策定が挙げられると思います。

 

上原氏:エグゼクティブ層の採用において特徴的なのは、未来の要素が加わることです。メンバー層の採用の場合は、事業における足元の課題解決が主たる目的となりますが、エグゼクティブ層採用は目の前の課題だけでなく、3年後、5年後、10年後の戦略策定に向けて行われます。

現状の経営課題や将来的に予想される経営課題を踏まえ、ギャップを埋めていくための方法の一つとしてエグゼクティブ層の採用があります。サクセッション・プラン(次世代経営者候補の育成)に基づいて内部昇格を図ったり、外部のコンサルタントを活用し事業を推進したりすることに並行して 、エグゼクティブ人材の採用を積極的に行う企業が増加しています。

——採用活動の手前の段階で、現在と未来の経営課題を明確にするところからスタートすべきなのですね。

上原氏:はい。エグゼクティブ層採用の背景は基本的には経営課題に直結しています。課題が明確であればあるほど、解決策の策定・要件の策定がクリアになり、採用成功の可能性が高まります。その意味では、社長や経営陣が採用活動に主体的に関与するか、あるいは経営陣の考え方を代弁できる誰かが採用プロセスに関わることが大切だと考えています。

エグゼクティブ人材の採用を上手に進めている組織とそうでない組織の違いとは

——エグゼクティブ層の採用をうまく進めている企業には、どのような特徴があるのでしょうか。

上原氏:あるメーカーの取り組みが印象に残っています。その企業では一時期、強いリーダーシップを持つ経営トップがいて、採用にも大きな影響を与えていました。トップが経営方針を明示し、実現したい世界を明らかにしていたので、現状とのギャップも明確だったのです。

タレントマネジメントやサクセッション・プランなどを通じて内部昇格を進めつつ、外部からのエグゼクティブ層採用も積極的に進めていました。エグゼクティブ層採用の前提となる経営課題について、経営陣も人事・採用担当者も同じ目線・言葉で語れるようになっており、明確なビジョンを共有できていたという意味では、参考になる事例だと思います。

また、他の企業の事例ですが、経営幹部あるいは部長以上の採用に関しては、一次面談から社長面談を実施し、社長の考え、経営の方向性や魅力・課題などを直接伝えており、経営者自らが採用をリードしていました。その面談に人事・採用担当者の方々も同席することで、上記のケース同様、エグゼクティブ層採用の前提となる経営や採用の方向性について、経営陣と同じ目線・言葉で語れるようになっており、明確なビジョンを共有できるようになったと同社の人事・採用担当者の方より聞いています。

 

——逆に、エグゼクティブ採用をうまく進められていない企業の特徴は?

上原氏:うまくいっていない会社では、採用に関わる方々が「こんな人材がほしい」と話せるものの、その背景や経営陣の本音までは語れないことが多いように感じます。

経営陣は経営会議や執行会議などの議論を通じて、普段からさまざまな形で将来像を描いているはずです。その過程で「こんな未来を創りたい・事業を実現したい」「こんな機能を強化したい」 と考え、エグゼクティブ層の採用検討がスタートしますが、経営層からは「こんな能力や経験を持っている人がほしい」という要望のみが伝えられるケースも多くあります。そうなると、採用検討のきっかけや背景を、経営層以外の関係者が十分に理解できずに採用活動が開始され、経営層が想定しているターゲットとずれる可能性が高まります。

実際、こうした状況の企業は多いと思います。採用につながらないこともありますし、候補者から採用背景や経営課題について質問をされたときに答えられないと、候補者の興味関心が薄れるかもしれません。日頃の経営陣とのやりとりで背景を聞ければベストですが、それが難しくても、エグゼクティブクラスの候補者の方々が興味を持つ情報の収集を日々行っていただくことが重要かもしれません。

エグゼクティブ層の採用で気を付けるべきポイント

——経験・能力など、具体的な要件の明確化に苦戦することも多いのでしょうか。

上原氏:企業の経営課題や将来像とのギャップが見えてくれば、どんな経験・能力が必要かも徐々に明らかになります。そこから、求める経験・能力を策定することが、スタートだと思います。

そこで特に注意が必要なことは、自社のカルチャーや意思決定プロセスなどとの相性です。豊富な経験と高い能力を有するエグゼクティブ人材でも、能力を発揮できる状況でないと活躍しきれない例もあります。条件が合致して入社しても、組織のマネジメントがうまくいかずにメンバーが疲弊したり、周囲の仕事の進め方とのギャップに本人がフラストレーションを感じたり。その結果、せっかく採用が成功したのに、短期間で辞められてしまうことも少なくありません。

