経営計画はなし、ルールは最小限。ティール組織オシンテックは、なぜ要人材を集め「自律分散型経営」を実現できたのか
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組織は生命体。「“多”対“多”」の関係を築く
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「問いを立てる」「倫理を持つ」「決断する」という自分軸を持つ人材を集める
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組織やルールはちょっと不完全なぐらいのほうが「愛」を呼び込む余白になり得る
「自律的な組織を目指す!と言ったって、ルーズな集団ができるだけなんじゃないの?」
――そんな批判をよそに、可能な限りルールをなくし、社員の自発性を大事にするという、新しい経営のスタイルが国内外で静かに進行している。「トップダウン型」とは対極にある「ティール組織」だ。
今回は、ティール組織のスタイルで経営を行う株式会社オシンテック(本社所在地:兵庫県神戸市)の代表取締役、小田真人氏にインタビューを実施。世界初のWebサービス「RuleWatcher」を開発した同社の組織形成に迫った。
プロダクトでも組織でも「ルール」と向き合い続ける会社
――株式会社オシンテックは、どんなサービスを提供しているのでしょうか。
小田 真人氏(以下、小田氏):主に二つのサービスを行っています。一つ目はクラウドサービスで、「RuleWatcher」というものです。これは、環境や人権などの国際ルールトレンドを効率良く把握できるWebアプリです。そして、二つ目が、そうした国際動向をしっかりと把握して、事業企画に活かすことを教える社会人向けのオンライン教育サービス「探究インテリジェンスプログラム」です。
――「RuleWatcher」について詳しく聞かせてください。
小田氏:「RuleWatcher」は、世界の国の政府や国連などの公的なウェブサイトから、毎日発表されるテキスト情報を自動収集して可視化しています。1300を超える機関の情報を扱っていて、バラバラのローカル言語を、いったん英語にまとめあげ、テーマごとに整理分類しています。こうすることによって、メディアなどの報道を待つことなく、自主的に政策方針や議会の議事録、国連機関のリリースなど、「公的一次情報」をスピーディーに網羅できます。
例えば、気候変動について世界の動向を調べる際、ベトナム政府の方針はベトナム語で、イスラエルはヘブライ語で、ロシアはロシア語で調べる必要が出てきますよね。
しかし、当社の「RuleWatcher」を活用すれば、各国の言語で発信された公の一次情報を、特定の項目に限定して一括で閲覧することができ、最新の国際ルールトレンドが収集可能なのです。
――なぜこういったサービスを開発しようと思われたのでしょうか。
小田氏:私は、2012年から6年間、IT企業の社員としてシンガポールに滞在していました。当時、業務の一環で、Twitter(当時/現「X」)におけるASEAN各国のつぶやきを集め、マーケティングに役立つ情報として提供する機会がありました。
そこで感じたのが、マーケティングよりも「ルール」のほうがパワーがあるということです。
例えば、企業がASEAN諸国で売りたいものがあるとします。仮に企業と消費者の希望が合致したとしても、各国の規制・ルールに合わなければ売ることはできません。すでに法律になっていれば、法律家に頼んで調べてもらうということもできますが、問題なのは、その法律ができる前の情報にたどり着かないことなんですね。いま議会でどんな話が進んでいるのか。どんなパブリックコメントが募集されているのか。そうした「ルールの兆し」にたどり着く方法がない。
なので、法律データベースではなく、「ルールのトレンド」が見えるサービスを2016年ごろから構想し始めました。各国の個別事情ではなく、もっと大きな、国境線に無関係なテーマであれば、どこかのトレンドがどこかの国に大きく影響するのではないか。その基礎的なプロダクトの発想と、大学院時代から関心を持っていた地球環境への危機感が合体し、「環境や人権のルールトレンドが一元化できるWebサービス」というアイデアが整っていきました。
技術的ブレイクスルーがあったのは、2018年ごろ、機械翻訳の精度が飛躍的にアップしたことです。これをきっかけに、「RuleWatcher」の実用化がかないました。2020年に商品化すると、折しも菅政権(当時)が温室効果ガスの大きな削減目標を掲げるという「脱炭素宣言」があり、各方面からお問い合せをいただけるようになりました。
――どのような方がRuleWatcherを使用されているのでしょうか。
小田氏:戦略立案、企画、投資家対応、サステナビリティー推進などに携わる方など、さまざまな職種・業種の方にご活用いただいています。
そんな中、「情報の取捨選択方法や、読み解き方を教えてほしい」というお声にもお応えすべく、教育・研究を促進する「探究インテリジェンスプログラム」もスタートし、企業の企画部門、起業家、法律家、行政官、代議士など多様なバックグラウンドの方が学んでおり、修了生のコミュニティーも充実してきました。
ピラミッド型ではなく丸い組織図「自律分散型経営」とは
――オシンテックは、自由に働く場所や時間を選び、個々に意思決定権を持って柔軟に課題を解決する「自律分散型組織(ティール組織)」で運営されています。その内容について、詳しくお聞かせください。
小田氏:一般的な企業の組織図では、一番上に社長が、その次に取締役がいて…という「ピラミッド型」が多いものですが、当社の組織図は丸い形で表されます。
見慣れない組織図でしょう。これは、米国のティール組織で運営される会社「ホラクラシーワン」が自社向けに作った組織図を、外部にサービスとして展開した「グラスフロッグ」というモデルです。細胞組織をイメージしていて、組織は身体と同じ生命体だよ、というメッセージも含んでいるのです。この丸の一つ一つは、仕事における役割(ロール)です。
