異能人材の採用や現役社員のキャリア自律にもつながる、中外製薬のアルムナイ制度の取り組みとは
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アルムナイ・ネットワーク専用の交流サイトを設け、事務局からさまざまな情報を発信してコミュニティを運営している
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アルムナイと現役社員の交流イベントも開催。社内昇進以外の道を知ることで現役社員のキャリア自律が進んでいる
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アルムナイ再入社時には、キャリア採用チームや受け入れ部署と連携してミスマッチを防ぐことが重要
近年、組織開発や採用戦略の文脈で「アルムナイ」という言葉がよく聞かれるようになりました。英語で同窓生や卒業生を意味するアルムナイは、人口減少が進む日本において人材確保のための有効な手段だと言われることもあります。どのような効果を期待できるのか、そして具体的にどう取り組めばいいのか、関心を深めている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、「ジャパン・アルムナイ・アワード2021」で準グランプリに輝き、2022年には審査員賞、2023年には部門別優秀賞を受賞した中外製薬株式会社の取り組みにフォーカスします。同社では2020年にアルムナイ制度を立ち上げ、現在は約250名がネットワークに登録。アルムナイの再入社も実際に進んでいるといいます。制度の具体的な運用方法や乗り越えてきた課題、今後の展望などを聞きました。
退職した後も再び戻って来られる環境をつくるため、制度を構築
——貴社の人材戦略の概要をお聞かせください。
山本秀一氏(以下、秀一氏):中外製薬では成長戦略として“TOP I 2030”(2030年のトップイノベーター像)を掲げ、技術ドリブンで世界最高水準の創薬を実現し、先進的な事業モデルを構築していくことを目指しています。既存のビジネスの延長線上にはない新たな事業モデルを具現化するため、必要な人材を確保していくことが求められており、研究・開発や生産、営業などの各組織とともに私たち人事も取り組みを進めています。
——お二人が所属するエンプロイーサポートグループの役割は?
秀一氏:大きな役割としては社員の自律的なキャリア開発、健康保持・増進に向けた支援を担っています。私たち二人も、社員からのキャリア相談に日々対応するキャリアカウンセラー。近年では「キャリアの可能性を広げるために一度中外製薬の外に出て活躍したい」と考える人も増えており、転職そのものを否定することなく、フラットな立場でキャリアを一緒に見つめています。
ただ、成長のためのポジティブな転職とは言え、人事としては「当社で活躍する人材が巣立っていくのはもったいない」という本音もあります。強い会社愛を持ったまま辞めていく人も少なくありません。退職した後も再び戻って来られる環境をつくれないか。その思いがアルムナイ制度の発端でした。
——アルムナイ制度はどのようにして整備したのですか?
山本由佳氏(以下、由佳氏):当社には、出産や介護などのライフイベントによって退職した人が契約社員として再入社できる、退職者再雇用登録制度がもともとありました。ただ、この制度はライフイベントを理由に退職した人のみが対象で、期限も退職後5年間と決まっていたこともあって形骸化していたんです。そこで2020年5月、一度社外を経験して新たなスキルを身に付けた異能人材を迎え入れるためのアルムナイ制度として刷新しました。現在はグループ各社へも範囲を広げてアルムナイを推進しています。
新たにアルムナイ・ネットワーク専用のサイトを設け、希望者はここに登録してもらっています。退職者の多くが登録しており、現在は約250名。辞めるときのオフボーディングが重要で、直属の上司や労組役員からは「辞めるのは残念だけど今後も応援しているよ」「アルムナイ・ネットワークがあるから今後もつながっていられるよ」と呼びかけてもらっています。
2020年5月以前の退職者のうち従来の再雇用制度に登録している方へも、当社公式SNSなどを通じてアルムナイ制度を告知。また、アルムナイの中でも特に活動に共感してくれそうな方6名には先んじて登録していただき、自己紹介などをサイト内で発信するとともに、他のアルムナイにも声がけしていただきました。現役社員も興味を持ち、退職した元同期に声をかけるなどしてくれて、想定以上のスピードで広がっていきましたね。
アルムナイの声はとても貴重。現役社員との交流会も
——アルムナイ・ネットワークの運営方法を教えてください。
由佳氏:アルムナイ・ネットワークに関してはエンプロイーサポートグループの3名で運営し、主に退職したメンバーの登録承認やイベントの企画・運営を担当しています。
アルムナイ・ネットワークのサイトは、SNSのように気軽に使える交流サイトとして運用。登録しているアルムナイが近況を投稿したり、アルムナイ同士でダイレクトメッセージを交わしたりできる仕様です。当初は登録後にメッセージのやりとりができればいいと考えていたのですが、コミュニティとして発展させていくためにこの形にしました。
基本的にはアルムナイが自走してコミュニティ運営に当たってもらうことを期待していますが、皆さんそれぞれが現役のビジネスパーソンなので、大きな労力を割くことは難しいでしょう。そこで私たちが事務局として旗振り役を担い、さまざまな情報を発信しています。
——どのような情報を発信しているのですか?