——エグゼクティブ層でも、入社後にうまく力を発揮できなければ早期離職に至ってしまうのですね。

上原氏:これを防ぐには、採用プロセスの中で経営陣が複数回会って自社の考え方や特徴を伝えたり、面談やケースインタビュー、ディスカッションなどを通じてカルチャーの擦り合わせをしたりする取り組みが重要となります。

また、候補者の前職の上司や経営層からリファレンスインタビューを取ることも有効です。候補者本人が許諾した方に対してのインタビューが基本なので、その候補者がどんな場面で力を発揮できるか、あるいはできないかなどの回答を得られれば、入社後のオンボーディングをスムーズにする上で有益な情報となるでしょう。

母集団形成は、役員ポジションより部長ポジションのほうが難しい場合も

——ここからは母集団形成についてお聞きします。役員ポジションと部長ポジションなど、職位によって母集団形成の難易度は変わるのでしょうか。

上原氏:母集団形成に影響するのは、職位の高さよりも「どこまで業界や経験を絞るか」だと思います。

役員ポジションの場合は経営知見や職務知見を優先し、業界知見を求めないケースが少なくありません。そのため、業界や職種の対象を広げて人材を探すことができます。また、対象となるエグゼクティブ人材の傾向としても、役員クラスになれば同業界の競合へ積極的に移ろうとする方は少ない印象です。

部長クラスの場合は、より業界を知っている人、実務に直結する経験を持つ人を求めることが多いです。そのため、経験業界を特定したポジションの場合、対象者が絞り込まれてしまい、母集団形成が困難になります。

——そのような場合、どのような対応を検討するべきなのでしょうか。

上原氏:条件を無理に広げていくのではなく、社内に適切な人材がいないかどうかを改めて検討することも大切です。「業務経験がまだ浅い」「マネジメントスキルが不足している」といった問題があっても、一定期間をかけて育成すればエグゼクティブ層のポジションを担える可能性もあります。条件を見直せば、実は足元に有力な候補者がいることも珍しくないのです。

実際に私たちも、人材紹介サービスという立場ではありますが、社内からの候補者選定を提案する場合もあります。めったにないエグゼクティブ層の招聘だからこそ、手法は柔軟に考えるべきだと思っています。

最適な候補者を招聘するために、人事は経営陣の考えを「深掘り」できることが大事

——エグゼクティブ層採用の人事・採用担当者には、どのような取り組みが求められるのでしょうか。

上原氏:ここまでお話したように、エグゼクティブ層採用では経営課題など企業の根幹をなす情報を、経営層に代わって伝えられることが重要となります。しかし実際には、当初から経営陣が考えていることや求めることがすべて伝えられないこともあるのではないかと思います まずは採用に関わる方々が情報を把握できる環境を整えることが重要ではないでしょうか。

 

たとえば人事・採用担当者が社長面接や役員面接に常に同席して目線を合わせ、経営陣の考え方を言語化できるよう努力している企業は、エグゼクティブ層採用がスムーズに進む傾向があります。人事・採用担当者が情報を積極的にキャッチアップしにいくことで、冒頭で述べた採用要件が明確になることにもつながっていきます。

組織内では、思わぬ意志が働いて採用に影響を及ぼすこともあります。社長が変革を推進する人材を望んでいるのに、役員が現場との摩擦を懸念し社風とのマッチングを重視した結果、入社後に経営課題の解決が進まないようなケースもあります。また、苦労して見つけた最適な候補者に対して「感覚的に合わない」などのあいまいな理由でお見送りとなるケースもありますが、そのような場合も何らかの根拠を持って意思決定しているはずなので、我々の立場からするとその判断基準を共に探っていきたいと考えています。

取材後記

VUCAの時代と言われるように、経営を取り巻く環境の変化は激しく、エグゼクティブ層に求められる経験や能力・資質も企業や事業のフェーズによってさまざまなものとなっています。エグゼクティブ人材の採用においては「特に経営層の意思決定に至るプロセスやその背景を深く理解することが重要」と上原氏はいいます。また、人事・採用担当者と経営層が未来に向けた不断の対話を通じて経営課題を言語化している企業ほど採用に成功しやすくなっているようです。前例が少なく成功の型がない中で、自社の将来を左右する人材を招聘するためには、経営課題の変化に対して誠実に向き合い続けること、継続することが大切であると感じました。

企画・編集/白水衛(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也

【関連記事】
“経営・人事がしなやかに連携する、コクヨの「エグゼクティブ人材招聘」ノウハウ”