例えば、私は財務、マーケティング、プロダクト開発、といういくつものロールを持っているので、これらの丸の中に私の名前が何度も出てきます。そして、たとえばマーケティングのロールには、私以外に何人もの名前が入っています。つまり、1つのロールを複数のメンバーで共有すると同時に、1人のメンバーが複数のロールを担う「“多”対“多”」の関係にあることが、特徴的な点です。
現在、当社に関わっているメンバーは19人(※取材時)。個人事業主としてジョインしているメンバーの割合が多くなっていますが、役職はなく、雇用形態によるヒエラルキーもありません。
――こうした組織運営を導入したのには、どのような背景があったのでしょうか。
小田氏:個々のメンバーが果たすべき役割をきっちりと定義して、その役割を機械のように取り替えられるようにするのではなく、組織を1つの「生命体」として捉え、個人も組織も進化し続ける「ティール型の組織」にしたほうが、クリエイティビティーをより発揮できると考えたからです。
人はやりたいことをやっているときに力を発揮しますので、やりたいことに対して自ら手を挙げて実践できるようにしています。
組織の中のロールは流動的です。「このロールはいらなくなったから、なくそう」「このロールが必要だから作ろう」「このロールは自分が担当します」といった具合に、合意形成をしながら日々変化し続けています。
――数年前、ティール組織の書籍が世界的にベストセラーになり「次の組織モデル」などと評されました。これからの時代に合致する部分もあると思いますが、大手企業の話を聞いていると「なかなか難しい」という実情があるようにも感じます。小田さんが考える「自律分散型組織」の運用のポイントを教えてください。
小田氏:自律分散型組織の運用がうまくいっている組織には、株主と社長の理解があります。それらがないままに、一部門だけで自律分散型組織を作ろうとしても、限界があるでしょう。
また、乗り気で始めてみたものの、思うように売上が上がらない、あるいは社員の不正など負の事態が起こったときに、「ルールやガバナンスを作らねば」という声が上がり、方針が途中で変わってしまうという例も数多く見受けられます。
――オシンテックで公開されている「OSINTech Guidebook」を拝見したところ、「経営計画を立てない」とありました。四半期の目標を立て、達成できなかったらその原因を探る…、という一般的な経営手法とは一線を画しているのですね。
小田氏:はい。経営計画は立てずに、「経営ストーリー」を作り、組織で合意するというやり方をしています。 細かいゴールを設けて達成できなかった場合、「なぜできなかったのか」という検証作業に終始してしまい、本来の目的を見失うことにもなりかねません。
創業当初は「経営計画を立てないと、会社をつぶすよ」と言われたこともありますが、今のところは急成長を遂げています。会社を経営していると、実にさまざまなことが起こります。
細かい管理をしない一方、ビジョンに向かって「いいこと・正しいこと」をしていると信じ、実行している施策をメンバー間で可視化することを重視しています。機密情報を除いては、メンバーに情報公開していますし、誰が何をしているかが常に可視化されているので、管理職は必要ありません。
――管理職がいないと「何をしたらいいかわからない」「誰かに引っ張ってほしい」ということにはならないのでしょうか。
小田氏:先述したように、各チームに複数のロールがあり、1人のメンバーがチームを横断して複数のロールを担っているケースが多くあります。
チーム内に他の人が知らない知識や技術を持っている人がいたら、自然とその人がメンター役を務めるようになり、メンバー同士のリスペクトも生まれます。
――社内のルール、というものはあるのでしょうか。
小田氏:一応ありますが、とても少ないのです。関心がある方は、オシンテックのガイドブックをぜひご覧になってください。ルールメーキングの国際動向を扱う会社なので、ルールの怖さもよくわかっています。形骸化したルールは人の思考を奪う怖いものですから、社内のルールはできるだけ少なくしようと心がけています。
――話し合いと合意形成を大切にされている印象を受けます。意見を言いやすい「心理的安全性」のある組織づくりのために心掛けていることはありますか。
小田氏:昨今「心理的安全性」という言葉がよく聞かれるようになりました。「批判してはいけない」「悪口を言わない」ことだと勘違いされがちですが、要は幼なじみの友人のように何を言い合っても傷つかない関係性を築けているか、ということだと思います。
当社は議論が過熱することもありますが、前向きな話し合いです。私の提案におかしな点があれば、メンバーは「そんなことやってるべきじゃない」といさめてくれますし、良い意味でズバズバと意見をくれるのです。
ちょっとした失敗をしたときなど、それらしい言い訳で取り繕うのではなく、なんでも正直に話せるカルチャーが重要だと思っています。
オシンテックが求める人物像、人材採用や育成環境の方針とは
――オシンテックが求めているのは、どんな人なのでしょうか。
小田氏:ビジョンやミッションに共感してもらえる人に来ていただきたいと思っています。
通常だと、空きポストのジョブディスクリプションを書いて、そのスペックに合う方を採用することになるんだと思いますが、オシンテックはその形での採用をしたことがないんです。
なんだかいい加減に聞こえるかもしれませんが、カルチャーに合っていて、その方が入ったらオシンテックがもっと良くなる!と思えればジョインしていただく。そんな感じでやっています。なので、正直であることが大事。仮面をかぶらない人であってほしいですね。
私は会社の代表として大学院で講義したり、「TEDxKobe」のような場でもお話しする機会に恵まれたりするのですが、そうしたきっかけで私のことを知った方がコンタクトしてくれることがよくあります。
先日は留学中の学生が、当社で「インターンをしたい」と連絡をくれました。うちのような小さな会社は採用に苦労しがちなのですが、積極的に会社運営について発信していくと、カルチャーに合う方が向こうからやってきてくれます。
――働くメンバーに期待している能力は?