秀一氏:製薬業界の同業他社だけでなく、異業種に転職する人も多いので、事業に関するクリティカルな情報は、法制上あまり出せません。カルチャーを共有し、ゆるいつながりを保てるよう、DXの取り組みや拠点統合の情報など、社外にも共有している内容を「プレスリリースでわかること+α」で伝えています。
由佳氏:アルムナイからは「他にどんな人が登録しているのかわからない」という声があったので、顔合わせの意味でオンラインイベントも開催しています。発足1周年記念の際には人事部長から最近の人事戦略について話し、2周年記念の際はキャリアをテーマに外部講師を招いた講演や現役社員を交えたイベントを開催しました。
——アルムナイ・ネットワークのイベントに現役社員も参加しているのは驚きです。「場合によっては転職意向を高めてしまうのでは」という懸念を持ちますが…。
由佳氏:実際に開催してみると、現役社員からは「外部の客観的な目で見た自社を新鮮に感じた」というポジティブな感想が多かったんです。「保守的な会社だと思っていたけど、アルムナイから見れば実はチャレンジできる環境があるんだ」「実際に外に出てみたら当たり前だと思っていた環境が当たり前じゃないことを痛感した」といった具合です。
外の環境を知ることは、社員が自律的にキャリアを考えていく上で、とても重要ではないでしょうか。特に会社の中も外も知っているアルムナイの声は貴重。現役社員ではないからこそ自由に、的確に中外製薬のことを語ってくれますから。
アルムナイが中外製薬への会社愛を語ってくれるだけでなく、一度退職したからこそ感じる「この会社で活躍し続けるためのヒント」を教えていただく機会もありましたね。これは私たちにとって新鮮でした。現役社員との交流会はとても好評で、「今後は対面できる企画も実現してほしい」と要望が寄せられています。
アルムナイ再入社時は受け入れ側の理解が非常に重要。「かつての人材とはまったく違う」ことを認識すべき
——アルムナイ・ネットワークから再入社に至ったケースもあると伺いました。
由佳氏:2023年末時点で6名が再入社しています。
中には退職前の所属部署とは違うところに再入社した人も。たとえば、医薬品の安全性情報を評価する部署にいたアルムナイは、外部でIT領域の新たな知見を積み、「中外製薬で以前とは違う仕事をしてみたい」と希望してデジタル系の部署に再入社しました。
——まさに異能人材となって戻ってきてくれた形ですね。
秀一氏:一方、再入社したものの、残念ながら退職された人もいます。本人は社外でグローバルな経験を積み、中外製薬に戻って新しい価値を発揮したいと考えていたのですが、再入社後は退職前と同じ部署に戻ることになりました。周囲からは過去の延長線上のような業務をアサインされてしまい、本人が望むキャリアアップにはならなかったのです。こうした結果になってしまったことを深く反省するとともに、受け入れ側の理解が非常に重要なのだと気づきました。
——特に上司や先輩は「かつての○○さん」として扱わないようにしなければいけませんね。
秀一氏:そうですね。管理職によっては過去の関係性から来る感覚が抜けきらないこともあると思いますが、かつて自分の部署にいた人とはまったく違う異能人材なのだと認識してもらう必要があります。
現在は再入社・再配属後のフォローに向け、キャリア採用チームや受け入れ側の部署との連携を強化しています。私たちも採用に直接関わるメンバーとして目線を合わせ、アルムナイが社外で積んだキャリアも踏まえて再入社後の部署やポジションを決定しています。
「社内昇進以外の道を示す」アルムナイ制度がキャリア自律を促進
——アルムナイ制度に取り組む中で、アルムナイが自社にもたらしてくれる価値をどのように評価していますか?
由佳氏:やはり、一度外に出たからこそ得られる知見をもたらしてくれることが大きいですね。アルムナイの皆さんが今も中外製薬への愛着を持ち、つながってくれていることも心強いです。退職後もつながっていられることを、若手社員は大きなメリットとして受け止めてくれているようです。
秀一氏:当社でも従来は終身雇用を前提とし、中外製薬だけでキャリアを積み上げていく社員が多かったのですが、最近は年間の入社者数で見ても新卒よりキャリア組が多い。組織が多様化していく中、中外製薬を飛び出してステップアップしている社員の話を聞く中で、キャリアをより自律的に考えるきっかけになったという声が増えており、アルムナイ・ネットワークを運営することに大きな意義を感じています。社員のキャリアの選択肢の一つとして導入したアルムナイによって、今後は若手のキャリア自律がさらに進んでいくかもしれません。
——今後の展望をお聞かせください。
秀一氏:アルムナイの中には、スタートアップやアカデミアなど、中外製薬とは異なる風土の下で活躍している人たちもたくさんいます。中外製薬に戻る気がなくても、何かの機会にコラボレーションできれば、新たなオープンイノベーションのきっかけになるかもしれません。そうした機会を創出できるよう取り組んでいきます。
由佳氏:私は「ゆるくつながっていられるネットワーク」としてアルムナイ制度を大切に育てていきたいと考えています。アルムナイからの採用という成果を得ることも大切なのですが、自社で過ごした時間を共有し、同じカルチャーを持っている人同士のつながりが続くこと自体、とても素敵だと思いませんか?アルムナイ・ネットワークがさらに活発に活動し、現役社員も含めた交流が活性化するよう、今後も事務局として力を尽くしていきたいですね。
取材後記
人材確保が一つの目的となることも多いアルムナイ制度ですが、中外製薬では「アルムナイ経由の採用目標」を設けていないそうです。「目標を設定して追いかけ始めると、再入社・再配属後のミスマッチを増やしてしまうかもしれない」。お二人はそう理由を説明していました。大切なのは働く一人ひとりの人生単位のキャリアを真剣に考え、向き合うこと。その前提がなければ、アルムナイ制度がうまく機能することはないのかもしれません。
企画・編集/森田大樹(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也
アルムナイ採用 ToDoリスト
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