小田氏:「問いを立てる」「倫理を持つ」「決断する」という自分軸が大事だと思っています。これらは、どれも生成AIに取って代わられない能力です。だからこそ、ありのままの自分が出せる環境を作ることが、組織の強さに直結すると思っています。
特に創造性については、リラックスして集中しているときに最も出るという研究結果がありますから、メンバーをリラックスさせることが、私のミッションだと思っています。
倫理軸・社会軸を意識した組織づくりへ
――今後の経営で大切になるテーマは何だとお考えですか。
小田氏:「経済の20世紀、社会の21世紀」と言われます。我々が国際動向を注視していると社会軸というのがとても重要になっています。日本にはあまり社会という考え方がなく、それと関連して人権という感覚も乏しいと感じています。
この感覚はルールづくりにとても重要で、国際社会でのルールメークは必ず「倫理」が背景にあります。自国優先をむき出しにできませんから、人類共通のベネフィットに従ったルールであることをアピールするわけです。
そうした倫理軸でモノを語れる人が日本には圧倒的に少ない。技術の話をされる方は多いのですが、その技術の背景にある倫理、その技術で生み出される社会について語れる人は少ないのです。
――確かに日本社会では、学校や会社といった組織のルールと倫理が「≒」になりやすいかもしれません。
小田氏:そうですね。道徳で止まっているのかもしれません。そして、どこかそれが「みんなが期待する答え」をひねり出そうという思考になっている。
海外の教育では、「あなたはどんな人間ですか?」「あなたが好きなこと、得意なことはなんですか?」といったことを、言葉で表現できる教育に時間を充てていますが、日本人はその練習をしていません。こういうところから自分の軸が育ち、それがその人の倫理観として昇華していくのだと思います。
日本だと、就職活動のときだけ「あなたはどんな人ですか?」「何がやりたいのですか?」と聞かれ、入社後は一切問われなくなったりします(笑)。
※画像はイメージです
――オシンテックが他に大切にしていることは何ですか。
小田氏:私が強く思っているのが、「人は楽しいところ、明るいところ、温かいところに集まるし、そういう場所で仕事をしたいのだ」ということです。
仮に、オシンテックが血と涙を流し、ボロボロになりながらサービスを提供してお客さまに満足していただいたとしても、絶対に続きません。その逆に、そういうサービスを自分たちが受けたいかといったら、そんなこともありません。
日本社会はこれまで、型が決まったことを、ハイクオリティーで作ることを得意としてきました。それはそれでいいと思うのですが、ちょっとぐらい不完全なほうが、他の「愛」を呼び込む余白になり得ると思っています。
向かうべきところに向かっているのなら、多少足りなくてもOKとし、「目的地に行くために、あなたの力が大切です」と伝え、仲間づくりをしていくことも大切です。
在りたい社会の縮図を描くため、「まずは自分たちの会社をデザインしよう」と言っています。その上で、自然なスピードで組織が拡大していくことができれば、本当の強さにつながっていくのではないでしょうか。
【取材後記】
昨今、国際ニュースでは「権威主義の台頭と民主主義の衰退」というキーワードが、盛んに聞かれるようになっている。民主主義の根幹である、正しい情報へのアクセス機会といった点でも格差拡大の兆候が見られる。
今回取材したオシンテックは、世界のルールの可視化を通じ、「ルールの民主化」を目指すと同時に、民主的な企業運営を行っている超実践的会社だ。「進化型組織」と呼ばれるティール型組織が、今後国内にどう波及していくのか、注目していきたい。
[企画・取材・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、制作協力/北川和子、シナト・ビジュアルクリエーション]
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